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第140回 シーズン14 エピソード10
曲がり曲がる(後編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/積分を見つめて』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/積分を見つめて』として書籍化されています。

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。

ミルカさん:数学が好きな高校生。のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。

瑞谷先生:司書の先生。定時になると下校時間を宣言する。

$ \newcommand{\REMTEXT}[1]{\textbf{#1}} $

図書館にて

ここはの高校の図書室。 テトラちゃんは《円の面積の公式》を《極限》で理解しようとしているところ。

半径 $r$ の円を、中心角が $\frac{2\pi}{n}$ になるように $n$ 個の扇形に分割し、 その面積を $S_n$ とする。扇形=《ピザ $1$ 切れ》

上のような二つの直角三角形を考えて、その面積を $L_n, M_n$ と置くと、 $$ L_n < S_n < M_n $$ が成り立つ。

これを $n$ 倍して、 $$ nL_n < nS_n < nM_n $$ という不等式が成り立つ。 $nS_n$ は円の面積である。

$n \to \infty$ の極限を考えると、 $nL_n \to \pi r^2, nM_n \to \pi r^2$ となるので、 円の面積は $\pi r^2$ となる。

テトラ「できましたね!」

「できたね」

テトラ「小学校のときの説明にあった、《ピザ $1$ 切れ》をどんどん細くしていくと……という部分が、 《$n \to \infty$ の極限を考える》ところに相当する、ということですね?」

「そうだね。これでテトラちゃんの《ごまかされた》感覚はなくなった?」

テトラ「はいっ! ……い、いいえ」

「え? まだ納得いってない?」

テトラ「す、すみません。ちがうんです。あのですね。お聞きください、先輩。 小学校のときの《もやもや》は、だいぶなくなりました」

「うんうん」

テトラ「だって、確かに《小さな形》と《大きな形》に《ピザ $1$ 切れ》は、はさまっていますから、 そこは何とか……でも、もう一点気になることが、でてきてしまいました」

「というと?」

テトラ「先ほど先輩がおっしゃったことですよ」

「何か気になること、言ったっけ?」

テトラ「はい。 先ほど先輩は $\infty \times 0$ の形はまずいというお話をなさいました」

「うん、そうだね」

テトラ「でも、先輩はこの極限を《公式》とおっしゃっていましたよね?」

《$\frac{\sin \theta}{\theta}$ の極限》

$$ \lim_{\theta \to 0} \dfrac{\sin \theta}{\theta} = 1 $$

「言ったけど……」

テトラ「ここに出てくる $\frac{\sin \theta}{\theta}$ って、 まさにその形じゃないかと思うんです。だって、こんなふうに掛け算の形にできますよね?」

$$ \dfrac{\sin \theta}{\theta} = \dfrac{1}{\theta} \times \sin \theta $$

「うん、できるよ。ああ、そういうこと?」

テトラ「それで……いまあたしたちは $\theta \to 0$ という極限を考えようとしていて、 そのとき $\frac{1}{\theta} \to \infty$ ですし、 $\sin\theta \to 0$ というのは…… 正しいですよね?」

「正しいね。いまは $\theta > 0$ で考えているから」

$\theta > 0$ で考えたとき、 $\theta \to 0$ で…… $$ \begin{align*} \dfrac{1}{\theta} & \to \infty \\ \sin\theta & \to 0 \\ \end{align*} $$

テトラ「はい。だとしたら、 $\frac{1}{\theta} \times \sin \theta$ は、 やっぱり $\infty \times 0$ という形になってしまいます! それなのに、これが、公式?」

「僕が誤解を招く言い方をしたのが悪かったかもしれないなあ。 あのね、テトラちゃん。僕がさっき言った $\infty \times 0$ というのは、 象徴的というか、パターンというか、 考えるための《とっかかり》なんだよ(第139回参照)。 つまり、極限を取ったときに《正や負の無限大に発散する項》と、 《$0$ に収束する項》の積の形になってしまったら、もう絶対だめ! というんじゃないんだ。 そうじゃなくて、そうなったら、式を注意深く変形して、ほんとうに発散するのか、 それとも収束するのかを見極める必要があるということを言いたかったんだよ」

