登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
ミルカさん:数学が好きな高校生。僕のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。
図書室で僕とテトラちゃんは「関数」についておしゃべりをしている。 (第205回参照)。
テトラ「あたしは、先ほど出てきた《対応そのもの》というのは、 すごく関数の魂に迫っているように感じたんですが」
僕「魂」
テトラ「でも、そんな《対応そのもの》なんてあいまいなものは、 どうやって数学で扱うことができるんでしょう。 扱っているんでしょうけれど、謎です」
僕「関数で、いちばんわかりやすいのは数式という姿だよね。 《対応そのもの》を扱うのは難しいから」
ミルカ「難しくはない」
テトラ「ミルカさん!」
僕「ミルカさん……びっくりするよ」
ミルカ「テトラがいう《対応そのもの》 としての関数を数学で扱うことは、 難しい話ではない。あいまいな話でもない。 一度わかってしまえば、ということだけれど」
テトラ「そうなんですか?」
僕「うーん、ピンと来ないなあ」
ミルカ「そう? 君が好きな話だと思うのだけれど」
僕「関数のような基本的なものを、何で表すんだろう」
ミルカ「もちろん、集合と論理だ」
テトラ「集合と……論理?」
ミルカ「テトラがいう《対応そのもの》とは何か」
ミルカさんはテトラちゃんを指さす。
テトラ「対応というのは、そうですね……たとえば、 $y = f(x)$ で、 $x$ の値を一つ決めると、それに対応して $y$ の値が一つ決まるということです」
ミルカ「ふむ。そのとき、 $x$ の値に $y$ の値を対応付けているもの、それが関数 $f$ だと」
テトラ「は、はい。そういうことです。たとえば、 関数 $f$ が、具体的に $2x + 1$ だったら、 関数 $f$ は、 $3$ に対して $7$ を対応付けています」
ミルカ「そのとき、 $3$ と $7$ のペアが鍵になる。 だから、《$3$ に対して $7$ を対応付ける》ことを、順序対(じゅんじょつい)を使って、 $$ (3,7) $$ と同一視しよう」
僕「ああ、なるほど。順序対を使えばいいのか!」
テトラ「ちょっと待ってください、先輩! そんなにすぐ、《なるほど》らないでください!」
僕「《なるほど》って動詞だったのか……」
テトラ「順序対……」
ミルカ「二つの集合 $X,Y$ があり、 $X$ の要素 $x$ と、 $Y$ の要素 $y$ を順に並べたものを、順序対 $(x,y)$ という」
テトラ「$(x,y)$ というと点の座標のように見えます」
僕「平面上にある点の座標も、順序対と見なすことができるからだよね。 $X$ を実数全体の集合 $\REAL$ として、 $Y$ も実数全体の集合 $\REAL$ だとして、 $x$ 座標の値と $y$ 座標の値を並べた点 $(x,y)$ は、順序対と見なせる」
ミルカ「いずれにせよ、二つの要素を並べて順序対を作り、それを利用して新しい概念を定義する」
テトラ「順序対のこと……思い出してきました。《順序対で整数を作る》。《順序対で有理数を作る》。 そして《順序対で複素数を作る》という話ですね(第153回参照)」
ミルカ「《数を作る》ときには、 すでに作った数の順序対を使って、新しい数を作った。 それと同じように《関数を作る》ときにも、順序対が使える」
テトラ「ちょっと、ちょっとお待ちください。お話のスピードを、あまり上げないでください……こういうお話でしょうか」
ミルカ「大きな流れはその通り。 ただし、 $(3,7)$ というのは $x = 3$ のときの対応だけに注目している。 私たちが作りたいものは、 その関数 $f$ が作り出す《すべての対応》を集めたものになる」
僕「順序対の集合を考えることになるんだね!」
ミルカ「そういうこと」
テトラ「順序対の集合……」
ミルカ「関数 $f$ が $y = f(x)$ という形で $x$ を $y$ に対応付けするとしよう。 このとき $x$ というのはどんな集合の要素だろうか」
テトラ「$x$ は、関数 $f$ に与える数ですが……」
ミルカ「つまり $x$ は、関数 $f$ の定義域の要素だ」
テトラ「あっ、そうですね。そうですそうです」
ミルカ「そして $y$ は関数 $f$ の終域の要素だといえる」
テトラ「……はい」
ミルカ「私たちが考える順序対 $(x,y)$ は、 関数の定義に登場する二つの集合、 定義域と終域を使って考えることができそうだ」
定義域と終域
テトラ「ちょ、ちょっと頭がごちゃごちゃしてきました……」
ミルカ「では、きちんと筋道を立てて考えてみよう」
ミルカ「まず最初に、集合の直積(ちょくせき)を定義する」
集合の直積
二つの集合 $X$ と $Y$ を考える。
$x$ を集合 $X$ の要素とする($x \in X$)。
$y$ を集合 $Y$ の要素とする($y \in Y$ )。
このとき、 $x$ と $y$ の順序対 $(x,y)$ 全体の集合を、 集合 $X$ と集合 $Y$ の直積と呼び、 $$ X \times Y $$ で書き表すことにする。
テトラ「直積を $X \times Y$ と書き表すということは、 《積》と関係があるんでしょうか。掛け算……?」
ミルカ「それは後から考えること」
テトラ「え?」
ミルカ「式の書き方や言い回しの前に、定義されている内容の方を考える。 $X$ の要素 $x$ と、 $Y$ の要素 $y$ があり、 それらを並べた順序対 $(x,y)$ 全体の集合が直積。 テトラは、直積を理解した?」
