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第441回 シーズン45 エピソード1
ディオファントス(前編) ただいま無料

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

双倉図書館にて

は高校生。 ユーリといっしょに双倉ならびくら図書館で開催されているイベントにやってきた。

イベントは《いにしえの代数学》という企画で、 代数学にまつわるたくさんのパネルが展示されている。

ミルカさんテトラちゃんも来ているはずなんだけど……

ユーリ「お兄ちゃん! 早く早く!」

「ユーリはどうしてイベント会場だとそんなに急ぐんだろう」

ユーリ「だって、パネルがたーくさんあるから、急がないと間に合わないじゃん!」

「はいはい」

ユーリ「あそこの部屋から見ていこ! 数学者ディオなんとか」

「ディオファントス、だね」

数学者ディオファントス

僕たちは、パネルを見上げた。

そこにはディオファントスの簡単な紹介が書かれていた。

数学者ディオファントス

代数学の父」と呼ばれる古代ギリシアの数学者ディオファントスは、 3世紀ごろのアレクサンドリアで活躍した。 彼は不定方程式の整数解を求める問題に取り組み、 現代数論の基礎となる重要な役割を果たした。 代表作『算術』は後世の数学者に大きな影響を与えていく。

ユーリ「ふーん……じゃっ、次のパネル行こう!」

「ユーリ、読むの速いなあ。ちゃんと読んだ?」

ユーリ「おかーさんみたいなこと言わないで!  読んだ読んだ。 ディオなんとかっていう数学者は、ギリシアにあるアレクサンドリアってとこで数学したんでしょ?」

「アレクサンドリアはギリシアじゃなくてエジプトにあるんだよ」

ユーリ「は?」

「ほら、こっちのパネルに詳しく書いてある」

アレクサンドリア

ディオファントスは、エジプトのアレクサンドリアで活躍した。 当時のアレクサンドリアは、 ギリシア文化の影響を受けた学問の中心地であり、 多くの数学者や哲学者が集まった都市であった。 有名なアレクサンドリア図書館もかつては世界中の知識が集まる場所であったが、 ディオファントスの時代には衰退しつつあった。

ユーリ「意味わかんない。 ディオファントスはアレクサンドリアで活躍して、 アレクサンドリアはエジプトにある。 それなのにディオファントスは古代ギリシアの数学者ってゆーの?」

「地理的にアレクサンドリアはエジプトにあるけど、 文化的には古代ギリシアの影響下にあったからだと思うよ」

ユーリ「ふーん」

「アレクサンドリアは古代のプトレマイオス朝エジプトの首都だけど、 プトレマイオス朝の王族はギリシア系だから、 行政や学問の場ではギリシア文化が支配的だったし、 当時のアレクサンドリアの支配者層はギリシア語を話していた。 ユーリはクレオパトラって知ってるよね。 彼女はプトレマイオス朝の最後の王さま」

ユーリ「女王さま」

「女王さま。 クレオパトラもギリシア系。 クレオパトラの死後、ローマ帝国によってプトレマイオス朝は滅ぼされてしまったけど、 ローマ帝国の支配下でも、 アレクサンドリアではギリシア語が行政や学問の主要な言語として使われ続けたんだ。 ディオファントスが活躍した時代でも、 アレクサンドリアは古代ギリシア文化圏であった」

ユーリ「お兄ちゃん、ものしり!」

「ユーリの後ろのパネルに書いてあるのを読んだだけだよ」

ユーリは振り返って、プトレマイオス朝やクレオパトラのエピソードが書かれた解説パネルを見た。

ユーリ「なんてこったい!」

ディオファントスの生涯

ユーリは次のパネルに進んだ。

「これは、ディオファントスの生涯についての有名なクイズだね」

ディオファントスの生涯

「この墓にはディオパントスが納められている……。 [そして] 彼の生涯の長さについて技学的に述べられている。 神はディオパントスの生涯の6分の1を少年とし、 その頬にひげが生えるまでにその後12分の1を足した。 神はその後7分の1経ってからディオパントスに結婚の灯をともし、 結婚後5年して彼に息子を与えた。 おお、哀れな子供よ、この子の父の生涯の半分の長さに達したとき、 冷々とした運命がこの子を捕らえた。 ディオパントスは4年間この数の学問によって悲しみを慰めてのち、 生涯を終えた。」

(『ギリシア詞華集』第XIV巻エピグラム126(紀元後500年頃))

カッツ『数学の歴史』から引用

ユーリ「ディオパントス?」

「英語綴りだとDiophantosだから、 ディオファントスと書いたり、ディオパントスと書いたりするんだと思うよ。 表記揺れってやつだね」

ユーリ「これがクイズなの? ぜんぜんクイズに見えない」

「これはディオファントスの生涯の長さを尋ねているクイズになってるよ。 こっちのパネルにまとめてある。ユーリは解ける?」

問題1

ディオファントスは……

  • 生まれてから「生涯の $\frac16$」が、少年時代であった。
  • そこから「生涯の $\frac1{12}$」が過ぎて、ひげが生えた。
  • そこから「生涯の $\frac17$」が過ぎて、結婚した。
  • そこから「$5$ 年」が過ぎて、息子が生まれた。
  • そこから「生涯の $\frac12$」が過ぎて、息子が死んだ。
  • そこから「$4$ 年」のあいだ数学で悲しみを慰めてから、ディオファントスは死んだ。
……とすると、ディオファントスの生涯は何年か?

