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第443回 シーズン45 エピソード3
ブラフマグプタ(前編) ただいま無料

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

双倉図書館にて

は高校生。 ユーリといっしょに双倉ならびくら図書館で開催されているイベント《いにしえの代数学》を巡っている。 会場にはパネルがたくさんあり、解説や数学の問題が書かれている。

僕たちは、 「代数学の父」ディオファントスのコーナーを回りながら問題を解いていた(第442回参照)。

ユーリ「お兄ちゃん、お兄ちゃん! ディオファントスのコーナーはそのくらいにして、 今度はこっちのコーナーに行こーよー!」

「走るなって」

数理天文学者ブラフマグプタ

ブラフマグプタのコーナーに入った僕たちは、展示パネルを見る。

ブラフマグプタ

中世インドの数理天文学者ブラフマグプタは598年に生まれた。 彼は30歳のときに天文学大系『ブラフマ・スプタ・シッダーンタ』を書いた。 インドには多数の方言があるが、 学術目的での共通言語としてサンスクリット語が用いられた。 『ブラフマ・スプタ・シッダーンタ』もサンスクリット語で書かれた。 また、その多くの部分は暗唱しやすくするために詩の形で述べられていた。 これも当時のインド学術書の伝統にならったものである。

ユーリ「ほほー、なるほどねー……んじゃ、次のパネル!」

「ちゃんと読んだ?」

ユーリ「読んだ読んだ。ぶらふま……何とか」

「ブラフマグプタ。せめて名前はちゃんと覚えようよ」

ユーリ「書いた本が、ぶらふま……何とか」

「ブラフマ・スプタ・シッダーンタ。インドっぽい言葉だね。 お釈迦様の名前はゴータマ・シッダールタだし、 インド神話の『マハーバーラタ』や『ラーマーヤナ』も似た響きがある」

ユーリ「数理天文学者ってかっこいー! ……でも、数学と天文学って関係あんの?」

「こっちのパネルに説明があるよ」

天文学と周期的時間

当時のインド天文学では、 周期的時間に関心があった。 これは神話的意味を持つ周期的時間の概念を、科学的な天文学に応用したものである。 当時は太陽と月とすべての惑星がある時点で同じ位置にあり、周期的運動をすると考えられていた。 年・月・日の周期や惑星の位置計算においては合同式が用いられた。 ブラフマグプタもその計算を行っている。

ユーリ「年・月・日が周期的なのはわかるけど、合同式って何?」

「合同式というのは、 特定の整数で割ったときの余りが等しいことを示す式だね」

ユーリ「また余りが出てきた」

「そうそう。ディオファントスの方程式を考えたときに、 $3$ で割った余りを考えた(第422回参照)。 あれはまさに、 $3$ を法とした合同式の考え方を使っていたことになるね」

ユーリ「そーなの?」

「僕たちが普通使っているのは、 $$ 3 + 7 = 10 $$ のような等式だね。左辺の $3 + 7$ を計算した結果と、 右辺の $10$ が等しいことを表している」

ユーリ「うん」

「$3$ で割った余りが等しいことは、 $$ 3 + 7 \equiv 10 \pmod3 $$ と書く。 そして『$3$ をほうとして $3 + 7$ は $10$ と合同ごうどうである』というんだ」

ユーリ「$3 + 7 = 10$ なんだから、 $3$ で割った余りが等しいのは当たり前では? どっちも $3$ で割ったら余り $1$」

「そうだね。 $3 + 7 = 10$ だから、 $3 + 7 \equiv 10 \pmod3$ は当たり前。 でも、 $3$ で割ったときに余りが $1$ になるのは $10$ だけじゃない。 たとえば $1$ だってそうだ。 だから次の合同式も成り立つ」

$$ 10 \equiv 1 \pmod3 $$

ユーリ「じゃ、 $10 \equiv 4\pmod3$ とか、 $10\equiv 7\pmod3$ も成り立つ?」

「そういうことだね。 $$ 1 \equiv 4 \equiv 7 \equiv 10 \equiv 13 \equiv 16 \equiv \cdots \pmod3 $$ が成り立つ」

