登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
ユーリ「ねーお兄ちゃん! 因数分解って知ってる?」
僕の部屋に入ってくるなり、ユーリはそんなことを言ってきた。
まったく、こっちの都合は何も考えないんだからなあ……。
僕は勉強する手を休めて彼女の方を見た。
僕「因数分解? もちろん知ってるよ。因数分解なら、ユーリだって知ってるだろ?」
ユーリ「もちろん。んじゃ、お兄ちゃん、因数分解って得意?」
僕「因数分解が得意かどうか……やさしい因数分解ならできるけど、むずかしい因数分解はできないかな」
ユーリ「あのねー……そーゆー答えを期待してるんじゃないんだよん」
僕「じゃあ、どういう答えを期待してるんだろう」
ユーリ「『どんな式でもたちどころに因数分解してみせるよ、かわいいユーリ。 ほら、問題だしてごらん』……てな答え」
僕「そんなこと、言えないよ。何か困ってるの?」
ユーリ「困ってるわけじゃなくて、単にクイズ出したいだけ。こんなの」
ユーリはそう言いながら、一枚の紙を出してきた。
クイズ
次の式を $x$ に関する一次式の積に因数分解せよ。
$$ x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x $$
僕「へえ、これはまた……」
ユーリは僕のいとこ。
近所に住んでいて、小さい頃からいっしょに遊んでいる仲良しだ。
休みになるといつも遊びにやってくる。
彼女は僕のことをいつも《お兄ちゃん》と呼ぶ。
ユーリ「この《クイズ》は、どう? これなら因数分解できる?」
僕「まあ、少し計算すればできそうだけど……」
僕はそういって、机の上から紙を取ろうとした。
ユーリ「あー、紙使っちゃダメ。暗算で因数分解してよね」
僕「暗算! この式を暗算で因数分解するって? おいおい、そりゃちょっと無理だよ」
ユーリ「無理? やっぱ、暗算はつらいかー」
僕「いや、待って! この式なら、暗算でも因数分解できるかも……」
$$ x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x $$
ユーリ「マジ?!」
僕は、紙の上に書かれた $x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x$ をしばらく眺める。
うん、まず $x$ でくくっておいて、あとは——
僕「——うん、できたよ。たぶんね」
ユーリ「おーすげー! 答えは?」
僕「うん、できたと思うんだけど、検算も暗算でやるのはつらいなあ」
ユーリ「検算って何のこと?」
僕「因数分解の直接的な検算は、因数分解してできた式を展開してみて、 もとの式に戻るかどうかを確かめることだよ。もとの式に戻らなかったら怪しい」
ユーリ「あー、そっか。そーだね」
僕「あ……待った待った。少し時間くれる? 暗算で検算もできそう」
ユーリ「おおおっ? 大期待」
僕は、しばし頭をひねる。
僕「……うん、できた。因数分解ができて、間接的だけど検算もできた」
ユーリ「マジか。『暗算で』ってジョークだったんだけどなー」
僕「ジョークだったんかい!」
ユーリ「お兄ちゃん、すっげー! ……で、答えは?」
僕「$x(x-1)(x-3)(x-5)$」
ユーリ「合ってる! 何でそんなことできんの?」
僕「ワザをちょっと使ったんだ」
ユーリ「教えて教えて!」
こんなふうにして、ユーリと僕の因数分解トークが始まった。
クイズの解答
$$ x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x = x(x-1)(x-3)(x-5) $$
僕「いまから $x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x$ を因数分解するんだけど、 『一次式の積に因数分解せよ』と書いてあるから、 僕は $4$ 個の一次式の積にするのかな、と考えた。 どうして一次式は《$4$ 個》だと考えたかわかる?」
ユーリ「$x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x$ が $4$ 次式だから」
僕「その通り。 $x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x$ には四個の項がある。 $$ \begin{array}{cccc} x^4, & -9x^3, & 23x^2, & -15x \end{array} $$ という四個で、一番次数が高いのは $x^4$ で $4$ 次。だからこの式は $4$ 次式。 だから、 $4$ 次式が一次式の積で表せるとしたら、その一次式は $4$ 個になる。 ということは、 もしも一般的に考えるなら、 最終的にはこういう形を目指して因数分解を進めるわけだよね」
