登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。
ミルカさん:数学が好きな高校生。 僕のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。
僕たちは、連分数が作り出す数列について考えていた。
フィボナッチ数列の比が作り出す数列が黄金比に近づいていくようすについて議論しているところ(第269回参照)。
ミルカ「……黄金比 $\phi$ を小数点以下第 $7$ 桁まで表す分数として、次の二つを比べてみよう」
$$ \begin{align*} \frac{10946}{6765} &= \UL{1.6180339}98521803399852\cdots \\ \frac{16180339}{10000000} &= \UL{1.6180339} \\ \end{align*} $$テトラ「ははあ……分母の大きさがまったく違いますね」
ミルカ「値を小数表記したときに、 $$ \frac{10946}{6765}\qquad\REMTEXT{と}\qquad \frac{16180339}{10000000} $$ はどちらも小数点以下第 $7$ 桁まで黄金比と一致する。 しかし、分母の大きさは $6765$ と $10000000$ でまったく違う」
そのとき僕は、ひらめいた。
僕「えっ、ちょっと待った。もしかして $\phi_n$ がベストなの?」
ミルカ「君は、そのアイディアを言語化する。そこから数学が出てくるからだ」
ミルカさんはそういって、僕を指さした。
テトラ「$\phi_n$ がベスト……もっとも良い?」
僕「こういうことだよね。 $\phi_{20}$ が作る分数 $10946/6765$ の値 $1.6180339985\cdots$ は、黄金比 $\phi$ の値 $1.6180339887\cdots$ に非常に近い。 でも、 $\phi_{20}$ が作る分数の分母 $6765$ は比較的小さい。 分母が小さいにも関わらず、 $\phi_n$ は、いい近似を作り出している。 だから、僕が思ったのは、 $\phi_n$ が黄金比 $\phi$ のベストな近似じゃないかということだよ」
ミルカ「それは話を繰り返しているだけに聞こえるが」
僕「待ってよ。きちんとした言語化はこれからなんだから」
テトラ「ちょ、ちょっとお待ちください。あたしも考えたいので、ここまでの話を整理させてください。 まず、 $\phi_1,\phi_2,\phi_3,\ldots,\phi_n,\ldots$ というのは、あたしとミルカさんの《カード》にあった連分数から作った数列でした。 そして、 $\phi_n$ は計算してみると、フィボナッチ数列の隣り合った項の比になります」
フィボナッチ数列 $$ \begin{array}{c|cccccccccccccccccccccc} n & 0 & 1 & 2 & 3 & 4 & 5 & 6 & 7 & 8 & \cdots & 20 & 21 & \cdots \\ \hline F_n & 0 & 1 & 1 & 2 & 3 & 5 & 8 & 13 & 21 & \cdots & 6765 & 10946 & \cdots \\ \end{array} $$
フィボナッチ数列の隣り合った項の比 $$ \phi_n = \frac{F_{n+1}}{F_{n}} \qquad n = 1,2,3,\ldots $$
僕「……」
ミルカ「で、近似の話に戻ろう」
僕「うん。 僕は $\phi_n$ は $\phi$ のベストな近似になると予想したんだ。 ベストな近似というのは、有理数 $\phi_n$ が、無理数である $\phi$ の最も近くにあるという意味として」
ミルカ「最も近く?」
ミルカさんは、一番あいまいなところを突いてくるなあ。
僕「待ってって。うん、もう少しちゃんというよ。 無理数 $\phi$ を近似している有理数を考えて、その有理数と $\phi$ との差のことを、その有理数の《誤差》と呼ぶことにする。 $\phi_n$ の《誤差》は、こんな式で表せる」
$$ \REMTEXT{$\phi_n$の《誤差》} = \phi_n - \phi $$テトラ「なるほどです」
僕「$\phi_n$ の《誤差》が $0$ に最も近いと言いたいわけだよ」
ミルカ「それはおかしい。 $n$ を大きくすれば $\phi_n - \phi$ は $0$ にいくらでも近づくのだから」
僕「あっと、そうか。 $n$ を変化させて $\phi_n - \phi$ を $0$ に近付けるのが目的じゃないんだ。 他の有理数と有理数 $\phi_n$ とを比較するのか……」