ユーリ「$3$ を足しても変わらない」

「そうそう。 $3$ で割った余りを考えているから、 $3$ を加えるたびに余りは等しくなる。 つまり周期を持つものを表すのに合同式——というか、余りの考え方は向いているんだね。 たとえば一週間は $7$ 日だから、経過日数を $7$ で割った余りが $0$ なら同じ曜日——とかね」

ユーリ「なーる」

僕たちは、そんなおしゃべりをしながら次の展示パネルへ進む。

アルゴリズムと証明

ブラフマグプタは『ブラフマ・スプタ・シッダーンタ』の中で、 問題を解くための計算手順(アルゴリズム)および具体例も示した。 しかし、ブラフマグプタの恒等式こうとうしきなどの式変形による証明を除いては、 現代の数学のような論証を積み重ねていく形での証明は行われなかった。

「証明に関して、ディオファントスのところにも似たような説明があったね」

ユーリ「ぶらふま……のこーとーしき?」

「ブラフマグプタの恒等式。 こっちのパネルに具体的に書いてある。この等式は $x,y,X,Y$ とそれから $D$ にどんな数を代入しても成り立つ……」

ブラフマグプタの恒等式

$$ \begin{align*} (x^2 - Dy^2)(X^2 - DY^2) &= (xX + DyY)^2 - D(xY + Xy)^2 \\ &= (xX - DyY)^2 - D(xY - Xy)^2 \end{align*} $$

ユーリ「へー……ところで、展示パネルばっかりだけど、 問題のパネルはまだなの? ユーリ、問題が解きたいんだけどにゃあ・・・

「……」

ユーリ「ねー、お兄ちゃん! ユーリのこと、無視すんなー!」

「いやいや、この恒等式がそのまま問題だよ。 つまりね、ブラフマグプタの恒等式が成り立つことを証明せよという問題になる」

ユーリ「こんなややこしい式、証明できんの?」

「文字が多いから、パッと見にはややこしく感じるけど、 ていねいに読めば、単に展開すればいいことがわかる。 がんばれば暗算でもできる」

ユーリ「さっすが《数式マニア》」

「注意深く見ればわかるけど、そんなに難しくないよ。 式の計算がわかっていれば、中学生でもできる」

ユーリ「うっそ、ほんと?」

「ほんとほんと。ああ、でも、 こんなふうに色分けした方が、式の構造がずっとわかりやすくなるね。 ああ、それから $2$ 乗の部分は文字を二つ並べた方がいいかも」

ブラフマグプタの恒等式を色分けする

$$ \begin{align*} (x^2 - Dy^2)(X^2 - DY^2) &= (xX + DyY)^2 - D(xY + Xy)^2 \\ &\downarrow \\ (\AAx\AAx - \CCd\AAy\AAy)(\BBx\BBx - \CCd\BBy\BBy) &= (\AAx\BBx + \CCd\AAy\BBy)^2 - \CCd(\AAx\BBy + \BBx\AAy)^2 \end{align*} $$

ユーリ「うーわ! ほんとだ! 左辺の方は $\AAx\AAx$ とか $\BBy\BBy$ みたいに同じ色がまとまってて、 右辺の方は $\AAx\BBx$ とか $\BBx\AAy$ みたいに違う色がまとまってる! 『これって、もしかして、私たち——入れ替わってる?!』」

