この記事は『数学ガールの秘密ノート/積分を見つめて』として書籍化されています。
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
ミルカさん:数学が好きな高校生。僕のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。
瑞谷先生:司書の先生。定時になると下校時間を宣言する。
僕とテトラちゃんは図書室でおしゃべりをしている。 《積分は微分の逆》という表現について話が進んで……(第135回参照)
僕「……だから《接線の傾き》をそのような《瞬間の変化率》として考えると、 《面積を求めること》と《接線の傾きを求めること》が逆だ、という主張がしっくりくるかもしれないよ」
テトラ「ははあ……」
僕「すごくいいかげんな言い方になるけど…… 《面積を求めること》は、細かい変化をぜんぶ累積して全体を足し合わせたもので、それが積分。 《接線の傾きを求めること》は、累積して足し合わせた全体の、ある一点での細かい変化を見ようとしていて、それが微分。 そう考えると逆になるのが納得するね。僕は最初、そんな感じのイメージを持ったんだよ」
テトラ「へ、へえ……」
ミルカ「今日は、どんな問題?」
テトラ「あ、ミルカさん!」
ミルカ「ふうん……微分積分学の基本定理の話か」
テトラ「微分積分学の、き、基本定理……? それは何でしょうか?」
テトラちゃんはさっとノートを開いてメモを取る構えを見せる。
ミルカ「いまやっていたこと」
僕「名前が付いているのか! そりゃそうだね」
テトラ「ど、どういうことでしょう」
ミルカ「$F'(x) = f(x)$ のことだよ」
僕「これだね」
「僕」のメモ
区間 $a \leqq x \leqq b$ 上で連続な $x$ の関数 $f(x)$ を考えよう。
ただし、この区間では常に $f(x) \geqq 0$ とする。
曲線 $y = f(x)$ が作るグラフが、 $x$ 軸と作る図形の面積を $F(x)$ とする。
このとき、 $$ F'(x) = f(x) $$ が成り立つ。
ミルカ「そう。概念としてはこれでいいのだけれど、 左端は $a$ である必要はないし、 $f(x) \geqq 0$ という条件も特にいらない……」
僕「《面積》と表現して定義したから」
ミルカ「ああ、そうだな」
テトラ「あ、あの……どういうことでしょう」
僕「ほら、さっきも言った話だよ。 面積と言ってしまうと、必ず $0$ 以上になるから、 $f(x) \geqq 0$ という条件を入れなきゃいけなくなる。 でも、実は、 $f(x)$ の符号はあまり関係がなくて、 $x$ 軸より下に来た場合には面積に $-1$ を掛けて $F(x)$ を考えるということだよ」
$f(x) < 0$ のときは面積に $-1$ を掛けて考える
テトラ「ははあ……」
ミルカ「そして、左端は $a$ である必要はない。区間 $a \leqq x \leqq b$ で考えているなら、 この中のどの点 $c$ も左端にしてかまわない」
僕「うんうん、それはそうだね。いくらでも考えられる。 $c$ として、 $c_1,c_2,c_3,\ldots$ を適当に選んで、 $F_1(x), F_2(x), F_3(x), \ldots$ って」
どこを左端にしてもかまわない
テトラ「ちょ、ちょっと待ってください。わからなくなってしまいました。 左端を変えてしまったら、面積も変わりますよね? つ、つまり、 $F_1(x)$ と $F_2(x)$ と $F_3(x)$ はどれも違う関数……ですよね?」
ミルカ「もちろん」
僕「でも、どれを微分しても $f(x)$ に戻るんだよ、テトラちゃん」
$F_1(x), F_2(x), F_3(x)$ はどれを微分しても $f(x)$ に等しくなる
$$ \begin{align*} F'_1(x) &= f(x) \\ F'_2(x) &= f(x) \\ F'_3(x) &= f(x) \\ \end{align*} $$
テトラ「へ、へえ……そうなるんですか」
ミルカ「納得していないテトラに対して、君が解説する」
ミルカさんは僕を指さす。
僕「ほらほら、区分求積法を使って $F'(x) = f(x)$ を説明したときを思い出せば《あたりまえ》だよ。 だって、あのとき短冊一個分で考えたよね。最前線……つまり $x$ と $x+h$ の細い短冊で考えた。 左端が何かなんて無関係だったじゃないか」
