登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。
ここは僕の高校。いまは放課後。
僕は図書室にやってきた。
テトラちゃんがいたけれど……何だかいつもと違うな。
彼女は、 本を読むでもなく、 書き物をするでもなく、 何か深く考えているようだ。
彼女の前にはコンピュータが広げられているけれど、 テトラちゃんは天井の一点を見つめていた。
僕「テトラちゃん?」
テトラ「あっ、先輩!」
僕「ごめんね、考えごとの邪魔しちゃった?」
テトラ「えっ? あっ? あたし、そんなに考え込んでましたか?」
そうだね、とても深く、真剣に。
僕はそう思いながら、彼女の向かいの席を指さす。
僕「もし邪魔でなければだけど——ここ、座ってもいい?」
テトラ「もちろんですっ!」
僕「今日はコンピュータを使ってプログラミングしてたんだね」
僕が机上のコンピュータを見ながらそう言うと、 テトラちゃんは首を横に振った。
テトラ「いえ、そうではありません。 最近ネットで見かけた数学の問題を解いていたんです。 それで——」
僕「へえ、どんな問題?」
問題
$0 \LEQ x \LEQ \pi$ のとき、 $2\sin^2 x - 5\cos x - 3 = 0$ を満たす $x$ の個数を求めよ。
僕はテトラちゃんが見せてくれた問題をしばらく眺める。
ええと……なるほど。
うん、これは難しくないね。 「暗算でできる」 とまでは言えないけれど、 方針はわかる。
ただ、注意するところがあちこちにあるぞ。
テトラちゃんは乗り越えられたんだろうか。
テトラ「それでですね、 一応あたしは解いたんですけれど、 まだ間違っているみたいなんですよ」
僕「?」
テトラ「あ、あの……解いて、 答え合わせはしたんですが、 まだ間違っているらしくて、でもまだ本当の正解は見ていなくて、 というかネットには答えが公開されていなくて」
僕「ごめん、よくわからないよ。テトラちゃん。 『答え合わせをして、間違っていることはわかったけれど、正解は見ていない』 というのはどういう状況なんだろう」
テトラ「そうですよね。すみません。ちゃんと、順序立ててお話しします」
僕「AIさん?」
テトラ「はい。Artificial Intelligence —— AIさんです」
コンピュータのウインドウを開き、 彼女はAIとの対話の過去ログを見せてくれた。
テトラちゃんはAIに問い掛けて、 AIはテトラちゃんに答えを返す。
二人の《対話》の記録を読んでいくのだ。
テトラ「AIさんにお願いです。 先ほど数学の問題を解いたんですが、 あたしの解答が正しいかどうかをチェックしてくださいませんか?」
AI「テトラさん、もちろんです。 取り組んだ問題と、あなたの解答を見せてください。 すぐに確かめますよ」
テトラ「問題文を送ります」
AI「はい。ちゃんと読めていますよ。 それでは、 テトラさんの解答も見せてください」
テトラ「これがあたしの解答です。 字が汚くてごめんなさい」
AI「大丈夫です。問題文も解答もしっかり読めています。 この問題を解くときには注意すべき点がありERROR: Operation canceled 」
僕「これ、AIの返事を途中で止めたんだね」
過去ログにはERROR: Operation canceled(エラー:操作がキャンセルされた)という記録が残っていた。
テトラ「はい、そうなんです。 解答を送ったら急に解説を始めたので、あわてて止めちゃったんです。 でもすぐに対話を再開しました。こっちから続きが読めます」
テトラ「AIさん、途中でキャンセルしてごめんなさい。 たとえあたしが間違っていたとしても、 どうやって解くかはまだ教えないでほしいんです。 あたしはいま勉強中なので、 できるだけ自分で考えて解きたいからです。 もちろん、どうしても先に進めなくなったらヒントをもらうかもしれませんけれど、 それまでは少しずつ進みたいんです。あたしの気持ちは伝わるでしょうか」
AI「わかりました。 テトラさんのお気持ちはよく伝わっていますよ。 私は控え目に話すことにします。 どこから進めましょうか」
テトラ「まず、あたしの解答は正しいのか、そこを教えていただけますか。 よろしくお願いします」
AI「テトラさん、 あなたの解答はよく書けていますよ。 おおむね正しい方針で進められています。 全体的にはよくできています。 一緒に細部を確認していきましょう」
僕「このAIの返事、ちょっとズレてるみたいだ」
テトラ「そうですよね。あたしも引っ掛かりました」
テトラ「AIさん、正しいかどうかだけは先に教えてください」
AI「はい、結論から言うと、あなたの解答は正しくありません。 問題文では$$2 \sin^2 x - 5 \cos x - 3 = 0$$となっていますね。 でもテトラさんの解答は$$2 \cos^2 x - 5 \sin x - 3 = 0$$から始まっていましたよ」
僕「あ、問題の転記ミスをしたんだね」
テトラ「そうなんですよ。すごく恥ずかしかったです……ここでいったん中断して、 解き直してからの過去ログがこちらになります」
テトラ「すみません。 問題を書き写すときに間違っていましたので、 解き直しました。 あたしの答えは正しいですか」
AI「テトラさん、再提出ありがとうございます。 よく頑張っていますね。 あなたが求めているのは $t$ の値の個数ですが、 問題で聞かれているのは $x$ の個数であるという点に注意してみてください」
テトラ「確かにあたしは、求めるものを間違っていました。 $t = \cos x$ なので、 一つの $t$ に対して $x$ は二つありますから、 求める $x$ の個数は $4$ 個ということですね」
AI「テトラさん、素晴らしい考察です。 ただ、 $t = \cos x$ の場合、 $0 \LEQ x \LEQ \pi$ という範囲に注目する必要がありますよ」
テトラ「範囲に注目することを指摘してくださって、ありがとうございます。 あたしは、どうしてもこういう《うっかりミス》をしてしまいます。
AI「テトラさん、その通りです。大事な点に気づけましたね。 最終的な $x$ の個数が $2$ 個であるというテトラちゃんの答えそのものは合っています」
テトラ「よかったです」
AI「ただし、 そこに至るまでの $t$ の値と $x$ の対応のさせ方で、 まだ確認すべき点があります。 もう一度あらためて問題を考えてみましょう」
僕「えーと……?」
テトラ「このあたり、AIとあたしの対話はわかりにくいと思います。 AIさんから指摘を受けて焦ってしまったんです。 それで思いつくまま書いてしまったんです」
僕「うーん……二倍になって半分という説明のあたりも、 何となくはわかるけど、テトラちゃんがどう考えて話しているのか、 はっきりとはわからない」
テトラ「はい、そうです。 あたしはワタワタしながら書いています。 それで『これはまずいぞテトラ』とあたしは思いました」
僕「うん」
テトラ「あたしは、ここでいったんAIさんとの対話を中断して、 あらためて考え直すことにしました。仕切り直しです! 仕切り直し後の過去ログを読んでいただけますか」
僕「うん……いいよ」
僕はそう言いながら、 さっきのAIの回答に引っ掛かるものを感じていた。
まあ、それは後で考えよう。
まずは《対話》の続きを見ていこう。
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