「『君の名は。』じゃないんだから」

ユーリ「君の名は、ぶらふま……思い出せない!」

「ブラフマグプタ」

ユーリ「これ、展開したらほんとに等しくなるの?」

「やってみよう!」

「まずは左辺を展開しよう」

$$ \begin{align*} &(\AAx\AAx - \CCd\AAy\AAy)(\BBx\BBx - \CCd\BBy\BBy) \\ &\qquad= \AAx\AAx\BBx\BBx - \AAx\AAx\CCd\BBy\BBy - \CCd\AAy\AAy\BBx\BBx + \CCd\AAy\AAy\CCd\BBy\BBy \\ &\qquad= \AAx\AAx\BBx\BBx - \CCd\AAx\AAx\BBy\BBy - \CCd\AAy\AAy\BBx\BBx + \CCd\CCd\AAy\AAy\BBy\BBy \\ \end{align*} $$

ユーリ「ははーん……この $\AAx\AAx\BBx\BBx$ を $\AAx\BBx\AAx\BBx$ に読み替えるんじゃな?」

「きっとそうだね。次は右辺を展開してみよう」

$$ \begin{align*} & (\AAx\BBx + \CCd\AAy\BBy)^2 - \CCd(\AAx\BBy + \BBx\AAy)^2 \\ &\qquad= \AAx\BBx\AAx\BBx + 2\AAx\BBx\CCd\AAy\BBy + \CCd\AAy\BBy\CCd\AAy\BBy - \CCd(\AAx\BBy\AAx\BBy + 2\AAx\BBy\BBx\AAy + \BBx\AAy\BBx\AAy) \\ &\qquad= \AAx\BBx\AAx\BBx + \CANCEL{2\AAx\BBx\CCd\AAy\BBy} + \CCd\AAy\BBy\CCd\AAy\BBy - \CCd\AAx\BBy\AAx\BBy - \CANCEL{2\CCd\AAx\BBy\BBx\AAy} - \CCd\BBx\AAy\BBx\AAy \\ &\qquad= \AAx\AAx\BBx\BBx - \CCd\AAx\AAx\BBy\BBy - \CCd\AAy\AAy\BBx\BBx + \CCd\CCd\AAy\AAy\BBy\BBy \\ \end{align*} $$

ユーリ「あっ、全部の文字が入ってるヤツは$\CANCEL{\textrm{消えちゃう}}$んだね」

「そうだね。ということで、 $$ (x^2 - Dy^2)(X^2 - DY^2) = (xX + DyY)^2 - D(xY + Xy)^2 $$ が証明できた。同じように $$ (x^2 - Dy^2)(X^2 - DY^2) = (xX - DyY)^2 - D(xY - Xy)^2 $$ も証明できる。ユーリがいま言った$\CANCEL{\textrm{消えちゃう}}$部分のプラスとマイナスが反転するだけの違い」

ユーリ「それにしても、ぶらふま……ぐぷた氏はこんなめんどくさい式をよく見つけたもんだねー」

「……」

ユーリ「今度は何を考えてんの?」

「……このブラフマグプタの恒等式、名前は知らなかったけど授業で出てきた記憶がある。 ちょっと違う形だけど、 $x,y,X,Y$ を $a,b,c,d$ にして、 $D = -1$ にしたこういう恒等式 $\heartsuit$ だね」

恒等式 $\heartsuit$

$$ (a^2 + b^2)(c^2 + d^2) = (ac + bd)^2 + (ad - bc)^2 $$

ユーリ「さっすがお兄ちゃん、数式よく覚えてんなー」

「……」

ユーリ「さっきから沈黙、多過ぎますゼ、旦那はん」

「この恒等式 $\heartsuit$ だけど、複素数で解釈できると思ったんだよ」

ユーリ「複素数……で解釈?」

「複素数 $a+bi$ の絶対値は $\ABS{a + bi} = \SQRT{a^2 + b^2}$ だから、 $a^2 + b^2 = \ABS{a+bi}^2$ になる」

