[logo] Web連載「数学ガールの秘密ノート」
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第318回 シーズン32 エピソード8
ふれあう三角関数:タンジェントと踊ろう(後編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

ミルカさん:数学が好きな高校生。 のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。

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$\tan$ の和と積

僕たちは、こんな問題を考えていた。

問題

鋭角三角形の三個の角をそれぞれ $A,B,C$ とすると、 $$ \tan A + \tan B + \tan C = \tan A \tan B \tan C $$ が成り立つことを証明せよ。

は $\tan(\pi - C) = -\tan C$ を使って《まっすぐな証明》を終えた(第317回参照)。

ミルカ「こんな《広がる証明》もある。つまり複素平面を使う」

テトラ「この問題に、複素数が出てくる……?」

複素平面を使って考える

ミルカ「さっき、 $\tan$ の加法定理を複素平面を使って考えた(第317回参照)。それと同じように考える」

テトラ「複素数で《積の偏角は、偏角の和》になる、それをまた使うんですか?」

「僕もそれはちらっと思ったよ。ただ……加法定理では $\tan(\alpha + \beta)$ の中に和が出てきたけれど、この問題の式、 $$ \tan A + \tan B + \tan C = \tan A \tan B \tan C $$ には角度の和は出てきていないからなあ」

テトラ「$\tan A + \tan B + \tan C$ は $\tan(A + B + C)$ とは違いますよね……」

「違うね。それに $A + B + C = \pi$ なんだから、 $$ \tan (A + B + C) = \tan \pi = 0 $$ だよ。関係式というよりも値が出てきてしまう」

テトラ「ああ、タンジェントの値が決まってしまうんですね」

ミルカ「それが、のちのち効いてくる」

テトラ「はい?」

ミルカ「ともかく、三個の複素数 $z_1,z_2,z_3$ を次のように定めよう」

$$ \begin{align*} z_1 &= 1 + i\tan A \\ z_2 &= 1 + i\tan B \\ z_3 &= 1 + i\tan C \end{align*} $$

「これは加法定理のときと同じだね。二個じゃなくて三個になったけど。偏角がそれぞれ $A,B,C$ になっている複素数」

テトラ「そうですね。また積を取るんですか」

ミルカ「そうだ。そして何が出てくるかを観察する」

$$ \begin{align*} z_1z_2z_3 &= (1 + i\tan A)(1 + i\tan B)(1 + i\tan C) \\ &= \bigl((1 - \tan A\tan B) + i(\tan A + \tan B)\bigr)(1 + i\tan C) \\ \end{align*} $$

「ああ、そうか。 $(1 + i\tan A)(1 + i\tan B)$ はさっき計算したからすぐにわかるんだね(第317回参照)」

テトラ「《いち引くタンタン、タン足すタン》ですね」

$$ (1 + i\tan A)(1 + i\tan B) = (\underbrace{1 - \tan A \tan B}_{\REMTEXT{いち引くタンタン}}) + i (\underbrace{\tan A + \tan B}_{\REMTEXT{タン足すタン}}) $$

ミルカ「計算を続ける。ただの展開だ」

$$ \begin{align*} z_1z_2z_3 &= \cdots \\ &= \bigl((1 - \tan A\tan B) + i(\tan A + \tan B)\bigr)(1 + i\tan C) \\ &= (1 - \tan A\tan B) + i(\tan A + \tan B) \\ & \qquad + i\bigl((1 - \tan A\tan B) + i(\tan A + \tan B)\bigr)\tan C \\ &= (1 - \tan A\tan B) + i(\tan A + \tan B) \\ & \qquad + i(1 - \tan A\tan B)\tan C - (\tan A + \tan B)\tan C \\ &= (1 - \tan A\tan B) + i(\tan A + \tan B) \\ & \qquad + i\tan C - i\tan A\tan B\tan C - \tan A\tan C - \tan B\tan C \\ &= 1 - \tan A\tan B + i\tan A + i\tan B \\ & \qquad + i\tan C - i\tan A\tan B\tan C - \tan A\tan C - \tan B\tan C \\ &= (1 - \tan A\tan B - \tan A\tan C - \tan B\tan C) \\ & \qquad + i(\tan A + \tan B + \tan C - \tan A\tan B\tan C) \\ \end{align*} $$

