この記事は『数学ガールの物理ノート/ニュートン力学』として書籍化されています。
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。
僕とテトラちゃんは、ボールの投げ上げについて考えている。
力学的エネルギー保存の法則を使って、 地表から投げ上げたときの速度の大きさと、 地表に戻ってきたときの速度の大きさが等しくなることを確かめたところ(第276回参照)。
力学的エネルギー保存の法則
投げ上げる質点の質量を $m$ とし、 時刻 $t$ における速度を $v(t)$ とし、 地表からの高さを $h(t)$ とし、 重力加速度を $g$ とすると、 以下の式で示される力学的エネルギーは時刻 $t$ によらず一定となる。
$$ \underbrace{ \underbrace{\phantom{\tfrac12} \tfrac12mv(t)^2}_{\REMTEXT{運動エネルギー}} + \underbrace{\phantom{\tfrac12} mgh(t)}_{\REMTEXT{位置エネルギー}} }_{\REMTEXT{力学的エネルギー}} $$
テトラ「なるほどです。 力学的エネルギー保存の法則を使うと、 高さが等しいときに速度の大きさが等しいということがすぐさまわかってしまうんですね……(第276回参照)」
僕「そうだね。それだけじゃないよ。質点が最も高いところまで行ったとき、速度の大きさが $0$ になることもわかる。つまり最高点で質点は止まることがいえる。もちろん一瞬だけどね」
テトラ「最高点で止まることがわかる……」
僕「$\tfrac12mv(t)^2 + mgh(t)$ の式をよく見ればわかるよ。 この式の値を一定にしたままで、高さ $h(t)$ をできるだけ大きくしたいなら、速度はどうなるか、ということ」
テトラ「なるほど! $mgh(t)$ をできるだけ大きくしたかったら、 $\tfrac12mv(t)^2$ をできるだけ小さくしなくちゃいけません。 和は一定なんですから。 でも、 $v(t)^2$ のように $2$ 乗になっているので、 $0$ にするのがせいいっぱい!」
僕「そういうことだね。 $v(t)$ が $2$ 乗になってるから運動エネルギーは負にならない。 $\tfrac12mv(t)^2 \GEQ 0$ だから」
テトラ「あっと、ちょっとお待ちください。速度の大きさはどうなるんでしょうか」
僕「え、速度の大きさは $0$ だよ。いま考えたとおり、高さ $h(t)$ を最大にしたら、速度の大きさは $0$ になる。 $\tfrac12mv(t)^2 \GEQ 0$ で等号が成立するとき、それは $v(t) = 0$ のとき」
テトラ「すみません、言葉が足りませんでした。もしも高さ $h(t)$ を最大にするのではなくて、 速度 $v(t)$ の大きさを最大にするとしたらどうなりますか?」
僕「速度 $v(t)$ の大きさを最大にする……いやいや、それはできないよ。 $h(t)$ の大きさに限界があったのは、力学的エネルギー $\tfrac12mv(t)^2 + mgh(t)$ の式で $v(t)$ が $2$ 乗になっているから。 $h(t)$ の方は $2$ 乗になっていないから、 $v(t)^2$ はいくらでも大きくなれる。 だって $h(t)$ はいくらでも小さくできるからね。位置エネルギーは負になれるんだ」
テトラ「いくらでも小さくできる……それは、ずうううううううっと下の方までボールが落ちていけるという意味ですね?」
僕「そうだね、そういうこと。位置エネルギー $mgh(t)$ は負の方にいくらでも進めるわけだ。 地表で止まってしまわないように、穴を開けておかないといけないけど。 でも $\tfrac12mv(t)^2$ はいくらでも大きくできる」
テトラ「で、でも、物体のスピードは光速を越えられないはずですよね?」
僕「おっとっと! 確かにその通り。質点の速度の大きさは、光の速さを越えることはできない。 テトラちゃんは正しい。そこまで考えていたんだね。 うん、 $v(t)^2$ はいくらでも大きくなれるといったのは僕のまちがい」
テトラ「ということは、どういうことなんでしょう。力学的エネルギー保存の法則がまちがっている……わけではないですよね」
僕「質点の速度の大きさが光速に近づくほど大きくなった場合というのは、 僕たちが仮定していた条件が危うくなってくるんだと思うよ。 アインシュタインの相対性理論が出てくることになるはず」
