[logo] Web連載「数学ガールの秘密ノート」
Share

第238回 シーズン24 エピソード8
巡り回る群れ(後編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

ミルカさん:数学が好きな高校生。 のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。

$ \newcommand{\TEXT}[1]{\textbf{#1}} \newcommand{\REMTEXT}[1]{\textbf{#1}} \newcommand{\MUL}{\mathbin{\ast}} \newcommand{\KATSU}{\mathrel{\REMTEXT{かつ}}} \newcommand{\KAKUDO}[1]{#1^\circ} \newcommand{\TOi}{\stackrel{i}{\rightarrow}} \newcommand{\TOm}{\stackrel{i^2}{\rightarrow}} \newcommand{\GGEN}[1]{\langle#1\rangle} \newcommand{\ZEE}{{\mathbb Z}} \newcommand{\ZMOD}[1]{{\mathbb Z}_{#1}} \newcommand{\LEQX}{\preceq} \newcommand{\UL}[1]{\underline{#1}} \newcommand{\SET}[1]{\{\,#1\,\}} \newcommand{\SETM}{\,|\,} \newcommand{\AX}{\heartsuit} \newcommand{\BB}{\clubsuit} \newcommand{\CC}{\diamondsuit} \newcommand{\DD}{\spadesuit} \newcommand{\KA}{\REMTEXT{東}} \newcommand{\KB}{\REMTEXT{西}} \newcommand{\KC}{\REMTEXT{南}} \newcommand{\KD}{\REMTEXT{北}} \newcommand{\KK}{\REMTEXT{?}} $

図書室にて

テトラちゃん、そしてミルカさんは図書室で《群》についてずっとおしゃべりを続けている。

テトラ「二つの整数 $m$ と $n$ とがあって、 $m$ が $n$ の倍数になっているとしますよね……たとえば、 $m = 6$ で $n = 2$ のように」

「うん」

テトラ「そのとき《整数 $m$ の倍数全体が作る群》は《整数 $n$ の倍数全体が作る群》の部分群になっているといえますよね。 あっ、もちろん、二項演算 $\MUL$ としては整数の加法 $+$ を想定しています」

「そうだね。たとえば《$6$ の倍数全体が作る群》は《$2$ の倍数全体が作る群》の部分群になる」

テトラ「あたしたちは、 たくさんの $m$ と $n$ について部分群の関係を考えてきました(第237回参照)。 話をまた有限巡回群に戻してしまうんですけれど、 台集合を $\SET{0,1,2,3}$ として、二項演算 $x \MUL y$ を $(x + y)\bmod 4$ で考えたときも、 部分群が作れますよね。 台集合を $\SET{0,2}$ にしたものと、台集合が $\SET{0}$ だけのものと。 つまり、こういうことです。まず $\SET{0,1,2,3}$ ですよね」

台集合: $\SET{0, 1, 2, 3}$

二項演算: $x \MUL y = (x + y) \bmod 4$

テトラ「それから、その部分群として $\SET{0,2}$ です」

台集合: $\SET{0, 2}$

二項演算: $x \MUL y = (x + y) \bmod 4$

テトラ「そして、もっと小さな部分群として $\SET{0}$ です。二項演算は同じで、部分集合になっています」

台集合: $\SET{0}$

二項演算: $x \MUL y = (x + y) \bmod 4$

ミルカ「一般に、台集合が $\SET{0,1,2,3,\ldots,m-1}$ で、二項演算が $x \MUL y = (x + y) \bmod m$ の群を剰余群(じょうよぐん)と呼び、 $$ \ZMOD{m} $$ と書くことがある。剰余演算 $\bmod$ を使って作られた群だから。加法剰余群と呼ぶこともある」

テトラ「なるほどです。ということは、群 $H$ が群 $G$ の部分群になっていることを $H \LEQX G$ で表しますと、 $$ \ZMOD1 \LEQX \ZMOD2 \LEQX \ZMOD4 $$ といえるわけですねっ!(第237回参照)」

ミルカ「同型な群を同一視して表現すればそうなる」

テトラ「同型な群を同一視して……というのは?」

ミルカ「大事な話といえば大事な話だが、細かい話といえば細かい話だ」

  • $\ZMOD4$ は、台集合が $\SET{0,1,2,3}$ で、二項演算は $x\MUL y = (x + y) \bmod 4$ の群。
  • $\ZMOD2$ は、台集合が $\SET{0,\UL1}$ で、二項演算は $x\MUL y = (x + y) \bmod \UL2$ の群。
  • $\ZMOD1$ は、台集合が $\SET{0}$ で、二項演算は $x\MUL y = (x + y) \bmod \UL1$ の群。