「なるほど! これはおもしろいな!」

テトラ「これが……?」

$$ \begin{align*} z_1z_2z_3 &= (1 - \tan A\tan B - \tan A\tan C - \tan B\tan C) \\ & \qquad + i(\tan A + \tan B + \tan C - \tan A\tan B\tan C) \\ \end{align*} $$

ミルカ「私たちがやったことはこれだ」

  • 三角形の内角に対する $\tan$ を考え、
  • それに関わりのある三個の複素数 $z_1,z_2,z_3$ を定め、
  • 積を計算した。

「ゴール直前だね」

ミルカ「そう。ここから私たちが求める式の証明までは、ほんの一歩だ」

テトラ「あ、あたしにとっても?」

ミルカ「恐らくは」

テトラ「先輩方っ! ここからはヒント無用です。テトラ、考えます……」

問題

鋭角三角形の三個の角をそれぞれ $A,B,C$ とすると、 $$ \tan A + \tan B + \tan C = \tan A \tan B \tan C $$ が成り立つことを証明せよ。

いま、わかっていること

$$ \begin{align*} & (1 + i\tan A)(1 + i\tan B)(1 + i\tan C) \\ &\qquad = (1 - \tan A\tan B - \tan A\tan C - \tan B\tan C) \\ & \qquad\qquad + i(\tan A + \tan B + \tan C - \tan A\tan B\tan C) \end{align*} $$

ミルカ「……」

「……」

テトラ「……た、たぶんわかりました」

「どうぞ、どうぞ」

テトラ「$\tan$ の加法定理のときと同じに考えます。つまり、 $$ z_1z_2z_3 = a + ib $$ という複素数になったとします。 $a,b$ は実数です」

「うん」

テトラ「そうして、 $z_1z_2z_3$ の偏角を……たとえば $\theta$ としますと、 $$ \tan\theta = \frac{b}{a} $$ になります」

$z_1z_2z_3 = a + ib$ になったとすると……

$$ \tan\theta = \frac b a $$

「$a = 0$ にならなければ、そうだね」

テトラ「え、ええと……たぶん $a \neq 0$ だと思うんですが……」

ミルカ「まずはテトラの話を聞こう」

「あ、そうだね。ごめん」

テトラ「いったん $a \neq 0$ として話を進めます……」

$\theta$ を積の偏角としましたが、実は、 $$ \theta = \pi $$ となることがすぐにわかります。なぜなら、 $z_1z_2z_3$ の偏角の和だからです。

$z_1,z_2,z_3$ の偏角はそれぞれ $A,B,C$ です。

複素数では《積の偏角は、偏角の和》ですから、 複素数 $z_1z_2z_3$ の偏角は、 $\theta = A + B + C$ となります。

ところで、三角形の内角の和は $\pi$ なので、 $$ \theta = \pi $$ といえます。

偏角が $\pi$ ということはですね、複素数はこう……ぐるっと回って実軸にペタンと着地します。

いいかえると、この複素数 $z_1z_2z_3$ の虚部はゼロなんです!

つまり、 $$ z_1z_2z_3 = a + ib $$ と置いたならば $b = 0$ ということです。

先ほどミルカさんの計算から、、 $$ \begin{align*} z_1z_2z_3 &= \underbrace{(1 - \tan A\tan B - \tan A\tan C - \tan B\tan C)}_{=a} \\ & \qquad + i\underbrace{(\tan A + \tan B + \tan C - \tan A\tan B\tan C)}_{=b} \\ \end{align*} $$ になっていて、 $b = 0$ ですから…… $$ \tan A + \tan B + \tan C - \tan A\tan B\tan C = 0 $$ すなわち、 $$ \tan A + \tan B + \tan C = \tan A\tan B\tan C $$ が言えました!

