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第428回 シーズン43 エピソード8
多項式の謎、剰余の魅力(後編)

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早くも第3刷になりました!

結城浩『群論への第一歩』はこちらです!

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

ミルカさん:数学が好きな高校生。 のクラスメート。メタルフレームの眼鏡に長い黒髪の《饒舌才媛》。

図書室にて

ここは高校の図書室。いまは放課後。

久しぶりに村木先生から《カード》の問題がやってきた(第427回参照)。

問題(再掲)

$n$ は、 $2$ 以上の整数とする。

$x^n$ を $x^2 - x - 1$ で割った余りを $ax + b$ としたとき、

$a$ と $b$ は正の整数で、互いに素であることを証明せよ。

(2002年東京大学入試問題をもとにしています)

読者さんへ

以下では、すぐにテトラちゃんの《発見》の話になります。

自分で考えて楽しみたい方は、 読むのをいったんここでストップするのをオススメします。

が数学的帰納法で証明しているあいだに、 後輩のテトラちゃんは大きな《発見》をしていた(第427回参照)。

テトラ「……あたしは、計算を進めながら、 このまま $ax + b$ で考えていたら混乱すると思いました。 ですから、 $x^n$ を $x^2 - x - 1$ で割った余りは、 $n$ を使って $$ a_nx + b_n $$ のように表現した方がいいと思いました」

「そうだね。僕もまったく同じように考えたよ」

テトラ「計算結果をまとめているときに、あたしははっけんしたんです!」

「発見? 何を?」

テトラ「あたしは《小さな $n$ で試してみる》ことにしたんです。 すると……先輩? これってすごいですよね!」

小さな $n$ で具体的に $a_n$ と $b_n$ を計算した結果

$$ \begin{array}{c|cccccccccccccccccc} n & 2 & 3 & 4 & 5 & 6 & \cdots \\ \hline a_n & \REDFOCUS1 & \REDFOCUS2 & \REDFOCUS3 & \REDFOCUS5 & \REDFOCUS8 & \cdots \\ b_n & \BLUEFOCUS1 & \BLUEFOCUS1 & \BLUEFOCUS2 & \BLUEFOCUS3 & \BLUEFOCUS5 & \cdots \\ \end{array} $$

「$\BLUEFOCUS{1, 1, 2, 3, 5, \ldots}$ これって、フィボナッチ数列じゃないか!」

フィボナッチ数列

フィボナッチ数列の一般項を $F_n$ としたとき、漸化式は、 $$ \begin{cases} F_0 &= 0 \\ F_1 &= 1 \\ F_n &= F_{n-1} + F_{n-2} && (n = 2,3,4,5,6,\ldots) \end{cases} $$ である。小さな $n$ で実際に計算すると、 $$ \begin{array}{c|cccccccccccccccccc} n & 0 & 1 & 2 & 3 & 4 & 5 & 6 & \cdots \\ \hline F_n & 0 & 1 & 1 & 2 & 3 & 5 & 8 & \cdots \end{array} $$ になる。

テトラ「そうなんです。 どうやら、 フィボナッチ数列の一般項を $F_n$ とすると、 $n = 2,3,4,5,6,\ldots$ のとき、 $$ \begin{cases} a_n &= F_n \\ b_n &= F_{n-1} \end{cases} $$ になるみたいなんです!」

「……」

テトラ「それからあたし、割り算を $n = 2,3,4,5,6$ でやってみて、 フィボナッチ数列は商となる多項式の係数になっていることも発見しました。ここのことです」

$$ x^6 = (x^2 - x - 1)(\REDFOCUS1x^4+\REDFOCUS1x^3+\REDFOCUS2x^2+\REDFOCUS3x+\REDFOCUS5) + 8x + 5 $$

$1, 1, 2, 3, 5$ と手の指で示しながら、テトラちゃんは言った。

「テ、テトラちゃん……きみは、すごいね」

テトラ「お、恐れ入ります。 でも、あたしはその《はっけん》で、頭がぐるぐるしています。 どうしてここにフィボナッチ数列が出てくるんだろうという疑問で、ぐるぐるしているんです」

