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第304回 シーズン31 エピソード4
読むための対話:条件の行方(後編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/図形の証明』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/図形の証明』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

ノナユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。

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《先生ノナちゃん》の応答

「二つの三角形で三組の辺の長さがそれぞれ等しいならば、その二つの三角形は合同だよね。ノナちゃんは、いま僕が言ったこと、納得できる?」

ノナ「はい $\NONA$」

は、三角形の合同条件のうち、三辺相等の話を始めた。

でも、ノナはまだどこか納得していないようだ(第303回参照)。

そこで、《先生ノナちゃん》の扉をノックする。

「コンコン、コンコン。《先生ノナちゃん》、いらっしゃいますか」

彼女の中には二人いる。一人は生徒役で、もう一人は先生役。《生徒ノナちゃん》と《先生ノナちゃん》と呼ばれている。

もちろんそれは、仮想的な存在だけれど、僕たちが作った大切な共通認識なのだ(『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』参照)。

  • 《生徒ノナちゃん》は、数学に興味があって学びたい。
  • 《先生ノナちゃん》は、それを応援して理解を助けたい。

そしてはいま《先生ノナちゃん》にアクセスしている。

ノナ「何でしょうか $\NONAQ$」

「『二つの三角形で、三組の辺の長さがそれぞれ等しいならば、その二つの三角形は合同だ』と言ったんですが、《生徒ノナちゃん》は本当にわかっているみたいですか?」

は《先生ノナちゃん》にていねいに問いを送り……そして待つ。

《先生ノナちゃん》が、自分の内なる《生徒ノナちゃん》を観察し、対話を重ね、その結果を持ち帰ってくるまで。

しばらく経って、ノナは口を開く。

ノナ『当たり前なのになんで聞くんだろう』って思っている……みたいです $\NONA$」

「なるほど」

なるほど。そういうことか。

が「納得できるか」と尋ねたときに、ノナは「はい」と答えた。

でも、彼女の中では何かが引っかかっている雰囲気があった。

それは《これ》が理由なんだな。

ノナ「重なるから……辺の長さは等しい $\NONA$」

「うん、そうだね。ノナちゃんが考えているのは『合同ならば、三組の辺の長さは等しい』ということだね。 僕が言ったのは『三組の辺の長さが等しければ、合同だ』ということ。この二つの主張は、違うことをいってる」

ノナ「難しい $\NONA$」

「ここは、数学において大切なところだから、ゆっくりいこう。 この二つの主張は違うことをいってるんだよ」

  • 合同ならば、三組の辺の長さは等しい
  • 三組の辺の長さが等しいならば、合同である

ノナ「どっち……どちらがまちがいですか $\NONAQ$」

「どちらも正しいよ。もしも二つの三角形が合同ならば三組の辺の長さは等しいし、 逆に三組の辺の長さが等しいならば合同になる。これはどちらも正しい。 僕が言いたかったのは、つぎの二つは違うってこと」

  • (1)Pならば、Qである
  • (2)Qならば、Pである

ノナ「$\NONA$」

「この(1)と(2)が違うことを主張しているというのはわかる?」

ノナ「大丈夫……大丈夫です $\NONA$」

ノナは自信ありげにうなずく。うん、これはわかっているみたいだ。

そうか……では、ちょっと挑戦してみよう。

「ノナちゃんは、(1)と(2)のようなを作ることはできる? どんなことでもいいから」

ノナ「だめです $\NONA$」

ユーリ「えー、何でもいいならすぐできるよー」

ノナ「ノナは、あたm……だめです $\NONA$」

「たとえば、この二つは違う主張だよね」

  • どら焼きならば、おいしい
  • おいしいならば、どら焼きである

ノナユーリは、が出した「どら焼き」の例に軽くウケる。

そして「おいしいからといって、どら焼きとは限らないじゃん!」というユーリの言葉を皮切りに、二人は美味しいスイーツの話を始めた。

でも、は内心、論理を教えることの難しさに気がついた。

はさらっと、命題とその逆について説明しようと思ったんだ。 $P$ と $Q$ を命題として、

$$ \begin{align*} P \to Q \\ Q \to P \\ \end{align*} $$

は違う命題だと。

でも、どらやきの具体例を出してみて気付いた。 三角形の合同について本当にいいたいのは、命題論理じゃなくて述語論理なんじゃないだろうか。

  • 二つの三角形が合同ならば、三組の辺の長さが等しい。
  • 三組の辺の長さが等しいならば、二つの三角形は合同である。
これが、どんな三角形についても成り立つ……と言いたいんだ。 つまり、こんなふうに $\forall x$(任意の $x$ について)を付加して話したい。

$$ \begin{align*} \forall x\, \PS{P(x) \to Q(x)} \\ \forall x\, \PS{Q(x) \to P(x)} \\ \end{align*} $$

