登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
ユーリ「お兄ちゃん、あっちのコーナーに行ってみようよ!」
僕「走らないで大丈夫だって……今度はピタゴラス?」
ユーリ「《ピタゴラスの響き》のコーナーだって。何だろ。直角三角形作るの?」
僕「何だろう。今度は順路を守っていくことにしようね。解説パネルがあるよ」
《ピタゴラスの響き》コーナー
このコーナーでは、ピタゴラスが研究した音の響きを体験していきましょう。
ピタゴラスは、音を鳴らす弦の《長さ》を変えると音の《高さ》が変わることを調べました。
また、二本の弦で音を鳴らしたとき、どんなときに心地よく響くのかと、弦の《長さ》との関係を調べました。
私たちはこれから、心地よく響く音を探しながら《ピタゴラス音律》と《ピタゴラス音階》を作っていきます。
ユーリ「《ぴたごらすおんりつ》と《ぴたごらすおんかい》」
僕「そういえば、ピタゴラスが音楽の研究をした話は聞いたことがあるなあ。 内容はよく覚えていないけど」
ユーリ「ピタゴラスの定理しか知らない」
僕「これから、 ピタゴラス音律とピタゴラス音階というものを作っていくみたいだね」
ユーリ「音階って、ドレミファソラシドでしょ? そんなに何種類もあるの?」
僕「あるみたいだよ。ほら」
音律と音階
音楽で曲を作るときには、どのような高さの音を使うかを定めます。 その音の集まりを、一般に音律(おんりつ)といいます。
また、実際に使う音を低い音の順に並べたものを音階(おんかい)といいます。
音の高さは周波数で決まりますから、音律を定めることは、周波数の集まりを定めることです。
また、音階を定めることは、周波数が低い順に並べることに相当します。
音律も音階もたくさんの種類がありますが、 まず私たちはピタゴラス音律およびピタゴラス音階に注目しましょう。
ユーリ「へー……何だかわかったよーな、わかんないよーな。ピアノがあればドレミファは決まるんじゃないの?」
僕「いや、そういうことじゃないと思う。ピアノは鍵盤があって、キーを叩けば音が出るよね」
ユーリ「楽器ですから」
僕「でもその音の高さは決まってる。決まったキーを叩けば、決まったハンマーが動いて、ピアノの中にある決まった弦を叩いて、決まった周波数の音が出る」
ユーリ「毎回違った音が出たら困るじゃん」
僕「そうなんだけど、それはもう音律ができた後なんだよ。 だって、各キーを叩いたときにどんな周波数の音が出るかが決まらなければ、 ピアノを調律できないよね。 いまやろうとしているのはピタゴラス音律を作っていくこと。 それぞれのキーを叩いたときにどんな周波数の音を出せばいいかを決めること」
ユーリ「ふんふん。ドレミファをゼロから作るってこと?」
音の名前
ピタゴラス音律では、基準となる音から初めて、音を一つずつ作ります。
このコーナーでは、ド、レ、ミ、ファ、ソ、ラ、シの音を $C, D, E, F, G, A, B$ と表記し、 $C$ の音の周波数は決まっているものとします。
ユーリ「《ド》が《$C$》ってことね。あっ、体験コーナーがある」
僕「とりあえず、次のパネルを見ていこう」
完全 $1$ 度
長さが等しい二本の弦を同じ力で張ると、同じ高さの音が鳴ります。
この音程を完全 $1$ 度といいます。
音が心地よく響くことを協和(きょうわ)といいます。
完全 $1$ 度は協和する音程です。
たとえば、 $C$ の音と $C$ の音は完全 $1$ 度で協和する音程です。
ユーリ「同じ高さの音も考えるんだ」
僕「そうだね。完全 $1$ 度っていう名前があるって知らなかった。 $0$ 度じゃないんだね」
完全 $8$ 度($1$ オクターブ)
二本の弦の長さを変えると、音の高さが変わります。
二本の弦に $X$ と $Y$ という名前を付けましょう。
弦 $X$ と弦 $Y$ の長さをそれぞれ $L_X, L_Y$ とし、 $$ L_X:L_Y = 2:1 $$ という比になるようにします。つまり、弦 $Y$ の長さは弦 $X$ の長さの $1/2$ になります。
このとき、 弦 $X$ と弦 $Y$ が出す音の周波数をそれぞれ $f_X, f_Y$ とすると、 $$ f_X:f_Y = 1:2 $$ になります。
弦 $X$ と弦 $Y$ を同時に鳴らすと協和します。
この音程を完全 $8$ 度といいます。
$1$ オクターブともいいます。
ユーリ「おくたーぶ、知ってる。これって長さを半分にしたら周波数が倍になるってことでしょ」
僕「そうだね。長さを $1/2$ にしたら、周波数は $2/1$ になる。掛け合わせると $1$ になる。要するに逆数の関係になっているんだ」
