この記事は『数学ガールの秘密ノート/複素数の広がり』として書籍化されています。
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
僕とテトラちゃんが図書室で正 $5$ 角形をめぐる数学トークを続けていると、 あっというまに時間が過ぎ、下校時間になってしまった。 とりあえず図書室からいったん僕の教室に移動する。
僕「カバンはそれでいいの?」
テトラ「ええ、大丈夫です。図書室に行くときから帰りしたくしてましたから……お、お邪魔します」
僕「もう教室には誰もいないから大丈夫だよ。それより正 $5$ 角形」
テトラ「ですよね! ええと……」
正 $5$ 角形の頂点 $\zeta_0, \zeta_1, \zeta_2, \zeta_3, \zeta_4$
$1$ と $2$ があれば、 $\sqrt{5}$ は《定規とコンパス》で作れる
僕「足し算、引き算、割り算、 $\sqrt{5}$ ができるから、正 $5$ 角形ができそうだね」
テトラ「はい。あっ!」
僕「どうしたの?」
テトラ「瑞谷先生の宣言で、あわてて図書室出てきちゃいました! 《正 $5$ 角形の作図》が書かれた数学の本を探しておけばよかったですね……」
僕「ああ、そのこと? 確かに、答え合わせができるのはいいけれど、 本が手元にあると、つい見てしまいたくなるからなあ」
テトラ「あ、先輩もそうなんですか。あたしもそういう誘惑があります。 問題集で問題を解いていて、行き詰まったときに解答を見たくなりますね」
僕「うん。いつ答えを見るかの見極めはむずかしいよね。 問題を見てすぐに答えを見ては何にもならないし、 でもいまの自分で解けない問題に時間を掛けすぎてもね」
テトラ「はい……そうなんです。問題を見ても解けなくて、時間ばかり経っていくと 『こんなことしても時間の無駄なのでは』と思ってしまいます」
僕「でも、結局さいごには答えを見るにせよ、 ある程度は考えてからのほうがいいのは確かだよ。 何も考えずに答えを見ちゃうと、答えが理解できなかったり、 ポイントがわからなかったり、 自分がどこまでわかっているのか確かめられなかったりすることが多いから。 少しも考えずにすぐ答え見ちゃうのはよくないよね」
テトラ「ははあ……確かにそうかもしれません。……って、 それより正 $5$ 角形を描きましょう、先輩!」
僕「うん、そうだね。計算もできているんだから、本など見なくてもできるよ、きっと。 下校確認の先生が来る前になんとか描きたいな」
テトラ「あたし、考えてたんですが、 正 $5$ 角形の頂点の一つ $\zeta_1$ さえ描ければ、他の点も描けますよね。 正 $6$ 角形と同じようにコンパスを使って、すい、すい、すいと……」
僕「僕もそう思うよ。ということは、この点に注目だ」
$$ \zeta_1 = \dfrac{-1+\sqrt{5}}{4}+i\dfrac{\sqrt{10+2\sqrt{5}}}{4} $$テトラ「はい。これは実部を $x$ 座標、虚部を $y$ 座標とみなす点と思っていいですよね。これです」
$$ \left(\dfrac{-1+\sqrt{5}}{4}, \dfrac{\sqrt{10+2\sqrt{5}}}{4}\right) $$僕「そうそう。複素平面を $xy$ 平面だと考えればそれで正しいよ。 だから……」
テトラ「だから、この二つの数を《定規とコンパス》で作りますっ! 一つ一つ順番に作っていけばできますよ。コンパスもここにありますし」
僕「ちょっと待って。実際にコンパスで描き始める前に、 手順を確認したほうがいいよ。でないと図がごちゃごちゃしそうだ。 まずは、 $x$ 座標の、 $$ \dfrac{-1 + \sqrt{5}}{4} \qquad \REMTEXT{($\zeta_1$ の実部)} $$ を作ろう」
テトラ「$\sqrt{5}$ が作れることがわかってますから、 これは簡単にできます。この手順になります」
僕「うんうん、そうだね。じゃあ次は、 $y$ 座標の $$ \dfrac{\sqrt{10+2\sqrt{5}}}{4} $$ だね」
テトラ「こちらも $\sqrt{5}$ ができますから、簡単です」
僕「ちょっと待って、テトラちゃんの手順、何だか変だよ。 $10 + 2\sqrt{5}$ を作ったところまではいいんだけど、 その次がどうして $4$ で割る話になるの?」
テトラ「ええと? だって、 $y$ 座標の分母は $4$ ですよね?
