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第266回 シーズン27 エピソード6
分数を極める:表記と評価(後編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

ミルカさん:数学が好きな高校生。 のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。

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図書室にて

ここは図書室。

ミルカさんテトラちゃん。三人で連分数について数学トークを続けている。

黄金比 $\phi$ と $\SQRT2$ の連分数表記について考えていたところだ。

「それにしても、実数を《整数》と《$1$ 未満の実数》の和として考えるというのは、シンプルだけど意外におもしろい話なんだね」

ミルカ「数の大きさを評価しているといえる」

「大きさの評価というのは、たとえば、 $$ \SQRT2 = 1.41421356\cdots $$ という数を、 $$ \SQRT2 = 1 + \EPSLN\qquad(0 < \EPSLN < 1) $$ のように表すという意味だね?」

ミルカ「そうだ。 $$ 1 < \SQRT2 < 2 $$ というのと同じ。 正確な値は貴重だけれど、 正確な値よりも値の範囲がわかっていることの方がうれしいこともある」

「値の範囲を見極めるところから真の値を得る場合もあるよ。 たとえば区分求積法とかね。値の範囲を見極めておいて、はさみうち!(『数学ガールの秘密ノート/積分を見つめて』参照)」

テトラ「あの……先ほどおっしゃっていた《評価》という言葉は、 《表記》と対比した《評価》とは意味が少し違いますよね……」

「どういうこと?」

テトラ「$0.5$ と $\frac12$ のお話です。 $0.5 = \frac12$ というのは、両辺の値を比較しています。 数の《表記》は違いますが、《評価》した結果の値は等しい……そのお話でも《評価》という言葉が出てきました。 特定の表記から値を求めるという意味です。 でも、いまミルカさんがおっしゃった値の範囲を調べるという《評価》は……少し違うような気がしたんです」

ミルカ「ニュアンスは確かに異なるな。 ただ、どちらの評価も《evaluation》で《値を求める》という意味での違いはない。 誤差が $0$ になるか否かの違いはあるにしても」

テトラ「《evaluation》ですか……《evaluate》すること。《value》を求めること?」

ミルカ「そういうこと」

「《評価》という言葉といえば、 アルゴリズムを考えたときも評価っていわなかったっけ。 $O(n)$ や $O(\log n)$ などを考えたときだよ(『数学ガール/乱択アルゴリズム』参照)」

ミルカ「実行時間の漸近的評価のことか。 入力データの規模 $n$ が大きくなったときに、 実行時間がどのような規模で大きくなるかを調べること。 それも、数の大きさの評価とニュアンスは違うが、 大きさの度合いを求めているという点では似ている」

テトラ「なるほどです……確かに大事なものを求めていますね。 アルゴリズムのときの《表記》は何になるんでしょう」

ミルカ「表記?」

テトラ「あ、ですから。《評価》を行うもとになるものです」

ミルカ「ふむ。強いて言えば、アルゴリズムの記述かな」

しばし、僕たちはそれぞれの思いにふける。

数の表記とその評価。数の大きさの評価。実行時間の漸近的評価……

テトラ「数の大きさの《表記》と《評価》で思い出したことがあります」

「うん?」

テトラ「小学校で習った《帯分数》です。 $\dfrac{7}{3}$ のように分子の方が大きい分数……仮分数(かぶんすう)が出てきたら、 すぐに、 $2\dfrac{1}{3}$ みたいに左側に整数を置いた分数……帯分数(たいぶんすう)に直しました」

「うん、そうだったね。あれ? 以前テトラちゃんとその話をしたことあるよね」

テトラ「はい、そうです。 帯分数は小学校のときしか使わないという話をしたら、 先輩が大きさの話をしてくださったんです。 帯分数の $2\dfrac{1}{3}$ は掛け算とまちがいやすいけど、 $2 + \dfrac{1}{3}$ と直せば、大きさを把握しやすい表記方法だと」

「うん、それそれ」

ミルカ「まさに評価だな」

テトラ「ですよね! あたし、先輩のその話思い出したんです。 帯分数というのは、プラスの記号を補って考えると、まさに《整数》と《$1$ 未満の数》の和で数を表現しています!」

$$ \frac{7}{3} = \underbrace{2}_{\REMTEXT{整数}} + \underbrace{\frac{1}{3}}_{\REMTEXT{$1$未満の数}} $$

「分母よりも分子が小さい真分数(しんぶんすう)は誤差の部分と見なすことができるんだね」

テトラ「はい。あたし……小学生のころは帯分数・仮分数・真分数といった言葉を覚えることと、 仮分数を帯分数に直すことばかり考えていました。 先ほど話題になったような、 数の大きさを《評価》しているという意識はありませんでした」

「いやいや。小学生なんだから、しょうがないんじゃないのかなあ」

テトラ「あっ、いえ、不満を言ってるわけじゃなくて、感慨にひたっているだけです。 簡単に思える分数でも、さまざまな見方ができるものですねえ……って」

「仮分数を帯分数に直す話は、 確か、自然対数の底を求めるときに出たんじゃなかった?」

ミルカ「なるほど。 $$ \lim_{n \to \infty} \left(1 + \frac1n \right)^n $$ のことか」

テトラ「そうです、そうです。 $$ \left(1 + \frac1n\right)^n $$ というのは、 $$ \left(\frac{n+1}{n}\right)^n $$ のことですから、《$n+1$ を $n$ で割る》という割り算と、 《$n$ 乗する》という掛け算のバトルです。あっ!」

「やっぱり、《武器》や《バトル》が比喩で出てくるね(『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』第5章参照)」

テトラ「ううう……もっと平和な比喩を使いたいです……」

ミルカ「$1+1/n$ の $n$ 乗を評価して $n \to \infty$ の極限を求めるのを《解析の目》とするなら、 《整数論の目》で見るのも楽しそうだ」

「整数論の目?」

テトラ「どういうことでしょう」

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(2019年7月19日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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