登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
僕とユーリは論理についてのおしゃべりをしている(第173回参照)。
僕「……だから、《すべて》と《存在する》にはこういう関係があるんだよ」
$\forall$ と $\exists$ の関係
$$ \LNOT\left(\forall x \LOGL P(x) \LOGR\right) \equiv \exists x \LOGL \LNOT P(x) \LOGR $$
《すべての $x$ について $P(x)$ が成り立つ、ということはない》という命題と、 《$P(x)$ を満たさない $x$ が存在する》という命題とは論理同値である。
僕「《すべての $x$ について $P(x)$ が成り立つ》と言われて、 ユーリが『ほんと?』と疑ったとするよね」
ユーリ「ふんふん?」
僕「そういうとき、ユーリは《すべての $x$ について $P(x)$ が成り立つ、ということはない》といいたいわけだよね? ユーリはどうする?」
ユーリ「『ダウト!』っていう。『異議あり!!』とか。指さして、異議あり!!」
僕「そうだね。誰に異議を申し立ててるかわからないけどね」
ユーリ「《正義》に決まってんじゃん」
僕「そうですか。それで、その逆転裁判には証拠がいるはずだよね。怪しいとか嘘だとかいうために」
ユーリ「そだね」
僕「証拠を探す。つまり $x = a$ のときに $P(x)$ は成り立たないといえるような $a$ を探す。 言い換えると、命題 $P(a)$ が偽になるような $a$ を探す」
ユーリ「うん、わかる」
僕「この $a$ を探すのは、何をやってるかというと、 《$P(a)$ が偽になるような $a$ を探す》つまり《$\LNOT P(a)$ が真になるような $a$ を探す》ことをしている。 そして、それは、 $$ \exists x \LOGL \LNOT P(x) \LOGR $$ という命題が真であるための証拠を探していたわけだね。 これは、ちょうど、さっきの式の右辺になる。 左辺を証明する代わりに、右辺を証明したい。そのために証拠 $a$ を探していたんだよ。 少なくとも $1$ 個、証拠を見つけたい。何個あってもいいんだけど、 $1$ 個は、どうしてもほしい」
$$ \LNOT\left(\forall x \LOGL P(x) \LOGR\right) \equiv \exists x \LOGL \LNOT P(x) \LOGR $$ユーリ「ほほー! そっか。左辺の代わりに右辺を使う!」
僕「そして、命題 $\LNOT P(a)$ が真になるような $a$ は、命題 $\forall x \LOGL P(x) \LOGR$ の反例と呼ばれている」
ユーリ「反例って証拠なんだ! おもしろーい!」
僕「そうだね。 命題論理に比べると述語論理を使った方がいろんなことを式で表現できることになる。《すべて($\forall$)》や《存在する($\exists$)》を使って、 述語を使って」
ユーリ「いろんなこと……たとえば?」
僕「たとえば、そうだなあ。 簡単な話をすると、数学だと《実数を $2$ 乗したら $0$ 以上になる》 みたいな命題を扱ったりするよね」
ユーリ「プラスでもゼロでもマイナスでも $2$ 乗したら、 $0$ 以上」
僕「そういうこと。でね、そういう数学的な主張を式で書けることになる。 どう書く?」
ユーリ「$x^2 \GEQ 0$ みたいに?」
僕「そうそう。でもね、それだけだと $x$ って何?ってことになるよね。それにそのままだと命題じゃなくて述語になってしまう」
ユーリ「あー、違う違う! まだファイナルアンサーじゃないんだって。 話の途中でそんなの言わないでよー。えーとね……あり? 《実数を $2$ 乗したら $0$ 以上になる》って抜けてない?」
僕「何が?」
ユーリ「説明が。《実数を $2$ 乗したら $0$ 以上になる》ってゆーのは、 《どんな実数でも》が抜けてる」
僕「その通りだね! 僕たちはふだん当たり前のように《実数を $2$ 乗したら $0$ 以上になる》って言うけど、 実は《どんな実数でも、その実数を $2$ 乗したら $0$ 以上になる》 というように言葉を補って考えてることが多いんだ」