$$ \dfrac{\sqrt{10+2\sqrt{5}}}{4} $$僕「そうなんだけど、 $10+2\sqrt{5}$ を $4$ で割るわけじゃなくて、 $\sqrt{10+2\sqrt{5}}$ を $4$ で割るんだけど……」
テトラ「あっ、そうでした。えええっ、 $10+2\sqrt{5}$ のルートを取る? これ、《定規とコンパス》でできるんでしょうか」
僕「うーん……これはちょっと難しいな。そうだ、こういうときの定石は《二重根号を外す》だよ」
テトラ「二重根号……」
僕「ほら $\sqrt{A+2\sqrt{B}}$ という形になっているよね。根号、つまりルートが二重になってる。 これは $(\sqrt{a} + \sqrt{b})^2$ を展開する恒等式から考えれば解けるよ。つまり、 $a \geqq 0, b \geqq 0$ として、 $$ (\sqrt{a} + \sqrt{b})^2 = (a + b) + 2\sqrt{ab} $$ が成り立つことを利用するんだ。ここから、 $$ \sqrt{(a+b) + 2\sqrt{ab}} = \sqrt{a} + \sqrt{b} $$ という恒等式ができる。ね? 二重になっていた根号がばらばらになったよね」
テトラ「あ、これ授業でやったことあります」
僕「いま僕たちは $\sqrt{10 + 2\sqrt{5}}$ を $\sqrt{a} + \sqrt{b}$ という形にしたい。 そのためには、 $a+b = 10$ で $ab = 5$ という $0$ 以上の数 $a,b$ を求めればいいわけだ……けど」
テトラ「でも、 $ab = 5$ だとすると、 $a = 5, b = 1$ か $a = 1, b = 5$ ですよね。 これだと、 $a + b = 10$ にはなりませんが……」
僕「いや、整数とは限らないから。 $a+b = 10$ で $ab = 5$ ということは、 二次方程式を解けば $a,b$ は得られるよ。 解と係数の関係から、 こういう二次方程式。 $$ x^2 - (a+b)x + ab = 0 $$ つまり、 $$ x^2 - 10x + 5 = 0 $$ を解けばいい」
テトラ「解の公式から $\frac{10\pm\sqrt{100-20}}{2}$ ですね……計算して、 $5 \pm 2\sqrt{5}$ ですか?」
僕「あれれ? だめだなあ。それが $a,b$ だとすると、 $\sqrt{10 + 2\sqrt{5}}$ の二重根号は外れないね。だって、ほら……」
$$ \sqrt{10 + 2\sqrt{5}} = \sqrt{5 + 2\sqrt{5}} + \sqrt{5 - 2\sqrt{5}} $$テトラ「……」
僕「……困ったな。今日はいったんお開きにしようか、テトラちゃん」
テトラ「……いいえ」
僕「え?」
テトラ「だって、正 $5$ 角形まで、もう少し。もう少し、なんですから。 $x$ 座標が《定規とコンパス》で描けることはわかりました。 $y$ 座標も、あとこの $\sqrt{10 + 2\sqrt{5}}$ さえ描ければ! そうすれば、 $4$ で割るだけなんです」
僕「テトラちゃん……わかった。もう少しがんばろうか」
テトラ「はいっ!」
僕「でもね、こういうときは、落ち着いて考えなくちゃいけない。 だって、もともとの方向がまちがっているかもしれないから。 さっき僕は $\sqrt{10 + 2\sqrt{5}}$ を見て《二重根号を外す》のが定石だといったけど、 そっちに進んだのがそもそもまちがいだったかも」
テトラ「なるほど……」
僕とテトラちゃんはいくつか計算をしたけれど、決定打はなかなか見つからない。
テトラちゃんは、またコンパスを取り出して正 $6$ 角形を描き始めた。すい、すい、すい……
僕「……」
テトラ「今日は……ミルカさんはもうお帰りになったんでしょうか……」
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この記事は『数学ガールの秘密ノート/複素数の広がり』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
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