ミルカ「ただの比較でも困る。どれだけ狭い範囲を考えても無理数 $\phi$ の近くには有理数が存在するのだから」
僕「そうかそうか。分母の大きさという制約が大事なんだね。 理解したぞ。分母を大きくすることを許すなら、 いくらでも《誤差》が $0$ に小さい有理数は作れる。 だから、分母の大きさを固定する必要があるのか」
テトラ「ああ……分母の大きさを固定した上で、 $\phi$ に一番近い有理数を探すということでしょうか」
僕「そうだね。たとえば、 $F$ という定数を決めて固定する。 そして、 $F$ を分母に持つ分数を考える。 その値がもっとも $\phi$ に近いものを求めると、実はその有理数は $\phi_n$ になっている。 こういう性質をもつ有理数を $\phi$ のベストな近似と呼べばいいのか」
ミルカ「それは厳しすぎる。 $F$ がフィボナッチ数列の項でなければ、 $F$ を分母にした $\phi_n$ など、そもそも存在しない」
僕「ああ、いや、 $F$ という定数はフィボナッチ数列の一つの項のつもりだったんだけど。 つまり、 $F = F_n$ となる $n$ は存在するとして考えて……」
ミルカ「それは甘すぎる。なぜなら、その定義だと、 分母が $F$ 以下で $\phi_n$ よりも $\phi$ に近い有理数があった場合でも、 $\phi_n$ がベストな近似といえてしまう。 制約は《固定された分母》ではなく、《固定された値以下の分母》の方がいい」
テトラ「なるほど……」
ミルカ「$\phi_n$ が $\phi$ より小さいときと大きいときの両方があるから、 $\phi_n < \phi$ の場合として考えよう。私たちの問題はこうだ」
問題1
有理数 $\phi_n$ をフィボナッチ数列の並んだ $2$ 項の比として定義する。 $$ \phi_n = \frac{F_{n+1}}{F_{n}} \quad n = 1,2,3,\ldots $$ このとき、任意の正整数 $n$ について、次が成り立つことを証明せよ。
$p$ を任意の整数とし、 $q$ を $0 < q \LEQ F_n$ を満たす任意の整数とする。
$\phi$ を黄金比とし、 $\phi_n < \phi$ が成り立つとする。このとき、 $$ \phi_n < \frac{p}{q} < \phi $$ を満たす $\frac{p}{q}$ は存在しない。
テトラ「$0 < q \LEQ F_n$ という不等式は、分母 $q$ は $F_n$ 以下の正整数といってるのですね。 その制約の上で、 $$ \phi_n < \frac{p}{q} < \phi $$ つまり、 $$ \frac{F_{n+1}}{F_{n}} < \frac{p}{q} < \phi $$ を満たす $p/q$ は存在しない…… でも、こんなこと、どうやって証明するんでしょう?」
僕「うーん……」
ミルカ「ふむ……」
僕「この問題の証明を考える前に、やってみたいことがあるんだ。僕たちは、 $$ \phi_1,\phi_2,\phi_3,\ldots $$ という有理数の数列を詳しく調べたいわけだよね。 数列を考えるなら、 まずは階差数列を考えるのは悪くないんじゃないかな」
ミルカ「ほう」
テトラ「階差数列?」
僕「つまり、 $\phi_{n+1} - \phi_{n}$ を計算してみるということ。 《数列に対して階差数列を求める》のは、 《関数に対して導関数を求める》のに似ているから、 何かおもしろいことが出てくると思うんだ」
テトラ「こういうことでしょうか」
$$ \phi_{n+1} - \phi_{n} = \frac{F_{n+2}}{F_{n+1}} - \frac{F_{n+1}}{F_{n}} $$僕「そうだね。あとは通分してふつうの分数の計算をしていく……」
$$ \begin{align*} \phi_{n+1} - \phi_{n} &= \frac{F_{n+2}}{F_{n+1}} - \frac{F_{n+1}}{F_{n}} && \REMTEXT{$\phi_n$の定義から} \\ &= \frac{F_{n+2}F_n - F_{n+1}^2}{F_{n}F_{n+1}} && \REMTEXT{通分して計算} \\ \end{align*} $$テトラ「何か、おもしろいこと……」
僕「たとえば、この分子を……」
テトラちゃんは急にノートに向かって書き物を始めた。
僕も式変形を続ける。 フィボナッチ数列の変形は漸化式の $F_{n+2} = F_{n+1} + F_{n}$ を使えばパタパタッと進むことが多い。
