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第149回 シーズン15 エピソード9
波の広がり(前編)

書籍『数学ガールの物理ノート/波の重ね合わせ』

この記事は『数学ガールの物理ノート/波の重ね合わせ』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。

ミルカさん:数学が好きな高校生。のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。

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僕の部屋

ここはの部屋。いまは夜。

ミルカさんが話していた《フーリエ展開》を振り返っていた(第148回参照)。

ミルカさんは、村木先生のカードから連想して《フーリエ展開》の話をちらっとしてくれた。周期関数 $f(x)$ を《三角関数の和》で表現するという話だ。ええと、式の形は……

$f(x)$ をフーリエ展開した形

$$ f(x) = \sum_{k = 0}^{\infty} (a_k\cos kx + b_k\sin kx) $$

きっと、ネットで検索すれば《フーリエ展開》というキーワードから、 たくさんの情報が得られるだろう。それはよくわかる。 でも、ここはしばしの我慢だ。

経験上、はわかっている。 ネットで検索して情報を得ると、 簡単に《わかった気持ち》になってしまうんだ。 そして同時に、目の前の数式を読まなくなる。 ミルカさんは上の数式をスケッチしてくれた。 ここから十分考える材料は見つかる。

明日、きっと図書室でテトラちゃんミルカさんと《フーリエ展開》の話になるに違いない。 それに備えて、自分なりに考えを進めておこう。

いま、の手元にあるのはこの式だけ。 そして《関数 $f(x)$ を三角関数で表す》という発想だけ。 そこから、何をどう考えていくか。それはの自由だ。 うん、そうだ。まずは……

そんなふうにして、夜は更けていった。

図書室にて

そして、次の日。いまは放課後。

がいつものように図書室に行くと……

テトラ「あ、先輩!」

「あれ? ミルカさんはまだ来てないの?」

テトラ「そうですね。まだのようです。 先輩、昨日の《フーリエ展開》はわかりました?」

「いや、自分なりには考えたんだけど、まだはっきりはわからないね」

テトラ「定積分で《波を見つける》というのは、いったいどういう意味なんでしょう。 『村木先生は思わせぶり』とおっしゃいますけれど、 ミルカさんも十分思わせぶりですよね」

「ええと……あれ? ねえ、テトラちゃんは、どんな問題を立てたの?」

テトラ「問題? 問題といいますと?」

「問題を立てて、それを考えていたんじゃないの? ミルカさんが《フーリエ展開》の式を見せてくれたよね。 $f(x)$ を三角関数で表す式として」

テトラ「はい、そうでした。ミルカさんは、 あたしが計算していた定積分で《波を見つける》とおっしゃっていたので、 あたしはそのことを……あの……何となく考えていたのでしたが。どんなこと、だろうかと」

「あ、そうなんだ。あのね、 フーリエ展開の式を見ながら、僕はこんなふうに考えたんだよ。 《与えられているものは何か》ってね」

テトラ「あっ、ポリア先生の問いかけ、ですか?」

「そうそう。フーリエ展開として複雑な式が提示された。 特に数学の問題として提示されたわけではない。 でも、何かここにおもしろい問題……考える問題がありそうだと思ったから」

テトラ「はい……」

「だから、まず《与えられているものは何か》と、 それから《求めるものは何か》を考えようと思ったんだ。 自分の数学としてね」

テトラ「それは、このフーリエ展開の式を使って……?」

$$ f(x) = \sum_{k = 0}^{\infty} (a_k\cos kx + b_k\sin kx) $$

「そう。でも、その答えはすぐに見つかるよ。与えられているものは……」

テトラ「お待ちください。テトラに答えさせていただけませんか。 このフーリエ展開の式で《与えられているもの》は関数 $f(x)$ で、 《求めるもの》は $a_0,a_1,a_2,\ldots$ と $b_0,b_1,b_2,\ldots$ ではないでしょうか」

「うん、そうだね。僕もそう考えた。 もしかしたら、別の考え方もあるかもしれない。 でも、まずそうやって考えを進めてみようと思ったんだ。 おもしろそうな材料、考える材料が来たんだから、 たっぷり楽しまないとね。 僕たちは自由に考えることができるんだし。 つまり、 $f(x)$ から二つの数列を求める問題が作れるんだね」

テトラ「……」

「あれ?」

テトラ「先輩、あたしって……何というか、まぬけですね」

「え? テトラちゃんはぜんぜんそんなことないよ」

テトラ「いえ、やっぱり大まぬけです。 先輩は、フーリエ展開の式を《考える材料》と考えて、 きちんと問題を立てようとなさいました」

「うん……」

テトラ「でも、あたしは、そんなふうにきちんと考えようとしませんでした。 ミルカさんがおっしゃった《波を見つける》という言葉をぼんやりと考えて、 何となく、自分の定積分の検算をしたりして、でも、それだけでした。 一日という長い時間があったのに……」