ミルカ「これに対して、先ほどテトラが挙げた三つの群は、こうなっている」

  • 台集合が $\SET{0,1,2,3}$ で、二項演算は $x\MUL y = (x + y) \bmod 4$ の群。
  • 台集合が $\SET{0,\UL2}$ で、二項演算は $x\MUL y = (x + y) \bmod \UL4$ の群。
  • 台集合が $\SET{0}$ で、二項演算は $x\MUL y = (x + y) \bmod \UL4$ の群。

ミルカ「台集合と二項演算が異なっている」

テトラ「確かにそうですね。で、でも、 $\SET{0,1}$ で $x \MUL y = (x + y)\bmod 2$ の計算をするのと、 $\SET{0,2}$ で $x \MUL y = (x + y)\bmod 4$ の計算をするのは実質的に同じことです! それは、ちょうど、 $\SET{1,-1}$ で $x \MUL y = x \times y$ の計算をするのと同じですし」

ミルカ「テトラの言う通り。それが同型な群を同一視するという意味。 使われている文字を適宜置き換えて、二項演算も適宜置き換えれば、実質的に同じ。 それをわかった上でなら、 $$ \ZMOD1 \LEQX \ZMOD2 \LEQX \ZMOD4 $$ といって問題はない」

テトラ「理解しました」

「剰余群 $\ZMOD{n}$ はすべて位数 $n$ の有限巡回群になるわけだね」

ミルカ「もちろん。 $\ZMOD{n}$ の生成元は……」

「生成元は $1$ になる」

ミルカ「《生成元は $1$》といってしまうと、 $n = 1$ のときにまちがいになるから、《生成元は $n-1$》の方がいいな」

「そうか、そうだね。 $\ZMOD{1}$ は単位元 $0$ だけの群だから、生成元は $0$ になるんだ」

テトラ「あたし……あたしはこういう $\ZMOD{m}$ のような有限巡回群はとっても《かわいい》と思います」

「かわいいって?」

テトラ「演算表もすべてを網羅していますし、群と部分群の関係も、まるで手のひらに乗るみたいに思えるからです」

「ああ、手乗り文鳥みたいなかわいらしさ?」

ミルカ「ふむ」

テトラ「無限群のように、群が大きくなってしまうと、何だかとらえどころがないような感じがしてしまうからかもしれません」

ミルカ「テトラが気にしているのは、群の位数が有限か否か? それとも群の位数の大小?」

テトラ「といいますと……?」

ミルカ「有限巡回群でも位数はいくらでも大きくできる。 たとえば、剰余群 $\ZMOD{365}$ の位数は $365$ になる。 これはとらえどころがあるのか否か」

テトラ「あっと、それはそうですね。 群の位数がそれだけ大きくなると、 演算表を作るのも難しくなりますね」

「$\ZMOD{365}$ って、まるで一年でぐるっと回るみたいな巡回群だね。元旦を $0$ として、 $365$ 日経ったらまた元旦に戻るみたいな」

ミルカ「閏年を除くなら」

「ん? ちょっと待って。確かに $365\times365$ の表になっちゃうから演算表を作るのは難しいけど、 剰余群 $\ZMOD{365}$ の部分群を調べることは難しくないよね」

テトラ「そうですね。 $365$ が何の倍数になっているかを調べればいいわけですから」

「そうそう。 $365$ を素因数分解すれば一発だ」

テトラ「では、 $365$ を素因数分解します! まずは、 $365$ は $5$ で終わっていますから、 $5$ で割り切れますね。 $$ 365 = 5 \times 73 = \REMTEXT{ええと…} $$ ええと?  $73$ は何で割れます?  $3$ は駄目です、 $7$ も駄目ですね」

「$73$ は素数じゃないかな」

ミルカ「素数だな」

テトラ「なんと! とすると、 剰余群 $\ZMOD{365}$ の部分群は、 $\ZMOD1$ と $\ZMOD{5}$ と $\ZMOD{73}$ だけですか?」

「系列が二つできることになるね」

$$ \ZMOD{1} \LEQX \ZMOD{5} \LEQX \ZMOD{365} $$ $$ \ZMOD{1} \LEQX \ZMOD{73} \LEQX \ZMOD{365} $$

テトラ「あっ、これはちょっと意外でした。 群の位数が大きくなればなるほど話は複雑になると思っていたんですが、 そうとは限らないんですね」

ミルカ「素因数分解は整数の構造を示す。 整数の構造が群の構造に色濃く反映しているな」

「確かに。 たとえば、剰余群の位数が $32 = 2^{5}$ のように素数の冪乗なら、こんなふうになるよね。 $$ \ZMOD{1} \LEQX \ZMOD{2} \LEQX \ZMOD{4} \LEQX \ZMOD{8} \LEQX \ZMOD{16} \LEQX \ZMOD{32} $$ 整数を素因数分解して部分群の構造が調べられるんだ」

