登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。
僕「……という話をしてた。 熱気球から話は始まって、ずいぶん話は広がったんだ」
ここは高校の図書室。いまは放課後。
僕は後輩のテトラちゃんといつものようにおしゃべりしながら、 先週末のユーリとの話を伝えた。
アルキメデスの原理(第341回参照)、アボガドロの法則(第342回参照)、 ボイルの法則(第343回参照)、シャルルの法則(第344回参照)のことだ。
テトラ「ユーリちゃん、すごいですねえ……あたしには、まだわかってないことがたくさんあります」
僕「そうなの?」
テトラ「はい。 《圧力》《体積》《温度》……その一つ一つはわかるんですが、ぜんぶ一度に考えるとわからなくなります。 わからないといいますか、自分がわかっているのかどうか不安になります。 何と言えばいいかわかりませんけれど、どうも苦手なんです」
僕「そういえば、ユーリも似たようなことを言ってたなあ」
テトラ「たとえば、《圧力》と言われれば、単位面積あたりに掛かる力だということはわかります。 同じ大きさの力を掛ける場合でも、掛かる面積が小さければ《圧力》は大きくなります」
僕「そうだね、その通り」
テトラ「それから、《体積》と言われてもわかります。たとえば直方体なら縦×横×高さで得られます」
僕「……」
テトラ「《温度》というのもわかりますし、《物質量》もわかります。モルは難しかったですが、 $6\times10^{23}$ 個で1モルだと考えれば何とかわかります」
僕「うん、でも?」
テトラ「はい、でも、《圧力》と《体積》の関係、《体積》と《温度》の関係、《圧力》と《温度》の関係のように、いろんな組み合わせを考えていると不安になります。 ボイルの法則やシャルルの法則やボイル=シャルルの法則……のようにたくさん出てきますし」
僕「うん、それはみんなそうだと思うよ。僕もいちおうは覚えているけれど、でもほとんどの場合は理想気体の状態方程式だけを考えるようにしてる」
理想気体
気体分子の大きさを無視し、気体分子のあいだに働く力を無視した気体を理想気体という。
理想気体の状態方程式
理想気体の《圧力》《体積》《物質量》《温度》には一定の関係がある。
このとき、 $p, V, n, T$ の間には、 $$ pV = nRT $$ という関係がある($R$ は定数)。
テトラ「$pV = nRT$」
僕「うん、そうだね。これはとても覚える価値がある便利な式だよ。 ボイルの法則、シャルルの法則、ボイル=シャルルの法則のすべてを導けるから」
テトラ「……」
僕「たとえば……いや、テトラちゃんが自分で考える?」
テトラ「あ、はい。 $pV = nRT$ という式があれば、すべて導くことはできそうです。 どんな物理量が一定であるかという条件設定を考えればいいわけですね?」
僕「そうそう」
テトラ「まず、箱の中に気体を閉じ込めたとすれば《物質量n》は一定になります」
僕「うん」
テトラ「たとえば、ボイルの法則では、《温度》を一定にしますから、 理想気体の状態方程式に出てくる文字のうち、n, R, Tが定数になります。 すると、 $$ pV = \underbrace{nRT}_{\textrm{定数}} $$ になるので、《圧力》×《体積》は一定になる……ということですよね?」
僕「そういうことだね。《温度》が一定ならば、《圧力》×《体積》が一定になるというボイルの法則$$pV = A\quad\textrm{(一定)}$$が導けたことになる。 テトラちゃんのその理解で正しいよ」
テトラ「シャルルの法則も同じように考えます。今度は《圧力》を一定にします。 すると、理想気体の状態方程式に出てくる文字のうち、p, n, Rが定数になります。 すると、$$pV = nRT$$から、両辺を$p$で割って$$V = \underbrace{\frac{nR}{p}}_{\textrm{定数}}T$$になるので、 《体積》は、絶対温度で表した《温度》に比例することになります。 VはTの定数倍になりますから」
僕「そうそう。理想気体の状態方程式に出てくる物理量のうち、 一定になっているものを一箇所に集めればいいんだね。 定数を集めたものを一つの定数として扱うことができるから」
テトラ「はい。これで《圧力》が一定のとき、《体積》は絶対温度で表した《温度》に比例するという シャルルの法則が導けました」
僕「だから、理想気体の状態方程式はすごく便利」
テトラ「ボイル=シャルルの法則の場合は、《圧力》と《体積》と絶対温度で表した《温度》との関係になります。この場合の条件設定では、《物質量》だけが一定です。 だから、理想気体の状態方程式に出てくる文字のうち、n, Rが定数になって、 $$pV = \underbrace{nR}_{\REMTEXT{定数}}T$$となります」
僕「そうだね。《圧力》×《体積》が絶対温度で表した《温度》に比例することがいえた。 僕はユーリに、$$pV = \heartsuit T$$という式で説明したんだ(第344回参照)」
テトラ「確かに、理想気体の状態方程式は便利ですね……」
僕「ねえ、テトラちゃん。いまいちテンションが上がってないのはどうして?」
テトラ「あ、あのですね。 あたしが思ったのは、どうして最初から $pV = nRT$ を教えてくれないのかということでした。 どこが定数になるかを考えさえすれば、ボイルの法則も、シャルルの法則も、ボイル=シャルルの法則も、ぜんぶ導けるのに……どうしてバラバラに覚えなくちゃいけないんでしょう」
僕「僕も理由はわからないけれど、歴史的な経緯があるからかも。 テトラちゃんはいま、理想気体の状態方程式から始めて他の法則を導いたよね」
テトラ「そうですね」
僕「でも、実際の歴史としては逆だよね。ボイルの法則やシャルルの法則があって、 そこから《圧力》《体積》《温度》の関係が導けるわけだから」
テトラ「なるほどです。 それはそうですね。実験をして、たくさんのデータを取って、 それではじめて法則が見つかるわけですから。 最初から $pV = nRT$ という式があるわけじゃないですよね」
僕「うん。たとえばボイルの法則は、《温度》が一定のときに 《圧力》×《体積》は一定になるというもの。その法則は、覚えてしまえば当たり前になっちゃう。 でも、僕たちがボイルの法則を使うことができるのは、ボイルが見つけてくれたから」
テトラ「法則をいったん学んでから、法則がまだ見つかっていないときのことを想像するのって、難しいですねえ……」
僕「僕もそう思うよ。 現代なら中学校の理科で学ぶことでも、 歴史的には最先端の物理学者が実験や議論を重ねていたものだったはずだよね。 そういう状況を想像するのはすごく難しい」
テトラ「あ、ミルカさんがいらっしゃいましたよ。ミルカさん!」
ミルカ「今日は、何の話?」
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