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第157回 シーズン16 エピソード7
3を作って0にする(前編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/数を作ろう』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/数を作ろう』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

$ \newcommand{\REMTEXT}[1]{\textbf{#1}} \newcommand{\LOOKSLIKE}{\quad\longleftrightarrow\quad} \newcommand{\TR}[1]{\langle#1\rangle} \newcommand{\XR}[1]{\bar{#1}} \newcommand{\MARK}[1]{\fbox{#1}} $

僕の部屋

いつものように従妹のユーリがやってきた。 の部屋に入ってくるなり、こんなことを言い出す。

ユーリ「いやー、こないだの話はおもしろかったよね」

「こないだの話って?」

ユーリ「ほらほら《三角形の整数》って作ったじゃん(第154回参照)。 《ぐるぐるワン》の時計で足し算引き算」

「ああ、あの話か。そうだね。何だか小さな数の世界を作っているみたいで、確かに楽しいね」

  • $\TR0$ は《$3$ で割って余りが $0$》の整数全体の集合
  • $\TR1$ は《$3$ で割って余りが $1$》の整数全体の集合
  • $\TR2$ は《$3$ で割って余りが $2$》の整数全体の集合

《三角形の整数》


ユーリ「パターンも $9$ 通りしかないからめんどくさくないし」

《三角形の整数》の足し算

$$ \begin{align*} \TR0 + \TR0 &= \TR0 \\ \TR0 + \TR1 &= \TR1 \\ \TR0 + \TR2 &= \TR2 \\ \TR1 + \TR0 &= \TR1 \\ \TR1 + \TR1 &= \TR2 \\ \TR1 + \TR2 &= \TR0 \\ \TR2 + \TR0 &= \TR2 \\ \TR2 + \TR1 &= \TR0 \\ \TR2 + \TR2 &= \TR1 \\ \end{align*} $$

「そうだね。足し算の表もすぐできる」

ユーリ「足し算の表?」

「うん、《三角形の整数》っていうのは、 要するに整数を $3$ で割った余りだけを考えるわけだから、 出てくる数は $\TR0,\TR1,\TR2$ の $3$ 個しかない。 だからこんな表が作れる」

《三角形の整数》の足し算の表


ユーリ「そーだけど、それって、式を並べたのと同じことじゃん?」

「同じだけど、この足し算の表を見ていると、アイディアが湧いてこない?」

ユーリ「アイディア……別に」

掛け算の表も作りたくならない? 計算自体はすぐできるよね」

《三角形の整数》の掛け算(書きかけ)

$$ \begin{align*} \TR0 \times \TR0 &= \TR0 \\ \TR0 \times \TR1 &= \TR0 \\ \TR0 \times \TR2 &= \TR0 \\ \TR1 \times \TR0 &= \TR0 \\ \TR1 \times \TR1 &= \TR1 \\ \TR1 \times \TR2 &= \cdots \\ \TR2 \times \TR0 &= \\ \TR2 \times \TR1 &= \\ \TR2 \times \TR2 &= \\ \end{align*} $$

ユーリ「ちょっ、ちょっと待ってよー。そんなにさっさか進まないでよ。 掛け算の結果を $3$ で割ればいーんでしょ?」

「そうだね。 $3$ で割った余りを考える。次の $\TR2 \times \TR0$ は……」

ユーリ「だから待ってって! えーと、 $\TR2 \times \TR0$ っていうのは、 $2 \times 0$ を計算して、その結果の $0$ を $3$ で割った余り……って $0$ だね」

$$ \TR2 \times \TR0 = \TR0 $$

「うん、それでいいよ」

ユーリ「それから、 $\TR2 \times \TR1$ は……まず、 $2 \times 1 = 2$ を計算して、 $2$ を $3$ で割った余り……これは $2$ になる。 最後の $\TR2 \times \TR2$ は、 $2\times 2 = 4$ だから、 $3$ で割った余りは $1$ になって、これで全部」

$$ \begin{align*} \TR2 \times \TR1 &= \TR2 && \REMTEXT{$2\times1$を$3$で割った余りは$2$} \\ \TR2 \times \TR2 &= \TR1 && \REMTEXT{$2\times2$を$3$で割った余りは$1$} \\ \end{align*} $$

「これで、 $9$ パターンができた」

《三角形の整数》の掛け算

$$ \begin{align*} \TR0 \times \TR0 &= \TR0 \\ \TR0 \times \TR1 &= \TR0 \\ \TR0 \times \TR2 &= \TR0 \\ \TR1 \times \TR0 &= \TR0 \\ \TR1 \times \TR1 &= \TR1 \\ \TR1 \times \TR2 &= \TR2 \\ \TR2 \times \TR0 &= \TR0 \\ \TR2 \times \TR1 &= \TR2 \\ \TR2 \times \TR2 &= \TR1 \\ \end{align*} $$

ユーリ「そんで、これを表にする?」

《三角形の整数》の掛け算の表


「そうだね。これが《三角形の整数》の世界での九九になるわけだ」

ユーリ「暗記が楽でいいにゃ……ところでお兄ちゃん。ほんとにこれでいーの?」

「いいよ。いまユーリが計算したじゃないか」

ユーリ「でも《三角形の整数》はたくさんの数の集合でできてた」

《三角形の整数》


「いまさらの話だけど、それがどうしたの?」

ユーリ「ユーリが計算したのは、このうち $0,1,2$ って数だけじゃん? それで試しただけで、いーの?」

《三角形の整数》の掛け算でユーリが試したもの


「うん、いいんだよ。ユーリが気にしているのは、たとえば、 $\TR2 \times \TR1$ の結果を調べるのに、 $2 \times 1$ だけで考えていいのか、ってことだよね。 足し算のときも試したけれど(第154回参照)、 それでうまくいくんだ。というか、うまくいくように《三角形の整数》を作ったわけだけど」

$$ \begin{array}{ccccccccccccc} \underbrace{2}_{\in\TR2} &\times& \underbrace{1}_{\in\TR1} &=& \underbrace{3\times0 + 2}_{\in\TR2} \\ \vdots & & \vdots & & \vdots \\ \TR2 &\times& \TR1 &=& \TR2 \\ \end{array} $$

ユーリ「へー」

「たとえば、別の数で試してもいいよ。 $2 \times 1$ じゃなくて、 $\TR2$ から $5$ を選んで、 $\TR1$ から $4$ を選んでみようか。そうすると、 $5 \times 4 = 20$ で、 $3$ で割った余りはやっぱり $2$ になる」

$$ \begin{array}{ccccccccccccc} \underbrace{5}_{\in\TR2} &\times& \underbrace{4}_{\in\TR1} &=& \underbrace{3\times6 + 2}_{\in\TR2} \\ \vdots & & \vdots & & \vdots \\ \TR2 &\times& \TR1 &=& \TR2 \\ \end{array} $$

ユーリ「おー。確かに、 $20$ は $\TR2$ の要素になってる……うまく行くもんだねー」

《三角形の整数》の掛け算でいま使ったもの


「ここでやっぱり数式を使いたくなるなあ」

ユーリ「数式を使うって、どゆこと? いままでも数式使ってきたじゃん」

「いまユーリは、ほんとにうまくいくの? って気にしたよね。 納得するために別の数で試したけど、無数の数すべてで試したわけじゃない。 だから、数式を使って《どんな場合でもうまくいく》ことを確かめたい。つまり、証明だよ」

ユーリ「証明……証明はいいんだけど、《うまくいく》ことの証明?」

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(2016年5月20日)

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書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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