ユーリ「……わかった!」

「速いな」

ユーリ「これをぜんぶ足したのが、ディオファントスの生涯ってことだよね。 方程式立てれば一発でわかるじゃん! オッケー、次のパネル!」

「いやいや、オッケーじゃなくてさ、実際に解いてみようよ。 ほら、いつも通り、双倉図書館のイベントにおなじみの計算用紙がちゃんと用意してある」

ユーリ「えー、めんどーい。すぐ解けそーだし」

「ほんとにすぐ解けるかな?」

ユーリ「解ける解ける。生涯を $x$ 年として——」

ユーリ「ディオファントスの生涯を $x$ 年とすると、

$$ \frac{x}{6} + \frac{x}{12} + \frac{x}{7} + 5 + \frac{x}{2} + 4 = x $$

になるでしょ。うわ、通分めんど! 分母をそろえるのに $6$ と $12$ と $7$ の最小公倍数を出すんでしょ?」

「そうだね」

ユーリ「$6 = 2 \times 3$ で $12 = 2\times2\times3$ だから……ふんふんふん……たぶん $84$ かにゃ?」

「暗算早いな。ええと……そうだね」

$$ \begin{array}{rcccccccccccccccccccccc} \phantom06 &=& 2 &\times& & & 3 & & & & \\ 12 &=& 2 &\times& 2 &\times& 3 & & & & \\ \phantom07 &=& & & & & & & 7 & & \\ \phantom02 &=& 2 & & & & & & & & \\ \hline & & 2 &\times& 2 &\times& 3 &\times& 7 &=& 84 \\ \end{array} $$

ユーリ「通分すると $$ \frac{14x}{84} + \frac{7x}{84} + \frac{12x}{84} + 5 + \frac{42x}{84} + 4 = x $$ になるから、 $$ \frac{14x + 7x + 12x + 42x}{84} - x = -9 $$ になって、 $$ \frac{84x - 75x}{84} = 9 $$ だから、 $$ \frac{9x}{84} = 9 $$ で、 $$ x = 84 $$ になった! ディオファントスは $84$ 歳でお亡くなりになったナリ」

解答1

ディオファントスの生涯を $x$ 年とすると、 $$ \frac{x}{6} + \frac{x}{12} + \frac{x}{7} + 5 + \frac{x}{2} + 4 = x $$ が成り立つ。これを整理すると $$ \frac{9x}{84} = 9 $$ となり、 $x = 84$ を得る。ディオファントスの生涯は $84$ 年であった。

「答えが出たから、次のパネルに行こうか」

ある人の生涯

ユーリ「えーと、これもクイズ?」

問題2(ある人の生涯)

ある人は……

  • 生まれてから「生涯の $\frac12$」を、学ぶことに捧げた。
  • そこから「生涯の $\frac14$」を、後進の指導に捧げた。
  • そこから「生涯の $\frac18$」を、思索に捧げた。
  • そこから「生涯の $\frac18$」を、執筆に捧げてから、その人は死んだ。
……とすると、この人の生涯は何年か?

「おや……?」

ユーリ「これも同じパターンでしょ? この人の生涯を $x$ 年とすると、 $$ \frac{x}{2} + \frac{x}{4} + \frac{x}{8} + \frac{x}{8} = x $$ だから、 $$ \frac{4x}{8} + \frac{2x}{8} + \frac{x}{8} + \frac{x}{8} - x = 0 $$ になって、 $$ \frac{8x}{8} - x = 0 $$ だから……あれ? $$ 0 = 0 $$ になっちゃった!」

「なるほどなあ! この等式 $$ \frac{x}{2} + \frac{x}{4} + \frac{x}{8} + \frac{x}{8} = x $$ は、 恒等式こうとうしきになっているんだね」

ユーリ「こーとーしき?」

「そう。 この等式は、 $x$ にどんな代入しても成り立つ。 こういう等式のことをつねに成り立つ等式という意味で 恒等式ということがある」

ユーリ「へー」

「あっ、そうか。ディオファントスのコーナーだから、 これは不定方程式ふていほうていしきの例と考えた方がいいな」

ユーリ「ふてーほーてーしき」

「$x$ についての等式があって、 その等式を満たす $x$ を求めようというとき、 その等式のことを方程式というよね。 方程式の中で特に、どんな $x$ を入れても成り立ってしまい、 答えが一つに定まらない方程式のことを不定方程式ということがある」

ユーリ「ほー」

「さっきのディオファントスの説明にも出てきてたよね?」 不定方程式の整数解を求める問題に取り組んだという話が書いてあった」

解答2(ある人の生涯)

