この記事は『数学ガールの秘密ノート/数を作ろう』として書籍化されています。
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだけれど飽きっぽい。
僕とユーリはクッキーを食べながら《数を作る》という話を続けている(第151回参照)。
僕「ところで、空集合から数を作っていく《ノイマンの方法》だけど、これだとまだ《数》って感じがしないよね」
ユーリ「どゆこと? 一貫したルールで、 $0,1,2,3,\ldots$ を作れるよ?」
《ノイマンの方法》で $0,1,2,3,\ldots$ を作る $$ \begin{align*} \{\,\} & \LOOKSLIKE 0 \\ \{\,0\,\} & \LOOKSLIKE 1 \\ \{\,0,1\,\} & \LOOKSLIKE 2 \\ \{\,0,1,2\,\} & \LOOKSLIKE 3 \\ \{\,0,1,2,3\,\} & \LOOKSLIKE 4 \\ \{\,0,1,2,3,4\,\} & \LOOKSLIKE 5 \\ & \vdots \\ \end{align*} $$
僕「うん。《互いに異なるものを、順番に作り出せる》ことはわかった。 でも、数ってそういうものだっけ?」
ユーリ「数って、どーゆーものだっけ?」
僕「何を知っていれば《数を知っている》といえる?」
ユーリ「……」
僕「数があれば、何ができる?」
ユーリ「……」
僕「数って、どういうものだと思う?」
ユーリ「……ねー、ちょっと黙っててよー」
僕「はいはい」
ユーリ「数があると数えられるよね。 $1$ 個、 $2$ 個、 $3$ 個って……どんどん多くしてけば」
僕「ほほう」
ユーリ「あと、計算もできる」
僕「なるほど! 計算。いいねえ!」
ユーリ「たとえば、 $5$ の $30$ 乗とか」
僕「おいおい。何でいきなりそんなすごい計算になるんだろう」
ユーリ「たとえば、 $3$ の $3$ 乗とか」
僕「その冪乗へのこだわりは何」
ユーリ「別にいーじゃん。掛け算でも割り算でも引き算でも足し算でも」
僕「うん、無難なところで足し算はどうだろう」
ユーリ「どーだろーって?」
僕「《ノイマンの方法》を使うと、空集合 $\{\}$ からはじめて、 $0,1,2,3,\ldots$ のように無数の数……っぽいものが作れることがわかった。 でもまだこの数っぽいもの、いわば《数もどき》には足し算が定義されていない」
ユーリ「でも、 $3 + 2 = 5$ なのは変わらないでしょ?」
僕「そうだよ」
ユーリ「だったら……え? 何を定義することがあるの? 足し算の結果がわかってるのに」
僕「確かに $3 + 2 = 5$ なんだけど、 それは数について知識として知っているだけだよね。 《ノイマンの方法》で作った《数もどき》については、ちゃんと定義してない」
ユーリ「《$3$ を作る》だけじゃなくて、《足し算も作る》ってゆー意味? そんなの作れんの?」
僕「作れるよ……ユーリにいつだったか話したことがあるんだけど。 覚えてない?」
ユーリ「覚えてない」
僕「がく。でもいいよ。いまから話すから。 これから《ノイマンの方法》で作った《数もどき》に対して、 足し算を定義する。つまり $+$ という記号のルールを決めようというんだよ」
ユーリ「へー……じゃ、ほんとに足し算を作るんだ!」
僕「いっしょに考えていこう。足し算ってそもそも、どんなものだろう」
ユーリ「$3 + 2 = 5$」
僕「そうだね。《$3$ という数》がある。《$2$ という数》がある。 そして、《$+$ という記号》がある。それを並べて $3+2$ という式を作る」
ユーリ「うん。あいかわらず回りくどいけど」
僕「そして $3+2$ という式も数を表していて、その数は《$5$ という数》に等しい。 こういうことが《ノイマンの方法》で作った数もどき……めんどうだから数と呼ぶことにしよう……数でも、 きちんと定義できればいいわけだ」
ユーリ「ふむふむ。あっ、わかった!」
僕「え?」
ユーリ「全部定義しちゃえばいいってこと? いまは $3+2=5$ だったけど…… $$ \begin{align*} 1 + 1 &= 2 \\ 1 + 2 &= 3 \\ 1 + 3 &= 4 \\ &\vdots \\ 2 + 1 &= 3 \\ 2 + 2 &= 4 \\ &\vdots \\ 100+1 &= 101 \\ &\vdots \\ 9999+1 &= 10000 \\ &\vdots \end{align*} $$ ……こんなふーに、ぜんぶの数の足し算の組み合わせを決めればいい?」
僕「おおお。ユーリは賢いなあ。確かにこれでも足し算を定義したことにはなる! でも、ちょっとおもしろくないかな。いや、ぜんぜん悪くはないんだけど」
