オフシーズンのお知らせ
結城浩です。いつもご愛読ありがとうございます。 おかげさまでこのWeb連載も今回で第440回を迎えました! みなさまの応援に感謝します!
さて、たいへん恐れ入りますが、 次のシーズン準備のため、下記の通り更新をお休みいたします。
日程 | 内容 |
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2024年11月15日(金) | 第440回更新 |
2024年11月22日〜2025年1月10日 | オフシーズンのため更新はありません |
2025年1月17日(金) | 第441回更新(以降、毎週金曜日更新) |
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登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。
四辺形 $\TT{OAPB}$
僕「この四辺形 $\TT{OAPB}$ は《いわゆる平行四辺形》には見えない。 $\TT{OA}$ と $\TT{PB}$ は平行に見えるけど、 $\TT{AP}$ と $\TT{OB}$ は平行に見えない。 でも《九点平面》での平行をベクトルで定義すればどうだろうか。 つまり、 $$ \vAP = k\vOB $$ という $k$ が存在すれば《九点平面》で $\TT{AP}$ と $\TT{OB}$ は平行と考えるということ」
問題1(平行)
《九点平面》の世界で、 四点 $\TT{O},\TT{A},\TT{B},\TT{P}$ を $$ \PT O00,\quad \PT A20,\quad \PT B12,\quad \PT P02 $$ としたとき、 $$ \vAP = k\vOB $$ を満たす $k$ は存在するか。
テトラ「おもしろいですっ! 見た目では $\vAP$ と $\vOB$ はまったく平行じゃありません。 でも、 $\vAP = k\vOB$ を満たす $k$ が存在すれば $\vAP$ と $\vOB$ が平行——」
僕「そうだね。 それは、ベクトルを使ってこの《九点平面》における《いわば平行》を定義していることになる。 見た目ではなくて、数式を頼りにする」
テトラ「この問題1は、機械的に成分を計算してみればいいはずですよね? では、やってみます」
テトラちゃんの計算
問題にある $$ \vAP = k\vOB $$ という式を、点 $\TT{O}$ を基準にした位置ベクトルに直します。 これはいままで何度もやってきました(第438回参照)。 $$ \underbrace{\vOP - \vOA}_{\vAP} = k\vOB $$ になります。
次に、 $k$ を求めるために成分で書き直します。 $$ \underbrace{\VECV02}_{\vOP} - \underbrace{\VECV20}_{\vOA} = k\underbrace{\VECV12}_{\vOB} $$ 成分ごとに計算します。 $$ \VECV{0-2}{2-0} = k\VECV12 $$ つまり、 $$ \VECV{-2}{2} = \VECV{k}{2k} $$ となりますが……ああ、ダメですね。 二つの成分の等式、 $$ \begin{cases} -2 &= k \\ 2 &= 2k \end{cases} $$ の両方を満たす $k$ は存在しませんから(?)。
残念です……
僕「ちょっと待って。最後のところ、どうして《$k$ が存在しない》って思ったの?」
テトラ「だってそうですよね。 $$ \begin{cases} -2 &= k \\ 2 &= 2k \end{cases} $$ の両方を満たす $k$ は存在しません」
僕「$k$ が実数だったらそうだね。 でもいま僕たちは《九点平面》の世界にいる。 つまり、ここの $k$ は、 $k = 0,1,2$ のどれかになる。 成分の和もスカラー倍も、すべての計算は $3$ で割った余りで考えるんだよ!」
足し算と掛け算の演算表(再掲)
テトラ「あっ、そうでしたっ! この演算表を使うんでしたね。 でも、 $k = -2$ としたら、すでに $k$ は $0,1,2$ のどれでもありませんよね?」
