[logo] Web連載「数学ガールの秘密ノート」
Share

第429回 シーズン43 エピソード9
ファクターの探求(前編)

$ \newcommand{\TEXT}[1]{\textbf{#1}} \newcommand{\REMTEXT}[1]{\textbf{#1}} \definecolor{CUD-GREEN}{rgb}{0.012,0.686,0.478}% 3,175,122 \newcommand{\MARK}[1]{\textcolor{red}{#1}} \newcommand{\MARKA}[1]{\textcolor{red}{#1}} \newcommand{\MARKB}[1]{\textcolor{blue}{#1}} \newcommand{\MARKC}[1]{\textcolor{CUD-GREEN}{#1}} \newcommand{\GEQ}{\geqq} \newcommand{\LEQ}{\leqq} \newcommand{\NEQ}{\neq} \newcommand{\FOCUS}[1]{\fbox{ $#1$ }} \newcommand{\REDFOCUS}[1]{\textcolor{red}{#1}} \newcommand{\GREENFOCUS}[1]{\textcolor{CUD-GREEN}{#1}} \newcommand{\BLUEFOCUS}[1]{\textcolor{blue}{#1}} \newcommand{\BROWNFOCUS}[1]{\textcolor{brown}{#1}} \newcommand{\REDHEART}{\REDFOCUS{\heartsuit}} \newcommand{\REDTEXT}[1]{\textcolor{red}{#1}} \newcommand{\GREENTEXT}[1]{\textcolor{CUD-GREEN}{#1}} \newcommand{\BLUETEXT}[1]{\textcolor{blue}{#1}} \newcommand{\ABS}[1]{|#1|} \newcommand{\PHANTOMEQ}{\phantom{{}={}}} \newcommand{\SQRT}[1]{\sqrt{#1}} \newcommand{\PS}[1]{\left(#1\right)} \newcommand{\SGN}{\textrm{sgn}} \newcommand{\DOTNAME}[1]{\quad\cdots(#1)} $

早くも第3刷になりました!

結城浩『群論への第一歩』はこちらです!

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

図書室にて

ここは高校の図書室。いまは放課後。

が本を読んでいると、 首をひねりながらテトラちゃんがやってきた。

「テトラちゃん、テトラちゃん!」

テトラ「あ、先輩! また《カード》をいただいてきましたよっ!」

テトラちゃんを見ると、急に笑顔に変わった。

「何だか困っていたみたいだけど、難しい問題なの?」

テトラ「難しいわけではないと思うんですが……ただ、 あたしには、この《カード》が何を意味しているのかわからないんです」

「『難しいわけではないけれど、何を意味しているかわからない』って、 僕にはテトラちゃんの言葉の意味がわからないよ」

が冗談めかしてそう言うと、 テトラちゃんは「ですよね!」と言って笑った。

僕たちは、放課後の図書室で《数学トーク》を楽しむ仲良しなのだ。

さてさて、今日の問題は……?

《カード》と《ヒント》

テトラ「ともかく、今回の《カード》はこれです」

《カード》

実数係数の $n$ 次多項式は、 実数係数の $1$ 次または $2$ 次多項式の積で表せる。 このことを証明せよ。

「なるほどね」

テトラ「それから、こちらは《ヒント》だそうです」

テトラちゃんはそういって、もう一枚の紙を並べた。

《ヒント》

「複素数係数の $n$ 次多項式は、 複素数係数の $1$ 次多項式の積で表せる」 ことを使っても構わない。

「この《ヒント》は実質的に《代数学の基本定理》だね。 これを使っても構わないということは、 ここまで証明する必要はないということかな」

代数学の基本定理第425回参照

複素数係数の $n$ 次多項式は、複素数のこんを $n$ 個持つ。

ただし、重複度を考えて数える。

テトラ「はあ……それはいいんですけれど、でもこの《ヒント》を使っていいとしたら、 あたしには《カード》の意味がわかりません」

「え? 書かれている通りじゃないの? 実数係数の $n$ 次多項式があったら、 $1$ 次または $2$ 次多項式の積で表せる——という数学的主張が書かれていて、 それを証明してごらんという問題だと思うんだけど?」

