登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。
僕とテトラちゃんは帰り道の途中、公園のベンチで話し込んでいる。
話題は、後輩のテトラちゃんが語り出した悩みごとについてだ(第381回参照)。
テトラ「……たとえばあたしは、 数学の問題を考えているとき、本当にさっぱりわからないことがあります。ところが先輩方とお話ししていて、 ポンとわかってしまうこともあります。 そういうときは、もう《自分で考えるとき》と《他の人に教えてもらうとき》のバランスというレベルじゃなくて、 あたしには実力がないけれど、先輩方にはある——みたいな、 そんなふうに感じてしまいます」
僕「それは僕だって同じだよ。ミルカさんの答えはもちろんのこと、授業でもよくある。 『そんなの、自分には絶対に思いつけない!』という発想にぶつかったりするよね」
テトラ「先輩でもそうなんですか……そういうとき、もしかして『自分には実力がない』ってめげることもあります?」
僕「もちろんあるよ! がっかりするよね」
テトラ「そうなんですね……先輩は、そういうとき——つまり、自分の実力が足りないと感じてめげるとき——どうするんですか?」
僕「そうだなあ……解けるはずの問題が解けないとき。同じミスを何度も繰り返したとき。それから、僕が解けない問題を他の人がすらすら解いたとき。 そんなときは確かにキツいよね。めげるし、落ち込んじゃうな」
テトラ「へ、へえ……」
僕「へえって?」
テトラ「先輩もそんなふうに感じるなんて、まったく想像できません。あたしは凡ミスをしょっちゅうやらかしますけれど。 《条件忘れのテトラ》の二つ名は、なかなか返上できません」
僕「パターンがあるんだ。 僕がおちいるパターン。 きっかけは数学の問題が解けないことなんだけど、 落ち込むときは問題から気持ちが離れてしまう」
テトラ「問題から気持ちが離れる……って、どういうことでしょう?」
僕「数学の問題が解けなくて悔しいという気持ちが襲ってきた後、 気持ちが深く落ち込んでいくときには——説明が難しいな——痛くて苦しいけれども気持ちいいみたいな、 そんな感覚になるんだよ」
テトラ「……よくわかりません」
僕「『ああ、自分は情けないな』『自分はダメなんだな』『いつも自分は同じところをグルグル回ってしまうな』みたいに考える。 それでね、うーん、そうだなあ……」
テトラ「……」
テトラちゃんは、話の聞き方がうまい。 僕が語るとりとめのない話を、熱心に聞いてくれる。 そして、僕が言いよどんでいるときには静かに待っていてくれる。
だから、僕は、心に浮かんだ言葉をすっと口に出してしまう。
僕「何と言えばいいかな……自分をかわいそうに思って、自分には何の価値もないと思ってしまうんだ。その感覚は痛くて苦しいんだけど、 それと同時に——こんなことを言うのは恥ずかしいけど——気持ちいい部分もある。確かにある。『どうせ自分なんてたいしたことない』と自分を見下げることが、 どこか心地よくなってしまう。そしてそういう状況自体も僕は自覚していて、だから、余計に落ち込む。 そうやって落ち込みが加速する」
テトラ「それは——自己憐憫?」
僕は、テトラちゃんの一言に思わず息を飲む。
僕「……」
テトラ「あっ!」
僕「……いや、その通りだと思うよ。自己憐憫。うん、さすがテトラちゃん。適語選択だね」
テトラ「……す、すみません!」
僕「でも、そういうパターンに落ち込んでばかりもいられない。 だから、そこから何とか脱出する。 それは《僕が落ち込んでも、世界は何も変わらない》からなんだ。 僕は——うん、僕は《落ち込む自分に酔うな》という言葉を思い出す。意識して思い出して、気持ちを切り換える。 そしてまた学ぶことに向かうんだ」
そうなんだ。
僕は、落ち込む自分に酔いすぎる。
落ち込み始める切っ掛けはちょっとしたことなのに、そこから落ち込みが加速するのはまさに、落ち込む自分に酔ってしまうからなんだ(『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』参照)。
テトラ「あたし……先輩もそんなふうに悩むことがあると知って、何だか少し気持ちが楽になりました。 あたしは、自分なりに一生懸命学んでいるんですが、ぜんぜん進歩が感じられなくて、 そうすると、問題が解けないときに『あたしには、数学は向いてないのかな』って考えてしまうんです」
僕「そこだよね」
テトラ「何がですか?」
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