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第175回 シーズン18 エピソード5
どう見つけたのかは問わないで(前編)

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。

図書室にて

テトラ「ユーリちゃんの気持ち、よくわかりますっ!」

「というと?」

ここは高校の図書室。は後輩のテトラちゃんに述語論理の話をしていた。 ちょうど先日ユーリと話していたのと同じ内容である(第174回参照)。

テトラ「《すべて》や《任意の》が省略されているのは困るというお話ですよね。 《実数を 2 乗したら 0 以上になるか?》と聞かれたとき、 正確には《任意の実数を 2 乗したら……》と聞かれているわけですから」

「そうだね。ユーリからも言われたよ。『省略するなー!』って。 でも、話しているときにいちいち《任意の》を付けていると長くなってしまって、 何をいってるかわかりにくくなることもあるから……もちろん、 証明するときにはそこはきちんと理解しておかないとまずいけど」

テトラ「そういえば、あたしも《すべて》で迷ったことがありました。 いつでしたか、 2 次方程式を学んだときのことです。 問題集にこんな問いがありました」

x=1 は方程式 x23x+2=0 を満たすか。

「これは、満たすよね。 x23x+2x1 を代入すれば、 値は 0 になるから。 1231+2=13+2=0 で」

テトラ「はい。それはよかったんですが、 その後、こんな問題が……」

方程式 x23x+2=0 の解を求めよ。

「なるほど?」

テトラx=1 だ! とあたしは思いました。 だって直前に x=1 はこの方程式を満たすことを確かめましたから。 でも解答を見ると、 x=1,2 と書いてあったんです」

「そうだね。 x=1x=2 もこの方程式を満たす数だから」

テトラ「でも、それって、何だか引っ掛けられたような気がしました。 《方程式 x23x+2=0 の解をすべて求めよ》 だったら気付いたんですけれど」

「うんうん、テトラちゃんの考えはもっともだと思うよ。 『方程式 x23x+2=0 の解を求めよ』 って問題はまちがいとは言いにくいけど、不親切だよね。 もっとちゃんというなら、 『x に関する 2 次方程式 x23x+2=0 の解をすべて求めよ』 とする方がいいと思うなあ」

テトラ「はい……」

「別の問い方で『x に関する 2 次方程式 x23x+2=0 を解け』というのもあるよね。 これも《すべて》という言葉は出てきていないけど、《解をすべて求めよ》の意味になる」

テトラ「はい。もっとも……あたしは、 答えが一つだけ見つかったときに《他にはないかな?》と考えないのはまずかったと思いました。 《すべて》を問われているかどうかを意識するのは大事ですよね」

「そういえば、さっきテトラちゃんが言ってた『解は x=1,2』というのも、省略した言い方だよ」

テトラ「といいますと?」

x=1,2 のコンマ(,)って何だろうという話。 これは『x=1 または x=2』という意味で使っていると思うんだけど」

テトラ「ああ、確かにそうですね。《または》の意味に……ええ? 《または》 なんですか? だって、この方程式の解は x=1x=2 の両方ですよね。 両方だったら《かつ》ではないんでしょうか」

「ええと……ああ、いやいや、《または》でいいよ。 x=1x=2 の両方が解なんだけど、その《両方》の意味は、 x=1 でもいいし、 x=2 でもいいってことだよね。 だって、 x1 を代入しても方程式を満たすし、 x2 を代入しても方程式を満たすんだから」

テトラ「ははあ」

「《かつ》にしてしまうと変なことになるよ。 だって、 x=1x=2 を同時に満たす x は存在しないから」

テトラ「ああ、確かにそうですね。納得です。 《または》なんですね……なかなか難しいです」

「うん。だったら《論理》の世界から《集合》の世界に移ると、 もっとわかりやすくなると思うよ」

集合の世界へ

テトラ「集合の……世界ですか」

「うん、そうだよ。 話を簡単にするために《実数全体の集合》の範囲で考えることにするね」

テトラ「はい」

「それで、さっきの方程式を実数 x に関する述語だと考えるんだよ。 述語は条件ともいうけど」

x23x+2=0xに関する2次方程式x23x+2=0xに関する述語(条件といってもいい)

テトラ「はい……」

「それで、この述語に P(x) と名前を付ける」

テトラP(x)

「ここで、 P(x)x に実数を何か代入すると、 P(x) は真になったり偽になったりするわけだよね? たとえば、 P(1) は真になる」

テトラ「それはそうですね。 P(1)x23x+2=0x1 を 代入したわけですから。 真になります……それから、 P(2) も真になります。 方程式を解いたのと同じですね?」

