登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
ユーリ「ちょっと待ってお兄ちゃん。このテコの原理は不十分な図だよね?」
僕「不十分な図って? 何が不十分?」
ユーリ「力が不十分。描かれてない力があるよね? だってほら、この長い棒には $F_1$ と $F_2$ の二つの力しか掛かってないみたい」
僕「ああ、そうだね」
ユーリ「でも $F_1$ と $F_2$ はどっちも下向きだから、 これだと、長い棒は下に移動するはずじゃん?」
僕「そうだね。ユーリが言おうとしていることはとても正しい。 この図には、鉛直下向き——つまり重力の向き——の力しか描かれていないから、 このままだと棒は鉛直下向きに加速度を持つはず。いま静止していたとしても、鉛直下向きに速度が大きくなっていく。その結果、下に移動する」
ユーリ「だよね!」
僕「でも実際には棒は止まったまま。 それはなぜかというと……ユーリは答えもわかっているんだよね」
ユーリ「支点が棒を支えてるからでしょ」
僕「その通り。支点はこの棒に対して鉛直上向きに $F_1 + F_2$ の大きさの力を掛けているはず。 さもないとこの棒が静止し続けることはできないから」
支点は棒に対して鉛直上向きに $F_1 + F_2$ の大きさの力を掛けているはず
ユーリ「ふむふむ……」
僕「ユーリが指摘してくれたように、 テコの原理の図で $F_1$ と $F_2$ しか書かないのは、不適切といえば不適切。 でも、話を単純にするためと考えるとそれほど悪くもない」
ユーリ「えー! 話を単純にするためだったら、まちがってもいーの?」
僕「そういうことじゃないよ。 テコの原理で重要なのは、棒に掛かる力の大きさと支点からの距離がどういう条件のときに回転するかということで……」
ユーリ「だから、やっぱり掛かる力は大事じゃん!」
ユーリは、すかさず僕の言葉にツッコミを入れる。
僕「まあまあ。 テコの原理で重要なのは、棒に掛かる力の大きさと支点からの距離がどういう条件のときに回転するかということで、 そして、支点から棒に掛かる力は、棒の回転にはまったく寄与しない。 つまり、支点から棒に掛かる力は棒の回転に影響しないんだ。それはなぜかというと——」
ユーリ「あっ、そっか。距離が $0$ だから?」
僕「——そういうこと。支点を中心にした棒の回転に寄与するのは、《棒に対して垂直な方向に掛かる力の大きさ》と《支点からの距離》の積。 掛け算なんだから、《支点からの距離》が $0$ の力があっても、それは棒の回転にはまったく影響を与えない。 そして、支点が棒を支えている力はまさに、そういう力だね」
ユーリ「それはわかった……けど、それでまたわかんなくなった。 『掛かる力を全部見つけろ!』と言っといて、 『掛かる力だけど、これは関係ない!』みたいに、 話がちょこちょこ変わるのがイヤなんですけどー」
僕「ああ、そうだったね。 掛かる力を全部見つけてそれを描く、と考えておくほうがいいと思うよ」
ユーリ「……でも支点から掛かる力は関係ないんでしょ?」
僕「わかった、わかった。きちんと話すよ。これは《質点の力学》と《剛体の力学》のもっとも大きな違いで、大切なところだし」
ユーリ「何のこと?」
僕「《質点の力学》では、質点がどちらの向きに移動するかは考えるけれど、質点の回転については考えない。 一点なんだから回転について考えられない」
ユーリ「うん」
僕「それに対して《剛体の力学》では、剛体がどちらの向きに移動するかを考えるだけじゃなくて、剛体の回転についても考える必要がある。 剛体は大きさを持っているから回転についても考えられるし、考える必要がある」
ユーリ「うんうん。それで?」
僕「ということは…… 質点に掛かる力を考えるときには、その力が質点をどちらの向きにどのように動かすかだけを考えればいい。 でも、 剛体に掛かる力を考えるときには、その力が剛体をどちらの向きにどのように動かすか、そしてさらに、どのように回転させるかまで考える必要がある」
ユーリ「ちょっと待って!」
ユーリは僕の説明を制して、思考モードに入った。
僕「……」
ユーリ「……回転以外は何?」
僕「え?」
ユーリ「お兄ちゃんの話だと、剛体を考えるときには《何か》と《回転》を考えるんじゃないの? だったら、 回転以外もあるってことだよね。《何か》って何? 何にキヨする力ってゆーの?」
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