[logo] Web連載「数学ガールの秘密ノート」
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第263回 シーズン27 エピソード3
分数を極める:逆数の和(前編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

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図書室にて

テトラちゃんは、 $$ H_n = \frac11 + \frac12 + \frac13 + \cdots + \frac1n $$ で表される数列が $n \to \infty$ で正の無限大に発散することを証明したところ。

「僕たちが調べてきたこの数列 $H_n$ は調和数と呼ぶこともあるね」

テトラ「はい、そうですね。以前教えていただきました。Harmonic Numberですね」

「うん。そして、 $$ H_{\infty} = \frac11 + \frac12 + \frac13 + \cdots + \frac1n + \cdots $$ のことは調和級数と呼ぶこともある。こっちはHarmonic Series」

テトラ「あれ? ちょっとお待ちください。 でも $n \to \infty$ のときは $H_n$ は発散するんですよね?」

「うん、そうだね」

テトラ「なのに、調和級数という名前が付いているんですか?」

「そうだよ。 調和級数というのは、いわば、その式の形に名前がついていることになるね。 オレームが証明して僕たちが追いかけたのは、調和級数は正の無限大に発散するという数学的な主張になる」

テトラ「……」

「?」

テトラ「思い出してきました。調和級数は正の無限大に発散しますけれど、二乗の逆数和は収束しますよね!」

「そうだね。オイラーが最初に求めたものだね(『数学ガール』参照)」

テトラ「だとしたら、その境目はどこにあるんでしょうか」

「境目って?」

テトラ「《正の無限大に発散する》ものと《収束する》ものの境目です」

「なるほど! それはおもしろい問題だよ。テトラちゃんが思いついたのはこういうことだね」

問題

実数 $r \GEQ 0$ に対して、 $$ \frac1{1^r} + \frac1{2^r} + \frac1{3^r} + \frac1{4^r} + \cdots $$ という無限級数を考える。

この無限級数が正の無限大に発散する $r$ の範囲を求めよ。

テトラ「そうです、そうです! あたしがふと思ったのはそういうことでした。なるほど……そう表現すればいいんですね。 あたしは『境目はどこか』とぼんやりと思っただけなんですが、先輩は $r$ という文字をさっと使いました。そういうところ、 あたしもちゃんとできるようになりたいです」

「文字を導入するって、数学だととても大事だよね。 《文字の導入による一般化》は、ほんとによく出てくる」

テトラ「そうですね……あたしは、どうしても文字が多くなることに心理的な抵抗があるみたいです。 文字が多くなるのは難しくなるという印象があるんです。だから文字を導入するというのは、自分から難しくしているみたいで……」

「確かにね」

テトラ「逆は気持ちいいんですよ。たとえば、連立方程式で文字を消去するときです!」

「むやみに文字を増やせばいいというものじゃないけど、 自分が考えたいところに焦点を当てる意味では文字を導入するのは大事だよね。 たとえば、テトラちゃんが思いついた《境目はどこにあるのか》という疑問の根底には、 この二つの式があるよね」

テトラ「そうですね」

「そのとき、テトラちゃんは調和数をこんなふうに見てたわけだ。 テトラちゃんは分母を $1$ 乗されているものだと考えたんだなと思ったから、 僕はその $1$ を $r$ という文字に変えただけだよ」

テトラ「はい……あたしは、確かにそう思っていました。 でも、 $r$ 乗したらどうなるとまでははっきりと思いませんでしたけれど。 分母を $1$ 乗したときには発散して、 $2$ 乗したときには収束する。 だとしたらその間のどこかに境目があるはずとは思いました」

「うん、テトラちゃんの考えは正しいよ。境目は確かにあるね」

テトラ「どこにあるんでしょう……いえっ! ちょっとお待ちください。あたし、考えてみますっ!」

問題

実数 $r \GEQ 0$ に対して、 $$ \frac1{1^r} + \frac1{2^r} + \frac1{3^r} + \frac1{4^r} + \cdots $$ という無限級数を考える。

この無限級数が正の無限大に発散する $r$ の範囲を求めよ。

テトラちゃんは静かにノートに向かう……

「……」

テトラ「……」

……やがて、テトラちゃんは顔を上げる。

「どう?」

テトラ「はい……どうも、あたしの手には武器がなにもないみたいです……どこから手をつけていいのかもわかりません」

「なるほど」

テトラ「先輩はもう答えがわかっているんですよね?」

「ちゃんとは書いていないけど、たぶんこうだなという方針はわかっているつもりだよ。 一緒に考えていこうか」

テトラ「すみません……あっ、でも、違うんですっ!」

「え?」

テトラ「あたしは、答えを知りたいんですけど、答えだけを知りたいんじゃないんです。 先輩がさきほど $r$ という文字を導入なさったように《どうしたらそういう発想ができるか》も合わせて知りたいんです」

「なるほど……なるほど」

テトラ「でないと、毎回先輩に聞かなければ何もできないテトラになってしまいますから」

「すごいな! ……といっても、僕は《ポリアの問いかけ》を繰り返すだけだよ。 たとえば、《求めるものは何か》

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(2019年6月28日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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