この記事は『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』として書籍化されています。
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
ノナ:ユーリの同級生。 ベレー帽をかぶってて、丸い眼鏡を掛けていて、ひとふさだけの銀髪メッシュ。 数学は苦手だけど、興味を持ってる中学生。
ノナ「ざひょうへいめん $\NONAQ$」
僕「そう。座標平面。僕たちはグラフを描くとき、無限に広がる平面を考える。 そしてそこには、横に伸びた $x$ 軸と、縦に伸びた $y$ 軸があってそれを基準にして考えるんだ。 そういう基準がないと、どこに何を描いているかわからなくなっちゃうからね。 何しろ無限のキャンバスだし」
ノナ「無限のキャンバス $\NONAEX$」
僕「ノナちゃんは絵を描くのが好きだって言ってたよね」
ノナ「うん!」
ユーリ「すっごく絵、うまいもんねー」
ノナ「うまくないよう $\NONA$」
ノナは、どこかふわふわした話し方をする。
僕「絵を描くのが好きなら、 《座標平面に図形を描く》のもすぐにわかるよ。 数学では図形を《点の集まり》として考えることがよくある。 だから、 $y = x$ のグラフを考える前に《点》について考えてみようね。 《座標平面に点を描く》とはどういうことかを考えるんだ」
ノナ「うまくないのに $\NONA$」
僕「ねえ、ノナちゃん。いまから《座標平面に点を描く》とはどういうことか、いっしょに考えてみようね」
ノナ「はい $\NONA$」
僕「座標平面に点を描いてみる。具体的にはこんな点を描いてみた」
座標平面に点を描く
ノナ「はい $\NONA$」
僕「こんなふうに点を描いて、その点から $x$ 軸に垂線、 つまり $x$ 軸に垂直になるような直線を引く。 その直線と $x$ 軸との交点が、点の $x$ 座標の値に対応しているんだよ。この点では $x$ 座標の値は $1$ だね。 このことを $x = 1$ と表してもいい。《$x$ 座標の値が $1$ に等しい》ということを表すためにね」
この点の $x$ 座標は $1$ に等しい($x = 1$)
ノナ「はい $\NONA$」
僕「$y$ 軸についても同じことをすると、点の $y$ 座標の値が得られる。 この点の場合は $y$ 座標の値は $2$ だね。 今度は $y = 2$ と表す。《$y$ 座標の値が $2$ に等しい》ということ」
この点の $y$ 座標は $2$ に等しい($y = 2$)
ノナ「はい $\NONA$」
僕「これで、いま描いた点の $x$ 座標と $y$ 座標とがわかった。 この点の場合は、 $x$ 座標が $1$ で、 $y$ 座標が $2$ になる。 数式を使って、 $x = 1$ と $y = 2$ のように表してもいい。 この点のことを $(1,2)$ と表すこともよくあるよ。 $x$ 座標と $y$ 座標の数を並べただけのこと。まとめて、 $$ (x, y) = (1, 2) $$ と表すこともよくある」
$x$ 座標と $y$ 座標を並べて $(x, y) = (1, 2)$ と表す
ノナ「はい $\NONA$」
僕「いまは、点を先に描いて $x$ と $y$ の値を得たけど、 逆に $x$ と $y$ の値を決めれば、それに対応して点も決まる。 数学では、こんなふうに《座標平面上の一点》を《二つの座標値》に対応させて考える……ノナちゃん?」
ノナ「$\NONAQ$」
僕「《座標平面上の一点》と《二つの座標値》の話はわかった?」
ノナ「うーん $\NONAQ$」
僕「あれ、わからなかったかなあ。それほど難しくはないと思うんだけど」
ユーリ「お兄ちゃん、とちゅうで早口になりかけてた。まただ」
僕「そうかな?」
ノナ「何色なの $\NONAQ$」
僕「何色って……どういうこと?」
ノナ「平面は《無限のキャンバス》で、 そのキャンバスには何色で描くの……描くんですか $\NONAQ$」
僕「点の色!」
ノナ「色はどうなの……どうなんですか $\NONAQ$」
僕「その発想はなかったなあ」
ユーリ「ノナ、ノナ。色は考えないよー」
ノナ「色がなかったら、描いても見えないよ。ユーちゃん $\NONAQ$」
ユーリ「黒でいーんだって」
ノナ「そうなの $\NONAQ$」
僕「ユーリ、ちょっと待って。ねえ、ノナちゃん。 ノナちゃんは《無限のキャンバス》に絵を描くことを想像していたんだね」
ノナは、こくんとうなずいた。
僕「僕が《点を描く》と言ったから、 《どんな色なんだろう》ということをずっと考えていたのかな」
ノナはもう一度、こくんとうなずいた。 その拍子に眼鏡がずれ、彼女は両手で直す。
僕「あのね、ノナちゃん。 ノナちゃんは話を聞きながら『はい』って言ってたけど、 あのとき、僕の話、あまり耳に入ってなかったんじゃない?」
ノナ「ごめんなさい $\NONA$」
僕「僕は《座標平面に点を描く》というのが数学でどんなふうに表現するかを話していた。 でも、ノナちゃんは《点の色》について考えていた。 そうすると、ノナちゃんは僕の話を聞いてないことになる。そうだよね」
ノナ「ごめんなさい……どんな色かなあって、思ってたの $\NONA$」
僕「そうだよね。《点の色》という考えはとても興味深いんだけど、 そのために僕の説明がごっそりノナちゃんの耳を通り抜けてしまうんだ。 どうしたらいいと思う?」