ユーリ「また省略ですか。ちゃんとやらんとあかんよ」
僕「まあそうだね。述語論理の式で書こうとしてみると、 自分が何を省略して考えているかがはっきりするんだよ」
ユーリ「ほほー」
僕「《実数を $2$ 乗したら $0$ 以上になる》を少し言い換えて、 《どんな実数 $x$ についても、 $x^2 \GEQ 0$ が成り立つ》 とすれば、こう書けることがわかるね」
$$ \forall x \in \REAL \LOGL x^2 \GEQ 0 \LOGR $$
《どんな実数 $x$ についても、 $x^2 \GEQ 0$ が成り立つ》
(実数を $2$ 乗したら $0$ 以上になる)
ユーリ「うーん……これって、真の命題、だよね?」
僕「そうだね! その通りだよ、ユーリ。 どんな実数 $x$ についても、 $x^2 \GEQ 0$ が成り立つから、これは真の命題。 《どんな実数……》といっても、《すべての実数……》といっても、《任意の実数……》といってもぜんぶ同じ意味」
ユーリ「ふんふん」
僕「ともかく、数学に出てくる主張を考えるとき、 《すべて》や《ある》を付けて考えると話がはっきりするときがあるんだね」
ユーリ「省略しないで」
僕「そうだね。 《すべて》や《ある》っていうのは、 数学のキーワードと結びついているときも多いんだよ。 それだけ大事だってことだね」
ユーリ「先生トーク炸裂ですにゃ」
僕「ちゃかすなよ。そうだなあ、さっきの《すべての実数 $x$ について、 $x^2 \GEQ 0$ が成り立つ》というのは、 実数 $x$ についての絶対不等式を表現しているといえるね」
ユーリ「ぜったいふとうしき」
僕「たとえば、さっきの $x^2 \GEQ 0$ は、 どんな実数 $x$ についても成り立つから、絶対不等式といえる」
ユーリ「……」
僕「他の例としては、 $x^2 - 2x + 1 \GEQ 0$ も絶対不等式」
ユーリ「へー。よくそんなのポンポン出てくるねー」
僕「因数分解すれば $x^2 - 2x + 1 = (x - 1)^2$ だからね。 $x$ が実数なら $x - 1$ も実数で、 $2$ 乗したら $0$ 以上になるんだよ。 ともかく、絶対不等式を、 $$ \forall x \in \REAL \LOGL x^2 - 2x + 1 \GEQ 0 \LOGR $$ のように表現できるんだね」
ユーリ「どんな実数 $x$ でも成り立つから」
僕「そういうこと。いまのは不等式だったけど、 これが等式になると恒等式と呼ばれることになる」
ユーリ「こうとうしき」
僕「たとえばこれ。実数に限らないけれど、実数に限ってももちろん真になるよ」
$$ \forall x \in \REAL \LOGL (x - 1)^2 = x^2 - 2x + 1 \LOGR $$ユーリ「展開しただけじゃん」
僕「そうだけど、この等式はどんな実数 $x$ でも成り立つ。 こういうのが恒等式」
ユーリ「はあ……あ! じゃ、この等式は述語?」
僕「そうだね。文字を含んでいる等式や不等式は、その文字に関する述語といえる。 $(x - 1)^2 = x^2 - 2x + 1$ は述語だし、 $x^2 \GEQ 0$ も述語といえる。 でも、 $(x - 1)^2$ は述語とはいえないよね」
ユーリ「$(x - 1)^2$ は代入しても命題にならないから?」
僕「そういうこと。それでね……あれ? 何の話だっけ」
ユーリ「知りまへんがな」
僕「ああ、そうそう。絶対不等式や恒等式は《すべて》に関係している。 それに対して方程式は《存在する》や《ある》に関係するね。 たとえば、こんな式を考えてみよう」
$$ \exists x \in \REAL \LOGL x^2 - 2x + 1 = 0 \LOGR $$ユーリ「えーと? 《ある実数 $x$ で、 $x^2 - 2x + 1 = 0$ が成り立つ》?」
僕「そうそう、ちゃんと読んでるなあ。 《ある実数 $x$ は、 $x^2 - 2x + 1 = 0$ を満たす》でもいいし、 《実数 $x$ で、 $x^2 - 2x + 1 = 0$ を満たすものが存在する》でもいいね」
ユーリ「これは恒等式じゃないんだ」
