登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
僕は高校生。 ユーリといっしょに双倉図書館で開催されているイベントにやってきた。
イベントは《いにしえの代数学》という企画で、 代数学にまつわるたくさんのパネルが展示されている。
僕たちは、古代ギリシアのアレクサンドリアで活躍した「代数学の父」ディオファントスのコーナーを回っている(第441回参照)。
あちこちのパネルには、ディオファントスについての解説だけではなく、 関連する数学の問題も書かれている。
実際に数学に取り組んで楽しめるようになっているのだ。
僕たちは、次のパネルに進んだ。
ディオファントス方程式
未知数に対して独立な方程式の数が不足しているため、解が一意に定まらない方程式を不定方程式という。 ディオファントスは整数解や有理数解を求める不定方程式を多く研究した。 今日では、整数係数を持ち整数解を求める不定方程式のことをディオファントス方程式と呼ぶことがある。
ユーリ「ふーん……じゃっ、次のパネル行こう!」
僕「ちゃんとパネル読んだ?」
ユーリ「ディオファントス方程式・未知数多い・整数・有理数」
僕「キーワードだけ並べられてもねえ」
ユーリ「具体的な問題を早く解きたいの!」
問題1
次の式を満たす正の整数 $x$ と $y$ の組を求めよ。 $$ x^2 - y^2 = 60 $$
(参考:ディオファントス『算術』第II巻問題10)
僕「なるほど」
ユーリ「何がなるほど?」
僕「この問題1は、さっきの《ディオファントス方程式》の説明通りだと思ったんだよ」
ユーリ「?」
僕「ほら、この $x^2 - y^2 = 60$ という方程式 $1$ 個に対して、未知数が $x$ と $y$ の $2$ 個がある。 方程式の個数よりも未知数の個数が多い問題になってるよね」
ユーリ「あれ? じゃ、答えわかんないじゃん」
僕「$x^2 - y^2 = 60$ が与えられて解こうとしても、これを満たす $(x,y)$ の組が無数にあるかもしれない。 でも、問題1には正の整数という条件がある。 $x$ は $y$ はどちらも正の整数、つまり $$ 1,2,3,\ldots $$ のどれかだということ。 この条件があれば解ける——場合がある……かもしれない」
ユーリ「うーわ、不思議! なんでじゃ」
僕「ユーリだったら、この $x^2 - y^2 = 60$ を満たす正の整数 $x,y$ を求めよと言われたらどうする?」
僕が水を向けると、 ユーリは双倉図書館の天井を見上げた。 天井に答えが書いてあるわけじゃない。 彼女は真剣に考えているのだ。
ユーリ「えーとね……あれ? ユーリ、わかっちゃったかも?」
僕「いきなりかい」
ユーリ「$x = 8$ と $y = 2$ としてみたら、 $$ x^2 - y^2 = 8^2 - 2^2 = 64 - 4 = 60 $$ になった。これでオッケーじゃん!」
僕「うん、計算は正しいね。どうやって求めたの?」
ユーリ「試した」
僕「いやいや、それはそうだろうけど、何も考えずに試したわけじゃないよね」
ユーリ「こんな感じ」
僕「なるほどね。 $60$ より大きい平方数として $64$ を見つけて、 $60$ を引いてみたら残りの $4$ も平方数だった」
ユーリ「そーゆーこと!」
僕「$(x,y) = (8,2)$ は確かに求める組になっているけど、他には?」
ユーリ「$(x,y) = (8,2)$ の他にも $x^2 - y^2 = 60$ を満たすのがあるの?!」
僕「僕の方が聞いてるんだよ。 $60$ より大きい平方数の $64$ は『たとえば』として試しただけ。 $60$ より大きい平方数は他にもあるよね」
ユーリ「無理無理無理無理! だって $9^2 = 81$ とか $10^2 = 100$ とか、 $11^2 = 121$ とか、無数にあるから、 ぜんぶ試すの無理無理!」
僕「でも少し試してみるのも悪くない。 たとえば $x = 9$ とすると、 $y^2 = 9^2 - 60 = 81 - 60 = 21$ になる」
ユーリ「でも、 $21$ は平方数じゃない」
