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第413回 シーズン42 エピソード3
《距離》という名のパスポート(前編)

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『群論への第一歩』を《Web立ち読み》しましょう!

数学書の読み方も身につく『群論への第一歩』をぜひどうぞ!

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

《格子点の世界》で《楕円》を描く

僕たちは、ユーリが持ち込んできた《格子点の世界》における《円》を議論していた(第411回参照)。

《異なる二点からの距離の和が一定》になる図形として楕円を思い付き、 試行錯誤しながら、僕たちはなんとか《格子点の世界》における《楕円》を描くことができた(第412回参照)。

ユーリ「……そんでもって、 結局 $a+b=6$ になる《楕円》はこうなった! 完成! たとえばこの点 $Q$ は $A$ から $2$ 歩、 $B$ から $4$ 歩のところにある!」

$a+b=6$ の《楕円》

「……この《格子点の世界》の《楕円》は、《平面の世界》における楕円の面影があるなあ」

楕円の面影を感じる

ユーリ「んー、でもこの大きさだと、小さくってちょっと物足りない感じ。 たとえば $a+b=8$ なら、もっと大きな《楕円》になるよね?」

「もちろん、そうなるね。そして $a+b$ を大きくすればするほど《楕円》は《円》に近づくんじゃないかな?」

ユーリ「$a+b=8$ の《楕円》を描いてみる! 《半径》が $a$ の《円》と、 《半径》が $b$ の《円》を描けばいいから、すぐできる!」

やってみよう

あなたも、 二点 $A$ と $B$ からの歩数ではかった距離の和が一定の値($8$)になる点の集合を描いてみましょう。

それは《格子点の世界》の《楕円》といえます。

※こちらにPDFを用意しました。ダウンロードして自由にご利用ください。

$a+b=8$ の《楕円》を描こう

「どう?」

ユーリ「$a = 1$ と $b = 7$ だと交点ができなかったけど、 $a = 2$ と $b = 6$ なら、こんな感じになったよ」

《格子点の世界》における二つの《円》($a = 2$ と $b = 6$)

「なるほど。《格子点の世界》なら、 $a=2,b=6$ の二つの《円》は $5$ 個の点を共有するんだね。 《平面の世界》だと、二つの円が $5$ 個の点を共有するなんてことはありえない。 $0$ 個か、 $1$ 個か、 $2$ 個かしかありえない」

《平面の世界》での二つの円

ユーリ「んーにゃ、違うね! 《平面の世界》だったら無限個の点を共有すること、あるじゃん」

「ん? ああ、確かに。中心が同じで半径が等しい二つの円が一致するときだね。 確かにそれは無数の点を共有してるといえる。鋭いな、ユーリ」

ユーリ「ふふーん……それにしてもさー、これ面白いよね。 二つの《円》は $5$ 個の点を共有していて——これって、面白いね!」

くすくす笑い出すユーリ

二つの《円》が共有している $5$ 個の点

「何が? 何がそんなに面白い?」

ユーリ「あの、あのね。 この $5$ 個の点って——《半円》だよね!」

《平面の世界》の円と半円

《格子点の世界》の《円》と《半円》

「あはは! まったくだ。《半円》だね! ということは、 $a=2,b=6$ は半円で接してるんだ!」

ユーリ「だよね! ものすごい接し方! 《半円》で接するんだって、あはは!」

ユーリは、しばらく笑いがとまらなかった。

後から落ち着いて考えると、 何がおもしろいのか自分たちでもわからなかったけど、 不思議な笑いのツボにはまったのだ。

「……ああ、笑った。いったい何がおかしいんだろう」

ユーリ「お兄ちゃんがゲラゲラ笑うから、つられてユーリも笑ったじゃん!」

「いやいや。いまは $a+b=8$ の《楕円》を描こうとしてたんだよね。ぜんぜん進まないなあ」

ユーリ「ちゃちゃっと描く!  $a = 3$ で $b = 5$ だと、 二つの《円》は二点で交わるよ。こーなった」

二つの《円》($a = 3$ と $b = 5$)

※ $a=2,b=6$ で見つかった $5$ 点はグレーにしています。

「$a = 4$ と $b = 4$ は僕も描きたいな」

ユーリ「描かせてあげよう!」

二つの《円》($a = 4$ と $b = 4$)

※ $a=2,b=6$ で見つかった $5$ 点と、 $a=3,b=5$ で見つかった $2$ 点はグレーにしています。

「あとは左右の対称性から、 $a+b=8$ の《楕円》全体を描くことができるな。 たとえばこの点 $Q$ は点 $A$ から $3$ 歩、点 $B$ から $5$ 歩になっていて、 $3+5=8$ だ。 他の点もぜんぶ $a+b=8$ になっている。 確かにこれも楕円の面影がある。……ユーリ?」

$a+b=8$ の《楕円》

ユーリ「……」

「ユーリは何を考えてるんだろう」

ユーリ「……あのね。ユーリ、見えちゃったよ」

「何が?」

ユーリ「《格子点の世界》の《垂直二等分線》!」

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(2024年1月26日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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