テトラ「相対性理論! 聞いたことあります」
僕「うん、でも、僕は詳しく説明できるほどは知らないんだけど……」
テトラ「そうなんですね……それから、もう一つ、力学的エネルギー保存の法則で疑問があります。 物理学と数学の境目の話です」
僕「なんだろう」
テトラ「質点の運動についてお聞きしていると、 《物理学の世界》と《数学の世界》がすごくつながっていると感じます」
僕「そうだね」
テトラ「《ニュートンの運動方程式》と《万有引力の法則》を前提として、 ベクトルや積分や微分などを使って質点の運動を調べることができます……ですよね?」
僕「うん、その通りだよ。それで?」
テトラ「はい。ところであたしたちは《力学的エネルギー保存の法則》というもので質点の速度を求めることもできました。 この《力学的エネルギー保存の法則》というのは、物理学なんでしょうか。それとも数学なんでしょうか」
僕「ええと……《力学的エネルギー保存の法則》は物理学の法則を数式で表したものだと思うけど、そういう疑問?」
テトラ「あのですね、何と言えばいいんでしょう。言葉でいうのは難しいですね」
ミルカ「《力学的エネルギー保存の法則》は定理なのか」
僕「うわっ!」
テトラ「ミルカさん!」
登場人物紹介(追加)
ミルカさん:数学が好きな高校生。 僕のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。
僕「後ろから忍び寄るの、やめてほしいなあ」
ミルカ「テトラの疑問はこうだろう。 《力学的エネルギー保存の法則》は、《ニュートンの運動方程式》と《万有引力の法則》から数学的に導くことができるか」
僕「数学的に導くことができるか……」
ミルカ「もしも導けるなら《力学的エネルギー保存の法則》はいわば定理だ。 《ニュートンの運動方程式》と《万有引力の法則》を認めた瞬間に自動的に正しいことが決まる。 もしも導けないなら《ニュートンの運動方程式》や《万有引力の法則》と同じように、 《力学的エネルギー保存の法則》が正しいのだと認めてから話を進めることになる」
テトラ「そうですね。あたしはそれが知りたかったんです。 《力学的エネルギー保存の法則》は数学的に導けるものなのか、 それとも新たな物理学の法則として扱うべきなのか」
僕「なるほど……あまりちゃんと考えたことがなかったけど、 《力学的エネルギー保存の法則》は導けるんじゃないかな?」
テトラ「やりましょう!」
僕「やりましょうって、証明を?」
テトラ「もちろん!」
ミルカ「問題はこうなるな」
問題
《ニュートンの運動方程式》から、 $F = m\alpha$ がいえる。
《万有引力の法則》から、 $F = -mg$ がいえる。
ここから《力学的エネルギー保存の法則》が成り立つことを証明できるか。
※質点の投げ上げ(一次元の運動)に限定して考えている。
僕「なるほどねえ……それほど難しくはなさそう」
テトラ「……どこから手を着けるんですか?」
ミルカ「《求めるものは何か》」
テトラ「ポリア先生の《問いかけ》ですね」
僕「僕たちが求めたいもの……というか、導きたいことは、この式が一定になるということ」
$$ \tfrac12mv(t)^2 + mgh(t) $$テトラ「はい。これは、《力学的エネルギー》を式で表したものです。 時刻 $t$ がいくら変化しても、この式の値が一定であることを証明すればいい……と」
僕「テトラちゃんだったら《一定である》ことを証明するのにどうする?」
テトラ「二つの時刻 $t = t_A$ と $t = t_B$ で……等しい?」
僕「そうなんだけど、この場合は《$t$ で微分すると $0$ になる》でもいいよね」
テトラ「あっ! ……そうですよね。さっきからずっと微分の話をしていたのに(第276回参照)」
僕「《力学的エネルギー》を $t$ の関数だと思い、 $t$ で微分した結果が $0$ になるということを式で表すとこうだね」
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この記事は『数学ガールの物理ノート/ニュートン力学』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
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