(証明終わり)ですっ!

ミルカ「とてもおもしろい」

「複素平面を利用した《広がる証明》だね!」

テトラ「おもしろいですねえ……ペタンと着地! あっ、それから確かに $a \neq 0$ です。なぜなら、もしも $a = 0$ だとしたら、 $a = b = 0$ ということで $z_1z_2z_3 = 0$ になってしまいますから」

「そうだね。 $z_1 \neq 0, z_2 \neq 0, z_3 \neq 0$ だから積は $0$ にならない」

証明を振り返る

ミルカ「この証明は、一つのものを《二つの視点》で見ているところがおもしろい」

テトラ「《二つの視点》……といいますと?」

「複素数を《実部と虚部》で見る視点と《絶対値と偏角》で見る視点だよね?」

ミルカ「そう」

「$z_1z_2z_3$ を展開するときでは最終的に、 $$ z_1z_2z_3 = a + ib $$ のように $a,b$ という《実部と虚部》に分けたことになる。成分を計算したんだね」

テトラ「そうですね」

「複素数の偏角を考えるときというのは、 $$ z_1z_2z_3 = r(\cos\theta + i\sin\theta) $$ のように、 $r,\theta$ という《絶対値と偏角》に分けたことになるよね。 $r$ は絶対値、 $\theta$ は偏角。極形式だ」

テトラ「ああ、そうですね! そうなりますね! 確かに複素数を《二つの視点》から見ています。……で、でも、どうしてそれで証明ができたのでしょう。あっ、待ってください。これは《結果を一目でとらえられるか》ですね」

「うん、そうだね。《二つの視点》から見たときの鍵はどこにあったんだろう」

テトラ「結局、一つのものを《二つの視点》で見るというのは、この等式が成り立つときです」

$$ a + ib = r(\cos\theta + i\sin\theta) $$

「うんうん。積を計算したときに、 $$ b = \tan A + \tan B + \tan C - \tan A\tan B\tan C $$ という僕たちが証明したい式の形が出てきた。僕たちが示したいのは $b = 0$ だけど……」

ミルカ「しかし、どうしたら $b = 0$ が示せるのか、すぐにはわからない」

テトラ「《三角形の内角の和》という条件を使えば、 $\theta = A + B + C$ から $b = 0$ が示せる! ペタンと着地ですっ!」

ミルカ「それは、 $$ \sin\theta = \sin(A + B + C) = \sin\pi = 0 $$ といってるわけだ」

「そうだね。計算すれば《実部と虚部》の視点で見ることができて、 《絶対値と偏角》の視点で見ることによってそのうちの虚部の値が求められた。 それが僕たちの示したかったこと!」

※複素平面を使ったこの証明は、栗田哲也『難関大入試数学・発展していく三角関数』(東京出版)を参考にしています。

積分

テトラ「《三角関数》の計算練習をしていたと思ったら、いつのまにか《複素数》のお話になっていました。楽しいですね!」

ミルカ「それなら今度は《積分》の話をしよう」

問題

$$ \int_{0}^{1} \frac{1}{1 + x^2} dx = \REMTEXT{?} $$

「なるほど、確かに三角関数はここにも出てくるね」

テトラ「えっ、何がですか? そんなに一瞬でわかるものなんですか? あたしには、さっぱり……」

「いやいや、これは有名な問題だから、積分をならうときの例題で出てくるんだよ。だから、一瞬でわからなくても大丈夫。何回か練習していると、自然に覚えちゃう」

テトラ「へえ……」

ミルカ「テトラは定積分はわかっている?」

テトラ「か、簡単なものなら……たとえば、これによく似た積分でこれならわかります」

$$ \int_1^2 \frac{1}{x^2} dx = \REMTEXT{?} $$

ミルカ「ふむ」

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(2021年2月26日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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