ユーリ「なんで?」

「複素平面で考えればわかるよ。 複素数 $a+bi$ の絶対値 $\ABS{a+bi}$ は、 原点 $O$ と $a+bi$ の距離だからね。三平方の定理だ」

$\ABS{a+bi} = \SQRT{a^2 + b^2}$

ユーリ「あー……そーいえば、お兄ちゃんに教えてもらったっけ」

恒等式 $\heartsuit$ (再掲)

$$ (a^2 + b^2)(c^2 + d^2) = (ac + bd)^2 + (ad - bc)^2 $$

「だから、恒等式 $\heartsuit$ の左辺は、 $$ (a^2 + b^2)(c^2 + d^2) = \ABS{a+bi}^2\cdot\ABS{c+di}^2 $$ と考えることができる。右辺は……おおおおっ!」

ユーリ「びっくりすんじゃん!」

「恒等式 $\heartsuit$ の右辺も複素数で考えられるね。 まず、 $a + bi$ に、 $c + di$ の複素共役ふくそきょうやくである $\BAR{c + di} = c - di$ を掛けるんだ。 すると、 $$ (a+bi)(\BAR{c+di}) = (a+bi)(c-di) = (ac+bd) - (ad-bc)i $$ になるから、恒等式 $\heartsuit$ の右辺は、 $$ (ac + bd)^2 + (ad - bc)^2 = \ABS{(a+bi)(\BAR{c+di})}^2 $$ になる。つまり恒等式 $\heartsuit$ は、 二つの複素数 $\alpha = a + bi$ と $\beta = c + di$ について、 こんな式が成り立っていると解釈できるんだ!」

$$ \begin{align*} (a^2 + b^2)(c^2 + d^2) &= (ac + bd)^2 + (ad - bc)^2 \\ &\downarrow \\ \ABS{a+bi}^2\cdot\ABS{c+di}^2 &= \ABS{(ac+bd) - (ad-bc)i}^2 \\ &\downarrow \\ \ABS{a+bi}^2\cdot\ABS{c+di}^2 &= \ABS{(a+bi)(\BAR{c+di})}^2 \\ &\downarrow \\ \ABS{\alpha}^2\cdot\ABS{\beta}^2 &= \ABS{\alpha\BAR{\beta}}^2 \end{align*} $$

ユーリ「おお!……ってゆーか、まだよくわかんないよー」

「$\ABS{\beta} = \ABS{\BAR{\beta}}$ なのはベクトルで考えればすぐわかるよ。 そうか! ベクトルで解釈してもおもしろい。 だって、 $ac + bd$ はベクトル $(a,b)$ と $(c,d)$ の内積だし、 $ad - bc$ は外積の符号付き大きさだから……」

ユーリ「おーい……かわいいユーリを置いてくなー! 次のパネルに行こーよー!」

ブラフマブクプタと不定方程式

ブラフマブクプタと不定方程式

中世インドでは、 一次や二次の不定方程式を満たす正の整数解が研究された。 ブラフマグプタは、 $$ x^2 - Dy^2 = k $$ という形式の不定方程式(ディオファントス方程式)を研究した。

「ブラフマグプタも不定方程式を研究したんだね。 $x^2 - Dy^2 = k$ で、 $D$ と $k$ が定数で、 $x,y$ が未知数だとすると、 式が $1$ 個しかないのに未知数が $2$ 個ある」

ユーリ「不定方程式、ディオファントスのところでも出てきた」

「そうだね」

ペル方程式

ブラフマグプタが研究した不定方程式 $$ x^2 - Dy^2 = k $$ において $k = 1$ とした $$ x^2 - Dy^2 = 1 $$ は、現在ペル方程式として知られている。 ペル方程式は後世のフェルマーやオイラーによってさらに深く研究され、 ラグランジュが完全な解法を求めた。 なお、 ペル方程式の名前はオイラーが無関係な 数学者ジョン・ペルの名前から誤って命名したものだが、 現在広く伝わってしまっている。

ユーリ「まちがった名前が広まることなんてあるんだ」

「こっちに、ユーリがお待ちかねの問題パネルがあるよ」

ユーリ「おー、来た来た!」

問題1(ペル方程式)

