登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
僕とユーリは、三角形と等しい面積を持つ正方形を作図する問題に取り組んでいた(第351回参照)。
三角形から長方形を作るのはすぐにでき、 ようやく長方形から正方形を作る作図もできた(第352回参照)。
さらには多角形から正方形を作る作図もできたけれど、 歴史的に有名な円積問題は定規とコンパスでは解けない(第353回参照)。
いまは、 僕が出した新たな問題を考えているところ。
僕「そういえば、円積問題に挑戦した数学者の中にヒオスのヒポクラテスという人がいた」
ユーリ「ひぽくらてす」
僕「歴史的に有名な医者のヒポクラテスとは違う人だよ。ヒオスのヒポクラテスは、 もちろん円を正方形にすることはできなかった。 円積問題を解くことは不可能だからね。でも、さまざまな三日月形と等しい面積を持つ正方形を作ることができた」
ユーリ「三日月形?」
僕「考えやすいように具体的に描いてみようか。たとえば……まず、こんなふうに半円を描く」
半円を描く
ユーリ「うん」
僕「そして中心から、直径に垂直な線を引いて、こんなふうに三角形を作る」
三角形を作る
ユーリ「ふんふん。いーよいーよー……」
僕「その三角形の二つの辺それぞれの中点から、小さな半円を二つ描く」
小さな半円を描く
ユーリ「ほほー……左と右に、斜めになった半円を描きましたよっと」
僕「そして問題は、ここに出来た二つの三日月形を合わせた面積に等しい面積を持つ正方形を作れというもの。 わかりやすいように色を塗っておこうか」
問題
二つの三日月形を合わせた面積に等しい面積を持つ正方形を作ってください。
ユーリ「こういう図、どっかで見たことがあるんだけどにゃあ……覚えてない」
僕「これは有名な問題だから、小学校で習っていると思うよ」
ユーリ「小学校で習った? そーだっけかなあ……あっ、有名な問題だったら『ヒポクラテス』でネット検索したら出てくるよね、きっと」
僕「うん、絶対に見つかると思うよ。でも、自分で考える前に検索するのはもったいないけどね」
ユーリ「もったいないって、なんで?」
僕「自分で考える前に検索して、 この三日月形と等しい面積の正方形を作図する方法を知ったとしても、つまらないからだよ。 といっても問題や答えがつまらないわけじゃない。 考える前に答えを見ることがつまらないんだ」
ユーリ「ふーん……そーゆーもんか」
僕「これからおもしろいマンガを読んだり、映画を観たりするとする。 そのときに、これがこっちの伏線になっているとか、 最後に『実は真犯人は探偵だった』というどんでん返しがあるとか、 そういう話を前もって調べたいと思う?」
ユーリ「思わない。真犯人わかったら、ネタばれじゃん!」
僕「だよね。マンガや映画は自分で体験するからおもしろい。 数学だったら、自分で考えるからおもしろい。 それと同じだよ。 答えを検索する前に、自分で少しでも考えないともったいない。 それに、小学校で習うというのもポイントだよ」
ユーリ「どゆこと?」
僕「ヒオスのヒポクラテスは、当時の最高レベルの数学者だったわけだよね。 歴史に名前を残すほどの数学者。 その研究成果の一つが、現代では小学校で誰でも習えるものになっている。 これは現代の人間が、昔の人間よりも賢くなったからだろうか。 ヒオスのヒポクラテスは現代の小学生ほどの賢さしかなかったんだろうか」
ユーリ「うーん……違うと思う。 知ってるならすぐにわかるけど、誰も知らなかったから難しかった?」
僕「そうだね。まだ人類が知らず、知識が整理されていないところでは、 最高レベルの数学者が開拓する必要があった。 でもいったん発見され、知識が整理された状態になったら、 スムーズに学べるようになる。 知ってしまった状態と、まだ知らない状態はまったく違うってことだね。 だから、せっかくなら、知らない状態のまま考えた方がおもしろい。 知ってしまった後では、知らない状態に戻ることは難しいから」
ユーリ「……」
僕「だから、ユーリも」
ユーリ「わかったから、もーわかったから、ちょっと待って。 もう考えてるんだから。《先生トーク》はストップ!」
僕「ごめんごめん」
ユーリは図を描きながら問題に取り組んでいた。
と思ったら数式を書き出したぞ……
ユーリ「……」
僕「……どう?」
ユーリ「うん、できた……」
僕「ずいぶん計算してたよね」
ユーリ「ごちゃごちゃしてきたから計算したの。真犯人はわかったけど……ウソっぽい」
僕「ウソっぽい?」
ユーリ「まー話聞いてよ」
僕「さっきから聞いてるよ」
ユーリ「あのね、この赤い三日月形を合わせた面積を考えるわけでしょ」
僕「そうだね」
ユーリ「でね、この三日月形はどーなってるかというと、 $A - B$ が二つある。だから」
僕「ちょっと待って。 $A$ と $B$ ってどこのこと?」
ユーリ「あー、ここだよん。わかるでしょ? $A$ と $B$ が二つずつ」
$A$ と $B$ が二つずつ
僕「いやいや、ユーリの頭の中はわからないんだから、ちゃんとどこが何かを言ってもらわないと」
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