$$ x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x = (a_1x + a_2)(b_1x + b_2)(c_1x + c_2)(d_1x + d_2) $$ユーリ「え……」
僕「つまり、 $$ \begin{array}{cccc} a_1x + a_2 & b_1x + b_2 & c_1x + c_2 & d_1x + d_2 \end{array} $$ という $4$ 個の一次式の積にしたいわけだ。でも——」
ユーリ「え……そんなややこしく考えるの?」
僕「——でも実際、僕はこう考えた。 $$ x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x = (x - a)(x - b)(x - c)(x - d) $$ つまり、 $$ \begin{array}{cccc} x - a & x - b & x - c & x - d \end{array} $$ という $4$ 個の一次式の積として考えたんだね」
ユーリ「ふんふん。ならわかる」
僕「$x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x$ が $4$ 個の一次式の積で表せるとする。 $(x - a)$ と $(x - b)$ と $(x - c)$ と $(x - d)$ という $4$ 個の因子を、 どれも $x$ の係数が $1$ にして考えられると思った。 それは、 $4$ 個の一次式の積を展開したようすを想像すればすぐにわかる。 $x$ が掛け合わされて $x^4$ ができるわけだから。
$$ (\REDFOCUS{x} - a)(\REDFOCUS{x} - b)(\REDFOCUS{x} - c)(\REDFOCUS{x} - d) = \REDFOCUS{x^4} - 9x^3 + 23x^2 - 15x $$
ユーリ「わかるって」
僕「もちろん、 $$ \begin{array}{cccc} 2x - A & \tfrac12x - B & 3x - C & \tfrac13x - D \end{array} $$ かもしれないけど、係数を適当に調整すれば、 $x$ の係数はぜんぶ $1$ にできる。 こんなふうにすればいい」
$$ \begin{array}{cccc} x - \tfrac12A & x - 2B & x - \tfrac13C & x - 3D \end{array} $$ユーリ「ふむふむ」
僕「もっとも、今回の場合はやさしかった。 だって、すべての項に $x$ が含まれているから、 何はともあれ《$x$ でくくる》ことができる。 これは $(x - a)(x - b)(x - c)(x - d)$ のうち $a = 0$ だったと考えてもいいね」
$$ x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x = \REDTEXT{x}(x^3 - 9x^2 + 23x - 15) = \REDTEXT{x}(x - b)(x - c)(x - d) $$ユーリ「そこまではユーリもすぐできるんだけどなー……次は?」
ユーリは難しい顔をする。
僕「これで $a,b,c,d$ のうち $a$ が分かったから、 $b,c,d$ を求めればいい。 つまりそれは、 $$ x^3 - 9x^2 + 23x - 15 = (x - b)(x - c)(x - d) $$ という $3$ 次式の因数分解をする問題になったわけだ」
ユーリ「うん。で?」
僕「次に僕は、試しに $1$ を代入してみたんだよ」
ユーリ「は?」
僕「つまり、こういうこと。 $x$ に $1$ を代入した結果は $0$ になった」
$$ \begin{align*} x^3 - 9x^2 + 23x - 15 &= 1^3 - 9\times 1^2 + 23 \times 1 - 15 && \REMTEXT{$x$に$1$を代入した} \\ &= 1 - 9 + 23 - 15 \\ &= 0 \end{align*} $$ユーリ「……?」
僕「$x=1$ なら、 $x^3$ も $x^2$ も $x$ もぜんぶ $1$ だから、 計算は暗算でも余裕だ。正の項は $1+23=24$ で負の項は $-9-15 = -24$ だから、合わせて $0$ とすぐわかる」
ユーリ「だから?」