テトラ「はい。 でも、 それは要するに 『$1$ 次式と $2$ 次式を使って因数分解できるといえますか』 ということですよね?」

「うーん、まあ大ざっぱにいえばね」

テトラ「だったら《カード》の主張は当たり前じゃありませんか?」

テトラちゃんはそういって、ぐいと顔を近づける。

「当たり前?」

テトラ「はい。当たり前です。 あたしは《カード》が何を意味しているのかわからなくなってしまいました。 どうしてわざわざこんなことを尋ねるのか……」

「テトラちゃんは、どうしてこの《カード》の問題が《当たり前》だと思ったんだろう」

テトラちゃんの疑問

テトラ「《ヒント》を使っていいなら、 多項式は $1$ 次式の積で表せることになります。 だとしたらどうして《カード》では $2$ 次式を持ち出すんでしょうか。 《ヒント》から、多項式は $1$ 次式の積で表せる。証明終わり!——じゃないんでしょうか」

「ああ、なるほど、なるほど。 テトラちゃんはそう考えたんだね。 でも、ほら、思い出して。 因数分解を考えるときには、係数に使える数が重要だったよね(第425回参照)」

テトラ「……」

「《カード》では、実数係数の多項式の話をしている。 でも《ヒント》では、複素数係数の多項式の話をしている。 その二つをごちゃまぜにしちゃまずいよ」

テトラ「いえ、お言葉ですが、 あたしもそれは意識していました。 でも、実数は複素数の一種ですよね?」

「そうだね。実数は複素数の一種だよ」

テトラ「だとしたら、 実数係数の $n$ 次多項式は複素数係数の $n$ 次多項式の一種といえます。 言い換えると、

 複素数係数の $n$ 次多項式

について成り立つことは、

 実数係数の $n$ 次多項式

についてもなりたつはずです」

「……」

テトラ「《ヒント》には、

 複素数係数の $n$ 次多項式は、 $1$ 次多項式の積で表せる(?)

とありました。ですからあたしは、

 実数係数の $n$ 次多項式は、 $1$ 次多項式の積で表せる(?)

と考えたんです。 あたし、何か大きな勘違いをしているんでしょうか……」

「そうだね。テトラちゃんは重要な言葉を見逃しているよ。 《ヒント》に書かれているのは、

 複素数係数の $n$ 次多項式は、 $1$ 次多項式の積で表せる(?)

ではなくて、

 複素数係数の $n$ 次多項式は、複素数係数の $1$ 次多項式の積で表せる

だよね」

の言葉で、テトラちゃんが《ヒント》を読み返す。

テトラ「あ、あああああっ! 理解しました! 因数分解した後の $1$ 次多項式は、 《ヒント》では複素数係数ですね……ああ、それはそうですよね。 あたし、ちゃんと理解していたはずなのに……」

「《ヒント》の主張は、これ。

 複素数係数の $n$ 次多項式は、
 複素数係数の $1$ 次多項式の積で表せる

そして《カード》が証明を求めているのは、これ。

 実数係数の $n$ 次多項式は、
 実数係数の $1$ 次または $2$ 次多項式の積で表せる

因数分解した後の係数に《複素数》を使っていいなら、 $1$ 次式の積まで分解できるけれど、 係数に《実数》しか使えないなら $1$ 次式だけじゃだめかもしれない。 とはいうものの、 $2$ 次式も使ってよければ係数に《実数》しか使えなくても因数分解できるということだね」

テトラ「ですね……はあ……」

テトラちゃんは、大きく深呼吸をした後、 急激に静かになった。凹んでしまったかな。

確かに、めげる気持ちはわかる。

自分が知らないことがわからないならしょうがない。

でも、自分が知ってることを勘違いするのは、かなり痛いんだ。

「テトラちゃん、そんなに凹まないで……」

テトラ「あっ、いえっ、大丈夫です。ありがとうございます。 あたしは、自分が勘違いした原因を考えていたんです。 それは一言でいえます」

「へえ?」

勘違いの原因

テトラ「あたしが勘違いしたのは具体例を作ってみなかったからです!」

「おお……」

テトラ「村木先生から《カード》と《ヒント》をいただきました。 読みながら、 あたしの頭の中には《複素数》と《実数》という言葉がふわふわと浮かんできました。 そして《因数分解》という言葉も浮かんできました。 ふとそこで《実数》も《複素数》の一種と考え、 そこからへんな方向に考えが流れていきました。 そして、ハマりこんでしまったようです」

