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第430回 シーズン43 エピソード10
ファクターの探求(後編)

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

図書室にて

ここは高校の図書室。いまは放課後。

テトラちゃんは、 村木先生からやってきた《カード》をきっかけにして、 実数係数多項式の謎を考えていた(第429回参照)。

《カード》

実数係数の $n$ 次多項式は、 実数係数の $1$ 次または $2$ 次多項式の積で表せる。 このことを証明せよ。

村木先生からは(テトラちゃん経由で)《ヒント》もやって来た。

《ヒント》

「複素数係数の $n$ 次多項式は、 複素数係数の $1$ 次多項式の積で表せる」 ことを使っても構わない。

たくさんの例を使った試行錯誤を経て、 僕たちは証明ができそうなところまでたどり着いた(第429回参照)。

「……だから、ここまでで、 $1$ 次以上の実数係数多項式 $f(x)$ が、

  • $f(\REDFOCUS{a+bi}) = 0$
  • $f(\BLUEFOCUS{a-bi}) = 0$
を満たすなら、 $f(x)$ は、 $$ x^2 - 2ax + (a^2+b^2) $$ という実数係数の $2$ 次多項式を因数に持つことが示されたね!!」

テトラ「共役複素数同士の《和》と《積》が実数になるところが効いてるんですね。 ああ、まだうまく言えないんですけれど、 何だかすごく大事なところを通ったような気がします。 もしかして、これで《カード》の証明ができます?」

「あ、いや、もう一つ残ってた。テトラちゃんが気付いたことがあるよね(第429回参照)」

テトラ「あたしが気付いたこと?」

「$f(\REDFOCUS{a + bi}) = 0$ のとき、 本当に $f(\BLUEFOCUS{a - bi}) = 0$ といえるか、 それをちゃんと確かめたくない?」

テトラ「あっ、確かめたいです!」

「きちんと問題の形にするなら、こうなるね」

問題1

$f(x)$ は実数係数の $n$ 次多項式とする($n$ は $1$ 以上の整数)。

$a,b$ は実数、 $i$ は虚数単位として、 $$ f(\REDFOCUS{a + bi}) = 0 $$ ならば、 $$ f(\BLUEFOCUS{a - bi}) = 0 $$ であることを証明せよ。

僕たちはしばらく、それぞれに考える。

テトラ「……先輩、できました?」

「……いや、これは難しいんじゃないかな。 スッと証明できると思ったんだけど、まだわからない。 テトラちゃんは?」

テトラ「考えは進むんですが、 いつも同じところで、答えが《すり抜ける》感じがします。 肝心のところで逃げられてしまうみたいな」

「それって、どういうこと?」

テトラちゃんの考え

テトラ「あのですね。あたしはこんなふうに考えました」

$f(x)$ は実数係数の $n$ 次多項式とします。 そして、 $$ f(\REDFOCUS{a + bi}) = 0 $$ が成り立っているとします。

ということは、 $$ f(x) = (x - \REDFOCUS{(a + bi)}) \times g(x) $$ という形になる——といえます。

そして、証明したいのは、この $g(x)$ が、 $$ g(x) = (x - \BLUEFOCUS{(a - bi)}) \times h(x) $$ という形になっていることです。

でも、ここで、答えが《すり抜ける》んです。

あたしは、つい、 $$ \begin{align*} f(x) &= (x - \REDFOCUS{(a + bi)})(x - \BLUEFOCUS{(a - bi)}) \times h(x) \\ &= (x^2 - 2ax + a^2 + b^2) \times h(x) \end{align*} $$ という計算に進んでしまって、 できた!と思っちゃうんですが……落ち着いて考えると、 これ何もできてないですよね。

「ああ、そうだね。 それは問題の一つ手前の話を繰り返しているだけだね。 $1$ 次以上の実数係数多項式 $f(x)$ が、

  • $f(\REDFOCUS{a+bi}) = 0$
  • $f(\BLUEFOCUS{a-bi}) = 0$
を満たすなら、 $f(x)$ は、 $$ x^2 - 2ax + (a^2+b^2) $$ という実数係数の $2$ 次多項式を因数に持つ。 いまのテトラちゃんの話は、それをなぞっているだけだから」

テトラ「$f(x)$ が、 $(x - \REDFOCUS{(a+bi)})$ を因数に持っていたら、 必ず $(x - \BLUEFOCUS{(a-bi)})$ を因数に持っているといいたい!……のですが」

「$f(x)$ が $\REDFOCUS{a+bi}$ を根に持っていたら、 必ず $\BLUEFOCUS{a-bi}$ も根に持っているといいたい!……んだけどなあ」

テトラちゃんは、同じ意味のことを繰り返す。

そしてまた、考え込んでしまった。

これ、本当に難しいな。

テトラ「……」

「……」

テトラ「先輩先輩先輩!」

「うわ」

テトラちゃんが急に声を上げる。

テトラ「テトラは、思いついたことがあります。 ちょっといいですか」

「もちろん、どうぞどうぞ」

テトラちゃんの新たな考え

テトラ「さっきあたしは、 $f(x)$ が $$ x - \REDFOCUS{(a+bi)} $$ と $$ x - \BLUEFOCUS{(a-bi)} $$ の両方を因数に持つという式を書いて、 つい、 $$ (x - \REDFOCUS{(a+bi)}) (x - \BLUEFOCUS{(a-bi)}) $$ という掛け算をしてしまいました。 それって《わかっていること》と《証明すべきこと》を混ぜていたんですね」