僕「いやいや。《九点平面》の世界では $-2 = 1$ だよ。 だって、 $-2$ と $1$ はどちらも $3$ で割ったときに余りが $1$ になるから。 つまり、 $$ -2 \equiv 1 \pmod{3} $$ ということ」
テトラ「ああ、そうでした。 $3$ 個進めばぐるっと回るんでしたね。トーラスです(第439回参照)。 ……ということは、 $k = -2$ は《九点平面》では $k = 1$ と同じこと。 だとしたら $k = 1$ なら、二つ目の式 $2 = 2k$ も満たします!」
僕「うん。 だから、 $k = 1$ のとき、 $$ \vAP = k\vOB $$ が成り立つ。つまり、 ベクトルを使って平行を定義したとき、 $\TT{AP}$ と $\TT{OB}$ は平行だといえる」
テトラ「ということはですよ、 四辺形 $\TT{OAPB}$ は《九点平面》の世界における《平行四辺形》といえますね!」
僕「そうだね!」
解答1
《九点平面》の世界で、 四点 $\TT{O},\TT{A},\TT{B},\TT{P}$ を $$ \PT O00,\quad \PT A20,\quad \PT B12,\quad \PT P02 $$ としたとき、 $k = 1$ で $$ \vAP = k\vOB $$ が成り立つ。
ミルカ「今日は、どんな数学?」
僕「あ、ミルカさん」
登場人物紹介(追加)
ミルカさん:数学が好きな高校生。 僕のクラスメート。メタルフレームの眼鏡に長い黒髪の《饒舌才媛》。
テトラ「いまは、ベクトルで《九点平面》というものを考えているところです」
僕とテトラちゃんは、これまでの議論をミルカさんに伝えた。
ミルカ「ふうん……ところで、村木先生からテトラへの伝言がある」
テトラ「伝言? あたしに?」
テトラちゃんは首をかしげる。
ミルカ「テトラに《カード》を渡すとき、直線とは何かと言い忘れたそうだ」
テトラ「直線とは何か……哲学的ですね」
ミルカ「哲学じゃない。数学だ」
テトラ「直線というのは、こう……何と言いますか。まっすぐな線で——」
僕「なるほど!!」
テトラ「きゃあ!」
僕の中で急激に、ベクトルが《九点平面》とつながって、 声を上げてしまった。
僕「《いわば直線》も作れるよ! 《いわば平行四辺形》や《いわば平行》だけじゃない! さっきは、 $\TT{AP}$ と $\TT{OB}$ が平行であることをベクトルを使って定義した。 それと同じように、この《九点平面》における直線もベクトルを使って定義できるね!!」
テトラ「直線を——定義する?」
ミルカ「ふうん……直線のパラメータ表示?」
僕「そうそう!」
直線のパラメータ表示
点 $\TT{A}$ を通り、ベクトル $\vAP$ に平行な直線上の点を $\TT{V}$ とすると、 $$ \vOV = \vOA + t\vAP $$ で表される。ここで $t$ はパラメータである。
テトラ「はあ……」
僕「通常の平面ベクトルや空間ベクトルの場合は、パラメータ $t$ は実数全体を動くんだよ。 だから、 $\vOA + t\vAP$ という式は、 《点 $\TT{O}$ から点 $\TT{A}$ に進み、 そこからさらにベクトル $\vAP$ の向きに $\vAP$ の長さの $t$ 倍だけ進んでたどり着く点》 を表している」
テトラちゃんはしばらく指で空中に何かを描いて考えていた。 たぶん、頭の中のベクトルをたどっているんだな。
テトラ「なるほど、確かにそれは直線です……それで?」
僕「それでね、僕たちの《九点平面》においても、 この《直線のパラメータ表示》を使って直線というものを考えられるんだ。 《九点平面》にはベクトルがある。ベクトルの和もスカラー倍もある。 だから、まったく同じ定義で《いわば直線》が定義できる!」
ミルカ「《いわば直線》というか、直線そのものだな」
テトラ「あの……でも、さきほどからすでに四点 $\TT{O},\TT{A},\TT{P},\TT{B}$ を直線で結んでいましたよね。 わざわざ定義する意味がよくわかっていないようです……すみません」
四点 $\TT{O},\TT{A},\TT{P},\TT{B}$ を直線で結んでいた?