「なるほど」

テトラ「あたしはそこで、 ぼんやりふわふわ考えるんじゃなくて、 《カード》と《ヒント》に書かれた言葉をきちんと読んで、 そして具体例を作って考えるべきだったんだと思いました」

「うんうん。具体例で考えたら、 いつのまにか読み飛ばしていた言葉に気付いたかもしれないね。 つまり、 因数分解した後の係数のこと」

テトラ「そうですね。 複素数係数の多項式でも、 実数係数の多項式でも、 あたしは実際の具体例をいろいろ作れます。 具体的に多項式を試しに作ってみればよかったんですよね。 あたしは、何をやってたんでしょう! テトラ、反省です」

「でも、テトラちゃんはすごいと僕は思うな。頭が下がるよ」

テトラ「え、えええ?」

「自分の勘違いを『勘違いだった』で終わらせないところ。 自分の思考を振り返って、自分がどうして勘違いをしたのかを考えるところ。 どうすれば勘違いを防げたかを考えるところ。 そして、そのすべてを言語化できるところ。 本当にテトラちゃんはすごいと思う。 マジで尊敬する」

テトラ「お、恐れ入ります……ありがとうございます」

テトラちゃんは、真っ赤になった頬を両手で押さえた。

《カード》の研究

「じゃ、改めて《カード》を研究していく?」

《カード》(再掲)

実数係数の $n$ 次多項式は、 実数係数の $1$ 次または $2$ 次多項式の積で表せる。 このことを証明せよ。

テトラ「はい。今度はちゃんと具体例を挙げつつ考えます。 《カード》に書かれているのは、たとえば、 $$ x^2 + 3x + 2 = (x + 1)(x + 2) $$ という話ですね」

「そうだね。 いまのは、実数係数の $2$ 次多項式を、実数係数の $1$ 次多項式の積で表している具体例——だね。

$$ \underbrace{\phantom{(}x^2 + 3x + 2\phantom{)}}_{\textrm{実数係数の$2$次多項式}} = \underbrace{(x + 1)}_{\textrm{実数係数の$1$次多項式}} \times \underbrace{(x + 2)}_{\textrm{実数係数の$1$次多項式}} $$

もっとも、この場合だと、 $x^2 + 3x + 2$ はすでに実数係数の $2$ 次多項式だから、 因数分解しなくても具体例になってるけど」

テトラ「あっ、そうですね。 それでは、別の具体例として、 実数係数の $3$ 次多項式で…… $$ \underbrace{\phantom{(}x^3 + 6x^2 + 11x + 6\phantom{)}}_{\textrm{実数係数の$3$次多項式}} = \underbrace{(x + 1)}_{\textrm{実数係数の$1$次多項式}} \times \underbrace{(x + 2)}_{\textrm{実数係数の$1$次多項式}} \times \underbrace{(x + 3)}_{\textrm{実数係数の$1$次多項式}} $$ ……と、こういう具体例もあります」

「そうだね。じゃあ、こういう具体例はどう?」

$$ x^2 + 1 = (x + i)(x - i) $$

テトラ「これは駄目ですよう。 だって、因数分解したときに係数に虚数の $i$ が出てきています。 これでは、実数係数になっていません!  ああ、こういう具体例を作れば、 あたしは勘違いに気づけたんですね」

「当てはまる具体例は大事だけど、当てはまらない具体例も大事だよね。 特に、どうしてその具体例が当てはまらないかを説明するところが大事」

テトラ「本当にそうですね! ところで、いまの $x^2 + 1$ はすでに実数係数の $2$ 次多項式ですから、 これもまた、因数分解しなくても《カード》の主張の具体例になってます」

「確かに」

テトラ「実数係数の多項式を適当に作って、 それを因数分解してみると具体例になりそうです」

「なるほど」

シンプルクイズ

テトラ「たとえば——いま適当に考えたんですが、 $$ \BLUEFOCUS{x^5 + x^4 + x^3 + x^2 + x + 1} $$ は、 シンプルだけど因数分解するの難しそうですよ? シンプルクイズですっ!」

