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第337回 シーズン34 エピソード7
電場と位置エネルギー(前編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

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図書室にて

「……そんな話をユーリとしていたんだよ。先週」

テトラ「……」

ここは高校の図書室。

は後輩のテトラちゃんとおしゃべりをしていた。

オームの法則や(第332回参照)、 クーロンの法則や(第333回参照)、 キルヒホッフの法則などについて話して(第335回参照)、 ホイートストーンブリッジも簡単に説明したところ(第336回参照)。

いつものようにテトラちゃんは熱心に話を聞いていたけれど、 最後の方になると黙りこくってしまった。珍しいな。

「どうしたの?」

テトラ「あ、いえいえ、ちょっと目まいがしただけです」

「えっ、大丈夫?」

テトラ「だ、大丈夫です。目まいというのは《もののたとえ》で……ええとですね。 《大きな世界》と《小さな世界》との行き来が激しかったので、まるでジェットコースターみたいで」

「?」

テトラ「電気のお話って、そういうところがありますよね……」

「ええと、テトラちゃんがいう《そういうところ》って何のこと?」

テトラ「はい、あのですね、電気のお話って、《電子》が出てきますよね。 電流は電子の流れというお話もありました」

「そうだね。流れの向きは反対向きだけどね」

テトラ「電子を考えているときはとても《小さな世界》を考えているんですが、 電子の数を考えるときは急に大きな数が出てきました」

「うんうん。ざっくり10の20乗というすごいオーダーになるからだね。想像を絶するくらい大きな数だと思う」

テトラ「地球上の人類が100億人いたとして、その一人一人が100億人のいる星をそれぞれ抱えていたようすを想像する……となると、 今度は急激に大きな数をイメージすることになりました。 これってかなりクラクラと来ますっ!」

「うん、わかるよ。電気なんて毎日使っているありふれたものなのに、 想像するのがむずかしいくらい、ものすごいことが起きているんだよね!」

テトラ「ですです。ライトのスイッチを入れるだけで、 とんでもない数の電子がわあああああああっと……」

テトラちゃんはそういうと、両腕を揃えて左から右へ大きく動かした。 きっと《とんでもない数の電子の流れ》を表現しているんだな。

「で、テトラちゃんは目まいがすると」

テトラ「はい、そうです。これは、地球の重力を考えたときとはまた違う感覚ですね……」

「地球の重力って?」

テトラ「重力があるところでボールを投げる。そのようすを考えたことがありました。 ニュートンの運動方程式を使って、ボールが放物線を描くことを示しましたよね?」

「そうだね。ニュートン力学」

【CM】

ユーリ「はいー! さっそく出てきました《ニュートン力学》! 物理学の基本! ボールを投げると放物線を描くのはなぜ?! ユーリがその謎に挑戦するアドベンチャーはこちらから!!」

テトラ「(いまCMはスルーしても大丈夫でしょうか)」

「(大丈夫だよ)」

テトラ「《地上でボールを投げる》というのは、とても身近なお話です。 でも、物理法則を考えているうちに気がついたら《宇宙にロケットを飛ばす》お話になっていました。 あのときも《小さな世界》と《大きな世界》を行き来していたことになりますね(書籍参照)」

「なるほど、確かにそうだね。そこでいう《小さな世界》は僕たちのふだんの生活で、 《大きな世界》は地球や月や宇宙みたいな……」

テトラ「そうですっ! ですから物理学って、電子のようなものすごく《小さな世界》から、 あたしたちの日常生活から、宇宙のようなものすごく《大きな世界》までを、 ぜーんぶ扱おうとしているんだと感じましたっ!」

《ぜーんぶ》と言いながら、テトラちゃんは両手を大きく広げる。

まるで、全宇宙を抱きかかえるみたいに。

物理学は《小さな世界》から《大きな世界》までを扱おうとしている

※「いらすとや」さんのイラストを加工しています。

テトラ「ところで、先輩のお話の中でまだよくわからないことがあります」

「なんだろう」

テトラ電場のことです」

テトラちゃんの疑問(電場)

「電場?」

テトラ「はい。電気を帯びたものを配置すると、そのまわりに電場ができる……というお話がありましたよね(第334回参照)」

「うん、そうだね。電気力線を使って電場の向きと大きさを表したけど、そんなに難しかった?」

電気力線で表した電場

※This image is by Andrew Jarvis (Representation of the electric field produced by two charges). This file is licensed under the Creative Commons Attribution-Share Alike 4.0 International license.

テトラ「難しいといいますか、《わかってない感じ》がするんです」

テトラちゃんの《わかってない感じ》が出てきた。

彼女はいつも熱心に話を聞き、素直に考える。

でも、素直に考えるというのは、すぐに納得するという意味ではない。まったく違う。

言われたことをそのまま受け取るけれど、 それに対して自分が抱いた疑問を大切にする。 そこで感じる《もやもや》や《あやふや》な感覚……彼女はそんな《わかってない感じ》をずっとキープできるんだ。

「どのあたりに引っかかるんだろう。電気力線?」

テトラ「いえ、はい、そうですね。 電気力線の図はわかりやすかったです。正電荷から負電荷に向かう曲線があって、 いかにも『ここには電場があるぞー』という感じはするんですが、 それは《感じ》だけで、あたしはそれが何なのか、ちゃんと説明できないんです……電場とは何でしょうか?」

「なるほど」

テトラ「電場は電気量とは違いますよね。速度や加速度とも違います……よね? あたしは『電場とは何か』と聞かれても答えられないようです」

「うんうん、それはつまり電場の定義を押さえたいということだね」

テトラ「あっ、そうですね。《感じ》とか言ってないで、そう言えばいいんですね。そうです。 あたしは電場の《定義》を知りたいんです」

「いろんな表現の仕方があるけれど、ある位置における電場はこんなふうに定義できると思うよ」

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(2021年10月1日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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