テトラ「は、はあ……それで、 $\frac{1}{\theta} \times \sin \theta$ を式変形してやれば、 $\theta \to 0$ のときに $1$ に収束する……ということなのでしょうか」

「そうだね。その通り。でも、その収束をいちいち導出するのはたいへんだし、 極限の問題では非常によく出てくる。だから、 この $\frac{\sin \theta}{\theta} \to 1$ は極限の公式として覚えておくものだよ、 ということ」

テトラ「そ、そこまではわかりました。 でも……あたしはまだ、この式の意味がわかっていないようです。 $\frac{\sin \theta}{\theta} \to 1$ という、つまり、極限値が $1$ になるという意味です。 それが、あたしには、まだ、しっかりとはわかってなくて……飲み込みが悪いテトラですみません」

「いやいや、 テトラちゃんのその粘り強さはとても大事なことだと思うよ。 テトラちゃんに《わかった》といってもらうのが大変なのは知ってるからね……うーん、 そうだなあ。たとえばね、 $\frac{x}{x}$ という式を考えてみる。 もちろん、分母に $x$ が書かれているから暗黙のうちに《ゼロ割り》は除かれてる。 分数が出てきたら必ず《ゼロ割り》チェックが入るんだ。 分数で数式を書くときには、自動的に《分母は $0$ じゃない》と主張していることになるから。 だから、 $x \neq 0$ として考えるんだけど、まあ、それはともかくこの式 $\frac{x}{x}$ の値は $1$ に等しいよね」

テトラ「そうですね。約分して」

「そのことは、あえて、こんなふうに書くこともできる」

$$ \lim_{x \to 0} \dfrac{x}{x} = 1 $$

テトラ「はい。これはわかります」

「$\frac{x}{x}$ も、 $\frac{1}{x} \times x$ と書けば、 $\infty \times 0$ のパターンになるの、わかる?  $x > 0$ とした場合だけど」

テトラ「ああ! そうですね」

「$\infty \times 0$ のパターンといってもいいし、 $\frac{0}{0}$ のパターンといってもいい。でも、ともかく、 約分すれば、 $x \to 0$ のとき、 $\frac{x}{x} \to 1$ だということは わかるよね?」

テトラ「はい、はい。大丈夫です」

「うん。それでね、 $x \to 0$ のとき、 $\frac{x}{x}$ の分母と分子に $x$ があって、 分母も分子もどちらも $x \to 0$ になる。 そのときに $\frac{x}{x}$ の極限値が $1$ に等しくなるんだから、 分母と分子の《比》の極限値が $1$ だといってるわけだよね。 だから、 $x$ がすごく $0$ に近いところでは、 分母の $x$ と分子の $x$ がおおよそ同じ大きさになってる……と とそんなふうに考えてもいいんだよ。 まあ、この場合はぴったり等しい大きさだから、 かえってわかりにくいかもしれないけど」

テトラ「ははあ……なるほど、比の極限値」

「たとえば、 $\frac{4x}{2x}$ という式の極限値を考えると、 $x \to 0$ のとき、 $\frac{4x}{2x} \to 2$ になる。比の極限値が $2$ だから、 $x$ がすごく $0$ に近いところでは、 分母よりも分子の方が $2$ 倍になっている、と」

テトラ「分数が比を表しているというのはわかります。 ……なるほどです。 少し、わかってきました。 $\frac{\sin \theta}{\theta}$ というのは、 《$\sin \theta$ と $\theta$ の比》を表していると見なせる?」

「そう! そうなんだ。さっきの公式をもう一度見てみよう」

$$ \lim_{\theta \to 0} \dfrac{\sin \theta}{\theta} = 1 $$

テトラ「……なるほどです! これは $\theta$ がとても $0$ に近いところでは、 $\sin\theta$ と $\theta$ はどちらもだいたい同じ大きさ……ということでしょうか?」