シンプルクイズ

実数係数の $1$ 次または $2$ 次多項式の積に因数分解してくださいっ!

$$ \BLUEFOCUS{x^5 + x^4 + x^3 + x^2 + x + 1} $$

「いやいや、すぐに次数は下がるよ。 だって、 $$ x^5 + x^4 + x^3 + x^2 + x + 1 $$ で $x = -1$ を代入すると $0$ になるよね」

テトラ「あ……そうですね。 ということは $x + 1$ を因数に持ちます。 $x + 1$ で割ると—— $$ \BLUEFOCUS{x^5 + x^4 + x^3 + x^2 + x + 1} = (x + 1)(\REDFOCUS{x^4 + x^2 + 1}) $$ ——になって、 $4$ 次式の $\REDFOCUS{x^4 + x^2 + 1}$ が出てきました」

「そうだね」

そこで、テトラちゃんは難しい顔になる。

テトラ「ちょっと待ってください! もしも《カード》の主張が正しいとしたら、 この $4$ 次多項式 $$ \REDFOCUS{x^4 + x^2 + 1} $$ は、もっと因数分解できるということですよね?」

「そうそう、そうなるね。 まだ $4$ 次式だから、もっと次数を下げられる。 実数係数を持つ $1$ 次または $2$ 次多項式の積にできるはず」

テトラ「でも、あたし、 $\REDFOCUS{x^4 + x^2 + 1}$ が因数分解できる気がしません!」

「えっ、どうして?」

テトラ「だって、因数定理を考えると、 $\REDFOCUS{x^4 + x^2 + 1} = 0$ を満たす $x$ を見つけるわけじゃないですか。 でも、 $x^4$ も $x^2$ は絶対に $0$ 以上です。そこに $1$ を加えたら $0$ になりませんよね?」

「もしも $x$ を実数で考えるなら、そうだね。 $x$ が実数だとしたら、 絶対に $\REDFOCUS{x^4 + x^2 + 1} = 0$ にはならない。 ということは、 $r$ を実数としたとき、 $$ x - r $$ という実数係数の《$1$ 次多項式》を使った因数分解はできない。 それはまったく正しい。 でも、だからといって、 この $\REDFOCUS{x^4 + x^2 + 1}$ が実数係数多項式に因数分解できないとはいえないよね」

テトラ「……」

「どう?」

テトラ「……わかりました。 この $\REDFOCUS{x^4 + x^2 + 1}$ を、 実数係数の《$2$ 次多項式》に因数分解できるかもしれないから、ですね。 テトラ、理解しました。 またしても、 実数で考えるか複素数で考えるかの注意が足りなかったようです。 では、 $\REDFOCUS{x^4 + x^2 + 1}$ を実数係数の《$2$ 次多項式》に因数分解するチャレンジクイズに取り掛かりましょう!」

「クイズにするんだ」

チャレンジクイズ

テトラちゃんが作った、シンプルクイズ。 $$ \BLUEFOCUS{x^5 + x^4 + x^3 + x^2 + x + 1} = (x + 1)(\REDFOCUS{x^4 + x^2 + 1}) $$ そこから出てきた、チャレンジクイズ。 $$ \REDFOCUS{x^4 + x^2 + 1} $$ シンプルだけどチャレンジング。因数分解というチャレンジだ。

チャレンジクイズ

実数係数の $2$ 次多項式に因数分解してくださいっ!

$$ \REDFOCUS{x^4 + x^2 + 1} $$

しばらくして、テトラちゃんが声を上げる。

テトラ「できましたっ! チャレンジ成功です!  $\REDFOCUS{x^4 + x^2 + 1}$ はこのように因数分解できます。 ちゃんと実数係数の $2$ 次多項式になりましたよっ!」

無料で「試し読み」できるのはここまでです。 この続きをお読みになるには「読み放題プラン」へのご参加が必要です。

ひと月500円で「読み放題プラン」へご参加いただきますと、 430本すべての記事が読み放題になりますので、 ぜひ、ご参加ください。


参加済みの方/すぐに参加したい方はこちら

結城浩のメンバーシップで参加 結城浩のpixivFANBOXで参加

(2024年7月5日)

[icon]

結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

Twitter note 結城メルマガ Mastodon Bluesky Threads Home