ミルカ「そして、部分群を調べるのは、もとの群の構造を調べることにもなる」

テトラ「構造……本当にそうなんでしょうか。 ちょっと気になることがあります」

「気になることって?」

テトラ「あたしが部分群のことを想像するとき、大きな群の中に小さな群があるようなイメージを持っています」

ミルカ「それは特におかしくない」

「それでいいんじゃないの?」

テトラ「えっと、でも、 $G$ という群があって、 $G$ の部分群 $H$ があるというとき、あたしが心に思い描くイメージはこうなんです」

群 $G$ と部分群 $H$(テトラちゃんのイメージ)

ミルカ「それも特におかしくない」

「それでいいと思うけど。 群と部分群の関係は、 二項演算を忘れるなら集合と部分集合の関係と同じだから。 このイメージでいいと思うよ。 テトラちゃんの気にしているポイントはどこにあるの?」

テトラ「あのですね……たとえば、 $H$ のさらに部分群 $I$ があったとすると、 こうなるわけです」

「それもおかしくないよ。どんどん小さくなって最後には単位元だけの群 $E = \SET{e}$ になるし」

ミルカ「……」

テトラ「そうなんですが、 このような部分群のイメージというのは《より小さいところに視線を向けているだけ》じゃないんでしょうか。 小さい部分集合を見つけてきて、それが群になっていればいいわけです。 そのことは理解できるんですが、あたしにはそれが《群の構造を探っている》という感じがしないんです」

「……」

テトラ「でも、ミルカさんは先ほど、 部分群を使って群の構造を探るということをおっしゃっていました。 もしかしてあたしの部分群に対するイメージはどこかズレているのかもしれない……と思ったんです」

「なるほどね……」

ミルカ「テトラは《ここの部分》をどのように見ているか。集合 $X$ だ」

集合 $X$

テトラ「集合 $X$ というのは、 $G$ の元になっていて、 $H$ の元になっていないものの集合です。 集合 $G$ から集合 $H$ の元を除いた《残り》ですね」

ミルカ「部分群を見つけると《残り》の構造がはっきりしたとは思えない?」

テトラ「え……えっと、まちがっていたらすみません。 でもこの《残り》になっている集合 $X$ は群にならないですよね」

ミルカ「それはなぜ?」

テトラ「なぜなら、 $X$ には単位元が入っていませんから。 単位元を $e$ とすると、 $e$ は部分群 $H$ に属しています。 単位元を取られてしまったので、 $X$ は絶対に群にはなれません……よね?」

ミルカ「テトラは正しい。 $X$ は群ではない。しかし、 $X$ にはおもしろい特徴がある」

テトラ「おもしろい特徴……」

ミルカ「具体的な群で調べてみよう。 そうだな。 $$ G = \SET{0,1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11} $$ として、二項演算は $x \MUL y = (x + y) \bmod 12$ としよう。 $G = \ZMOD{12}$ だ。 そして、部分群 $H$ は、 $$ H = \SET{0,4,8} $$ とする。 $H$ は $\ZMOD{3}$ に同型な群だ」

テトラ「具体的に描くとこうでしょうか」

$G = \SET{0,1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11}$

$H = \SET{0,4,8}$

$x \MUL y = (x + y) \bmod 12$

「そうだね」

テトラ「はい。足し算と $12$ で割った余りを考えると、 $G$ も $H$ も群になっています。 でも、あいだにはさまれた《残り》の部分は《構造》も何もありません。 だって、集合 $X$ は、 $$ X = \SET{1,2,3,5,6,7,9,10,11} $$ ですし……」

ミルカ「このように描けば《構造》が見えてくるだろう」

無料で「試し読み」できるのはここまでです。 この続きをお読みになるには「読み放題プラン」へのご参加が必要です。

ひと月500円で「読み放題プラン」へご参加いただきますと、 435本すべての記事が読み放題になりますので、 ぜひ、ご参加ください。


参加済みの方/すぐに参加したい方はこちら

結城浩のメンバーシップで参加 結城浩のpixivFANBOXで参加

(2018年9月21日)

[icon]

結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

Twitter note 結城メルマガ Mastodon Bluesky Threads Home