ユーリ「どこがおもしろくないの?」
僕「うん。すべての数の足し算をルールとして定めてしまうということは、 このルールを作る人がすでに足し算のことを知っていて、 それを数にあてはめているわけだよね。 たとえば、 $3 + 2 = 5$ というのは《なぜ》$5$ になるかは、 ルールを決めた人が理由もなく知っている。そこが何だかおもしろくないかな。 どうせ考えるなら《なるほど、確かにそれは足し算といえるな!》 という発見がほしい」
ユーリ「ふーん……その気持ち、ちょっとわかるかも。 でも、そんなのできるの? だって、 $3 + 2 = 5$ に理由なんてないじゃん?」
僕「$3 + 2$ はちょっと難しいから、 $3 + 1$ で……いや、 $3 + 0$ で考えてみようか」
ユーリ「ほほー」
僕「もちろん、 $3 + 0 = 3$ になってほしいんだよ。 でも、まずは観察から。いまは《ノイマンの方法》で作った数を考えているわけだから、 $3 + 0 = 3$ はこんなふうに表せるよね。この等式が成り立ってほしい、という意味」
$$ \begin{align*} 3 + 0 &= 3 \\ &\downarrow \\ \{0, 1, 2\} + \{\} &= \{0, 1, 2\} \\ \end{align*} $$
ユーリ「えーと。これは、 $3$ を $\{0,1,2\}$ に置き換えて、 $0$ を $\{\}$ に置き換えたってこと?」
僕「そうそう。いま僕たちは数のことは知らないけれど、 集合というものについては知ってる。それでこの $+$ という計算は何だろうかな、 って考えてようとしているんだよ」
ユーリ「……うーん、 $\{0, 1, 2\}$ が変わらにゃいけど。 あっ、集合を足すのがあったよね。もしかして、あれ?」
僕「和集合のこと? すごいのを思い出したな。 $\cup$ だね」
ユーリ「それそれ!」
ユーリ「$X$ と $Y$ の和集合は $X \cup Y$ でしょ? それで、ちょうど、ほら! 要素を足せばいい!」
$$ \begin{align*} 3 + 0 &= 3 \\ &\downarrow \\ \{0, 1, 2\} + \{\} &= \{0, 1, 2\} \\ &\downarrow \REMTEXT{?} \\ \{0, 1, 2\} \cup \{\} &= \{0, 1, 2\} \\ \end{align*} $$
僕「うん、確かに $$ \{0, 1, 2\} \cup \{\} = \{0, 1, 2\} $$ という式自体は正しいよ。 それに、空集合が出てくるときには、 $+$ という記号を、集合の $\cup$ に読み替えてうまくいきそうではあるけど……」
ユーリ「和集合で足し算を作る! いーじゃん!」
僕「じゃ、これはこれとして、もう一つ別の計算を観察してみよう。 こんどは $3 + 1 = 4$ というのを《ノイマンの方法》で考える。 $3 + 1 = 4$ という等式が成り立って欲しい。 $3,1,4$ という数を集合の形で表すと……」
$$ \begin{align*} 3 + 1 &= 4 \\ &\downarrow \\ \{0, 1, 2\} + \{ 0 \} &= \{0, 1, 2, 3\} \\ \end{align*} $$
ユーリ「あれ……お兄ちゃん、だめだよ。和集合じゃだめだね。 だって、 $$ \{ 0, 1, 2 \} \cup \{ 0 \} = \{ 0, 1, 2, 0 \} = \{ 0, 1, 2 \} $$ でしょ。増えない。 $\{0,1,2,3\}$ にならない!」
僕「そうだね。だからユーリがさっき考えたような、和集合を作る $\cup$ を足し算として使うのはまずい、 ってことになる。少なくとも一般的にはまずい」
ユーリ「そっか……でもさー、それじゃ $\{0, 1, 2 \}$ はどうしたら $4$ になるの?」
僕「$4$ というのは《ノイマンの方法》だと、 $\{0,1,2,3\}$ だよね。 ユーリの疑問は、整理すると、こう言えるわけだ」
ユーリ「……」
僕「……」
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結城浩のメンバーシップで参加 結城浩のpixivFANBOXで参加(2016年4月15日)
この記事は『数学ガールの秘密ノート/数を作ろう』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
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