ノナ「がまんして話を聞く $\NONAQ$」
僕「それでもいいけど、でも《点の色》が気になったら、気持ちがそっちに飛んでいくかもしれないよね。 だから、僕の話を止めるのがいいんだよ。『ちょっと待って』という一言で僕の話は止まるから」
ノナ「話を止めてもいい $\NONA$」
僕「そう、話を止めてもいい。『ちょっと待って』と言えばいいんだよ」
ノナ「『いま教えてるだろ、黙って聞いてろ!』って怒らない $\NONAQ$」
僕はびっくりする。
僕「ええっ! そんなこと言わないし、怒ったりしないよ。遠慮なく止めていい」
ノナ「ノナが止める $\NONAQ$」
僕「そうだね。そうすると、僕はノナちゃんに『どうしたの?』という。 そこでノナちゃんは、僕に言うんだよ。『《点の色》が気になる』ってね」
ノナ「《点の色》が気になる $\NONA$」
僕「うん。そうだよね。 そうしたら僕は『《点の色》についてはこんなふうに考えればいいよ』と言ったり『《点の色》については後から考えよう』と言う。 そういうやりとりをすれば、ノナちゃんは安心する。 僕も安心する。 僕たちは二人でいっしょに同じことを考えていける。ここまでわかる?」
ノナ「わかる……わかりました $\NONA$」
ユーリ「ねーねー、お兄ちゃん、ユーリに教えるときより優しいね」
僕「え、そうかなあ……それで、ノナちゃんは《点の色》が気になるんだね」
ノナ「《無限のキャンバス》に点を描くんなら、 バイオレットにしたり、ビリジアンにしたり、バーミリオンにしたり、 黒い点が一つだけだと、さみしいから。 たくさんの色をたくさん散らすの。 スーラみたいに $\NONAEX$」
僕「なるほど。絵を考えるときには色を気にする。 でも、いま話そうとしている座標平面上の点を考えるときには、 点の色は考えないんだよ」
ノナ「色がない $\NONAQ$」
僕「色がないというか、色を気にしないというか……ユーリが言うように、想像するときには黒の点でも、赤の点でもどんな色でもいい」
ノナ「何でもいい $\NONAQ$」
僕「そうだね。《点の色》以外にも考えないものはいろいろあるよ。 数学で点を考えるときには《点の形》は考えないし《点の大きさ》も考えない」
ノナ「大きさがない…… $\NONAQ$」
僕「ノナちゃん、どうかな。座標平面上の点の話に戻ってもいいかな?」
ノナ「点が見えなくなるよ……見えなくなります $\NONAX$」
僕「え?」
ノナ「色も、形も、大きさもなかったら、点は描いても見えない……見えません $\NONAX$」
ユーリ「ほんとだ! お兄ちゃん、数学の《点》ってどーなってんの?」
ユーリとノナ、二人の女の子にじっと見つめられて、 僕はしばらく考える。
僕「うん、そうだね。数学で《点》を考えるときには、 《点の色》や《点の形》や《点の大きさ》は考えない。 では、何を考えるかというと《点の位置》を考えるんだ」
ユーリ「点の位置! なーるほど」
僕「座標平面上の《ある位置》を表すものとして《点》という言葉を割り当てているともいえるかな」
僕は、ユークリッドの『原論』第1巻の冒頭の「点とは部分をもたないものである」を出し抜けに思い出した。 ユークリッドは《部分をもたない》と書いてたけど《位置をもつ》とは書いてたかな……
ノナ「それでも、やっぱり見えない……見えません $\NONA$」
僕「ノナちゃんは、 描いたものが見えるかどうかが気になるんだね。 もちろん、現実の世界では色や形や大きさがなかったら目に見えないね。 だからノナちゃんが見えるかどうかを気にする気持ちはまちがっているわけじゃないよ。 現実の世界にあるものはいろんな属性を持ってる。 属性……色や形や大きさや位置や。 いま数学で考えようとしているのはそのうちの一つだけ、位置について考えようとしているんだね。 位置だけを考えてみようとしている」
ノナ「見えるかどうかは気にしない $\NONAQ$」
僕「そういうことだね。 平面上にある点の位置だけに注目する。 その位置を、二つの数を使って表そうとする。その二つの数というのが $x$ 座標の値と、 $y$ 座標の値になる」
ノナ「わかった……わかりました $\NONA$」
僕「よかった」
よかった、と言いながら僕は考え込む。
これは、大仕事だ。
座標平面上の点についての説明はさっぱり進まない。
僕は $y = x$ のグラフについて説明しようと思っていた。
順番は入れ替わるかも知れないけれど、 おおよそこんな話をしていこうと思っていた。
そのように説明すれば 《グラフとして表された直線》と《$y = x$ という数式》との対応が明確になるからだ。
そしてその結果として《図形の世界》と《数式の世界》が対応付けられる。
数学では……解析幾何学では、そのようにして図形を考える。
そんな話をしようと思っていたのだ。
でも、その第一歩である《点》から話が進まない。
ノナの《点の色》という発想にひっかかったからだ。
ノナ「…… $\NONAQ$」
ユーリ「お兄ちゃん?」
僕「……」
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この記事は『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
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