この記事は『数学ガールの秘密ノート/確率の冒険』として書籍化されています。
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
僕とユーリは確率についてのおしゃべりをしている。
二回に一回の割合で表が出るコインだからといって、フェアなコインとは限らないという話題で、 ユーリはロボットコインというアイディアを出してきた(第252回参照)。
ユーリ「……こんなロボットコインを考えるの」
僕「ロボットコインって何だ?」
ユーリ「記憶装置がついてて、自分が表になるか裏になるか決められるコイン。機械仕掛け」
僕「ほう」
ユーリ「それでね、ロボットコインを投げたら、必ず表と裏が交互に出ることにするの。 そうしたら相対度数は $\frac12$ じゃん。偶数回投げると。 でも、こんなロボットコインはフェアじゃないよね!」
僕「表裏表裏表裏……と出続けるコインか!」
ユーリ「ロボットコイン、かわいいじゃん! 空中でクルクル回りながら考えるんだよ。『えっと、ボクはさっき表を出したから、次は裏だな。よいしょっと!』ってね。それで裏が出るの」
僕「高性能なのか何なのかわからないけど、すごいの考えたなあ!」
ユーリ「へへー」
僕「表裏表裏表裏……のように表と裏が必ず出るコインがあったら、 表が出る相対頻度は確かに $\frac12$ に近づくね」
ユーリ「だよねー。 $10$ 回投げたら $5$ 回が表だし、 $10000$ 回投げたら $5000$ 回が表だから、きっかり $\frac12$」
僕「奇数回でもそうだよ。 $11$ 回投げたら表が $6$ 回で裏が $5$ 回だから、 $\frac{6}{11} = \cdots$ というのはどのくらいだろう。 $0.5454\cdots$ か」
$$ \frac{6}{11} = 0.5454\cdots $$ユーリ「ロボットコインを $10001$ 回投げたら?」
僕「計算してみよう。 $10001$ 回投げたら、表が $5001$ 回で裏が $5000$ 回だから……」
$$ \frac{5001}{10001} = 0.500049\cdots $$ユーリ「ふんふん。 $0.5$ に近くなった!」
僕「ロボットコインだと、 確かに相対度数が $\frac12$ に近づくけど、 フェアなコインとは言えないね。 表と裏が交互に出るコインでゲームやギャンブルしたくないなあ」
ユーリ「『さぁ、賭け狂いましょう!』」
僕「急に蛇喰夢子になるなよ。……だから、ロボットコインじゃギャンブルにならないって。次に何が出るかわかっちゃうんだから」
ユーリ「あっ、じゃあさ、ロボットコインは $1$ 回目はどっちが出るかわからないことにしようよ。 ロボットコインの中にはちっちゃくてフェアなコインが入ってて、 $1$ 回目だけはそれに従うの」
僕「その発想……すごいな」
ユーリ「でも $2$ 回目からは、必ず交互だよ。それだと、フェアなコインとロボットコインは $1$ 回目にはぜったい区別が付かないね!」
僕「そうだね。何しろ $1$ 回目はフェアなコインを使ってるからね」
ユーリ「……」
いままではしゃいでいたユーリが急に真剣な顔で黙ってしまった。
僕「……」
ユーリ「んーんんん……何だか変だよ」
僕「何が?」
ユーリ「だってね。フェアなコインを何回も何回も投げたらその $50$ %くらいが表になるよね」
僕「そうだね。 $M$ 回投げたら、表が出る回数 $m$ は $M$ の約半分になる。 $M$ が大きかったら特にね」
ユーリ「でも、ロボットコインも同じだよね。 ロボットコインを何回も何回も投げたらその $50$ %くらいが表になる」
僕「ユーリは正しいよ。むしろロボットコインの方が、フェアなコインよりも $50$ %に早く近づくくらいだ」
ユーリ「それなのに、ロボットコインはギャンブルに使えない……それって、 何かおかしくね? またわかんなくなった!」
僕「なるほど。ユーリの疑問はこういうこと?」
ユーリの疑問
「コインを $M$ 回投げたとき、表が出る回数 $m$ は $M$ のおよそ $\frac12$ になる」という点では、 フェアなコインとロボットコインは同じである。
では、フェアなコインとロボットコインとは、何が違うんだろうか。
ユーリ「うーん……だいたいはそーゆーこと。 あのね、違うってゆーのはわかるよ、もちろん。 ロボットコインは必ず交互に出るってところが違う」
僕「そうだね」
ユーリ「でも、すっきりしないの」
僕「うん、だったらね……」
ユーリ「ちょっと待って。あのね、ユーリが引っかかってるのは、《記憶》の話かも」
僕「記憶」
ユーリ「お兄ちゃん言ったじゃん。フェアなコインは《記憶を持っていない》って。 記憶を持ってないから、過去にどんな表裏が出たかは覚えていられない。 だから、たとえば表が $10$ 回続いて出たとしても、 $11$ 回目に表と裏でどちらかが特に出やすくなるわけじゃない……って。 フェアなコインだったらの話だよ」
僕「そうだね、その通り。 フェアなコインは記憶を持っていない。 ロボットコインが交互に表裏を出せるのは記憶を持っているから。 そこが大きな違いだ」
ユーリ「でも、でもね! 《記憶》を持ってるかどーかって、《仕組み》の話でしょ? ロボットコインの《中身》の話じゃん。 でも、いまは確率を考えてるんだから、《数》の話にならないの? 《数》に出てこないの?」
僕「《数》に出てこない……ってどういう意味だろう」
ユーリ「あーもー、ニブいにゃあ! コインは表が何回出るかが大事なんでしょ? だったら、 ロボットコインだと表裏が交互に出るよねっていうのはどうやったらわかるの?」
僕「交互に出るのは見ればわかるよね。表が出る。裏が出る。表が出る……」
ユーリ「違うんだって。それは記憶っていう仕組みがあるからっしょ? 仕組みの話をしたいんじゃないんだよー」
僕「表が出た後には必ず裏が出るというのがロボットコインの性質なんだから、 仕組みの話じゃないと思うんだけど」
ユーリ「性質……」
僕「《表が出た》ということが、次の表裏に《影響を与えている》という性質の話なんだよ。 仕組みや中身がどう作られているかという話じゃなくて」
ユーリ「違うんだよー! 何でわかってくんないの! お兄ちゃんのテレパシーはどこにいったー! 《記憶》とか《影響》とかじゃなくて、《数》に出てこないの?」
ユーリの強い訴えで、僕は真剣に考える。
彼女がいう「《数》に出てくる」って、いったいどういうことなのか。
いったい何を求めているのか。
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この記事は『数学ガールの秘密ノート/確率の冒険』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
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