ユーリ「ねーねー、でもね、 オクターブ上げたり下げたりしても《同じ音》って感じするよね。低いドも高いドも同じ音。 ほらほら、歌が低すぎて歌いにくいとき、オクターブ上げるじゃん」
僕「ユーリは、低すぎて歌えないってことあるんだ。僕は逆が多いなあ。歌が高すぎて歌えなくてオクターブ下げる」
ユーリ「体験コーナーあるけど、さっきと同じじゃない?」
ユーリ「体験コーナーがある! 聞きたい聞きたい!」
僕「確かにきれいに響いてはいるね」
ユーリ「あ、クイズがある!」
クイズ
$n$ を $0$ 以上の整数とします。
弦の長さを $1/2$ にする操作を $n$ 回繰り返しました。
このとき、弦の長さはもとの長さの何倍になりますか。
また、周波数は何倍になりますか。
僕「これはすぐにわかるね」
ユーリ「わかる。半分にするのを繰り返すんでしょ。 長さは半分にしたら $1/2$ 倍になる。もう一回半分にしたら $1/4$ 倍になる。 だから、 $$ 1/2\COMMA 1/4\COMMA 1/8\COMMA 1/16\COMMA \ldots $$ って続くんでしょ。カンタン!」
僕「そうだけど、 $n$ 回繰り返したらどうなるかを考えたいんだから、 $1/2, 1/4, 1/8, 1/16,\ldots$ じゃなくて、 $$ 1/2^1\COMMA 1/2^2\COMMA 1/2^3\COMMA 1/2^4\COMMA \ldots $$ とした方がいいね。 弦の長さを $1/2$ にする操作を $n$ 回繰り返したら、弦の長さはもとの長さの、 $$ 1/2^n $$ になる」
ユーリ「あ、そっか」
僕「ところで、 $n$ は整数だった。 $n = 0$ のときは?」
ユーリ「$n = 0$ のとき? 《弦の長さを $1/2$ にする操作を $0$ 回繰り返す》って何もやらないことだから、 長さは変わらない。つまり $1$ 倍じゃない?」
僕「正解だね。そしてそれは、確かに $1/2^0 = 1$ とつじつまがあう。 $1/2$ にする操作を $n$ 回繰り返したら、弦の長さはもとの長さの、 $$ 1/2^n $$ になるのは、 $n = 0$ のときも含めて成り立っている」
ユーリ「たーしかに!」
僕「弦の長さが $1/2^n$ 倍になるんだから、周波数はその逆数で $2^n$ 倍になるね」
クイズの答え
$n$ を $0$ 以上の整数とします。
弦の長さを $1/2$ にする操作を $n$ 回繰り返すと、 弦の長さはもとの長さの $1/2^n$ 倍になります。
また、周波数は $2^n$ 倍になります。
ユーリ「……ちょっと待って! マイナスも! 《弦の長さを $1/2$ にする操作を $-1$ 回繰り返す》って、 《弦の長さを $2$ 倍にする操作を $1$ 回繰り返す》ってことじゃない?」
僕「それは正しい拡張だね。 弦の長さを $1/2^n$ 倍にすると周波数が $2^n$ 倍になるというのは、どんな整数 $n$ についても成り立っているんだね」
新しい音を求めて(1)
ピタゴラスは、弦の長さの比が音の響きに重要な役割を果たしていることに気がつきました。
二本の弦の長さの比が簡単な整数比で表されるとき、二つの音は協和します。
弦の長さの比が $1:1$ のとき、周波数の比は $1:1$ となり、完全 $1$ 度で協和します。
弦の長さの比が $2:1$ のとき、周波数の比は $1:2$ となり、完全 $8$ 度で協和します。
弦の長さを $1/2^n$ 倍にすれば、周波数は $2^n$ 倍となり、 協和する無数の音を作れますが、 すべてオクターブ単位で離れている音になってしまい、それ以外の音は作れません。
ユーリ「ははーん、わかったよ! さっきから $1/2$ にしてばっかり。だから、新しい音が作れないんだよ。 $2$ だけじゃなくて、 $3$ も使えばいい! 弦の長さを $1/3$ にすれば、別の音ができるじゃーん?」
僕「それはなかなか良さそうな案だな。パネルの続きはどこだ?」
ユーリ「あっち!」
新しい音を求めて(2)
ピタゴラスは弦の長さを $1/3$ にしました。
弦の長さを $1/3$ 倍にすると、周波数は $3$ 倍になります。
このとき、新しくできた音はもとの音と協和し、しかも音程はオクターブ単位ではありません。
新しい音 $G$ です。
ユーリ「聞いてみよー!」
僕「なるほど、確かに協和してるけど、ずいぶん高い音になるね」
ユーリ「周波数が $3$ 倍だから?」
僕「そうか、周波数が $3$ 倍だから、 $1$ オクターブよりも高くなっちゃうんだ」
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