登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好きな高校生。
僕はユーリといっしょに、双倉図書館で開催されている《音楽と数学》というイベントに来ている。
《音は波》コーナー(第281回参照)から《ピタゴラスの響き》コーナーへ移って音を作ってきた(第283回参照)。
完全 $5$ 度と完全 $4$ 度を繰り返して音を作ってきたけれど、十三音目がちょうどオクターブにならないことに気付いたところ(第284回参照)。
そこにテトラちゃんも加わって……
ユーリ「……なーるほど。ユーリが見つけたパターンだとこーなるね!」
赤い実線矢印は完全 $5$ 度を作り、青の点線矢印は完全 $4$ 度を作る
僕「そうなる。そして問題は左下と右下の音 $C$ だよ。 左下の赤い丸で囲んだのが最初の音 $C$ で、右下の青い星で囲んだのが十三音目の音 $C$ だ」
テトラ「その二つの音の周波数が等しくないということなんですね……」
ユーリ「うわー……」
テトラ「こちらにピタゴラスコンマの解説パネルがあります」
ピタゴラスコンマ
一音目の周波数と、十三音目の周波数の違いをピタゴラスコンマといいます。 周波数の比として表したピタゴラスコンマは、 $$ 3^{12}/2^{19} = 531441 / 524288 = 1.013643{}264770{}5078125 $$ という値になります。
ユーリ「ぴたごらすこんま! 名前があるんだ!」
僕「そうか、ここでいう《違い》は周波数の比になるわけか」
ユーリ「え?」
僕「日本語で《違い》というと、差を意味することもある。でもここでは比の意味」
ユーリ「よくわかんない」
僕「難しい話を言ってるわけじゃないよ。 《最初の音の周波数》を $C_1$ で表して、《十三音目の周波数》をたとえば $C_{13}$ で表したとする。 ピタゴラスコンマは $3^{12}/2^{19}$ だから、 $$ C_1 \times \underbrace{\dfrac{3^{12}}{2^{19}}}_{\REMTEXT{ピタゴラスコンマ}} = C_{13} $$ になるって言っただけ。もしもピタゴラスコンマが $1$ だったら《違い》はまったくなかったんだけどね。 $C_1 \times 1 = C_{13}$ になってたわけだから。 でも、実際はピタゴラスコンマは、 $$ 1.013643{}26477{}05078125 $$ という値。 $1$ よりもちょっぴり大きい」
ユーリ「比の意味、わかった。 いままでずっと周波数を $3$ 倍したり $1/2$ にしてきたんだから、ぜーんぶ掛け算の話だもん。 それにしても、この《小さい違い》はどーすんの?」
テトラ「……それでいいんでしょうか」
ユーリ「テトラさん、それって?」
テトラ「あたしたちは計算の方法を知りましたよね」
ユーリ「?」
テトラ「計算の方法を知ったということは《小さい》ではなくて《どのくらい小さい》と言えるようになったはずだと思うんです。 なので、ピタゴラスコンマはどのくらい小さいのかな……と」
ユーリ「あっ! 定量的な議論ってやつ?! (第282回参照)」
僕「なるほど……」
最初の音と、十三個目に作った音との《小さい違い》を定量的に考える……テトラちゃんが話しているのはそういうことなんだろう。
ユーリ「でも待ってよ、テトラさん。だって、もー、計算は終わってるじゃん? ピタゴラスコンマは、 $$ 3^{12}/2^{19} = 531441 / 524288 = 1.013643{}264770{}5078125 $$ だってわかっている。これって《てーりょーてき》じゃないの? 数が出てるもん」
テトラ「ええ、そうなんですけど、ではその $1.013643{}264770{}5078125$ はどのくらいの小ささなのか……と思ったんです」
ユーリ「ほんとーは $1$ になってほしーけど、 $1.013643{}264770{}5078125$ になった。 てことは、 $$ 1.013643{}264770{}5078125 - 1 = 0.013643{}264770{}5078125 $$ がズレなんじゃないの?」
テトラ「それは引き算でいいんでしょうか? もともとピタゴラスコンマ自体がズレを表しているんですよね」
ユーリ「えーと……そっか、 $1$ を $1.013643{}264770{}5078125$ から引き算するのは変?」
僕「うーん……引き算することは変じゃないよ。 たとえば実数 $x$ を $a$ 倍することと、 $b$ 倍することを比較したいとき、 $b - a$ に意味はあるかという話だよね。 $x$ を $b - a$ 倍した値 $(b - a)x$ は、《$ax$ に何を加えれば $bx$ が得られるか》に答える量になる」
ユーリ「なんですと?」
僕「簡単な話だよ。 $$ ax + (b - a)x = bx $$ だから、 $ax$ に $(b - a)x$ を加えれば $bx$ が得られる」
ユーリ「そゆことか」
僕「たとえば、 $a = 1, b = 1.013643{}264770{}5078125$ で、 $x$ は最初の音の周波数と考えれば、 ユーリの引き算は $b - a$ に相当するといえる」
