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第389回 シーズン39 エピソード9
書かれている通りに読む難しさ(前編)

書籍紹介:『数学ガールの秘密ノート/数を作ろう』

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

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図書室にて

テトラちゃんは、村木先生の《カード》に書かれていたベクトル空間の定義をじっくり・ゆっくり読み進めている。

テトラちゃんの要望で、が「教える」形ではなく、 テトラちゃんとで一緒に読む《二人三脚読み》をやっているのだ(第384回参照)。

僕たちは、 文章を細かく分解して読んだり(第385回参照)、 数学辞典を読んで例を作ったり(第386回参照)、 《である例》と《ではない例》を考えたり(第387回参照)、 写像の定義を《カード》にあてはめて考えたりしてきた(第388回参照)。

そしていよいよ——

「……じゃあ、いよいよ《カード》に書かれた(1)〜(4)の性質を読んでいこう!」

村木先生の《カード》

  • $K$ を、たいとします。
  • $V$ を、加法群(群演算を加法と考え、二項演算子を $+$ で表したアーベル群)とします。
  • $K\times V$ から $V$ への写像 $(a,x) \mapsto ax$ が存在して、
  • 以下の(1)から(4)のすべてが満たされているとします。

(1)$K$ の任意のげん $a$ と、 $V$ の任意の元 $x,y$ に対して、$$a(x + y) = ax + ay$$が成り立つ。

(2)$K$ の任意の元 $a,b$ と、 $V$ の任意の元 $x$ に対して、$$(a + b)x = ax + bx$$が成り立つ。

(3)$K$ の任意の元 $a,b$ と、 $V$ の任意の元 $x$ に対して、$$(ab)x = a(bx)$$が成り立つ。

(4)$K$ の単位元を $1$ とすると、 $V$ の任意の元 $x$ に対して、$$1x = x$$が成り立つ。

  • このとき、 $V$ を「$K$ 上のベクトル空間」といいます。
  • $V$ の元を「ベクトル」といいます。
  • $K$ の元を「スカラー」といいます。
  • 写像 $(a,x) \mapsto ax$ を「スカラー倍」といいます。
  • $V$ の元 $ax$ を「$x$ の $a$ 倍」といいます。

松坂和夫『代数系入門』を参考にしています。

テトラ「はい。これで、 $$(a,x) \mapsto ax$$という写像がどういうものなのかが規定されるわけですね!」

(1)$a(x + y) = ax + ay$

「最初は $a(x + y) = ax + ay$ だね」

テトラ「先輩……」

「ああ、ごめんね。テトラちゃんが読むんだった」

テトラ「わがまま言ってすみません。最初は $a(x + y) = ax + ay$ です。《カード》によりますとこうなっています」

(1)$K$ の任意のげん $a$ と、 $V$ の任意の元 $x,y$ に対して、$$a(x + y) = ax + ay$$が成り立つ。

「そうだね」

テトラ「$a(x + y) = ax + ay$ はよく知ってます」

「式の形は親しみがあるよね。 でも、ここでも文字に注意しないとね」

テトラ「文字に注意……ああ、確かに!  $a$ は $K$ の元で、 $x,y$ は $V$ の元ということですね。 違う集合の要素が混じって登場しています。 あたしはまたうっかり、ぜんぶが数のつもりで考えていました」

「$V$ の元を太字にして書き直すと違いがよくわかるかも」

$V$ の元を太字にする

(1)$K$ の任意のげん $a$ と、 $V$ の任意の元 $\BX, \BY$ に対して、$$a(\BX + \BY) = a\BX + a\BY$$が成り立つ。

テトラ「はい、確かにこの方がはっきりしますね」

「ところでテトラちゃんは『任意の』という表現は特に引っかからない?」

テトラ「え? ええ、特に引っかかりません。最初はとまどいましたけど、 『集合 $K$ の任意の元 $a$ に対して……』というのは、『$K$ という集合のどの要素 $a$ に対しても……』という意味ですよね?」

「そうだね。念のために確認しただけだよ」

テトラ「いろんな言い方があるのがおもしろいと思います」

  • 集合 $K$ の任意の元 $a$ に対して、……がいえる。
  • 集合 $K$ のどの要素 $a$ に対しても、……が成り立つ。
  • 集合 $K$ のどんな元 $a$ に対しても、……となる。
  • 集合 $K$ の各元 $a$ に対して、……である。
  • 集合 $K$ のすべての要素 $a$ は、……を満たす。

「確かに。式で書けばこうなるね」

$$ \forall a \in K \, \cdots\cdots $$

テトラ「はい」

【CM】

ユーリ「はいっ、数式マニアのお兄ちゃんのウンチクが出てきましたよー。ここでユーリちゃんのCMターイム!  $\forall$ や $\exists$ などの論理のお話は『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』でどーぞ! イプシロン・デルタ論法も出てきますぞー……って何じゃそれ?」

「じゃあ、次は(2)だね」

テトラ「あ、ちょっとお待ちください。先ほどの話ですと、 この(1)の式、$$a(x + y) = ax + ay$$は、スカラー倍という写像が持つべき性質ですよね。 スカラー倍というのは、 $K$ の元 $a$ と $V$ の元 $x$ に対して、$$(a,x) \mapsto ax$$という写像のことです」

「うん、その理解で正しいよ。 $ax$ は $K$ の元 $a$ と $V$ の元 $x$ を並べた表記になっている。 (1)では、 $ax$ がどんな性質を持っているか、その性質の一つを述べていることになる」

テトラ「あたし……そこがまだピンと来ていないようです。 どうして(1)が $ax$ の性質を述べていることになるんでしょう」

「ええと……それはどう説明したらいいかな」

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(2023年3月31日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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