僕「そうだね。《$x^2 - 2x + 1 = 0$ を満たす実数は存在する》という命題があったとして、 じゃあ、そのような実数 $x$ を具体的に求めてみましょうか、というのが方程式を解くということ。 《存在する($\exists$)》で書かれた式がそのまま方程式っていうわけじゃないけれど、 方程式を考えるときには《存在する》かどうかを必ず意識しているよね」
ユーリ「ははーん、お兄ちゃんこないだ《解なし》って話、 したじゃん? あれってこれ?」
僕「そうそう。そうだよ。 《方程式 $x^2 - 2x + 2 = 0$ は実数解を持たない》 という命題があったとする。これは真の命題なんだけど、 《存在する($\exists$)》を使うと、こう表現できる」
《方程式 $x^2 - 2x + 2 = 0$ は実数解を持たない》(?)
$$ \exists x \in \REAL \LOGL x^2 - 2x + 2 = 0 \LOGR $$
ユーリ「え? これ違くない?」
僕「え? ああ、ごめん。まちがいまちがい。《否定($\LNOT$)》がいるね」
《方程式 $x^2 - 2x + 2 = 0$ は実数解を持たない》
$$ \LNOT \left( \exists x \in \REAL \LOGL x^2 - 2x + 2 = 0 \LOGR \right) $$
ユーリ「だよねー」
僕「めざといな。ともかく、こんな感じで、 絶対不等式や、恒等式や、方程式を考えるときには、 《すべて》や《存在する》を使うと話が整理できるんだ」
ユーリ「『せ、先輩、お尋ねしたいことがあるんですが』」
僕「テトラちゃんの真似なんかしなくていいから」
ユーリ「顔赤くしなくていいから」
僕「何かわからないことあるの?」
ユーリ「いまお兄ちゃんが書いた式の中に、 $$ x \in \REAL $$ って出てきたよね」
僕「うん、 $\REAL$ は実数全体の集合を表す文字として使ったんだよ。 $x \in \REAL$ というのは、だから《$x$ は実数である》を式で表したことになる」
ユーリ「てことは、たとえば、 $12345 \in \REAL$ ってゆーのは、 命題ってことだよね? だって $12345$ は実数だもん。 $12345 \in \REAL$ は真の命題?」
僕「その通り! 『よくわかってるにゃあ』」
ユーリ「ユーリの真似しなくていいから。 そんで、 $i \in \REAL$ は偽の命題?」
僕「$i$ が虚数単位としたらそうだね。 $i$ は実数じゃないから」
ユーリ「んじゃ、 $x \in \REAL$ ってゆーのは、 述語だよね? だって、 $x$ に何を代入するかで $x \in \REAL$ が真になったり、偽になったりするもん」
僕「おお? ……うん、それでいいよ。ユーリ。 $x \in \REAL$ は《$x$ は実数である》という述語になっている」
ユーリ「やっぱり」
僕「述語のことは条件ということもある。 たとえば、 $x \in \REAL$ は《$x$ は実数である》という条件を表しているといってもいいね」
ユーリ「じょーけん」
僕「それから、 $x^2 \GEQ 0$ は《$x$ を $2$ 乗すると $0$ 以上になる》という条件を表しているともいえる。 $x$ に関する条件」
ユーリ「そりゃそーだ……って、あららん?」
僕「今度は何?」
ユーリ「これって《どんな実数でも $2$ 乗したら $0$ 以上》って命題を表しているんだよね?」
$$ \forall x \in \REAL \LOGL x^2 \GEQ 0 \LOGR $$
《どんな実数 $x$ についても、 $x^2 \GEQ 0$ が成り立つ》
(実数を $2$ 乗したら $0$ 以上になる)
僕「そうだね」
ユーリ「でもさー、 $x \in \REAL$ も $x$ の述語……条件?」
僕「述語、条件、どっちでもいいよ」
ユーリ「$x \in \REAL$ も $x$ の述語だとしたら、 $\LOGL\quad\LOGR$ の中に入れられる? こんな感じに書き換えて」
ユーリの疑問 $$ \forall x \in \REAL \LOGL x^2 \GEQ 0 \LOGR $$
↑の命題は、↓と論理同値じゃないの?