$x$ と $y$ に関する不定方程式 $$ x^2 - 8y^2 = 1 $$ を満たす正の整数 $x$ と $y$ の組を一つ見つけよ。

「説明パネルに出てきた $x^2 - Dy^2 = k$ で、 $D = 8$ として、 $k = 1$ としたわけだね」

ユーリ「また正の整数を求める問題……」

「$x^2$ と $y^2$ だから、正の整数 $(x,y)$ が $x^2 - 8y^2 = 1$ を満たすなら、 $(x,y),(-x,y),(x,-y),(-x,-y)$ はすべて満たすよ」

ユーリ「あ、そっか。考えてみる!」

「見つかった?」

ユーリ「すぐ見つかった。 $(x,y) = (3,1)$ とか。 $x = 3$ と $y = 1$ にすると、 $x^2 - 8y^2$ は $$ \begin{align*} x^2 - 8y^2 &= 3^2 - 8\times 1^2 \\ &= 9 - 8 \\ &= 1 \end{align*} $$ になるでしょ? ふふーん。簡単だった……お兄ちゃんは何してんの?」

「$(x,y) = (3,1)$ とはの組で $x^2 - 8y^2 = 1$ を満たすものを見つけようとしてるんだ。 でも……難しいな。 $x^2$ から $8y^2$ を引いて $1$ になるものを見つける。 つまり、いろんな $x$ に対して $x^2$ から $1$ を引いた数が $8y^2$ になるような $y$ を見つける。 $x^2 - 8y^2 = 1$ を $x^2 - 1 = 8y^2$ にして考えるわけだ」

  • $x = 4$ のとき $x^2-1 = 15$ だけど、 $8y^2 = 15$ になる $y$ はない。
    $x$ は偶数じゃダメだ。
  • $x = 5$ のとき $x^2-1 = 24$ だけど、 $8y^2 = 24$ つまり $y^2 = 3$ になる $y$ はない。
  • $x = 6$ は偶数だから、考えなくてもいい。
  • $x = 7$ のとき $x^2-1 = 48$ だけど、 $8y^2 = 48$ つまり $y^2 = 6$ になる $y$ はない。
  • $x = 8$ は偶数だから、考えなくてもいい。
  • $x = 9$ のとき $x^2-1 = 80$ だけど、 $8y^2 = 80$ つまり $y^2 = 10$ になる $y$ はない。
  • $x = 10$ は偶数だから……あれ、ユーリ?

ユーリ「お兄ちゃん! こっちの問題2のパネルにヒントがあるみたい」

問題2(ブラフマグプタの方法)

$x^2 - 8y^2 = 1$ を満たす $(x,y)$ の組を使い、 ブラフマグプタの恒等式を使うことで、 $x^2 - 8y^2 = 1$ を満たす新たな $(x,y)$ の組を見つけよ。

ブラフマグプタの恒等式(再掲)

$$ \begin{align*} (x^2 - Dy^2)(X^2 - DY^2) &= (xX + DyY)^2 - D(xY + Xy)^2 \\ &= (xX - DyY)^2 - D(xY - Xy)^2 \end{align*} $$

「どういうことだろう。 $D = 8$ にすると、たとえばこういう式が成り立つわけだよねえ……」

$$ (x^2 - 8y^2)(X^2 - 8Y^2) = (xX + 8yY)^2 - 8(xY + Xy)^2 $$

ユーリコレが、 $\AAx^2 - \CC8\AAy = 1$ の左辺の形ってこと?」

$$ (\underbrace{\AAx^2 - \CC8\AAy^2}_{\textbf{コレ}})(X^2 - 8Y^2) = (xX + 8yY)^2 - 8(xY + Xy)^2 $$

「そういうことか。ココも $\BBx^2 - \CC8\BBy = 1$ の左辺の形だね」

$$ (\underbrace{\AAx^2 - \CC8\AAy^2}_{\textbf{コレ}}) (\underbrace{\BBx^2 - \CC8\BBy^2}_{\textbf{ココ}}) = (xX + 8yY)^2 - 8(xY + Xy)^2 $$