確かにそうだ、とは思った。

僕たちはフィボナッチ数列の漸化式を知っている。

そして、言われてみれば、 僕が証明するのに考えていた漸化式は、 $$ \begin{cases} a_2 &= 1 \\ b_2 &= 1 \end{cases} $$ と、 $k \GEQ 2$ のときの $$ \begin{cases} a_{k+1} &= a_k + b_k \\ b_{k+1} &= a_k \end{cases} $$ だった。 $a_n$ についての漸化式は、 少し変形すればフィボナッチ数列の漸化式になりそうだぞ。

$k \GEQ 2$ のときの $a_{k+1} = a_k + b_k$ を、 添字の範囲に注意して動かしてやると、

$n \GEQ 3$ のとき、 $$ a_{n+1} = a_{n} + a_{n-1} $$ と書ける。

だから、 $n \GEQ 4$ のとき、 $$ a_{n} = a_{n-1} + a_{n-2} $$ と書ける。これで $a_4,a_5,a_6,\ldots$ についてはOKだ。

では、 $$ a_3 = a_2 + a_1 $$ はいえるかな?

「$a_3 = a_2 + a_1$ は本当に成り立つかな」

テトラ「え? 成り立たないんですか?」

「僕たちは、 $x^n$ を $x^2 - x - 1$ で割った余りを $a_nx + b_n$ としたけど、 そのときの $n$ は $2$ 以上の整数として考えていたからね。 $a_1$ が何になるか、まだ確かめてない」

テトラ「あっ……確かにそうですね。 $n \GEQ 2$ という条件を忘れていました。 その制約を外してみるんですか?」

「そうそう。 $n = 1$ だから、 $x^1$ を $x^2 - x - 1$ で割った余りを考えてみる」

テトラ「それって、割れます?」

「割れるよ。商が $0$ で、余りは $x$ 自身。 そしてその $x$ は $1$ 次式だから、 $x^2 - x - 1$ よりも次数が低い。 ちゃんと割り算の式になってる」

$x^1$ を $x^2 - x - 1$ で割った

$$ x^1 = (x^2 - x - 1)\times 0 + (x + 0) $$

テトラ「ということは、 $$ \REDFOCUS{a_1}x + \BLUEFOCUS{b_1} = \REDFOCUS{1}x + \BLUEFOCUS{0} $$ ですから、 $a_1 = 1$ で $b_1 = 0$ です」

「おお! ちゃんと $a_3 = a_2 + a_1$ が成り立ってるなあ……どうしてこんなにうまく行くんだろう」

テトラ「偶然……じゃないですよね」

ミルカさん

図書室で計算をしている僕たちのところに、 ミルカさんがやってきた。 彼女も《カード》を手にしている。

ミルカさんは僕たちの前に《カード》を置く。

「これは僕たちと同じ《カード》だよ」

テトラ「村木先生は今回、あたしたち三人に同じ《カード》を渡したんですね!」

ミルカ「これ、もう考えた?」

「うん、まあね。漸化式もわかったし、清書はしてないけど数学的帰納法で証明もできたよ」

テトラ「どうやら、フィボナッチ数列が暗躍しているらしいことまで突き止めました。 でも、まだその背後のからくり・・・・まではわかっていません」

テトラちゃんは、声を潜めてそう言った。

急にサスペンスドラマになってきたぞ。

背後のからくりは。事件の動機は。

名探偵ミルカさんの推理は。

ミルカ「カギは多項式の剰余じょうよだ」

テトラ「はい、そうですね。多項式 $x^2 - x - 1$ で割った余り、 つまり剰余を考えていましたから」

ミルカ「多項式の剰余はこうだ。 いまは実数係数の多項式として考えることにしよう」

多項式の商と剰余

$n(x)$ と $m(x)$ を $x$ の多項式とする($\deg m(x) > 0$)。

このとき、 $$ n(x) = m(x)q(x) + r(x) \qquad \textrm{($\deg r(x) < \deg m(x)$)} $$ を満たす二つの多項式 $q(x)$ と $r(x)$ が存在し、一意に定まる。