テトラ「直積は……何となくわかります」
ミルカ「何となく?」
僕「《例示は理解の試金石》だよね、テトラちゃん」
テトラ「あっ、そうですね。例を作ってみます。 二つの集合 $X$ と $Y$ を考えます。たとえば、 $$ \begin{align*} X &= \SETL 1, 2, 3 \SETR \\ Y &= \SETL 123, 456 \SETR \\ \end{align*} $$ でもいいでしょうか。そうすると、直積 $X \times Y$ は、 $(1,123)$ や $(2,456)$ や……ぜんぶ書き上げますっ!」
$X = \SETL 1, 2, 3 \SETR$ と $Y = \SETL 123, 456 \SETR$ の直積 $$ X \times Y = \SETL \, (1, 123), (2, 123), (3, 123), (1, 456), (2, 456), (3, 456)\, \SETR $$
僕「正解!」
ミルカ「これは直積の正しい例」
テトラ「反省しました。 直積の定義を見ているだけだと《何となくわかる》感じなんですが、 自分で具体例を作ってみると《くっきりとわかる》感じになります」
僕「《例示は理解の試金石》は本当に強力だよね」
ミルカ「では君は、直積の別の例を挙げる」
ミルカさんは僕を指さす。
僕「そうだなあ……そうか、さっきの例がそのまま使えるよ。 $X = \REAL$ で $Y = \REAL$ とする。そうすると、 $X$ と $Y$ の直積 $X \times Y$ は、座標平面と見なせるね。 $(x,y)$ で $x$ が任意の実数、 $y$ が任意の実数ということだから」
ミルカ「だから、座標平面全体のことを $\REAL \times \REAL$ と表したり、 さらに $\REAL^2$ と表したりすることもある。自然といえば自然な表記法」
直積 $\REAL \times \REAL$ は座標平面全体と見なせる
テトラ「なるほどです」
ミルカ「直積はこんなふうに書くこともできる」
$$ X \times Y = \SETL (x, y) \SETM x \in X \LAND y \in Y \SETR $$僕「$X$ の要素 $x$ と $Y$ の要素 $y$ が作る、順序対 $(x,y)$ 全体の集合……か」
ミルカ「テトラの具体例をよく見ると、 テトラが気にしていた《積》という用語との関連も見えてくる」
テトラ「え?」
ミルカ「テトラの例をこんなふうに表記すればわかりやすい」
$X = \SETL 1, 2, 3 \SETR$ と $Y = \SETL 123, 456 \SETR$ の直積 $$ \begin{array}{rclcccc} X \times Y &=& \SETL \SETRDOT \\ & & & (1, 123),& (2, 123),& (3, 123), & \\ & & & (1, 456),& (2, 456),& (3, 456)\, & \\ & & \SETLDOT \SETR \\ \end{array} $$
テトラ「……なるほど! わかりました。 要素数が積になりますね。あたしの作った例ですと、 集合 $X = \SETL 1, 2, 3 \SETR$ の要素数は $3$ で、集合 $Y = \SETL 123, 456 \SETR$ の要素数は $2$ で、 直積 $X \times Y$ の要素数は $6$ です。そして、 $3 \times 2 = 6$ です!」
僕「集合 $A$ の要素数を $\ABS{A}$ で表すことにすると、 $$ \ABS{X} \times \ABS{Y} = \ABS{X \times Y} $$ となるよね。直積で $\times$ を使う気持ちがわかる」
ミルカ「それがいえるのは、 $X$ と $Y$ が有限集合の場合であることに注意」
僕「確かに」
ミルカ「さて、私たちは関数を作りたい。関数の定義は?」
僕「これだね」
関数の定義
二つの集合 $X$ と $Y$ を考える。
集合 $X$ のどんな要素 $x$ に対しても、 集合 $Y$ の要素 $y$ がたった一つ定まる規則 $f$ があるとしよう。
このとき、 $x$ に $y$ を対応付ける規則 $f$ のことを、集合 $X$ から $Y$ への関数 $f$ と呼ぶ。
そして、関数 $f$ が $x$ に対応付けている要素のことを、 $$ f(x) $$ と書く。
集合 $X$ のことを、関数 $f$ の定義域(ていぎいき)という。
集合 $Y$ のことを、関数 $f$ の終域(しゅういき)という。
※これは写像の定義。集合 $Y$ が数の集合のときを関数ということが多い。関数は写像の一種である。
※規則は数式で表されている必要はなく、対応が定まっていればよい。
ミルカ「ここには《定義域 $X$》と《終域 $Y$》という二つの集合が出てくる。 さっき $y = f(x)$ で順序対 $(x,y)$ を作ったのを思い出すと……」
テトラ「なるほどです! 定義域を集合 $X$ として、 終域を集合 $Y$ として、その直積 $X \times Y$ を作るわけですね。 そうすればすべての順序対の集合を作ったことになりますから!」
僕「……」
ミルカ「……」
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