「まあ、そういえるかな」

テトラ「だったら、こういうのはどうでしょう。 $$ (x - \REDFOCUS{(a+bi)}) (x - \GREENFOCUS{(A+Bi)}) $$ という積を考えて、結果が実数係数の $2$ 次多項式になるためには、 $A = a$ かつ $B = -b$ でなければならないことを示すんです!」

「おお」

テトラ「そして、実際そうなります。計算すると、 $$ \begin{align*} & (x - (\REDFOCUS{a+bi}))(x - \GREENFOCUS{(A+Bi)}) \\ &= x^2 - (\REDFOCUS{(a+bi)}+\GREENFOCUS{(A+Bi)})x + \REDFOCUS{(a+bi)}\GREENFOCUS{(A+Bi)} \\ &= x^2 - ((a+A) + (b+B)i)x + aA-bB +(aB+Ab)i \end{align*} $$ です」

「なるほどね」

テトラ「$x$ の係数と定数項が実数になるためには、 $$ \begin{cases} b + B &= 0 \\ aB + Ab &= 0 \end{cases} $$ を満たす必要があります」

「うん。連立方程式だ」

テトラ「それで、一つ目の式から $B = -b$ がいえます。すると二つ目の式は、 $$ a(-b) + Ab = 0 $$ になって、 $$ (-a + A)b = 0 $$ から両辺を $b$ で割れば、 $-a + A = 0$ で、つまり、 $$ A = a $$ となりますっ!」

「最後のところ、 $b$ で割ったけどゼロ割は大丈夫?……ああ、大丈夫だね。 $b = 0$ のときは、 $a + bi$ がもともと実数のときだから、いまは $b \NEQ 0$ としていい」

テトラ「はいこれで、 $\REDFOCUS{a + bi}$ が $f(x)$ の根なら、 $\BLUEFOCUS{a - bi}$ も $f(x)$ の根になるといえました!」

「……」

テトラ「いえました、よね?」

疑問の言語化

「いや、テトラちゃんの計算はいいんだけど、 何かスッキリしないところが残ってるんだよ」

テトラ「そうですか? あたしはこれで行けたと思うんですが。スッキリしないところというのは?」

「うん、スッキリしないなんて言われても困るよね。 がんばって言語化するよ。 ええと……たぶん、気になっているのはこういうこと。 テトラちゃんは、 $$ (x - \REDFOCUS{(a+bi)}) (x - \GREENFOCUS{(A+Bi)}) $$ を展開した $2$ 次多項式が実数係数であるためには、 $\GREENFOCUS{A + Bi} = \BLUEFOCUS{a - bi}$ でなければならないことを証明した」

テトラ「はい、そうです。その証明ができたので、 $\REDFOCUS{a+bi}$ が $f(x)$ の根なら、 $\BLUEFOCUS{a-bi}$ が $f(x)$ の根であることも証明されたと思うんですが」

「でもね、それ以外の場合ってないんだろうか」

テトラ「それ以外?」

「もちろんテトラちゃんが考えたように、 $$ (x - \REDFOCUS{(a+bi)}) (x - \GREENFOCUS{(A+Bi)}) $$ という二つの $1$ 次式を掛けたものが実数係数の多項式になればうれしいよ。 でもね、もしかしたら、 $$ (x - \REDFOCUS{(a+bi)}) (x - \GREENFOCUS{(A+Bi)}) (x - \BROWNFOCUS{(C+Di)}) $$ という三つの $1$ 次式を掛けることで、 ようやく・・・・実数係数の多項式になる場合だってあるかもしれないよね? いや、 そうはならないんだけど、さっきのテトラちゃんの議論の進め方だと、 これに対して反論できない」

テトラ「あ……」

「つまり、テトラちゃんのさっきの議論は、 $f(x)$ が $2$ 次式のときには問題ないんだけど、 $f(x)$ が $3$ 次式以上のときにはまずい。 まだ不十分なように思うんだ」

テトラ「確かに、そうですね。 あたしは積が実数係数の $2$ 次多項式になることを想定して考えていましたが、 でもそれってそもそも《カード》の主張を一部先取りしてますよね……」

《カード》 (再掲)

実数係数の $n$ 次多項式は、 実数係数の $1$ 次または $2$ 次多項式の積で表せる。 このことを証明せよ。

「そうだね。うーん……」

テトラちゃんは図書室の入り口を急に振り返った。

テトラ「今日は遅いですね、ミルカさん。 そろそろ、いらっしゃってもいいのに……」

「ミルカさん? 今日は来ないよ。 ピアノの練習でエィエィに引きずられていった」

登場人物紹介(追加)

ミルカさん:数学が好きな高校生。 のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。

エィエィ:ピアノが得意な高校生。ミルカさんと仲がいい。

テトラ「あっ、そうなんですか」

「そうなんだよ」

そう。

今日、ミルカさんの助け船はやってこないんだ。

僕たちは、問題1を改めて考え始める。

問題1(再掲)

$f(x)$ は実数係数の $n$ 次多項式とする($n$ は $1$ 以上の整数)。

$a,b$ は実数、 $i$ は虚数単位として、 $$ f(\REDFOCUS{a + bi}) = 0 $$ ならば、 $$ f(\BLUEFOCUS{a - bi}) = 0 $$ であることを証明せよ。

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(2024年7月12日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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