この人の生涯を $x$ 年とすると、 $$ \frac{x}{2} + \frac{x}{4} + \frac{x}{8} + \frac{x}{8} = x $$ が成り立つ。この式は $x$ に何を代入しても成り立つので、 問題2の文章から生涯の年数は定まらない。

ディオファントスと二次方程式

ユーリは次のパネルに進んだ。

ディオファントスの『算術』

ディオファントスの著作『算術』は、 一般的な理論よりも実際の問題を解くことに重点が置かれている問題集である。 そこでは多種多様な問題とその解法が提示されている。 『算術』は数学史においても非常に重要な書物であり、 古代においても注釈が加えられ、 写本が中世イスラム社会に引き継がれて研究された。

ユーリ「ふーん……たとえば、どーゆー問題があるの?」

「こっちにあるね」

問題3

二つの数があり、和は $20$ であり、積は $96$ である。 この二つの数をそれぞれ求めよ。

(『算術』第I巻問題27より)

解答3(前半)

二つの数の和が $20$ であることから、 二つの数を、 $$ 10 + x \quad\textrm{と}\quad 10 - x $$ と考えよう。この二つの数の積が $96$ になるのだから、 $$ (10 + x)(10 - x) = 96 $$ となる。したがって、 $$ 100 - x^2 = 96 $$ すなわち、 $$ x^2 = 4 $$ である。

$x = 2$ はこれを満たすので、 求める二つの数は、 $$ 10 + 2 = 12 \quad\textrm{と}\quad 10 - 2 = 8 $$ である。

ここで——

ユーリダウト! お兄ちゃん、この解答3の説明、おかしくね? だって、 $$ x^2 = 4 $$ を満たすのは、 $x = 2$ だけじゃなくて、 $x = -2$ もだよね? $$ 2^2 = 4 \quad\textrm{と}\quad (-2)^2 = 4 $$ でしょ?」

「パネルにまでダウトするんかい。 パネルの終わりに続きが書いてあるよ」

解答3(後半)

ここで、ディオファントスは $$ x^2 = 4 $$ を満たす $x$ として $2$ と $-2$ の両方を考えることはしない。

なぜなら、負の数の概念がまだ存在しなかったからである。

ユーリ「あっ、そーゆーこと? マイナスを考えなかったんだ。 でも、それだと答えを見落としていることになるんじゃないの?」

「そうはならないよ。 $x = 2$ としたとき、問題3で求める二つの数は $$ 10 + 2 = 12 \quad\textrm{と}\quad 10 - 2 = 8 $$ だったけど、 $x = -2$ としたときは、 $$ 10 + (-2) = 8 \quad\textrm{と}\quad 10 - (-2) = 12 $$ になるから」

ユーリ「$12$ と $8$ になるか、 $8$ と $12$ になるかってことか……」

「そうだね。ところで、問題3でディオファントスは《和》と《積》が与えられている二つの数について考えた。 すると、 二次方程式の解と係数の関係が思い出されるね。 二次方程式 $ax^2 + bx + c = 0$($a \neq 0$)を満たす二つの数を $x = \alpha$ と $x = \beta$ としたとき、 $$ \begin{align*} \alpha + \beta &= -\frac{b}{a} && \REMTEXT{《和》} \\ \alpha \times \beta &= \frac{c}{a} && \REMTEXT{《積》} \end{align*} $$ が成り立つから、二つの数の《和》と《積》が与えられることと、 その二つの数が解となる二次方程式が与えられることは同じなんだ」

ユーリ「ちょっと待ってよ。 『解と係数の関係が思い出されるね』などと、さわやか笑顔で言われましても、 ユーリは思い出されませさせ……んぜ」

「噛まないでほしかった」

ユーリ「解と係数の関係ってどっから出てきた?」

「$x$ が $\alpha$ または $\beta$ であるとすると、 $x = \alpha$ または $x = \beta$ だから、 $$ (x - \alpha)(x - \beta) = 0 $$ になる。これを展開すると、 $$ x^2 - (\alpha+\beta)x + \alpha \times \beta = 0 \qquad \REMTEXT{$\cdots\cdots\heartsuit$} $$ になる。 $x = \alpha$ または $x = \beta$ を解に持つ二次方程式を $$ ax^2 + bx + c = 0 \qquad (a \neq 0) $$ とおくと、 $a$ で割って、 $$ x^2 + \frac{b}{a}x + \frac{c}{a} = 0\qquad \REMTEXT{$\cdots\cdots\spadesuit$} $$ になる。 $\heartsuit$ と $\spadesuit$ を比べて、 $$ \begin{align*} \alpha + \beta &= -\frac{b}{a} && \REMTEXT{《和》($x$の係数を比較した)} \\ \alpha \times \beta &= \frac{c}{a} && \REMTEXT{《積》(定数を比較した)} \end{align*} $$ になるということ」

ユーリ「ほほー!」

そして僕たちは、次のパネルに進んだ。

そこにあった問題は——

参考文献

※本文中に出てくるパネルの文章は、 参考文献の内容をもとに再構成したものであり、 直接の引用ではありません。 引用であることが明記されたものを除く。

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(第441回終わり)

(2025年2月21日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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