この記事は『数学ガールの物理ノート/波の重ね合わせ』として書籍化されています。
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
ミルカさん:数学が好きな高校生。僕のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。
ここは僕の部屋。いまは夜。
僕はミルカさんが話していた《フーリエ展開》を振り返っていた(第148回参照)。
ミルカさんは、村木先生のカードから連想して《フーリエ展開》の話をちらっとしてくれた。周期関数 $f(x)$ を《三角関数の和》で表現するという話だ。ええと、式の形は……
$f(x)$ をフーリエ展開した形
$$ f(x) = \sum_{k = 0}^{\infty} (a_k\cos kx + b_k\sin kx) $$
きっと、ネットで検索すれば《フーリエ展開》というキーワードから、
たくさんの情報が得られるだろう。それはよくわかる。
でも、ここはしばしの我慢だ。
経験上、僕はわかっている。
ネットで検索して情報を得ると、
簡単に《わかった気持ち》になってしまうんだ。
そして同時に、目の前の数式を読まなくなる。
ミルカさんは上の数式をスケッチしてくれた。
ここから十分考える材料は見つかる。
明日、きっと図書室でテトラちゃんとミルカさんと《フーリエ展開》の話になるに違いない。
それに備えて、自分なりに考えを進めておこう。
いま、僕の手元にあるのはこの式だけ。
そして《関数 $f(x)$ を三角関数で表す》という発想だけ。
そこから、何をどう考えていくか。それは僕の自由だ。
うん、そうだ。まずは……
そんなふうにして、夜は更けていった。
そして、次の日。いまは放課後。
僕がいつものように図書室に行くと……
テトラ「あ、先輩!」
僕「あれ? ミルカさんはまだ来てないの?」
テトラ「そうですね。まだのようです。 先輩、昨日の《フーリエ展開》はわかりました?」
僕「いや、自分なりには考えたんだけど、まだはっきりはわからないね」
テトラ「定積分で《波を見つける》というのは、いったいどういう意味なんでしょう。 『村木先生は思わせぶり』とおっしゃいますけれど、 ミルカさんも十分思わせぶりですよね」
僕「ええと……あれ? ねえ、テトラちゃんは、どんな問題を立てたの?」
テトラ「問題? 問題といいますと?」
僕「問題を立てて、それを考えていたんじゃないの? ミルカさんが《フーリエ展開》の式を見せてくれたよね。 $f(x)$ を三角関数で表す式として」
テトラ「はい、そうでした。ミルカさんは、 あたしが計算していた定積分で《波を見つける》とおっしゃっていたので、 あたしはそのことを……あの……何となく考えていたのでしたが。どんなこと、だろうかと」
僕「あ、そうなんだ。あのね、 フーリエ展開の式を見ながら、僕はこんなふうに考えたんだよ。 《与えられているものは何か》ってね」
テトラ「あっ、ポリア先生の問いかけ、ですか?」
僕「そうそう。フーリエ展開として複雑な式が提示された。 特に数学の問題として提示されたわけではない。 でも、何かここにおもしろい問題……考える問題がありそうだと思ったから」
テトラ「はい……」
僕「だから、まず《与えられているものは何か》と、 それから《求めるものは何か》を考えようと思ったんだ。 自分の数学としてね」
テトラ「それは、このフーリエ展開の式を使って……?」
$$ f(x) = \sum_{k = 0}^{\infty} (a_k\cos kx + b_k\sin kx) $$僕「そう。でも、その答えはすぐに見つかるよ。与えられているものは……」
テトラ「お待ちください。テトラに答えさせていただけませんか。 このフーリエ展開の式で《与えられているもの》は関数 $f(x)$ で、 《求めるもの》は $a_0,a_1,a_2,\ldots$ と $b_0,b_1,b_2,\ldots$ ではないでしょうか」
僕「うん、そうだね。僕もそう考えた。 もしかしたら、別の考え方もあるかもしれない。 でも、まずそうやって考えを進めてみようと思ったんだ。 おもしろそうな材料、考える材料が来たんだから、 たっぷり楽しまないとね。 僕たちは自由に考えることができるんだし。 つまり、 $f(x)$ から二つの数列を求める問題が作れるんだね」
テトラ「……」
僕「あれ?」
テトラ「先輩、あたしって……何というか、まぬけですね」
僕「え? テトラちゃんはぜんぜんそんなことないよ」
テトラ「いえ、やっぱり大まぬけです。 先輩は、フーリエ展開の式を《考える材料》と考えて、 きちんと問題を立てようとなさいました」
僕「うん……」
テトラ「でも、あたしは、そんなふうにきちんと考えようとしませんでした。 ミルカさんがおっしゃった《波を見つける》という言葉をぼんやりと考えて、 何となく、自分の定積分の検算をしたりして、でも、それだけでした。 一日という長い時間があったのに……」
僕「いや、でも、何をどう考えるかは自由だよ」
テトラ「違うんです。 もしも、とっても難しい問題だったら、未知の概念だったら、 あたしも、しょうがない、と思います。あたし、知らないことばかりですから。 でも、今回の《フーリエ展開》は違うんです。 だって、あたし、先輩から《テイラー展開》のお話を聞いていたからです。 テイラー展開は、与えられた $f(x)$ から、微分を使って係数の数列 $a_n$ を求めました。 今回のフーリエ展開も、その類似として考えることができたはずです! あたしでも! 与えられた $f(x)$ から係数の数列 $a_n,b_n$ を求める問題を立てて……」
