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第344回 シーズン35 エピソード4
温度と体積(シャルルの法則)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

$ \newcommand{\NEQ}{\neq} $

pーVグラフ

「《圧力と体積の関係を表したグラフ》は《pーVグラフ》と呼ぶこともある。 このグラフの一点を選ぶと《圧力pと体積Vの一組》を選んでいることになる」

ユーリ「わかったよん」

「たとえば、こんなふうに《pーVグラフ上の点》と《シリンダーの図》とを対応付けることができる」

ユーリ「おおっ?」

「ここでは《状態1》と《状態2》という二つの状態を考えている。 どちらも《物質量》は同じ。どちらも《温度》は同じ」

ユーリ「……」

「《状態1》と《状態2》で、《圧力》は違う。つまり $p_1 \NEQ p_2$ だ」

ユーリ「《体積》も違うよね。 $V_1 \NEQ V_2$」

「その通り。この二つの状態で、《圧力》は違うし《体積》も違う。でも、《圧力》×《体積》は等しい。つまり、 $$ p_1V_1 = p_2V_2 $$ が成り立つ。これがボイルの法則だ。《物質量》が同じで、《温度》が同じ場合に成り立つ法則だね」

ユーリ「にゃるほど、よーくわかった! ところで、このグラフ見てて思ったんだけど、《温度》ってどーなってるんだっけ?」

「《温度》は一定だよ。ボイルの法則の条件設定はそうしている」

ユーリ「んー……ぎゅーって押したら《温度》って上がるんじゃなかったっけ?」

「ああ、そうだね。《温度》は上がるよ」

《雲を作る実験》

ユーリ「上がるよね。《雲を作る実験》の動画で見たもん」

「そうだね。それはボイルの法則の実験じゃないけど」

  • すばやくピストンを引くと、空気の《体積》が大きくなって《温度》はわずかに下がる。それで、雲が生まれる。
  • すばやくピストンを押すと、空気の《体積》が小さくなって《温度》はわずかに上がる。それで、雲が消える。

ユーリ「それそれ。でも、ボイルの法則だと、《温度》は一定じゃん?」

「そこだよ。まさに、そこが混乱しやすいところ」

ユーリ「?」

「ユーリはいま混乱しかかっていたよ」

ユーリ「そーかにゃ?」

「ボイルの法則は、《温度》が一定のときという条件設定があった。それを忘れちゃだめなんだよ」

ユーリ「実際には《体積》が小さくなると《温度》が上がるのに?」

「『実際には』というのは、雲の実験動画のことだろ? 雲の実験動画はボイルの法則を確かめる実験じゃない。 《体積》を大きくすると《温度》が下がるし、《体積》を小さくすると《温度》が上がる実験なんだ。 ボイルの法則は《温度》が一定であるという条件設定のもとで何が起きるかを表した法則なんだから……」

ユーリ「いやいや、待って待って。 いまいち納得できてないんですけどー……」

「そう?」

ユーリ「あのね、ピストンを押したら《体積》が小さくなって《温度》が上がるとしたら、 《温度》が一定であるという条件設定はどーすりゃいーの?」

「さっき二つの状態を考えたよね。《状態1》と《状態2》だ。あれは両方とも《温度》が等しくなっている」

ユーリ「だーかーらー、《温度》を等しくするのはどーするの、って話」

「一つの方法は、放置することだね」

ユーリ「放置? ほっとくってこと?」

「そうだね。しばらく放置すると、気体の《温度》は部屋の《温度》に等しくなる。 それまで待つんだ。 ちゃんとやるならピストンの中に温度計を入れておく」

しばらく放置する

《圧力》を上げて《体積》を小さくして気体の《温度》がわずかに上がったとする。 しばらく放置すると、気体の《温度》は部屋の《温度》に等しくなる。

ユーリ「うーん……」

「でも実際には、ピストンに乗せる重りを変える実験で、《温度》はそこまで上昇しないと思うよ。 雲の実験動画を見るとわかるけど、ピストンをすばやく押したり引いたりしているよね。 あんなふうに動かしてはじめて《温度》の変化がわかる。動画の解説の文章でも、 『ピストンをすばやく引く』とわざわざ《すばやく》という表現が入ってるし、 『温度がわずかに下がり』とわざわざ《わずかに》という表現が入ってる」

ユーリ「しばらく放置するとか、すばやく押すとか、そーゆーのも考えなくちゃいけないんだ」

「そうだね。 だから、ボイルの法則で求められている《温度》を等しくするという条件設定のためには、 ざっくりと二つの方法がある」

  • ピストンを動かした後、《温度》が室温に等しくなるまでしばらく放置する。
  • ピストンをとてもゆっくり動かして、《温度》がほとんど変化しないようにする。

ユーリ「まー、そーなるか」

「どのくらいの時間放置すればいいのか。 どのくらいゆっくり動かせばいいのか。 具体的には何ともいえないけど、 ともかく《圧力》《体積》《温度》などがどうなっているかをはかるのは大事」

ユーリ「それも条件?」

「それも条件というか、それが条件。 法則を調べたり、法則を確かめたりするときに、《圧力》《体積》《温度》などの物理量がどうなっているかで表すわけだから」

ユーリ「ふむふむ……」

「《ピストンを押す》というところだけに注目して、前提条件を忘れると、何をやっているか混乱するから」

ユーリ「ユーリは混乱しているわけじゃないもん! 《雲の実験動画》を思い出して、《重りを乗せる実験》と何が違うんだろうって考えてただけじゃん!」

「そうだね。ごめんごめん」

ユーリ「パパッと考えてるーとか、混乱してるーとか、早合点だぞーとか、決めつけないでよね!」

「決めつけてるわけじゃないよ。だから、ごめんって」

ユーリ「そんなら許したげよう。ところで、ボイルの法則、もっかい見せて」

「こうだよ」

ボイルの法則(再掲)

  • 《圧力》を $p$ とする
  • 《体積》を $V$ とする
  • 《温度》は一定とする
  • 《物質量》は一定とする

このとき、《圧力》と《体積》の積は一定である。

$$ pV = A\quad\textrm{(一定)} $$

ユーリ「ふむふむ……《圧力》と《体積》という二つの物理量だけを変えてみたぞってことなんだね」

「その通り。《温度》が一定じゃないときや、《物質量》が一定じゃないときは、 ボイルの法則は何も主張しない。条件設定が違うから」

ユーリ「んー、今度は《pーVグラフ》もっかいみせて。長方形が出てくるやつ」

「これのこと?」

ユーリ「このグラフ……双曲線になってるグラフ上の点って、ぜんぶ《圧力》×《体積》が一定だよね?」

「そうだね」

ユーリ「それから、このグラフってぜんぶ《温度》が一定だよね?」

「うん。《温度》が一定で、《物質量》も一定だ」

ユーリ「……」

「ユーリは、いろいろ再確認しながら何を考えているんだろうか」

ユーリ「あのね。ピストンを押したり引いたりすると、この曲線上をスーッと動くことになるんだって思ったの。 こんなふうに動くんじゃね?」

「そうそう。その通りだね、ただし……」

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(2021年12月31日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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