短冊一個分($F(x+h) - F(x)$)
テトラ「あ! 確かに!」
ミルカ「ところで、なぜさっきからインテグラルを使わない?」
テトラ「インテグラル……」
ミルカ「彼が $F(x)$ と呼んだり、 $F_1(x), F_2(x), F_3(x)$ のように書いたりしている関数は、 インテグラルを使えば、左端と右端を明示的に表現できる。《定積分》だよ」
定積分
区間 $a \leqq x \leqq b$ 上で連続な $x$ の関数 $f(x)$ を考える。
また、 $a \leqq c \leqq b$ という点 $c$ を考える。
曲線 $y = f(x)$ が作るグラフが、 $c$ から $x$ の範囲で $x$ 軸と作る図形の面積を $F(x)$ とする。
($f(x) < 0$ の部分については面積に $-1$ を掛けて考える)
このとき、 $F(x)$ を、 $$ F(x) = \int_c^{x} f(t) dt $$ と書き、区間 $[c,x]$ における $f(x)$ の《定積分》という。
ミルカ「そして、定積分 $\int_c^{x} f(t)dt$ を $x$ の関数だと考えれば、 《微分積分学の基本定理》はこう書ける。 $\int_c^{x} f(t)dt$ を $x$ で微分すると、 $f(x)$ に等しくなると」
微分積分学の基本定理
$$ \frac{d}{dx} \int_c^{x} f(t) dt = f(x) $$
僕「なるほど。これでいいのか……」
テトラ「えっ……えっと? これ、先ほどと同じお話なんでしょうか?」
ミルカ「困惑しているテトラに対して、君が解説する」
僕「ええとね、テトラちゃん。そうだよ。さっき僕が書いた $F'(x) = f(x)$ と同じことを言ってるんだよ、これ」
テトラ「すみません、あたしにはまだ難しかったようです」
僕「そんなことないよ! 難しそうな記号が出てるけど、 テトラちゃんは、区分求積法がわかっていて、極限もわかるんだから、 この数式が表している概念はもうわかっているはず」
テトラ「でも……」
僕「一度に全部理解しなくていいんだよ。ひとつひとつ説明するから」
テトラ「すみません……」
僕「さっきミルカさんが《定積分》といったのがこの部分だよね」
$$ \int_c^x f(t) dt $$テトラ「あ、はい」
僕「これは $t = c$ から $t = x$ まで、 $f(t)$ が作るグラフの面積を表していると考えればいいよ。 $x$ 軸より下になった部分の面積は負として考えることにするんだけど」
ミルカ「$t$ の説明が要る」
ミルカさんのその一言で、テトラちゃんが挙げかけた手を下ろす。
テトラ「あ、そうです。そこをお尋ねしようと思っていました。 $t$ が何なのかわかりません」
僕「ほらほら、関数を考えているときは変数は何で表してもいいって話、したよね。 $t$ でも $\heartsuit$ でもいいということ。 普通は関数を考えるとき $f(x)$ のように変数を $x$ で表すことが多いけど、 べつに $x$ でなくちゃいけないってわけじゃない。 たとえば $t$ でも $\heartsuit$ でも何でもいいよね」
すべて同じ関数を表している $$ \begin{align*} f(x) &= 3x^2 + 2x + 1 \\ f(t) &= 3t^2 + 2t + 1 \\ f(\heartsuit) &= 3\heartsuit^2 + 2\heartsuit + 1 \\ \end{align*} $$
テトラ「$\heartsuit$」
ミルカ「$\heartsuit$」
僕「$\heartsuit$ ……って、何やってるんだろう。 ともかく、変数が何なのかはっきりしてるなら、どんな文字を使ってもいい。 いまは、 $c$ から $x$ までの定積分を考えたいので、 $f(x)$ を使っちゃうと、話が混乱する。なので、 $f(t)$ にしたんだね」
テトラ「だったら、 $\heartsuit$ でもいいんですよね? こんなふうに」
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この記事は『数学ガールの秘密ノート/積分を見つめて』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
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