登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。
僕は後輩のテトラちゃんといっしょに気体分子運動論を展開していくことになった(第345回参照)。 いまは仮定すべきことを少しずつ押さえている途中。
仮定1
仮定2
テトラ「あたし、いま、気体分子が飛びまわっている様子を想像しています……」
僕「……」
テトラ「《体積》はわかっています。《物質量》もわかっています。でもまだ《圧力》と《温度》はわかっていません」
僕「そうだね。マクロな目で見ると気体の《圧力》が容器の壁に掛かっている。 気体は壁を押している……つまり、気体から壁には《力》が掛かっていることになる」
テトラ「はい、そうですね」
僕「気体から壁には《力》が掛かっている。じゃあ、その《力》はどこから来てるんだろうか、と考える」
テトラ「気体から壁に掛かる《力》……それはもちろん、壁にぶつかる気体分子から来ていますよね? 気体分子はとてもたくさんあって、次から次に壁にぶつかります。 その結果として気体が壁を押す《力》になっているんだと思います」
僕「そうだね! そしていまのが、 ミクロとマクロの関わり合いを表しているわけだね」
テトラ「あっあっあっ、先輩、あたしわかりましたっ! 気体分子の衝突というミクロなもので、壁を押す気体の《力》というマクロなものを説明しようとしているわけですねっ!」
僕「え? あ、うん。そうだよ?」
テトラ「い、いまごろ気付いてすみません。お恥ずかしい。 先輩はずっとそうおっしゃっていましたよね。 でも、いま急に何をやっているかを理解したんです。 ミクロなものでマクロなものを説明しようとしてるのだと理解しました!」
僕「いやいや、ぜんぜん恥ずかしくないよ。僕もよくある。 急に『そういうことか!』って思うんだ。『最初からそうやってたじゃないか、何をいまごろ気が付いてるんだ!』みたいに感じる」
テトラ「はい……まさにそれです! そして! あたしは! 壁の面積が $L^2$ であることを知ってます! ということは壁に働く《力》がわかれば、 それを面積で割れば《圧力》が出ますね!!」
僕「すばらしい! その通りだよ、テトラちゃん。 じゃ、さっそくその《力》を求めてみよう。そのために……」
テトラ「ニュートンの運動方程式を考えるんですよねっ!」
僕「あ、えーと……」
テトラ「あらら? 違いましたか?」
僕「いや、ニュートンの運動方程式を考えるのは正しいといえば正しいけど……」
テトラ「あたしはてっきり、《力》から《運動エネルギー》まで、こんなふうに話が進むんだと想像していました」
あたしが想像していた話の進み方
僕「うん。質点の運動を考えたいときには、そんなふうに話が進むことはよくあるね。 《力》がわかれば、ニュートンの運動方程式から《加速度》がわかる。 あとは《加速度》を時刻で積分すれば《速度》がわかる。もしも、《力》が一定なら、時刻による積分は時間との掛け算になる。 そして《速度》がわかれば《運動エネルギー》もわかる」
テトラ「そうです、そうです。それは何度も練習しました。 $v$ という《速度》がわかれば、 $\frac12mv^2$ で《運動エネルギー》が得られます」
【CM】
ユーリ「はいっ、ここでCM入りまーす。 《力》→《加速度》→《速度》→《位置》を求めていく流れを理解する一冊がこちら! じゃじゃーん!」
僕「でも、いま僕たちは、気体分子が壁に衝突するようすを物理学的に考えたいんだよね?」
テトラ「そうですね。たくさんの気体分子が壁にぶつかって跳ね返る。 それで得られる《力》を、壁の面積で割れば《圧力》になります」
僕「うん、でも、気体分子がぶつかって跳ね返るときの《力》を直接的に調べるのはすごく難しいんだ」
テトラ「そうなんですか?」
僕「気体分子1個が容器の中を飛んでいる途中では、気体分子は壁に触れていない。 だから壁に《力》は掛かっていない」
テトラ「はい」
僕「でも、気体分子が壁にぶつかった瞬間には大きな《力》が掛かる。 実際には、気体分子が壁を構成している分子に近づいて、 短い時間に複雑なやりとりがあって、気体分子は跳ね返される。 その短い時間に変化する途中の《力》を追い続けるのは難しい。 もちろん一定じゃないし、万有引力の《距離の二乗に反比例》のような簡単な式にもならないし」
テトラ「ああ……なるほどです。《力》→《加速度》→《速度》のスタートとなる《力》がわからない……でも、 だとしたらどうしようもないですよね。だってニュートンの運動方程式が使えないんですから!」