僕「うん、それはそうなんだけど、ここで使っていた直線は補助的なものに過ぎないよ。 僕たちの《九点平面》にはたった九個の点しかないと考えるなら、 点と点を結ぶ途中には何もないんだから」
テトラ「ははあ……少しわかりました。 つまり、四辺形 $\TT{OAPB}$ は、 四辺形と呼んではいるけれど、 《九点平面》では、単に四点 $\TT{O},\TT{A},\TT{P},\TT{B}$ に過ぎない、ということでしょうか」
僕「そうだね。 《九点平面》の世界では、四辺形 $\TT{OAPB}$ に《辺》というものはなくて、 $$ \TT{O},\TT{A},\TT{P},\TT{B} $$ という四つの点の集合でしかないといえるね。 つまり、 $$ \SET{\TT{O},\TT{A},\TT{P},\TT{B}} $$ という集合が四辺形 $\TT{OAPB}$ なんだよ」
ミルカ「それは違うな」
僕「え、どうして?」
ミルカ「《九点平面》でも《辺》はある。 四辺形 $\TT{OAPB}$ は、 $$ \TT{O},\TT{A},\TT{P},\TT{B} $$ という《頂点》を持ち、 $$ \SET{\TT{O},\TT{A}}\COMMA \SET{\TT{A},\TT{P}}\COMMA \SET{\TT{P},\TT{B}}\COMMA \SET{\TT{B},\TT{O}} $$ という四つの《辺》を持つと考えるべきだろう。 《頂点》だけで四辺形が決まるなら、 四辺形 $\TT{OAPB}$ と四辺形 $\TT{OABP}$ を区別できなくなる」
四辺形 $\TT{OAPB}$
四辺形 $\TT{OABP}$
僕「ああ、確かにそうだね」
ミルカ「もちろん、《九点平面》にどんな概念を構築するのも自由だから、 区別できないとしても構わない。だが《四辺形》と呼ぶからには《辺》という概念もほしくなる」
僕「うーん……なるほどねえ、それは《四辺形》や《辺》という名前を与える妥当性に関わる話だね。 数学というより国語かな」
そこで、テトラちゃんが手を挙げた。
テトラ「ちょっと整理させてください」
僕「そうだね。《平行四辺形》《平行》《直線》《四辺形》……」
テトラ「思うんですけど、 点 $\TT{A}$ と点 $\TT{P}$ の途中にある点 $\PT M11$ は《直線 $\TT{AP}$ 上の点》といえますよね?」
点 $\PT M11$ は、直線 $\TT{AP}$ 上の点か?
ミルカ「いえる」
僕「いえるね。見た目ではもちろんいえるけど、 ベクトルで考えてもいえるかな……うん、いえるね。 《点 $\PT M11$ が直線 $\TT{AP}$ 上の点にある》というのは、 $$ \vOM = \vOA + t\vAP $$ を満たす $t$ が存在することからいえる。 成分で考えると、 $$ \VECV11 = \VECV20 + t\VECV{-2}{2} = \VECV{2-2t}{2t} $$ だから、 $$ \begin{cases} 1 &= 2 - 2t \\ 1 &= 2t \end{cases} $$ を満たす $t$ が存在すればいい。 $t = 2$ にすれば満たすことがわかる」
ミルカ「点 $\TT{M}$ は線分 $\TT{AP}$ の《中点》ともいえるな。 なぜなら、 $$ \vOM = \frac{\vOA + \vOP}{2} $$ が成り立つから」
テトラ「割り算? 《九点平面》で割り算ってどうするんですか?」
ミルカ「たとえば《$\frac12$》ならば《$2$ に掛けると $1$ になる数》と考えればいい。それが《$2$ の逆数》だ」
テトラ「ははあ……ということは、 $2$ の逆数は $2$ で、 $1$ の逆数は $1$ になるわけですね」
$$ \begin{align*} 2 \times 2 & \equiv 1 \pmod{3} \\ 1 \times 1 & \equiv 1 \pmod{3} \end{align*} $$僕「三点 $\TT{A},\TT{M},\TT{P}$ は一直線上にあることがわかったね」
テトラ「はい。これは見た目と一致しますね」
ミルカ「見た目と違う場合も考えよう。点 $\TT{C}$ は直線 $\TT{OB}$ 上にあるか」
問題2
点 $\TT{C}$ は直線 $\TT{OB}$ 上にあるといえるか。
テトラ「ああ、なるほど。点 $\TT{C}$ は直線 $\TT{OB}$ 上にあるといえますね!」
僕「おお、早い!」
テトラ「だってそうですよ。点 $\TT{C}$ から上にトン・トン・トンと三歩のぼるんです。 そこにある点 $\TT{C'}$ は点 $\TT{C}$ のいわば《影武者》です。 トーラスとして考えれば同一視できますから、直線 $\TT{OB}$ 上にありますっ!」
点 $\TT{C'}$ を考えた
僕「《影武者》は本人とは違うよね」
ミルカ「《影武者》を本人と同一視するのはまずいだろう」
テトラ「かっ、《影武者》はたとえですようっ!」
