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第421回 シーズン43 エピソード1
ゼロで割ってない?(前編) ただいま無料

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早くも第3刷になりました!

結城浩『群論への第一歩』はこちらです!

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

僕の部屋

ユーリ「ねーお兄ちゃん! 因数分解って知ってる?」

の部屋に入ってくるなり、ユーリはそんなことを言ってきた。

まったく、こっちの都合は何も考えないんだからなあ……。

は勉強する手を休めて彼女の方を見た。

「因数分解? もちろん知ってるよ。因数分解なら、ユーリだって知ってるだろ?」

ユーリ「もちろん。んじゃ、お兄ちゃん、因数分解って得意?」

「因数分解が得意かどうか……やさしい因数分解ならできるけど、むずかしい因数分解はできないかな」

ユーリ「あのねー……そーゆー答えを期待してるんじゃないんだよん」

「じゃあ、どういう答えを期待してるんだろう」

ユーリ「『どんな式でもたちどころに因数分解してみせるよ、かわいいユーリ。 ほら、問題だしてごらん』……てな答え」

「そんなこと、言えないよ。何か困ってるの?」

ユーリ「困ってるわけじゃなくて、単にクイズ出したいだけ。こんなの」

ユーリはそう言いながら、一枚の紙を出してきた。

因数分解クイズ

クイズ

次の式を $x$ に関する一次式の積に因数分解せよ。

$$ x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x $$

「へえ、これはまた……」

ユーリのいとこ。

近所に住んでいて、小さい頃からいっしょに遊んでいる仲良しだ。

休みになるといつも遊びにやってくる。

彼女はのことをいつも《お兄ちゃん》と呼ぶ。

ユーリ「この《クイズ》は、どう? これなら因数分解できる?」

「まあ、少し計算すればできそうだけど……」

はそういって、机の上から紙を取ろうとした。

ユーリ「あー、紙使っちゃダメ。暗算で因数分解してよね」

「暗算! この式を暗算で因数分解するって? おいおい、そりゃちょっと無理だよ」

ユーリ「無理? やっぱ、暗算はつらいかー」

「いや、待って! この式なら、暗算でも因数分解できるかも……」

$$ x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x $$

ユーリ「マジ?!」

は、紙の上に書かれた $x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x$ をしばらく眺める。

うん、まず $x$ でくくっておいて、あとは——

「——うん、できたよ。たぶんね」

ユーリ「おーすげー! 答えは?」

「うん、できたと思うんだけど、検算も暗算でやるのはつらいなあ」

ユーリ「検算って何のこと?」

因数分解の直接的な検算は、因数分解してできた式を展開してみて、 もとの式に戻るかどうかを確かめることだよ。もとの式に戻らなかったら怪しい」

ユーリ「あー、そっか。そーだね」

「あ……待った待った。少し時間くれる? 暗算で検算もできそう」

ユーリ「おおおっ? 大期待」

は、しばし頭をひねる。

「……うん、できた。因数分解ができて、間接的だけど検算もできた」

ユーリ「マジか。『暗算で』ってジョークだったんだけどなー」

「ジョークだったんかい!」

ユーリ「お兄ちゃん、すっげー! ……で、答えは?」

「$x(x-1)(x-3)(x-5)$」

ユーリ「合ってる! 何でそんなことできんの?」

「ワザをちょっと使ったんだ」

ユーリ「教えて教えて!」

こんなふうにして、ユーリの因数分解トークが始まった。

クイズの解答

$$ x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x = x(x-1)(x-3)(x-5) $$

因数分解

「いまから $x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x$ を因数分解するんだけど、 『一次式の積に因数分解せよ』と書いてあるから、 僕は $4$ 個の一次式の積にするのかな、と考えた。 どうして一次式は《$4$ 個》だと考えたかわかる?」

ユーリ「$x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x$ が $4$ 次式だから」

「その通り。 $x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x$ には四個のこうがある。 $$ \begin{array}{cccc} x^4, & -9x^3, & 23x^2, & -15x \end{array} $$ という四個で、一番次数が高いのは $x^4$ で $4$ 次。だからこの式は $4$ 次式。 だから、 $4$ 次式が一次式の積で表せるとしたら、その一次式は $4$ 個になる。 ということは、 もしも一般的に考えるなら、 最終的にはこういう形を目指して因数分解を進めるわけだよね」

$$ x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x = (a_1x + a_2)(b_1x + b_2)(c_1x + c_2)(d_1x + d_2) $$