僕「たとえば $x = 10$ とすると、 $y^2 = 10^2 - 60 = 100 - 60 = 40$ になる」
ユーリ「でも、 $40$ は平方数じゃない」
僕「たとえば $x = 11$ とすると、 $y^2 = 11^2 - 60 = 121 - 60 = 61$ になる」
ユーリ「でも、 $61$ は平方数じゃない」
僕「たとえば $x = 12$ とすると、 $y^2 = 12^2 - 60 = 144 - 60 = 84$ になる」
ユーリ「でも、 $84$ は平方数じゃないんだって!!」
僕「そうだねえ。 正の整数だから順番に試すことはできる。 でも、 $x^2 - y^2 = 60$ では《差》を考えているから、 $x$ と $y$ の両方を大きくしていくことができてしまい、どこまでいっても終わらない」
ユーリ「さっきからそー言ってんじゃん。無数にあるから無理だって」
僕「《差》を考える代わりに《積》を考えるようにしたら終わりを作れそうだよ」
ユーリ「《積》を考える?」
僕「因数分解するんだ。 $$ x^2 - y^2 = (x + y)(x - y) $$ にできるから、問題1で与えられた式は、 $$ (x + y)(x - y) = 60 $$ と書き直せる。そして——」
ユーリ「右辺の $60$ も《積》にする! なーるほど!」
$$ \begin{align*} 60 &= 60 \times 1 \\ &= 30 \times 2 \\ &= 20 \times 3 \\ &= 15 \times 4 \\ &= 12 \times 5 \\ &= 10 \times 6 \\ &= \textrm{えーと……} \end{align*} $$僕「そこまでだね。 $60$ の約数は $$ 1,2,3,4,5,6,10,12,15,20,30,60 $$ だけだから、試す $(x,y)$ の組は無数じゃない。 たったの $6$ 個になった」
ユーリ「めちゃくちゃ減った」
僕「$x + y$ と $x - y$ がそれぞれわかれば、 $x$ と $y$ も求められる。 $$ x = \frac{(x + y) + (x - y)}{2} \quad \textrm{と} \quad y = \frac{(x + y) - (x - y)}{2} $$ と計算すればいいから。 ただし、 $x,y$ がどちらも正の整数になってることの《確認》が必要になる」
$$ \newcommand{\NG}{\textrm{×}} \newcommand{\OK}{\textrm{○}} \begin{array}{|c|c|c|c|} \hline x + y & x - y & x & y & \textrm{《確認》} \\ \hline 60 & 1 & \frac{61}{2} & \frac{59}{2} & \NG \\ 30 & 2 & 16 & 14 & \OK \\ 20 & 3 & \frac{23}{2} & \frac{21}{2} & \NG \\ 15 & 4 & \frac{19}{2} & \frac{11}{2} & \NG \\ 12 & 5 & \frac{17}{2} & \frac{7}{2} & \NG \\ 10 & 6 & 8 & 2 & \OK \\ \hline \end{array} $$ユーリ「出た! $(x,y) = (16,14)$ と $(x,y) = (8,2)$ の $2$ 組あるんだね」
僕「$(16,14)$ は $16^2 - 14^2 = 256 - 196 = 60$ で確かに $60$ になる。 $(8,2)$ の方はさっきユーリが見つけてくれた。 これですべての組が見つかった。この他には、 $x^2 - y^2 = 60$ を満たす正の整数 $x$ と $y$ の組は存在しない!」
解答1
$x^2 - y^2 = 60$ を満たす正の整数 $x$ と $y$ の組は、 $(x,y) = (16,14)$ と $(x,y) = (8,2)$ の $2$ 組である。