もしも、 $\forall x$ を付けなかったら $P(x) \to Q(x)$ の真偽は決まらない。自由変数 $x$ が残っているからだ。 $x$ を定めてはじめて真偽が決まる。

でも、ここであまり命題論理と述語論理の深みに入るわけにもいかない。

それに、話自体は伝わっている。

「どら焼きならば、おいしい」というのが「任意の $x$ に対して、 $x$ がどら焼きならば、 $x$ はおいしい」という意味だと彼女たちにはちゃんと伝わっている。

また、 「おいしいならば、どら焼き」というのが「任意の $x$ に対して、 $x$ がおいしいならば、 $x$ はどら焼きである」についても伝わっている。 伝わっているからこそ、これを偽にする例、すなわち反例をあっというまに見つけたんだから。

うん、いまはむやみに形式的な論理の話にならないように進んでいこう。

「話を戻すよ」

ユーリ「何の話だっけ」

「この話だよ」

  • (1)Pならば、Qである
  • (2)Qならば、Pである

ノナ「この二つは……違います $\NONA$」

「そうだね。二つの三角形について『合同ならば、三組の辺の長さが等しい』というのと『三組の辺の長さが等しいならば、合同』というのは違う主張なんだ。 違う主張だから、両方とも別々に正しいかどうかを確かめる必要がある。もっとも、二つの三角形を重ねればすぐに確かめられるけれど」

ユーリ「ふんふん。面積だと違うよね。『合同ならば、面積は等しい』は正しいけど、『面積が等しいならば、合同である』は正しくない」

「そうだね。それはうまい例だ」

ノナ「まわりも $\NONAQ$」

ユーリ「ノナのターン!」

ノナ「合同ならば、まわりの長さは等しいです……でも、まわりの長さが等しくても、合同じゃない $\NONA$」

「そうそう! 『二つの三角形が合同ならば、まわりの長さは等しい』は正しい。 でも『まわりの長さが等しいならば、二つの三角形は合同である』は正しくない」

ユーリ「まわりの長さが等しいとき、合同のときと合同じゃないときがあるよね」

「そうだね。まわりの長さが等しいからといって、二つの三角形が合同であるとは限らないわけだ」

ノナ「大丈夫……大丈夫です $\NONA$」

うん、このタイミングで次に進もう。

ノナが一人じゃないことはすごく大事だな……とはあらためて思った。

「例を作る」という行動自体にも例がいる。

ノナに例を作ってもらうとき、つい「どんなことでもいいから」と言ってしまった。 それが彼女の助けとなると思ったからだ。 でも、そうじゃない。そうじゃないとわかっていたはずなのにな。

ユーリだったら「どんなことでもいい」や「何でもかまわない」と言ったとたん、すごい例を出してくるだろう。 しかし、ノナはまだまだそこまでは行けない。

何もないところでノナが例を作るのはまだ難しい。 でもそこでユーリが例を作ってみせるなら……つまりは「例を作る例」を示すなら、 それに導かれるようにしてノナも例を出せる。 しかもその例は、彼女が気に掛けていた「まわりの長さ」を使った例となっている(第303回参照)。 これは、すごく大事な体験じゃないだろうか。

さらに。

が、『まわりの長さが等しいならば、二つの三角形は合同である』は正しくないといったときに、 ユーリはめざとく命題と述語の差違を見抜いている。

そしてユーリが素早く『まわりの長さが等しいとき、合同のときと合同じゃないときがある』と語ってくれるから、 ぼんやりと生じかねない疑念を留めることができる。

もちろん、その疑念の解決は、きっとどこかで改めて行わなくてはいけないのだけれど……

二辺夾角相等

「二つの三角形があって、 二組の辺の長さがそれぞれ等しくて、その辺ではさまれている一つの角の大きさが等しいときも、 合同になるよ。このことを二辺夾角(にへんきょうかく)相等と呼ぶこともある」

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(2020年10月9日)

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この記事は『数学ガールの秘密ノート/図形の証明』として書籍化されています。

書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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