「そうそう!  $\theta \to 0$ での極限値が $1$ になっているということは、 《$\theta$ を十分に $0$ に近付ければ、 $\sin\theta$ と $\theta$ の大きさはいくらでも近くできる》と言っていることになる。 つまり、 $\displaystyle\lim_{\theta \to 0} \frac{\sin\theta}{\theta} = 1$ という公式は、 $\sin\theta$ と $\theta$ の大きさの関係を僕たちに教えてくれる」

テトラちゃんにそんなことを説明しながら、リサのことを思い出していた。 彼女がプログラムの話をするとき、以前《オーダー》のことを言ってなかったっけ? オーダーと $O$ 記法。 あれを説明してくれたのはミルカさんだったか? (『数学ガール/乱択アルゴリズム』参照) どうして、アルゴリズムの話に極限が出てくるんだ? ……これもまた、 《すべてがつながっている》ということか?

テトラ「なるほど……なるほどです! 《比》の極限というので少し理解しました!」

「うん。これで納得できたかなあ……」

テトラ「えっと……あ、もう一つあります。もう一つだけ。 あの、式変形といいましても、 $\frac{\sin\theta}{\theta}$ は《約分》は……できないですよね。 この公式はどのようにして証明するのか、と、思いました」

問題

以下を証明せよ。 $$ \lim_{\theta \to 0} \dfrac{\sin\theta}{\theta} = 1 $$

「おっと。ええとね、うん、ずいぶん以前に参考書で読んだことがある。 確か、これも《はさみうち》でできるはずだよ」

テトラ「はさみうち!」

「さっきは円の面積を $n$ 等分した《ピザ $1$ 切れ》の面積 $S_n$ を使って考えたけど、 今度はその《ピザ $1$ 切れ》のフチの長さ、つまり円弧の長さを使って考えるんだ」

テトラ「ははあ……」

「$n$ 等分したから、中心角は $\theta = \frac{2\pi}{n}$ で書けるというのは、 面積のときと同じ。そして《ピザ $1$ 切れ》の円弧の長さを $\ell_n$ とすると、 $\ell_n = \frac{2\pi r}{n}$ になる。 《はさみうち》として、面積のときと同じように、 《短い線分》と《長い線分》を使う。ちょうど面積のときの三角形が使えるね」

$$ r\sin\theta < \ell_n < r\tan\theta $$

テトラ「ちょ、ちょっとお待ちください。 円弧の長さが $\ell_n = \frac{2\pi r}{n}$ というのはおかしいです。 それは、円周全体の長さが $2\pi r$ であることを使っていませんか。 いまから円周の長さを求めようというのに?」

「え、あ、違うよ。いまから求めるのは円周の長さではなく、 $\frac{\sin\theta}{\theta}$ の極限だよ。 つまり、半径 $r$ の円の円周が $2\pi r$ であることを前提として使う。 いいかえると、円周の長さが円の直径 $2r$ に比例することと、 その比例定数が $\pi$ であることは前提としている」

テトラ「比例定数?」

「円周率ってそういうものだよね?」

テトラ「あ、ま、まあ、そうですね。言われてみれば」

「それから、もう一つの前提は、 円周というものにはちゃんと長さがあって、 しかも、円周の長さは、円に内接する多角形の周の長さと、 円に外接する多角形の周の長さのあいだにある……ということだね。 それが、この不等式が表現していること」

$$ r \sin\theta < \ell_n < r \tan\theta $$

テトラ「え? 多角形というのは? ……す、すみません。 あたし、ほんとに鈍くてですね。ひとつひとつをすばやく理解できないんです。」

「いやいや、テトラちゃんはすごく理解が早いと思うけど……」

テトラ「それで、あの……多角形?」

「うん。さっきは《ピザ $1$ 切れ》を見てたけど、あれって、 よく考えると、円に内接する $\frac{n}{2}$ 角形と、外接する $\frac{n}{2}$ 角形の周囲の長さを使っているんだよ。 $n$ は偶数として考えなくちゃいけないけど……こういう感じだけど、伝わるかなあ」