僕「$x^3 - 9x^2 + 23x - 15$ の $x$ に $1$ を代入した結果が $0$ になったから、 この式は $x - 1$ を因数に持つとわかった。つまり、 $b = 1$ だね。こういう形だとわかったんだ」
$$ x^3 - 9x^2 + 23x - 15 = \REDTEXT{(x - 1)}(x - c)(x - d) $$ユーリ「なにそれー! わけわかんない」
僕「僕たちが考えている、 $$ x^3 - 9x^2 + 23x - 15 = (x - b)(x - c)(x - d) $$ の右辺には $x - b$ が掛けられているよね。だから、右辺の $x$ に $b$ を代入したら $0$ になる。 ということは、左辺の $x$ に $b$ を代入して $0$ になるような、そんな $b$ を探せばいい。 そういう $b$ が見つかったら、 $x - b$ が因数になってることがわかる」
ユーリ「へ、へー……」
僕「これは因数定理と呼ばれている定理を使ったことになる」
ユーリ「いんすーてーり?」
僕「そうだよ」
ユーリ「え、でもちょっと待ってよ。 $x$ に、 試しに $1$ を代入したってことは、 $2, 3, 4, 5, \ldots$ って順番に試したってこと? 暗算で?」
僕「いや、順番に試したわけじゃない。 $x-1$ が因数になったとわかった時点で、 つまり、 $$ x^3 - 9x^2 + 23x - 15 = (x - 1)(x - c)(x - d) $$ がわかった時点で、 $c$ は $3$ で $d$ は $5$ になりそうだと思った。 つまり、 $$ x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x = x(x-1)(x-\REDFOCUS{3})(x-\REDFOCUS{5}) $$ になりそうだと思ったんだ」
ユーリ「なにそれ! お兄ちゃん、すごいのを通り越してわけわからんよ。 $3$ とか $5$ とかはどこから出てきたの?」
僕「$15$ から。ほら、ここに $15$ がある」
$$ x^3 - 9x^2 + 23x - \REDTEXT{15} = (x - 1)(x - \REDTEXT{c})(x - \REDTEXT{d}) $$ユーリ「……あっ、 $15 = 3 \times 5$ ってこと? $cd = 15$ だから」
僕「そうだね。そう考えてアタリをつけたんだ。 右辺を展開したときに左辺の $15$ は、 $1\times c \times d$ から作られたはずだからね。 もちろん、 $c = 3$ で $d = 5$ の保証はない。 もしかしたら $c = 1$ で $d = 15$ かもしれない。 まあ、でも一応この段階で、頭の中では因数分解の候補は完成した——だから、 あとは検算して確かめればいいかなと思った」
ユーリ「でも、お兄ちゃん暗算で検算もしたって言ったよね。 $x(x-1)(x-3)(x-5)$ を暗算で展開できんの? 信じらんない!」
僕「いやいや、検算といっても直接的に $x(x-1)(x-3)(x-5)$ を展開したわけじゃないよ。 検算では因数定理をもう一回使ったんだ」
ユーリ「また因数定理……」
僕「$3$ と $5$ を $x^3 - 9x^2 + 23x - 15$ の $x$ に代入して、 $0$ になるかどうかを確かめた。それで検算したんだ。 それを暗算で計算するのはちょっとつらかったけど、まあできないことはない。 ちょっと時間が掛かってしまったけどね。 だから、 $x = 2$ や $x = 4$ は試してない」
ユーリ「うむー……」
僕「だから、僕が $$ x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x = x(x-1)(x-3)(x-5) $$ の因数分解をしたときにやったことは……
ユーリ「なるほどにゃあ……これならどんな因数分解でもカンタンに暗算できちゃうね!」
僕「いやいや、係数が大きくなったらさすがに暗算じゃできない。 でも、高次の多項式を因数分解するときには、 最高次の係数と、定数項の係数を素因数分解してアタリをつけるのはよくやるね」
ユーリ「高校生ってすごいなー!」
僕「ユーリだってすぐにできるよ」
ユーリ「じゃ、何か問題出してみてよ」
僕「じゃあ、たとえばこれは?」
クイズ
次の式を $x$ に関する一次式の積に因数分解せよ。
$$ x^4 - 4x^3 - x^2 + 16x - 12 $$
ユーリ「ほほー……やってみる!」
僕「暗算じゃなくてもいいよ」
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(2024年5月10日)