僕「いま話した《ぶつかる》とか《はねかえる》という現象を調べるときは、《運動量》を使うとうまく考えを進めることができるよ」
テトラ「運動量?」
僕「ここからは話を簡単にするために一次元で説明するね。 気体分子の運動はもちろん三次元だけど、 一次元で考えてから、三次元に拡張する。そうすれば、最初から式が複雑にならずに済むから」
テトラ「はい……式が複雑にならないのはありがたいです」
僕「気体分子1個を質量mの質点だと考える。それが距離Lだけ離れた二枚の壁のあいだを往復運動している。 速度をvとする」
気体分子の運動を一次元で考える
テトラ「なるほどです。気体分子が直線上を行ったり来たりしていると考えるわけですね」
僕「そうだね。あとで三次元に拡張するときは、いまから考える運動がx成分やy成分やz成分だと考えなおすんだね」
テトラ「はいはい。わかります」
僕「《質量》がmで、《速度》がvのとき、mvをこの気体分子の《運動量》という。《運動量》は《質量》と《速度》の積」
テトラ「はい……それは《運動量》の定義ということですね」
僕「うん、そうだよ。 《速度》は向きと大きさを持つベクトルとして扱えるから、 《運動量》も向きと大きさを持つベクトルになるんだけど、 いまは一次元で考えているから、向きは単に正か負かのどちらかになるだけ」
テトラ「あ、はい」
僕「気体分子は二枚の壁の間を永遠に往復運動し続けることにする。 そのために、こんな仮定をする。 跳ね返る前後で《速度》の大きさは変化せず、 《速度》の向きは鏡に反射するような向きになると仮定する」
仮定3
テトラ「なるほど」
僕「ボールが何度も跳ね返るときには、《速度》の大きさはだんだん小さくなっていく。 でもいまは、気体分子は壁にぶつかっても《速度》の大きさは変わらないと仮定するんだ」
テトラ「《速度》は、壁にぶつかるたびに符号が反転しますね?」
僕「そうそう。《速度》は $v$ で進んで壁にぶつかったら向きが変わって $-v$ になる。《運動量》は $mv$ から向きが変わって $-mv$ になる」
テトラ「そこまではわかりましたけれど……ここからどうなるか、さっぱりわかりません。 これはミクロですよね。1個の気体分子を考えています。 永遠に往復し続ける気体分子から、どうやって《圧力》まで行けるんでしょう?」
僕「……」
テトラ「壁の《面積》はわかってますので、やはり《力》がわからないとだめでは?」
僕「うん。《力》を求めたくなるよね」
テトラ「はい。でも、《力》を求めるのにはニュートンの運動方程式は使えません……」
僕「いや、使えないわけじゃないよ。ニュートンの運動方程式から《力》と《運動量》の関係を考えていこう」
テトラ「は、はい」
僕「ニュートンの運動方程式は $F = ma$ という式で表されるよね。いまは簡単のために一次元で考えている」
ニュートンの運動方程式
このとき、次が成り立つ。 $$ F = ma $$
この式をニュートンの運動方程式という。
テトラ「はい。ニュートンの運動方程式は《力》と《加速度》の関係を表しています」
僕「ここで、《加速度》は《速度》を《時刻》で微分したものだから、 こんなふうに書き換えてもいい」
$$ F = m\cdot \frac{dv}{dt} $$テトラ「はい……これは、 $F = mv'$ ということですよね?」
僕「そうだけど、 $v'$ と書くと何で微分したのかわかりにくいから、 $t$ で微分したことが明確になるように、 $dv/dt$ と書いたんだ。 そして《質量》を表すmは《時刻》で変化しない定数だから、こんなふうに書いてもいい」
$$ F = \frac{d(mv)}{dt} $$テトラ「……」
僕「……どう?」
テトラ「……理解が心に降りてくるまで、ちょっと……ちょっとお待ちください」
僕「……」
テトラ「mvというのは《運動量》ですよね?」
僕「そうそう!」
テトラ「……ということは、こう表現してもいいですか?」
《力》は、《運動量》を《時刻》で微分したものに等しい。
このことは、ニュートンの運動方程式から導ける。
僕「まさに、その通り! テトラちゃんは正しく理解しているよ。 それが《力》と《運動量》との関係だ」
テトラ「でも……ここからどこに行けるのかは理解していません!」
僕「次は積分だよ」
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