この記事は『数学ガールの秘密ノート/数を作ろう』として書籍化されています。
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
ここは僕の高校。いまは放課後。図書室で僕とテトラちゃんが話をしている。
僕「そんな話をユーリとしていたんだよ(第154回参照)」
テトラ「おもしろいですねえ……空集合からいろんな数を作っていく。 何もないところから数を少しずつ作り出していく。 そんなことができるんですね」
僕「そうだね。《ノイマンの方法》もおもしろいけど、順序対(じゅんじょつい)を使って整数を作るのもおもしろかった」
テトラ「はい。以前、先輩方といっしょに考えたこともありましたね(『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』参照)」
僕「うんうん」
テトラ「そうです。確かあのときは、 整数だけではなく、分数も作りましたね。整数を作るのと同じような形で、 順序対を使って作ったような記憶があります」
テトラちゃんは人差し指を口に当て、 そのときの数学トークを思いだそうとしている。
僕「そうだったね。あ、でもテトラちゃん。 『分数を作った』というよりも『有理数を作った』という方が正確だよ」
テトラ「は、はい……でも、あたしの記憶では、 $(a,b)$ という順序対を使って $\dfrac{a}{b}$ という分数を表していたように思うのですが」
僕「うん、それをまちがいといってるわけじゃないよ。 でも、分数というのは数の表記であって、数そのものじゃないよね。 そうだなあ、たとえば、 $$ \dfrac{\pi}{\sqrt{2}} $$ というのは分数だけど、有理数じゃないよね」
テトラ「確かに! 先輩のおっしゃる通りです。 順序対 $(a,b)$ を使って表したのは、分数というよりも有理数ですね。 そうですそうです。このときの $a,b$ はどちらも整数でした。 $\pi$ や $\sqrt{2}$ のような数は使いませんでした」
僕「もうちょっと条件があるよね。 $(a,b)$ で、 $a$ と $b$ はどちらも整数なんだけど……」
テトラ「はいはい。わかっております。 $b$ は $0$ 以外という条件ですね。 でないと分数の形でゼロ割になってしまいますから」
僕「うん、だから、僕たちは《有理数を作る》ために、 こんな順序対を使うことになる」
《有理数を作るため》に使う順序対として、 $$ (a,b) $$ を考える。 ただし、 $a$ と $b$ は整数で、 $b \neq 0$ である。
テトラ「はい。ところで先輩。 《順序対》はどうして順序対という名前なんでしょうか。 《対》(つい)はわかります。 $a$ と $b$ の二つのペア、つまり対になっていますから。 でも《順序》とは?」
僕「え? それは、順序対だと $(a,b)$ と $(b,a)$ を区別して考えるからじゃないの? つまり、 $a$ と $b$ の順序を考える対……という意味だと思っていたけど」
テトラ「あっと、なるほどです。それはそうですよね」
僕「集合の場合には $\{ a, b \}$ と $\{ b, a \}$ という二つは等しい。つまり、要素の順序の違いは区別しないわけだね。 でも、順序対の場合には、 $(a,b)$ と $(b,a)$ という二つの順序対は等しいとは限らない。 $a \neq b$ の場合には $(a,b) \neq (b,a)$ になるということ」
テトラ「……ちょっとお待ちください。 いま先輩は、集合の場合、要素の順序は区別しないとおっしゃいましたよね」
僕「そうだよ。 $\{ 1, 2 \}$ と $\{ 2, 1 \}$ は等しい集合になるから」
テトラ「だとしたら、《順序対を集合で作る》のは不可能じゃないんでしょうか? 要素の順序を区別しないんですから」
僕「おっと! ええと、それは……」
テトラ「だって、 $\{ a, b \}$ と $\{ b, a \}$ を区別しないというのなら、 順序を気にするものを集合で作るなんてできません……困りました」
僕「いやいや、待ってよテトラちゃん。 その疑問はすばらしいんだけど、誤解がある。 順序対 $(a,b)$ を作るのに、 $a$ と $b$ は集合の要素である必要はないよ。 いや、集合の要素なんだけど」
テトラ「……?」
僕「いま思い出すから待って。《ノイマンの方法》を本で読んだときに、 順序対を集合で作る話も読んだんだ。なるほど! と感動した覚えがある……確か、 こんなふうに作るんじゃなかったかなあ」
集合 $X$ の要素 $a,b$ からなる順序対 $(a,b)$ は、 $$ \bigl\{ \, a, \, \{ b \} \, \bigr\} $$ として作ることができる(?)。
テトラ「なるほど……二つの要素のうち、片方の $b$ だけを一つ集合で《包んでしまう》ということでしょうか。 確かにそれなら、 $a$ と $b$ の二つを区別できます……か?」
僕「うーん……いや、これじゃだめだなあ。 なぜなら、集合 $X$ が $\bigl\{ 1, \{1\}, 2, \{2\} \bigr\}$ のようなとき、 順序対として $(\{1\},2)$ と $(\{2\},1)$ が区別つかなくなるから。 だって、