ユーリ「え……」

「つまり、 $$ \begin{array}{cccc} a_1x + a_2 & b_1x + b_2 & c_1x + c_2 & d_1x + d_2 \end{array} $$ という $4$ 個の一次式の積にしたいわけだ。でも——」

ユーリ「え……そんなややこしく考えるの?」

「——でも実際、僕はこう考えた。 $$ x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x = (x - a)(x - b)(x - c)(x - d) $$ つまり、 $$ \begin{array}{cccc} x - a & x - b & x - c & x - d \end{array} $$ という $4$ 個の一次式の積として考えたんだね」

ユーリ「ふんふん。ならわかる」

「$x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x$ が $4$ 個の一次式の積で表せるとする。 $(x - a)$ と $(x - b)$ と $(x - c)$ と $(x - d)$ という $4$ 個の因子いんしを、 どれも $x$ の係数が $1$ にして考えられると思った。 それは、 $4$ 個の一次式の積を展開したようすを想像すればすぐにわかる。 $x$ が掛け合わされて $x^4$ ができるわけだから。

$$ (\REDFOCUS{x} - a)(\REDFOCUS{x} - b)(\REDFOCUS{x} - c)(\REDFOCUS{x} - d) = \REDFOCUS{x^4} - 9x^3 + 23x^2 - 15x $$

ユーリ「わかるって」

「もちろん、 $$ \begin{array}{cccc} 2x - A & \tfrac12x - B & 3x - C & \tfrac13x - D \end{array} $$ かもしれないけど、係数を適当に調整すれば、 $x$ の係数はぜんぶ $1$ にできる。 こんなふうにすればいい」

$$ \begin{array}{cccc} x - \tfrac12A & x - 2B & x - \tfrac13C & x - 3D \end{array} $$

ユーリ「ふむふむ」

「もっとも、今回の場合はやさしかった。 だって、すべての項に $x$ が含まれているから、 何はともあれ《$x$ でくくる》ことができる。 これは $(x - a)(x - b)(x - c)(x - d)$ のうち $a = 0$ だったと考えてもいいね」

$$ x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x = \REDTEXT{x}(x^3 - 9x^2 + 23x - 15) = \REDTEXT{x}(x - b)(x - c)(x - d) $$

ユーリ「そこまではユーリもすぐできるんだけどなー……次は?」

ユーリは難しい顔をする。

「これで $a,b,c,d$ のうち $a$ が分かったから、 $b,c,d$ を求めればいい。 つまりそれは、 $$ x^3 - 9x^2 + 23x - 15 = (x - b)(x - c)(x - d) $$ という $3$ 次式の因数分解をする問題になったわけだ」

ユーリ「うん。で?」

「次に僕は、試しに $1$ を代入してみたんだよ」

ユーリ「は?」

「つまり、こういうこと。 $x$ に $1$ を代入した結果は $0$ になった」

$$ \begin{align*} x^3 - 9x^2 + 23x - 15 &= 1^3 - 9\times 1^2 + 23 \times 1 - 15 && \REMTEXT{$x$に$1$を代入した} \\ &= 1 - 9 + 23 - 15 \\ &= 0 \end{align*} $$

ユーリ「……?」

「$x=1$ なら、 $x^3$ も $x^2$ も $x$ もぜんぶ $1$ だから、 計算は暗算でも余裕だ。正の項は $1+23=24$ で負の項は $-9-15 = -24$ だから、合わせて $0$ とすぐわかる」

ユーリ「だから?」

「$x^3 - 9x^2 + 23x - 15$ の $x$ に $1$ を代入した結果が $0$ になったから、 この式は $x - 1$ を因数に持つとわかった。つまり、 $b = 1$ だね。こういう形だとわかったんだ」

$$ x^3 - 9x^2 + 23x - 15 = \REDTEXT{(x - 1)}(x - c)(x - d) $$

ユーリ「なにそれー! わけわかんない」

「僕たちが考えている、 $$ x^3 - 9x^2 + 23x - 15 = (x - b)(x - c)(x - d) $$ の右辺には $x - b$ が掛けられているよね。だから、右辺の $x$ に $b$ を代入したら $0$ になる。 ということは、左辺の $x$ に $b$ を代入して $0$ になるような、そんな $b$ を探せばいい。 そういう $b$ が見つかったら、 $x - b$ が因数になってることがわかる」