は図を描きながら、『これはユーリといっしょに円周率を計算してたときに描いた図と同じだな』と思っていた(『数学ガールの秘密ノート/丸い三角関数』参照)。 そうだ。あのときは円周率を未知と仮定して、 《はさみうち》で円周率を求めていたんだな。 $3.14$ を出すのも、えらく大変だった……。

テトラ「は、はい。わかりました。《ピザ $1$ 切れ》と多角形の関係は理解しました」

「それでね。 僕たちがやろうとしているのは、ここから何とかして $\frac{\sin\theta}{\theta}$ をはさみうちする不等式を作り出すこと。 ええと、たぶん、あとは式変形でいけるはずなんだけどな……」

問題

不等式、 $$ r \sin\theta < \ell_n < r \tan\theta $$ を使って、 $$ \lim_{\theta \to 0} \dfrac{\sin\theta}{\theta} = 1 $$ を証明しよう。 ただし、 $$ \ell_n = \frac{2\pi r}{n}, \qquad \theta = \frac{2\pi}{n} $$ とする。

「まずは全体を $n$ 倍して、円周の形にしてしまうよ」

$$ n r \sin \theta < n\ell_n < n r \tan \theta $$

テトラ「円周の形……それは、 $n\ell_n$ が $2\pi r$ ということでしょうか」

「そうだね。 $n$ 等分した《ピザ $1$ 切れ》を $n$ 枚合わせたら円周になるから」

$$ n r \sin\theta < 2\pi r < n r \tan\theta $$

「ここで、全体を $r$ で割れば、半径が $1$ の円で考えていることになるよね」

$$ n \sin\theta < 2\pi < n \tan\theta $$

テトラ「はい」

「全体を $n \sin \theta$ で割ると、 $n$ が大きければ $n \sin \theta > 0$ と考えていいから、 不等号の向きは変わらず、こうなる」

$$ 1 < \frac{2\pi}{n \sin\theta} < \frac{1}{\cos\theta} $$

テトラ「あ、これと似た変形をさっきもやりましたね。 $\frac{2\pi}{n}$ は $\theta$ です!」

$$ 1 < \frac{\theta}{\sin\theta} < \frac{1}{\cos\theta} $$

「そうだね。これで逆数をとると、不等号がぜんぶ反対になるから、 整理して……」

$$ \cos\theta < \frac{\sin\theta}{\theta} < 1 $$

テトラ「先輩、これで《はさみうち》できてます! だって、 $\cos \theta \to 1$ ですから!」

「そうだね。 $\cos \theta$ は連続で、 $\cos 0 = 1$ だから、 $\theta \to 0$ で、 $\cos\theta \to 1$ になる。これではさみうちができて、 $$ \dfrac{\sin\theta}{\theta} = 1 $$ が示せたことになる」

テトラ「公式の証明ができたんですね!」

$$ \lim_{\theta \to 0} \dfrac{\sin\theta}{\theta} = 1 $$

ミルカさん

ミルカ「今日は、何の問題?」

テトラ「あ、ミルカさん!」

「円の面積だよ。ピザを分割する方法で計算してみたんだ」

ミルカ「ふうん……この図は?」

テトラ「あ、そ、それはあたしが、 $\frac{\sin\theta}{\theta}$ の極限について質問していたものです」

ミルカ「なるほど」

「何かおかしい?」

ミルカ「いや、君なら、円の面積を求めるのに、 こんな積分の問題にするのかと思っただけだよ」

問題

次の定積分を求めよ。 $$ \int_{0}^{1} \sqrt{1 - x^2} dx $$

テトラ「?」

「ああ、確かにね。単位円の $\frac14$ ということ?」

ミルカ「そう」

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(2015年12月4日)

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書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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