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第367回 シーズン37 エピソード7
曲線を追いかける(前編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

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《カード》がやってきた

放課後、がいつものように図書室に行くと、 テトラちゃんがノートに向かって何かを描いていた。

「テトラちゃん、勉強中?」

テトラ「あっ、先輩! 村木先生からの《カード》です。 おもしろそうな《お楽しみ》をいただいたんですよ」

「《カード》は久しぶりだね。どんな問題だろう」

テトラ「はい。問題というか何というか……」

「うん?」

村木先生は、僕たちの学校の数学教師だ。

僕たちにときどき《カード》をくれる。

《カード》には数学の問題が書かれていたり、意味ありげな数式が書かれていたりする。

僕たちはその《カード》をきっかけに自由に数学を考え、ときには問題を自分で作り出し、解く。

だから、村木先生からの《カード》は、僕たちの《お楽しみ》の一つなのだ。

テトラ「先日、サイクロイドやカージオイドを描いたじゃないですか」

「うん、楽しかったね」

サイクロイド第365回参照

カージオイド第366回参照

テトラ「あの話をレポートにまとめて、村木先生に持っていったんですよ」

「なるほど。研究発表だ」

テトラ「そ、そんなすごい内容じゃないんですが……ともかく、 直線上を円板が転がるときのサイクロイド第365回参照)、 固定した円板の回りを別の円板が転がるときのカージオイド第366回参照)について先生に話したんです。 そうしたら……」

「そうしたら《カード》がプレゼントされた、と」

テトラ「ですです。 円板が転がってできる曲線っておもしろいですねって言ったら、 こんな曲線はどうかなって……」

テトラちゃんが見せてくれた《カード》をのぞきこんだ。

村木先生からの《カード》

以下の手順で点 $P$ を定めます。

まず、中心が点 $Q(2, 0)$ で、半径が $2$ の円 $Q$ を固定します。

次に、円 $Q$ 上の一点 $R$ を接点とする円 $Q$ の接線 $\ell$ を引きます。

ここで、原点 $O(0, 0)$ から接線 $\ell$ に対して垂線 $m$ を引いたとき、 二直線 $\ell$ と $m$ の交点を $P$ とします。

点 $R$ が円 $Q$ 上を一周するとき、点 $P$ が描く曲線 $C$ について考察してください。

「おっと、ずいぶん複雑な手順だね。接線に垂線を引く?」

テトラ「そうなんですよ。 今回の《カード》は、特に何かを求める問題じゃないし、証明する問題でもありません。 ただ、点 $P$ が描く曲線 $C$ について考察せよというものでした。 考察……つまり、その曲線 $C$ がどんなものかを検討して、確かめてみなさいってことですよね」

「そうだね。 それで、テトラちゃんはどういうことを考察しようと思ったの?」

テトラ「は、はい。 いま考え始めたばかりですけれど、 まずはとにかく《図を描こう》と思っています。 正確にどんな図形になるか、どんな曲線が生まれるかはわかりませんけれど、 だいたいの図を描くところから始めようかな、と思いました」

「うん、それは大事だよね」

テトラ「先輩は先日、《極端な値》で試したり《考えやすい値》で試したりしましたよね(第366回参照)。 あのときと同じように、主な点を選べば、 曲線のだいたいの形がわかるかなと思ったんです」

「なるほど」

テトラ「主な点を何点か描いたら、それを滑らかに結べば、曲線の形がわかりますよね……あはははっ!」

テトラちゃんが急に笑い出した。

「ど、どうしたの?」

テトラ「すみませんっ! ちょ、ちょっと思い出し笑いをしてしまいました。 先日、別の問題を考えているときに『滑らかに……結ぶ』と言いながら曲線を描いたんですが、 かなりデコボコしちゃって、口では『滑らか』と言ってるのに、図はぜんぜん滑らかじゃなかった、 というのを思い出していました」

「点を滑らかに結んで曲線を描くのって難しいよね」

テトラちゃんは、まだ思い出し笑いを引きずってくすくす言ってる。 『滑らかに結ぼうとして結べなかった』だけで、よく笑いが続くなあ……

条件の再確認

テトラ「し、失礼しました。笑いがなかなか止まらなくて……まずは、 《カード》の手順を再確認していきますっ!」

「ええと、僕は話を聞いていてもいいの?」

テトラ「もちろんです。あ、もしもお邪魔でなければ、ですけれど」

「いや、僕の方が邪魔してなければいいんだ」

テトラ「曲線 $C$ について考察をするんですけれど、 その曲線 $C$ は点 $P$ が描くことで作られます。 ですから、点 $P$ がどんなふうに決まるかを理解する必要があります」

