この記事は『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』として書籍化されています。
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだけれど飽きっぽい。
高校生の僕と、中学生のユーリはグラフについて話し合っている。 グラフを少し変えるだけで印象ががらっと違ってしまうのを、 具体的なデータで比べているところ。 社長と専務の陰謀うずまく会社を例にして……
僕「……だから現在の社長は、社員数が増えていることをアピールしたい」
ユーリ「でも、次期社長の座をねらう専務は逆」
僕「うん、そういう設定だと、同じデータなのに違うグラフが生まれてくる。 グラフを使って何を主張したいかが変わるからだね」
ユーリ「変な感じ。 同じデータを使っているのにね」
僕「これがデータとグラフ。これだと『社員数は増えてますね』という印象を与える」
社員数の折れ線グラフ
$$ \begin{array}{c|cccccccc} \REMTEXT{年数} & 0 & 1 & 2 & 3 & 4 & 5 \\ \hline \REMTEXT{人} & 100 & 117 & 126 & 133 & 135 & 136 \\ \end{array} $$
ユーリ「少しずつだけどねー。でも、まー、増えてる。 そして、縦軸の目盛りをいじれば社長のグラフが作れるんでしょ? 『すごく増えてるぞ』グラフ」
社長「すごく増えてるぞ」
僕「縦軸に限らないよ。横軸の目盛りをいじっても印象はずいぶん変わる。 たとえば、こんなグラフを作れば『ほとんど変化はありませんね』というものになるんじゃないかな」
ユーリ「専務のグラフだ!」
専務「ほとんど変化はありませんね」
僕「左側をちょっとカットして、 $3$ 年目、 $4$ 年目、 $5$ 年目だけを描いたわけだね」
ユーリ「最後の三年間だけを考えたら、確かに変化は小さいもんなー。 そっか、グラフをどう描くかだけじゃなくて、データのどこを選んでグラフを描くかも大事なんだね、お兄ちゃん」
僕「そうだね。グラフの左側をカットすると、データのうち最近の数値しか見ないことになる。 逆に、グラフの左側をさらに延長すると、ずっと過去の数値も見ることになる。 あ、それで有名なのが株価のグラフだよ」
ユーリ「カブカ?」
僕「ユーリは『株』って知らない? 株の価格が株価だよ」
ユーリ「あんま知らない」
僕「会社は資金を集めるために『株』というものを売ることがある。 株の値段が株価だよ。 人気のある会社の株はみんなが買いたがるから株価は高くなる。 人気がない会社の株の場合は、逆に株価は低くなる。株価はいつも変動している」
ユーリ「んー、よくわかんない。みんなが買いたがるって、どうやって調べるの?」
僕「ああ、いまは細かい話はどうでもよくて、 言いたいのは、株というものがあって、 その価格はしょっちゅう変動しているということだけだよ」
ユーリ「ふんふん?」
僕「一般の人は、証券会社を経由して会社の株を買ったり売ったりする。 たとえばユーリが、ある会社の株を $100$ 円のときに買って、 $150$ 円のときにその株を売ったとする。 そうすると、差額 $150 - 100 = 50$ 円だけ、ユーリはもうけたことになる」
ユーリ「……たった $50$ 円? それ、何がおもしろいの?」
僕「たくさん売り買いすればもっともうかるよ。 $1$ 株が $100$ 円の株を $1$ 万株買っておき、 $150$ 円になったときにぜんぶ売れば、 $50$ 万円もうかる」
ユーリ「あ、そっか」
僕「株を売り買いする人は、だから株価の変化にすごく関心がある。 たとえば、こんなグラフ1を見て『この会社は、株価が継続的に上がっている』と判断する人がいる」
グラフ1「株価が継続的に上がっている」?
ユーリ「判断する……って、見たとおり、確かに上がってるよね」
僕「ほんとうかな?」
ユーリ「また先生トークですか。 グラフの目盛りはごまかしてないし、ときどきは下がっているけど、 全体としては上がっているじゃん?」
僕「じゃ、同じ会社の株価のグラフをもう一つ見てみようか。グラフ2を見たらどう思う?」
グラフ2「株価は下がっている途中」?
ユーリ「え? これ、グラフ1とはぜんぜん違うグラフじゃん」
僕「グラフを読むときには、軸と目盛りに注意しなくちゃ」
ユーリ「そーだった……ははーん、これ日付の範囲がぜんぜん違うね。 グラフ1の方は $2014$ 年 $12$ 月の一ヶ月分だけじゃん」
僕「そうだね。そして、グラフ2の方は $2014$ 年の $7$ 月から $12$ 月まで、後半のようすを描いた」
グラフ1とグラフ2では、日付の範囲が違う
グラフ1
グラフ2
ユーリ「あったりまえのことだけど、範囲を変えるだけで、ぜんぜん違う変化になるね」
僕「そうだね。グラフ1で見えている全体は、グラフ2ではほんの一部になるから」
グラフ1を見ると継続的に上がっていると思ったけれど……
……グラフ2を見てみたらそうとも言えなかった
ユーリ「てことはさ? 『7月8月9月は安定してて、 急に下がって、 $12$ 月にちょっと上がった』というのがほんとだったんだ。株価」
僕「ほんとうかな?」
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この記事は『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
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