集合 $X$ の要素 $a,b$ からなる順序対 $(a,b)$ は、 $$ \bigl\{ \, \{a\}, \, \{ a, b \} \, \bigr\} $$ として作ることができる。
テトラ「……」
僕「うん、これでいけそう。 $$ P = \bigl\{ \, \{a\}, \, \{ a, b \} \, \bigr\} $$ が順序対 $(a,b)$ と見なせるのはどうしてかというと……ええと、まず、
《第一成分が $a$ である》かどうか
は、
《集合 $P$ に属するすべての集合について、 $a$ がその要素になっている》かどうか
でわかる。 この例でいうと、 $\{a\}$ と $\{a,b\}$ の両方に属している要素が第一成分だということだね。つまり $a$ だ」
テトラ「は、はあ……」
僕「第二成分についても同じように……あれ? 難しいな。いや、わかった。
《第二成分が $b$ である》かどうか
は、
《集合 $P$ に属する集合 $A,B$ について、 $A \neq B$ ならば、 $b \not\in A$ または $b \not\in B$ である》かどうか
でわかる」
テトラ「の、後ほどじっくり考えてみます……」
僕「で、有理数」
テトラ「はい……順序対 $(a,b)$ で有理数を作るというのは、 結局、 $\dfrac{a}{b}$ の値が等しい順序対 $(a,b)$ 全体の集合を作るということですよね。 たとえば、 $\dfrac{1}{2}$ を作りたいときは、 $$ \ldots,(-3,-6),(-2,-4),(-1,-2),(1,2),(2,4),(3,6),\ldots $$ という順序対をすべて集めて集合にする?」
《順序対の集合で有理数 $\dfrac{1}{2}$ を作る》
$$ \bigl\{ \ldots,(-3,-6),(-2,-4),(-1,-2),(1,2),(2,4),(3,6),\ldots \bigr\} $$
僕「そうそう。有理数を《整数の割り算》で計算するということを知っている僕たちにとっては、 《$\dfrac{a}{b}$ の値が $\dfrac{1}{2}$ に等しくなるような、 $(a,b)$ 全体の集合を作る》 というのでいいんだけど、《整数の割り算》を定義する前に有理数を作るには、 整数の掛け算を使って同値関係を作る必要があるから、 $$ 1\times b = 2 \times a $$ になるような $(a,b)$ を集めた集合を作るというほうがいいかな」
テトラ「あ……そのあたり、あまりきちんと覚えていないです……」
僕「つまりね《整数 $a$》と《$0$ 以外の整数 $b$》を使って作れる《順序対 $(a,b)$》全体の集合を、 分類して、有理数としての値が等しいものを同一視して、同じ値を持つ順序対を集合にまとめたい。 つまり、こんな感じの集合を作りたいんだよ。 $\dfrac23, 0, \dfrac12$ の三つだけ具体的に書いてみるね」
$$ \begin{array}{rcl} & \vdots & \\ \dfrac23 & \longleftrightarrow & \bigl\{ \ldots,(-4,-6),(-2,-3),( 2, 3),(4,6),(6,9),(8,12),\ldots \bigr\} \\ 0 & \longleftrightarrow & \bigl\{ \ldots,( 0,-3),( 0,-2),( 0,-1),(0,1),(0,2),(0,3),\ldots \bigr\} \\ \dfrac12 & \longleftrightarrow & \bigl\{ \ldots,(-3,-6),(-2,-4),(-1,-2),(1,2),(2,4),(3,6),\ldots \bigr\} \\ & \vdots & \\ \end{array} $$テトラ「はい……」
僕「そうすれば、整数の順序対の集合で有理数が作れる……でも《整数の割り算で有理数を求める》という計算を定義する前だから、 割り算を使うのは避けたい。だから、割り算ではなく掛け算を使う。 順序対 $(a,b)$ と $(c,d)$ を同一視するのに、 $$ a \div b = c \div d $$ という式を使うんじゃなくて、 $$ a\times d = b\times c $$ という式を使うということ。 もちろん結果としては同じ話なんだけどね。 さっきの $\dfrac{1}{2}$ の例でいえば、 $$ \bigl\{ \ldots,(-3,-6),(-2,-4),(-1,-2),(1,2),(2,4),(3,6),\ldots \bigr\} $$ の中から、二つの順序対 $(a,b),(c,d)$ を選ぶと、 どれでも $a\times d = b\times c$ が成り立っているはずだよ」
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結城浩のメンバーシップで参加 結城浩のpixivFANBOXで参加(2016年5月6日)
この記事は『数学ガールの秘密ノート/数を作ろう』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
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