そして、ユーリは同時に右辺に注目した。

ユーリソッチも!」

「$\DDx^2 - \CC8\DDy^2 = 1$ の左辺の形だ!」

$$ (\underbrace{\AAx^2 - \CC8\AAy^2}_{\textbf{コレ}}) (\underbrace{\BBx^2 - \CC8\BBy^2}_{\textbf{ココ}}) = \underbrace{ (\underbrace{\DD{xX + 8yY}}_{\DDx})^2 - \CC8 (\underbrace{\DD{xY + Xy}}_{\DDy})^2 }_{\textbf{ソッチ}} $$

ユーリ「待って、待って、待って!  コレココソッチで、 おんなじ式の形が出てくるのはわかったけど……それで、 何ができるの?」

  • コレは、 $\AAx^2 - \CC8\AAy$
  • ココは、 $\BBx^2 - \CC8\BBy$
  • ソッチは、 $\DDx^2 - \CC8\DDy^2$

「うん、うん、うん、わかった。 こういうことだよ。 僕たちが $\AAx^2 - \CC8\AAy = 1$ と $\BBx^2 - \CC8\BBy = 1$ を満たすような $(\AAx,\AAy)$ と $(\BBx,\BBy)$ を見つけたら、 それを使って、 $\DDx^2 - \CC8\DDy^2 = 1$ を満たすような $(\DDx,\DDy)$ を作ることができる。 なぜなら、コレココがどちらも $1$ に等しかったら、ソッチも $1$ に等しいので、 $(\DDx,\DDy)$ は、 $$ \DDx^2 - \CC8\DDy^2 = 1 $$ を満たす。 そして、 $\DDx$ と $\DDy$ は、 $$ \begin{cases} \DDx &= \AAx\BBx + 8\AAy\BBy \\ \DDy &= \AAx\BBy + \BBx\AAy \end{cases} $$ として計算できる」

ユーリ「すげー! ……でも、まだ $(3,1)$ のひと組しか見つかってないよ。 お兄ちゃん、根気よく試してたけど見つけてないでしょ?」

「そんなの、同じ組を二回使えばいいよね。 そうすれば、解決だ。 $(\AAx,\AAy) = (3,1)$ と $(\BBx,\BBy) = (3,1)$ にするんだ!」

ユーリ「そっか!」

$$ \begin{cases} \DDx &= \AAx\BBx + 8\AAy\BBy = \AA3\cdot\BB3 + 8\cdot\AA1\cdot\BB1 = \DD{17} \\ \DDy &= \AAx\BBy + \BBx\AAy = \AA3\cdot\BB1 + \BB3\cdot\AA1 = \DD6 \end{cases} $$

「だから $(\DDx,\DDy) = (\DD{17},\DD6)$ は $\DDx^2 - \CC8\DDy^2 = 1$ を満たすはず」

$$ \DDx^2 - \CC8\DDy^2 = \DD{17}^2 - \CC8\cdot\DD6^2 = 289 - 288 = 1 $$

ユーリ「うわ、やば! ちゃんと $1$ になる!」

「これを繰り返せば、 $x^2 - 8y^2 = 1$ を満たす $(x,y)$ の組を無数に作り出せることになるよ!」

ブラフマグプタの方法

ブラフマグプタの恒等式により、 $$ \begin{cases} x^2 - Dy^2 &= k \\ X^2 - DX^2 &= K \end{cases} $$ から、 $$ (xX + DyY)^2 - D(xY + Xy)^2 = kK $$ が成り立つ。 したがって特に二次不定方程式 $$ x^2 - Dy^2 = 1 $$ を満たす $(x,y)$ の組が一つあると、 同じ不定方程式を満たす無数の組を作り出すことができる。

参考文献

※本文中に出てくるパネルの文章は、 参考文献の内容をもとに再構成したものであり、 直接の引用ではありません。

この記事は期間限定で「ただいま無料」となっています。

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(第443回終わり)

(2025年3月7日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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