僕とミルカさんが同時にツッコんだので、テトラちゃんはあわてて反論した。
僕「ごめんごめん。ベクトルでもちゃんと確かめられるね。 《点 $\PT C21$ が直線 $\TT{OB}$ 上の点にある》というのは、 $$ \vOC = \vOO + t\vOB $$ つまり $$ \vOC = t\vOB $$ を満たす $t$ が存在するということ。だから、 $$ \VECV21 = t\VECV12 $$ を満たす $t$ が存在すればいい。 $t = 2$ でOKだね」
$$ \begin{align*} t\VECV12 &= 2\VECV12 \\ &= \VECV{2\times1}{2\times2} \\ &= \VECV21 \end{align*} $$テトラ「はい。直線 $\TT{OB}$ 上の点は $$ t\vOB $$ で表せますから、
解答2
点 $\TT{C}$ は直線 $\TT{OB}$ 上にあるといえる。
$$ \begin{cases} \vOO &= 0\vOB \\ \vOB &= 1\vOB \\ \vOC &= 2\vOB \end{cases} $$
テトラ「《九点平面》で、三点 $\TT{O},\TT{B},\TT{C}$ は一直線上にありますが、 こんなふうに平行線が走っていると思うことができそうです」
テトラちゃんが描いた平行線
僕「なるほどね。だったら、こんな平行線でもいいよね」
僕が描いた平行線
ミルカ「ふうむ。座標平面で考えると、テトラが描いた平行線の傾きは $2$ で、 君が描いた平行線の傾きは $\tfrac12$ といえる。 そして《九点平面》では $2$ と $\tfrac12$ は同一視できる。つじつまが合っていて楽しいな」
僕「おお!」
テトラ「ほんとうですね!」
ミルカ「さっきテトラは、三点 $\TT{O},\TT{B},\TT{C}$ は一直線上にあると言っていた」
テトラ「はい。《九点平面》で考えると、そうですよね」
僕「ベクトルで確かめたよ」
ミルカ「もちろんまちがいではない。私は $$ \SET{\TT{O},\TT{B},\TT{C}} $$ という三点からなる集合が《九点平面》の直線だと言いたいだけだ」
僕「うん。僕もそう思う」
テトラ「はい……それはあたしもわかっていると思います。 この世界には九個の点しかないわけですから」
ミルカ「《九点平面》の直線の数は有限だな」
僕「確かに……」
テトラ「直線の数が有限の世界って、楽しいですね。ミニチュアの世界みたいです。 《九点平面》の直線の数って、全部でいくつあるんでしょう……数えてみますっ!」
問題3(《九点平面》の直線の数)
《九点平面》の直線はいくつあるか。
テトラちゃんは、ノートにいきなり列挙し始めた。
いや、これは、ちゃんと考えないと《もれなく、だぶりなく》数えるのは難しいぞ……
僕「できた。意外と簡単だったなあ」
テトラ「あたしもできましたっ! 意外と簡単ですね」
ミルカ「それで?」
僕「《九点平面》の直線は全部で $9$ 本あったよ。 $9$ 本と呼ぶべきか、 $9$ 個と呼ぶべきかわからないけど」
僕の解答
ミルカ「ふうん……」
テトラ「違います。先輩、三つ足りませんよ?」
僕「え?」
テトラ「先輩は、垂直線を忘れてます!」
僕「ああ……本当だ!」
解答3(《九点平面》の直線の数)
《九点平面》の直線は全部で $12$ ある。
僕「僕は、三点のうち、二点決めればもう一点が決まると考えたんだよ。
テトラ「いえいえ」
ミルカ「テトラのおかげで《九点平面》に存在する $12$ の直線すべてがわかった。 これを眺めるのも楽しいな」
テトラ「何か、特別な鑑賞ポイントがあるんでしょうか?」
ミルカ「たとえば、異なる二直線をピックアップすれば、 《平行ではない二直線は一点で交わる》ということが見てとれる。 もちろん証明もできるわけだが、見るのは楽しい」
僕「なるほど、確かにね!」
テトラ「《九点平面》の中に、ミニチュアの幾何学があるんですねえ……」
二直線が一点で交わるようす
テトラ「ふと思ったんですけれど、 《九点平面》は $3\times3=9$ 個の点からできていて、 $3$ で割った余りで計算をしていますよね。 これを $4\times4 = 16$ 個の点に拡張して、 $4$ で割った余りにすると《十六点平面》ができますよね」
ミルカ「《十六点平面》にすると、《九点平面》とはまったく違う世界が生まれそうだな」
僕「せっかくのミニチュア感が薄れるからだね」
ミルカ「そういう理由ではない。《$3$ は素数だが、 $4$ は素数ではない》からだ」
テトラ「素数? ベクトルに素数が関係するんですか?」
瑞谷先生「下校時間です」
下校時間になってしまった。
でも、僕たちの探求は終わらない。
たった $9$ 個の点から、無数の謎が生まれてくるんだから!
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(2024年11月15日)