僕「なるほど……」
テトラ「だから、あたしって、まぬけです。考えるチャンスが目の前にあったのに……」
僕「テトラちゃん、テトラちゃん。 過去形にしないでほしいな。 だって、僕たちはいま、まさに考えているところじゃないか。 《元気少女》テトラちゃんの名が泣くよ。問題を考えようよ」
テトラ「あっ、はい、そ、そうですね。すみません、ぐちぐちと……」
僕「僕はまず、こんなふうに問題を立てたんだよ」
問題1
関数 $f(x)$ が与えられたとする。 このとき、数列 $a_n$ と $b_n$ をどのように定めたら、 $$ f(x) = \sum_{k = 0}^{\infty} (a_k\cos kx + b_k\sin kx) $$ が成り立つか。
テトラ「は、はい……でも、これは、とても難しいです。 だって、 $f(x)$ が何なのか、どんな関数なのかわかっていませんから!」
僕「だよね。僕も同じように考えた。 だから《例示は理解の試金石》を使おうと思ったんだ。 つまり、具体的で簡単な $f(x)$ を自分で用意して、それを解くということ。 理解を確かめるためにね」
テトラ「ははあ……なるほどです。確かに、具体的な $f(x)$ だったら、何とかなるかも?」
僕「それにね、自分で $f(x)$ を選べるわけだから、とっても簡単なものはすぐに作れるんだよ。たとえば、 $$ f(x) = \sin x $$ としてみる。 つまり、こういう問題になるんだね」
問題2
数列 $a_n$ と $b_n$ がどのような値をとれば、 $$ \sin x = \sum_{k = 0}^{\infty} (a_k\cos kx + b_k\sin kx) $$ が成り立つか。
テトラ「なるほど! これならテトラでも解けます。 だって、すでに $\sin x$ という三角関数になってるんですから」
僕「そうそう、《これなら解ける》とすぐ言えるってことは、 ちゃんとテトラちゃんはフーリエ展開の式を読んでるってことだね。 まさに、理解の試金石だ」
テトラ「はい。 $\cos$ の係数になってる $a_n$ はすべて $0$ です。 そして、 $b_n$ は $b_1$ だけが $1$ で、残りの $b_n$ はすべて $0$ ですね?」
僕「その通りだね」
解答2
$$ a_n = 0 $$ および $$ b_n = \left\{\begin{array}{llll} 1 & (n = 1) \\ 0 & (n \neq 1) \\ \end{array}\right. $$ のとき、 $$ \sin x = \sum_{k = 0}^{\infty} (a_k\cos kx + b_k\sin kx) $$ という式が成り立つ。
テトラ「あっ、それなら他にもたくさん考えることができますね。 たとえば、 $f(x) = \cos x$ の場合や、 $f(x) = \sin 2x$ の場合、 あるいは、 $f(x) = \sin x + \cos 2x$ の場合、それに……」
僕「うん、そうだね。 つまり最初から《三角関数の和》になっていることがわかっている関数なら、 簡単にフーリエ展開の $a_n,b_n$ はわかるわけだね。 自分で決めてるわけだから、わかるのは当たり前だけど」
テトラ「はい」
僕「それでね、この簡単な問題を自分で作って解いているうちに、 気付いたことがあるんだよ」
テトラ「気付いたこと?」
僕「うん。フーリエ展開は《三角関数の和》といったけど、 フーリエ展開に出てくるのは $\sin nx$ と $\cos nx$ という関数だけだということ。 たとえば、 $\sin \frac{x}{2}$ は出てこない」
テトラ「それは確かにそうですね」
僕「それから、 $\cos nx$ という形は出てくるけれど、 $\cos^2 nx$ という形は出てこない」
テトラ「……なるほどです。そういえば、そうですね。 それは、フーリエ展開で使う関数は決まっているということですね?」
僕「うん。そうなんだ。決まった関数を決まった使い方で使ってる。 それを考えているときに《発見》したんだよ」
テトラ「発見?」
僕「うん。僕の発見は、こういう問題から出てきたんだ。 さっきは $f(x) = \sin x$ という単純な関数をフーリエ展開した。 では、今度は $f(x) = \cos^2 x$ を展開してみようってね」
問題3
数列 $a_n$ と $b_n$ がどのような値をとれば、 $$ \cos^2 x = \sum_{k = 0}^{\infty} (a_k\cos kx + b_k\sin kx) $$ が成り立つか。
テトラ「これは、 $\cos^2 x$ をフーリエ展開していることになるんですよね。 でも、そもそもこんなふうに書けるんでしょうか。 いま先輩おっしゃったばかりじゃないですか。 フーリエ展開に $\cos^2 nx$ という形は出てこないって」
僕「テトラちゃんは $\cos(\alpha + \beta)$ に加法定理を使える?」
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結城浩のメンバーシップで参加 結城浩のpixivFANBOXで参加(2016年3月4日)
この記事は『数学ガールの物理ノート/波の重ね合わせ』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
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