ユーリ「へ、へー……」

「これは因数定理いんすうていりと呼ばれている定理を使ったことになる」

ユーリ「いんすーてーり?」

「そうだよ」

ユーリ「え、でもちょっと待ってよ。 $x$ に、 試しに・・・ $1$ を代入したってことは、 $2, 3, 4, 5, \ldots$ って順番に試したってこと? 暗算で?」

「いや、順番に試したわけじゃない。 $x-1$ が因数になったとわかった時点で、 つまり、 $$ x^3 - 9x^2 + 23x - 15 = (x - 1)(x - c)(x - d) $$ がわかった時点で、 $c$ は $3$ で $d$ は $5$ になりそうだと思った。 つまり、 $$ x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x = x(x-1)(x-\REDFOCUS{3})(x-\REDFOCUS{5}) $$ になりそうだと思ったんだ」

ユーリ「なにそれ! お兄ちゃん、すごいのを通り越してわけわからんよ。 $3$ とか $5$ とかはどこから出てきたの?」

「$15$ から。ほら、ここに $15$ がある」

$$ x^3 - 9x^2 + 23x - \REDTEXT{15} = (x - 1)(x - \REDTEXT{c})(x - \REDTEXT{d}) $$

ユーリ「……あっ、 $15 = 3 \times 5$ ってこと?  $cd = 15$ だから」

「そうだね。そう考えてアタリをつけたんだ。 右辺を展開したときに左辺の $15$ は、 $1\times c \times d$ から作られたはずだからね。 もちろん、 $c = 3$ で $d = 5$ の保証はない。 もしかしたら $c = 1$ で $d = 15$ かもしれない。 まあ、でも一応この段階で、頭の中では因数分解の候補は完成した——だから、 あとは検算して確かめればいいかなと思った」

ユーリ「でも、お兄ちゃん暗算で検算もしたって言ったよね。 $x(x-1)(x-3)(x-5)$ を暗算で展開できんの? 信じらんない!」

「いやいや、検算といっても直接的に $x(x-1)(x-3)(x-5)$ を展開したわけじゃないよ。 検算では因数定理をもう一回使ったんだ」

ユーリ「また因数定理……」

「$3$ と $5$ を $x^3 - 9x^2 + 23x - 15$ の $x$ に代入して、 $0$ になるかどうかを確かめた。それで検算したんだ。 それを暗算で計算するのはちょっとつらかったけど、まあできないことはない。 ちょっと時間が掛かってしまったけどね。 だから、 $x = 2$ や $x = 4$ は試してない」

ユーリ「うむー……」

「だから、僕が $$ x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x = x(x-1)(x-3)(x-5) $$ の因数分解をしたときにやったことは……

  • $x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x$ は $4$ 次式だから一次式 $4$ 個の積になるだろうと考えた。
  • $x^4$ の係数が $1$ だから、 $4$ 個の一次式の $x$ の係数を $1$ にして考えた。
  • $x^4 - 9x^3 + 23x^2 - 15x$ のすべての項に $x$ があるから、 $x$ でくくった。つまり、 $x$ は因子だ。
  • $x^3 - 9x^2 + 23x - 15$ の $x$ に $1$ を代入して、結果が $0$ になるから、 $x - 1$ は因子だ。
  • 定数項にある $15$ は $3\times 5$ だから、 $x - 3$ と $x - 5$ も因子じゃないかとアタリをつけた。
  • $x^3 - 9x^2 + 23x - 15$ の $x$ に $3$ を代入して、結果が $0$ になるから、 $x - 3$ は因子だ。
  • $x^3 - 9x^2 + 23x - 15$ の $x$ に $5$ を代入して、結果が $0$ になるから、 $x - 5$ は因子だ。
  • $x$ と $x-1$ と $x-3$ と $x-5$ という $4$ 個の因子が見つかったから因数分解完成!
……ということ」

ユーリ「なるほどにゃあ……これならどんな因数分解でもカンタンに暗算できちゃうね!」

「いやいや、係数が大きくなったらさすがに暗算じゃできない。 でも、高次の多項式を因数分解するときには、 最高次の係数と、定数項の係数を素因数分解してアタリをつけるのはよくやるね」

ユーリ「高校生ってすごいなー!」

「ユーリだってすぐにできるよ」

ユーリ「じゃ、何か問題出してみてよ」

「じゃあ、たとえばこれは?」

クイズ

次の式を $x$ に関する一次式の積に因数分解せよ。

$$ x^4 - 4x^3 - x^2 + 16x - 12 $$

ユーリ「ほほー……やってみる!」

「暗算じゃなくてもいいよ」

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(第421回終わり)

(2024年5月10日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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