僕「この分子をフィボナッチ数列の定義を使って計算していくと…… $$ \begin{align*} & F_{n+2}F_n - F_{n+1}^2 \\ &= (F_{n+1}+F_{n})F_n - F_{n+1}^2 && \REMTEXT{ほらきた。$F_{n+2} = F_{n+1}+F_{n}$だから} \\ &= F_{n+1}F_n + F_{n}^2 - F_{n+1}^2 && \REMTEXT{展開した} \\ &= F_{n+1}(F_{n} - F_{n+1}) + F_{n}^2 && \REMTEXT{$F_{n+1}$でくくった} \\ &= -F_{n+1}(F_{n+1} - F_{n}) + F_{n}^2 && \REMTEXT{符号を外に出した} \\ &= -F_{n+1}F_{n-1} + F_{n}^2 && \REMTEXT{$F_{n+1} - F_{n} = F_{n-1}$だから} \\ &= -(F_{n+1}F_{n-1} - F_{n}^2) \\ \end{align*} $$ ……なるほど、おもしろいな。こんなことがいえるんだ」
$$ F_{n+2}F_{n} - F_{n+1}^2 = -(F_{n+1}F_{n-1} - F_{n}^2) $$テトラ「わかりました、 $1$ です!」
僕の計算とは関係なく、突然テトラちゃんが声を上げた。
僕「え?」
テトラ「$F_{n+2}F_n - F_{n+1}^2$ で、何かおもしろいことを見つければいいんですよね。 《小さな数で試す》ことをやってみました。 $n = 1$ のとき、具体的に計算すると、 $$ \begin{align*} F_{n+2}F_n - F_{n+1}^2 & = F_3F_1 - F_2^2 \\ & = 2\times1 - 1^2 \\ & = 1 \end{align*} $$ になりますから、分子は必ず $1$ になるんじゃないでしょうか!」
ミルカ「$n = 2$ なら?」
テトラ「やってみます! きっと $1$ ですよ。 $$ \begin{align*} F_{n+2}F_n - F_{n+1}^2 & = F_4F_2 - F_3^2 \\ & = 3\times1 - 2^2 \\ & = 3 - 4 \\ & = -1 \end{align*} $$ ……あらら? $-1$ でした」
ミルカ「$n = 3$ なら?」
テトラ「もしかして、 $1$ になるとか…… $$ \begin{align*} F_{n+2}F_n - F_{n+1}^2 & = F_5F_3 - F_4^2 \\ & = 5\times2 - 3^2 \\ & = 10 - 9 \\ & = 1 \end{align*} $$ ……やっぱり。ということは、 $n$ が偶数なら $-1$ で、奇数なら $1$ なんでしょうか」
僕「そうだよ。 さっき僕が計算していたこととリンクした。 テトラちゃんは具体的な数でやっていたけど、 僕は一般的な $n$ でやってたんだ。 そうすると、添字が $1$ だけ変わると分子の符号が反転することがわかった。 だって、この式が成り立つから。左辺と右辺で添字の変化を比べてみてよ」
$$ F_{n+2}F_n - F_{n+1}^2 = -(F_{n+1}F_{n-1} - F_{n}^2) $$テトラ「ははあ……左辺は添字が $n+2,n,n+1$ で、右辺は添字が $n+1,n-1,n$ になっていますね。確かに左辺と右辺は、 式の形は同じだけど、マイナスが着くことと添字が $1$ 変わることだけが違っています」
僕「添字が $1$ 変わると符号が反転して、 $F_{2}F_{1} - F_{2}^2 = 1$ ということは、これが成り立つわけだね」
階差数列から見つけた式
$$ F_{n+1}F_{n-1} - F_{n}^2 = (-1)^n \qquad n = 1,2,3,\ldots $$
ミルカ「……」
僕「まだ何か変かな」
ミルカ「差をどうするかだな」
僕「だから、階差を考えていたんだけど」
ミルカ「私は、君のいう《誤差》すなわち、 $$ \phi_n - \phi $$ を考えたい。 $\phi_n$ の方はフィボナッチ数列の比だ。 では、 $\phi$ の方はどうするか」
テトラ「$\phi$ は黄金比ですから、 $n \to \infty$ のとき $\phi_n \to \phi$ ではないんでしょうか」
僕「ミルカさん、何を考えているの?」
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