$$ \forall x \LOGL x \in \REAL \LAND x^2 \GEQ 0 \LOGR $$
僕「またすごいこと言い出したな……」
ユーリ「《かつ($\LAND$)》を使ったのがさすがでしょ」
僕「うん、でも、この書き換えはだめだよ」
ユーリ「何で? $x \in \REAL \LAND x^2 \GEQ 0$ だって $x$ の述語でしょ?」
僕「そうだよ。でも、この書き換えはできない。 だって、その条件を読んでごらんよ」
ユーリ「$x \in \REAL \LAND x^2 \GEQ 0$ は、《$x$ は実数》かつ《$x^2 \GEQ 0$》……あ! ダメじゃん」
僕「だよね」
ユーリ「この述語に《すべて》をつけて命題にしたら、どんなものでも実数になっちゃう?」
僕「そうなるね。犬も猫もユーリも実数であるという主張」
ユーリ「ちょっと待てい」
ユーリの疑問への答え1 $$ \forall x \in \REAL \LOGL x^2 \GEQ 0 \LOGR $$
↑の命題は《どんな実数 $x$ でも、 $x^2 \GEQ 0$ が成り立つ》。
↓の命題は《どんな $x$ でも、 $x$ は実数かつ $x^2 \GEQ 0$ が成り立つ》。
$$ \forall x \LOGL x \in \REAL \LAND x^2 \GEQ 0 \LOGR $$
この二つの命題は論理同値ではない。
ユーリ「下の命題が真だとすると、何でもかんでも実数になっちゃう?」
僕「そうだねえ。 犬も猫もユーリも実数だし、虚数単位 $i$ も実数だという命題になってしまうね。 もしも $x \in \REAL$ を $\LOGL\quad\LOGR$ の中に入れたいなら、 $\to$ を使えばいい」
ユーリの疑問への答え2 $$ \forall x \in \REAL \LOGL x^2 \GEQ 0 \LOGR $$
↑の命題は《どんな実数 $x$ でも、 $x^2 \GEQ 0$ が成り立つ》。
↓の命題は《どんな $x$ でも、 $x$ が実数ならば $x^2 \GEQ 0$ が成り立つ》。
$$ \forall x \LOGL x \in \REAL \to x^2 \GEQ 0 \LOGR $$
この二つの命題は論理同値である。
ユーリ「$\to$ だと大丈夫なの?」
僕「$x = \REMTEXT{犬}$だったら、$x \in \REAL$は偽だから、$x \in \REAL \to x^2 \GEQ 0$は真になるね。 だからうまくいく……それにしてもこのユーリの疑問は鋭いなあ」
ユーリ「ふふん」
僕「かなり鋭いよ。あ、じゃあ、こんなクイズは?」
ユーリ「どんとこい」
クイズ
以下の命題で、 $x \in \REAL$ を $\LOGL\quad\LOGR$ の中に入れるように書き換えよう!
$$ \exists x \in \REAL \LOGL x^2 = 100 \LOGR $$
↓論理同値な命題に書き換える
$$ \exists x \LOGL x \in \REAL \quad \cdots\REMTEXT{???}\cdots \LOGR $$
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