テトラ「あ、あたしも混乱してきました。ピタゴラスコンマ自体がズレを表していますよね?」
僕「ズレを表すというと混乱するかもね。 ピタゴラスコンマは《最初の音の周波数 $x$ に何を掛ければ十三音目の周波数が得られるか》に答える量といえる。 数や量を得たときには、それが何なのかをよく理解しているのが大事だと思うよ」
テトラ「ああ……そうですね」
僕「特に《加える》のか《掛ける》のかの違いは大きい……そうか。これは対数が出てくる場面だなあ」
ユーリ「たいすう?」
僕「そうだよ。積がたくさん登場したり、比を考えたりする場面では対数が顔を出すことが多い」
ユーリ「なんで? てか、対数って何だっけ」
僕「たとえば $10^3 = 1000$ という式が成り立つ。《$10$ の $3$ 乗は $1000$ に等しい》という」
$$ 10^3 = 1000 $$ユーリ「うん」
僕「これと同じことを対数を使って《$10$ を底(てい)とする $1000$ の対数は $3$ に等しい》という。そして $\log$(ログ)という記号を使ってこう書く」
$$ \log_{10} 1000 = 3 $$ユーリ「ろぐ」
僕「$1000$ から $3$ を得る計算を《$10$ を底として $1000$ の対数を取る》ということもある」
ユーリ「ゼロの数だ」
僕「そうだね。 $10$ を底にした場合には、 $10^n$ の $n$ はゼロの個数になるからね。 底は $10$ とは限らないし、 $10$ の冪乗以外の対数も取るからいつもゼロの個数とはいえないけど。 一般には、対数はこんなふうにいう」
対数の定義
$A$ と $B$ を正の実数とし、 $B$ は $1$ ではないとする($A > 0, B > 0, B \NEQ 1$)。
$L$ を実数とする。
いま《$B$ を $L$ 乗すると $A$ に等しい》とする。すなわち、 $$ B^L = A $$ が成り立つとする。
このときの $L$ を《$B$ を底とする $A$ の対数》と呼び、 $$ \log_{B} A $$ と表す。
$$ B^L = A \quad\Longleftrightarrow\quad \log_{B} A = L $$
ユーリ「そんで、音階でなぜに対数の話になったの?」
僕「対数は、積を和に変換するから」
ユーリ「ワニ変換!?」
僕「そんなに驚かなくてもいいよ。《対数は、積を和に変換する》性質がある。 簡単な例だと、 $$ 100 \times 1000 = 100000 $$ になるけど、これは、 $$ 10^2 \times 10^3 = 10^{2 + 3} $$ ということだね。掛け算をするんだけど、指数に注目すると足し算になってる」
ユーリ「掛け算すると、ゼロの個数は足し算になってる」
僕「そういうこと。いまはわかりやすいように $10$ の冪乗を出したけど、一般に、 $$ 10^{a} \times 10^{b} = 10^{a + b} $$ ということ。これは指数法則と呼ばれるものの一つ」
ユーリ「しすーほーそく」
僕「この式の意味は《$10^{a} \times 10^{b}$ は、 $10$ の $a + b$ 乗に等しい》ということ」
ユーリ「$10^{a} \times 10^{b} = 10^{a + b}$ だから」
僕「同じことだけど《$10$ を $a + b$ 乗したら、 $10^{a} \times 10^{b}$ に等しい》ともいえる」
ユーリ「そりゃそーだ」
僕「いまいったことを対数で書けば、 $$ \log_{10}{10^{a} \times 10^{b}} = a + b $$ となる」
ユーリ「えーと? $10$ を、 $a + b$ 乗したら、 $10^{a} \times 10^{b}$ に等しい……ほんとだ」
僕「だから、積を和に変換したいときには対数がよく出てくる。 指数の部分をメインで扱いたいときにも対数を使う。 僕は《上に乗っている指数を下に落とす》みたいな感覚で式変形しているなあ」
$$ \log_{B} a^b = b \log_{B} a $$テトラ「あああああっ! そういうことなんですねっ!」
僕「どうしたの、テトラちゃん急に」
テトラ「さっきあっちで見たパネルの意味がわかったからですっ! セントという単位が出てきます」
セント
セントは周波数の違いを表す単位です。
周波数 $x$ Hzと $y$ Hzの違いを $n$ セントとすると、 $n$ は、 $$ n = 1200 \times \log_2\left(y/x\right) $$ で得られます。
僕「なるほどね。《音は波》で、音の高さの違いは周波数の違い。 音の高さの違いを調べるときには、 $2$ 倍とか $3$ 倍とか $1/2$ 倍といった積に注目する。 だから、周波数 $x$ Hzと $y$ Hzの違いとして $y/x$ を調べたくなるのはわかる」
ユーリ「それじゃだめなの?割り算すればいいんでしょ?」
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