「《解いた》というよりも、 x=1x=2 が《解であることを確かめた》 という方が正しいかな。 x=1x=2 というのが与えられて、 P(x) の真偽を確かめたわけだから」

テトラ「ははあ」

「それで……たとえば円周率 πx に代入したら、 P(x) は偽になる。つまり P(π) は偽」

テトラ「はい、わかります……あの、これは何をやっていらっしゃるんでしょうか」

「話が回りくどくなっちゃったね。 x に関する述語 P(x) を考えたとき、 《P(x) を真にする実数全体の集合》というものを考えることができる、 っていいたかったんだ」

テトラP(x) を真にする実数……全体の集合」

「具体的に書くと、こういう集合」

述語 P(x) を真にする実数全体の集合

{1,2}

テトラ「……」

12 だけを要素にする集合だね。 こんなふうに、《与えられた述語を真にする要素全体の集合》のことを、 その述語の真理集合(しんりしゅうごう)っていうんだよ」

テトラ「ということは、 {1,2} は、 P(x) の《真理集合》ということですか?」

「その通り。その確認はさすがテトラちゃんだね」

テトラ「は、はい。恐縮です……でも、 これってSo what?(だから、なに?)ですよね。ち、違いますか?」

「そうだね。方程式の解を集合で表しただけの話だから。 でも、これで集合の世界に移ったから、さっきの話の確認ができるよ」

テトラ「さっきの話……とは? すみません」

「ほら、方程式 x23x+2=0 の解は x=1x=2 である という話。こんなふうに二つの式を並べてみれば《論理の世界》と《集合の世界》 に対応関係があることがよくわかるよね」

《論理の世界》と《集合の世界》の対応関係

x=1x=2{1}{2}

テトラ「ははあ……わかってきました!  x=1x=2 は論理の世界の言葉で、 {1}{2} は集合の言葉ということですね!」

「そう! それでその両方がきれいに対応しているんだ。

  • x=1 という述語は {1} という集合に、
  • x=2 という述語は {2} という集合に、
  • という論理演算は という集合演算に、
それぞれ対応しているのがわかる。 それでね、 《2 次方程式 x23x+2=0 を解け》という代数の問いかけは、 《x=1x=2》という述語を求めているともいえるし、 《{1}{2}》という集合を求めているともいえるんだね」

テトラ「うわわっ……なんだかいろんなものが繋がりますっ!」

「だよね」

テトラ「ちょ、ちょっとすみません。いまさらですけれど、 というのは和集合……でいいんですよね?」

「うん、そうだよ。二つの集合の要素をすべて集めて作った集合になるね」

{1}{2}={1,2}

テトラ「はい、わかりました」

同値変形

2 次方程式を因数分解で解くときには、 こんな論理の流れを使って解いていることになるよ。 最初の条件を、 同値な別の条件にどんどん変形していくんだね」

同値変形で 2 次方程式を解く様子

x23x+2=0与えられた2次方程式を条件だと思う(x1)(x2)=0因数分解して同値な条件にするx1=0x2=0実数の性質を使って同値な条件にするx=1x=2等式の性質を使って同値な条件にする

テトラ「同値な条件に……する」

「何か引っかかる? 同値変形ってよくやるよね?」

テトラ「いえ、はい、よくわかります。 あのですね。引っかかっていたわけではなく、 同値変形というのをしっかりとは意識してなかったな、 と思っていたんです。たとえば、 x1=0 という式を x=1 のようにするのはよくやります。 1 を左辺から右辺に移項していますよね。 それは計算として無意識にやっていますけど、 《条件を同値変形させている》とは意識してなくて……」

「ああ、そこか。 そうだね。計算としてささっとやるから、 確かに意識しないことは多いかも。 でも x1=0 という条件が成り立てば、 x=1 は成り立つし、 逆に x=1 が成り立つなら x1=0 が成り立つわけだから、同値な条件を作っているんだね」

テトラ「そうですね」

「そこが気になるなら、 (x1)(x2)=0 から x1=0x2=0 という 同値変形も意識するとおもしろいよ。 《2 個の実数の積が 0 に等しかったら、 少なくともどちらか一方は 0 に等しい》というのを論理的に式で書いていることになるから」

テトラ「そうですね……因数分解して方程式を解くというのは、 当たり前のように計算してますけど、 論理的に考えると、条件を同値変形していることになるんですね」

集合の言葉で

「さっき、条件 P(x) を真にする要素の集合として、 《真理集合》という話をしたけど、それって、こんなふうに書くことができるよ」

条件 P(x) の真理集合(条件 P(x) を真にする要素全体の集合)

{x|P(x)}

テトラ「これは?」

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(2016年11月4日)

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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