  • $q(x)$ を、 $n(x)$ を $m(x)$ で割った商という。
  • $r(x)$ を、 $n(x)$ を $m(x)$ で割った剰余という。

テトラ「$\deg m(x)$ とは何ですか?」

ミルカ「$m(x)$ の次数。だから、 $\deg m(x) > 0$ という条件は、 $m(x)$ が一次式以上であることを意味している。 また、 $\deg r(x) < \deg m(x)$ という条件は、剰余の次数は $m(x)$ の次数よりも低いことを意味している」

テトラ「degは何の略でしょうか。degree?」

ミルカ「そう」

「多項式を $n(x)$ や $m(x)$ として書くのは珍しいね。 $n$ や $m$ が出てくると整数みたいに見えちゃうな」

ミルカ「見えるようにしたんだよ。整数の剰余と多項式の剰余を並べたときに類比が効くように」

整数の商と剰余

$n$ を $m$ で割ったときの商 $q$ と剰余 $r$

$$ n = mq + r \qquad \textrm{($0 \LEQ r < \ABS{m}$)} $$

多項式の商と剰余

$n(x)$ を $m(x)$ で割ったときの商 $q(x)$ と剰余 $r(x)$

$$ n(x) = m(x)q(x) + r(x) \qquad \textrm{($\deg r(x) < \deg m(x)$)} $$

テトラ「なるほど。おもしろいですっ! $\deg$ は多項式の《大きさ》みたいなものなのですね」

ミルカ「ところで《カード》の問題のからくりだ」

テトラ「そうでした、そうでした」

$x^2 - x - 1$ から進んでいこう

ミルカ「この問題に出てくる

 《$x^2 - x - 1$ で割った剰余を考える》

とは、

 《$x^2 - x - 1 = 0$ が成り立つ世界を考える》

ことといえる」

テトラ「$x^2 - x - 1 = 0$ ですか……」

「あっ!」

テトラ「えっ?! 先輩、それだけで何かわかるんですか?」

「僕も知ってる話だった。知ってるけど、気付けなかった。 なぜいままで気付かなかったんだろう……」

ミルカ「続けていいかな」

「ごめん。ミルカさん、続けて」

ミルカ「《$x^2 - x - 1 = 0$ が成り立つ世界》というのは気どって言ってみただけだ。 ともかく、剰余がカギということは、 $$ x^2 - x - 1 = 0 $$ という等式がこの《カード》の問題のカギといってもいい。 だから、この等式に注目する。すると——」

そこでテトラちゃんがおずおずと手を挙げた。

テトラ「あ、あの……あたしが考えたように《小さな $n$ で試してみる》というのは、 まずい方法だったんでしょうか。そんなこと、トロトロやるべきではなかった?」

「そんなことはないよ、テトラちゃん」

ミルカ「テトラ。そんなことはない。 どんな場合でも、具体的に考えることは大切だ。 それは問題を理解する上で大切なことだし、 自分が問題を理解したかどうか確かめる上でも大切だからだ」

《例示は理解の試金石》だからね」

テトラ「安心しました……すみません、話の腰を折ってしまいました」

ミルカ「等式 $x^2 - x - 1 = 0$ に注目しよう。 この等式はフィボナッチ数列に深く関わっている。 では、いったいどんなふうに?」

ミルカさんテトラちゃんを見つめて問いかけた。

はその答えの一端を知っている。でも、いまはテトラちゃんのターンなのだ。

ミルカさんの問いかけ

ミルカさんの問いかけ

等式 $x^2 - x - 1 = 0$ はフィボナッチ数列と、どのように関わっているか。

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(2024年6月28日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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