「いや、でも、何をどう考えるかは自由だよ」

テトラ「違うんです。 もしも、とっても難しい問題だったら、未知の概念だったら、 あたしも、しょうがない、と思います。あたし、知らないことばかりですから。 でも、今回の《フーリエ展開》は違うんです。 だって、あたし、先輩から《テイラー展開》のお話を聞いていたからです。 テイラー展開は、与えられた $f(x)$ から、微分を使って係数の数列 $a_n$ を求めました。 今回のフーリエ展開も、その類似として考えることができたはずです! あたしでも! 与えられた $f(x)$ から係数の数列 $a_n,b_n$ を求める問題を立てて……」

「なるほど……」

テトラ「だから、あたしって、まぬけです。考えるチャンスが目の前にあったのに……」

「テトラちゃん、テトラちゃん。 過去形にしないでほしいな。 だって、僕たちはいま、まさに考えているところじゃないか。 《元気少女》テトラちゃんの名が泣くよ。問題を考えようよ」

テトラ「あっ、はい、そ、そうですね。すみません、ぐちぐちと……」

問題

「僕はまず、こんなふうに問題を立てたんだよ」

問題1

関数 $f(x)$ が与えられたとする。 このとき、数列 $a_n$ と $b_n$ をどのように定めたら、 $$ f(x) = \sum_{k = 0}^{\infty} (a_k\cos kx + b_k\sin kx) $$ が成り立つか。

テトラ「は、はい……でも、これは、とても難しいです。 だって、 $f(x)$ が何なのか、どんな関数なのかわかっていませんから!」

「だよね。僕も同じように考えた。 だから《例示は理解の試金石》を使おうと思ったんだ。 つまり、具体的で簡単な $f(x)$ を自分で用意して、それを解くということ。 理解を確かめるためにね」

テトラ「ははあ……なるほどです。確かに、具体的な $f(x)$ だったら、何とかなるかも?」

「それにね、自分で $f(x)$ を選べるわけだから、とっても簡単なものはすぐに作れるんだよ。たとえば、 $$ f(x) = \sin x $$ としてみる。 つまり、こういう問題になるんだね」

問題2

数列 $a_n$ と $b_n$ がどのような値をとれば、 $$ \sin x = \sum_{k = 0}^{\infty} (a_k\cos kx + b_k\sin kx) $$ が成り立つか。

テトラ「なるほど! これならテトラでも解けます。 だって、すでに $\sin x$ という三角関数になってるんですから」

「そうそう、《これなら解ける》とすぐ言えるってことは、 ちゃんとテトラちゃんはフーリエ展開の式を読んでるってことだね。 まさに、理解の試金石だ」

テトラ「はい。 $\cos$ の係数になってる $a_n$ はすべて $0$ です。 そして、 $b_n$ は $b_1$ だけが $1$ で、残りの $b_n$ はすべて $0$ ですね?」

「その通りだね」

解答2

$$ a_n = 0 $$ および $$ b_n = \left\{\begin{array}{llll} 1 & (n = 1) \\ 0 & (n \neq 1) \\ \end{array}\right. $$ のとき、 $$ \sin x = \sum_{k = 0}^{\infty} (a_k\cos kx + b_k\sin kx) $$ という式が成り立つ。

テトラ「あっ、それなら他にもたくさん考えることができますね。 たとえば、 $f(x) = \cos x$ の場合や、 $f(x) = \sin 2x$ の場合、 あるいは、 $f(x) = \sin x + \cos 2x$ の場合、それに……」

「うん、そうだね。 つまり最初から《三角関数の和》になっていることがわかっている関数なら、 簡単にフーリエ展開の $a_n,b_n$ はわかるわけだね。 自分で決めてるわけだから、わかるのは当たり前だけど」

テトラ「はい」

「それでね、この簡単な問題を自分で作って解いているうちに、 気付いたことがあるんだよ」

テトラ「気付いたこと?」

「うん。フーリエ展開は《三角関数の和》といったけど、 フーリエ展開に出てくるのは $\sin nx$ と $\cos nx$ という関数だけだということ。 たとえば、 $\sin \frac{x}{2}$ は出てこない」

テトラ「それは確かにそうですね」

「それから、 $\cos nx$ という形は出てくるけれど、 $\cos^2 nx$ という形は出てこない」

テトラ「……なるほどです。そういえば、そうですね。 それは、フーリエ展開で使う関数は決まっているということですね?」

「うん。そうなんだ。決まった関数を決まった使い方で使ってる。 それを考えているときに《発見》したんだよ」

テトラ「発見?」

「うん。僕の発見は、こういう問題から出てきたんだ。 さっきは $f(x) = \sin x$ という単純な関数をフーリエ展開した。 では、今度は $f(x) = \cos^2 x$ を展開してみようってね」

問題3

数列 $a_n$ と $b_n$ がどのような値をとれば、 $$ \cos^2 x = \sum_{k = 0}^{\infty} (a_k\cos kx + b_k\sin kx) $$ が成り立つか。

テトラ「これは、 $\cos^2 x$ をフーリエ展開していることになるんですよね。 でも、そもそもこんなふうに書けるんでしょうか。 いま先輩おっしゃったばかりじゃないですか。 フーリエ展開に $\cos^2 nx$ という形は出てこないって」

「テトラちゃんは $\cos(\alpha + \beta)$ に加法定理を使える?」

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(2016年3月4日)

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書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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