「……」

テトラ「で、ですよね?」

「大丈夫。僕は、なるほどなあ……と思いながら聞いているんだから、どうぞどうぞ先に進めてください」

テトラ「点 $P$ がどんなふうに決まるか。それは《カード》に手順が書いてあります。 最初に舞台設定として円 $Q$ が固定されています。中心が点 $Q(2,0)$ で半径が $2$ の円です」

円 $Q$

(手順:まず、中心が点 $Q(2, 0)$ で、半径が $2$ の円 $Q$ を固定します)

「うん。円は中心と半径が決まれば決まるから、円 $Q$ はもう決定。そしてこの円 $Q$ は動かない」

テトラ「そうですね。 それから次に、点 $R$ を接点とする接線 $\ell$ を引く……とありました。 点 $R$ は、どこでもいいんですが、円 $Q$ の円周上にある点でなければいけません。 そしてもちろん、接点 $R$ を決めれば接線 $\ell$ も決まります」

点 $R$ と直線 $\ell$

(手順:次に、円 $Q$ 上の一点 $R$ を接点とする円 $Q$ の接線 $\ell$ を引きます)

テトラ「点 $R$ は円 $Q$ 上の一点ということだけが決まっています。 ですから、もしも点 $R$ が円周の別のところにあったら、 接線 $\ell$ もそれに応じて別のところに引くことになります。 でも、どこにあったとしても直線 $\ell$ はいつも円 $Q$ に対する接線ですし、 点 $R$ はいつも接点になっています。 そういう性質は守らなくてはいけません……と、この《カード》は主張しています」

テトラちゃんはそう言いながら、腕の角度を少しずつ変えていく。きっと接線 $\ell$ をイメージしているんだろう。

接点 $R$ に応じて、接線 $\ell$ も変わる

「うん、いいよ。テトラちゃん、ていねいに進んでいるなあ」

テトラ「あ、はい。先日のサイクロイドでも、カージオイドでも、 最初は難しそうに見えたんですが、結局、あたしにもよく理解できました。 難しそうに見える図形でも、一歩一歩きちんと追うのが大事なんだ……と思ったんです」

「うんうん、大事だよね」

テトラ「ですから最近は、一歩一歩きちんと追うのがマイブームなんですっ!」

「マイブーム」

テトラ「引き続き、《カード》を読んでいきます。一歩、一歩、…… 原点 $O(0,0)$ から接線 $\ell$ に対して垂線 $m$ を引きます。 そして、二直線 $\ell$ と $m$ の交点を $P$ とします。 $m$ は $\ell$ に対する垂線ですから、 $\ell$ と $m$ は直交することになります。直角です!」

テトラちゃんはそう言うと、両腕を直角にクロスさせた。スペシウム光線か。

直線 $m$ と、点 $P$

(手順:ここで、原点 $O(0, 0)$ から接線 $\ell$ に対して垂線 $m$ を引いたとき、 二直線 $\ell$ と $m$ の交点を $P$ とします)

「うん。点 $P$ は、原点から直線 $\ell$ に下ろした垂線の足ということだ」

テトラ「あ、はい、そうですね。《垂線の足》っておもしろい表現ですよね」

「そうだね。それで、と。これで点 $P$ まで来たね。 点 $R$ を決めると直線 $\ell$ が決まって、 そこから直線 $m$ が決まって、点 $P$ が決まる」

テトラ「はいっ。ここから、点 $R$ が円 $Q$ を一周するようすを考えます。 そうすると、点 $R$ が動くことで、直線 $\ell$ も動きます。 そして直線 $\ell$ が動くことで、直線 $m$ も動き……そして、 $\ell$ と $m$ の交点 $P$ も動きます」

「その点 $P$ が描く曲線 $C$ を考える」

テトラ「さっきも考えましたけれど、点 $P$ の動きを想像すると、 たぶんですけど、点 $P$ は円 $Q$ の外側にかぶさるように……こんな動きをするんじゃないでしょうか。 つまり、これが曲線 $C$ ?」

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(2022年9月2日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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