ユーリ「そんじゃ、次のパネルに行こー!」
僕「……」
ユーリ「早く行こーよー!」
僕「ちょっと待って。いまの問題1、もっと一般化できそうだ」
ユーリ「ほよ?」
僕「問題1は $x^2 - y^2 = 60$ を満たす正の整数 $x,y$ の組を求めたけど、 ここに $60$ という数が出てきているよね。 《文字の導入による一般化》をやってみると、 こんな問題ができるよ」
問題2
正の整数 $n$ が与えられたとき、 次の式を満たす正の整数 $x$ と $y$ の組を求める方法を考えよ。 $$ x^2 - y^2 = n $$
ユーリ「なーるほど? $60$ を $n$ に変えたってことだね。 でも、方法は同じじゃないの? $n = ab$ みたいに因数分解して、 $$ (x + y)(x - y) = ab $$ になるような $a$ と $b$ を探せばすぐ見つかるじゃん。 $n = ab$ になる正の整数の組み合わせは有限個だもん」
僕「まったくその通り。 $a = x + y$ と $b = x - y$ がわかれば、 $$ x = \frac{a+b}{2} \qquad \textrm{と} \qquad y = \frac{a-b}{2} $$ のように計算すれば、 $x$ と $y$ の組がわかる」
ユーリ「じゃっ、次のパネル……」
僕「わかるんだけど、もうちょっと《おもしろいこと》がいえないかと思うんだよ」
ユーリ「出たな《数式マニア》。何が《おもしろいこと》なの?」
僕「それを探してるんだ。あのね、さっきの問題1で、 $x$ と $y$ がどちらも正の整数になるかの《確認》をした。そこが引っかかってる」
ユーリ「へー」
僕「いま話した通り、 $(x + y)(x - y) = n = ab$ としたとき、 $$ x = \frac{a+b}{2} \qquad \textrm{と} \qquad y = \frac{a-b}{2} $$ だから、 $x$ と $y$ が正の整数になるためには、
ユーリ「そだね。 $2$ で割り切れないといけないから」
僕「$a,b$ が正の整数で、 $a + b$ が偶数ということは《$a$ と $b$ の偶奇が一致する》ことになる」
ユーリ「ぐーき?」
僕「偶奇というのは《偶数か奇数か》ということ。 $a$ と $b$ の偶奇が一致するというのは、
ユーリ「……」
僕「わからない?」
ユーリ「《$a + b$ が偶数なら $a$ と $b$ の偶奇は一致する》って話を考えてんの!! ……そっか、わかった、わかった。ちゃんと考えればすぐわかるね」
$a$ と $b$ の偶奇が一致しているとき
$a$ と $b$ の偶奇が一致していないとき
僕「そうそう。そして $a$ と $b$ の偶奇が一致していたら、 $a - b$ も偶数になる」
ユーリ「ふんふん」
僕「で、話を戻すと、 $$ x = \frac{a+b}{2} \qquad \textrm{と} \qquad y = \frac{a-b}{2} $$ で $x$ と $y$ が正の整数になるということは、 $a+b$ と $a-b$ はどちらも偶数だから、 $a$ と $b$ の偶奇が一致するように $n = ab$ の因数分解をするのがいいってことだね」
ユーリ「さっきは $60 = ab$ となる $a,b$ を全部考えて計算したけど、無駄だったってこと?」
僕「無駄ともいえるけど、 具体的に考えたから一般化も考えやすかったといえるよ。 だから無駄でもない」
ユーリ「オッケー! んじゃ、次のパネルに……」
僕「待って待って。まだ考えたいことがある。問題2で、 $x^2 - y^2 = n$ を考えるとき、 $(x + y)(x - y) = ab$ と因数分解するとして《$a$ と $b$ の偶奇は一致する》ことがわかった」
ユーリ「それいま話したやつ」
僕「それでだ。《$a$ と $b$ の偶奇は一致する》としたら、 $n = ab$ で $n$ の偶奇はどうなるかなと思ったんだ」
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