ここは僕の部屋。 さっきまで本を読んでいたユーリがこんなことを言い出した。
ユーリ「ねー、お兄ちゃん。楕円描ける?」
僕「こうだろ?」
僕はノートの端に楕円を描いてみせた。……少なくとも僕は楕円のつもりだった。
僕がフリーハンドで描いた楕円
ユーリ「いやいやいや、そーゆー適当なのじゃなくて、もっとちゃんとしたの」
僕「え? フリーハンドにしては結構うまく描けたと思うけどなあ」
ユーリ「そーじゃなくて! ユーリは楕円の描き方知ってるかって聞いているの!」
僕「ああ、そういうことか。知ってるよ。こうだろ?」
楕円の描き方
1. ピンを二本立てる。
2. 糸を輪にしてピンに掛ける。
3. 糸がたるまないようにしながら、シャープペンでぐるっと一回りする。
4. 楕円のできあがり。
ユーリ「ちぇっ、知ってたか」
僕「高校生だからね。そのくらい知っているよ」
ユーリ「でも、ユーリが知ってるのと少しやり方違う。 糸を輪にするんじゃなくて、二本のピンのあいだに糸を張るんじゃなかったっけ」
僕「どっちでも同じだけど、糸を輪にしたほうが簡単だし、綺麗に描けるよ。糸を張ってしまうと、 糸がピンに絡むからぐるっと一回りできないし」
ユーリ「あ、そっか」
僕「二本のピンを離して描いたときと、近づけて描いたときでは楕円の形が変わるよね」
ユーリ「うん、そーだね」
二本のピンを離して描いた楕円
二本のピンを近づけて描いた楕円
僕「二本のピンをずっと近づけて距離を
ユーリ「簡単! 円になる!」
二本のピンを重ねて描いた楕円は円になる
僕「そうだね。だから《円は楕円の特別な場合》といってもいいわけだ」
ユーリ「それって《正方形は長方形の特別な場合》というのとおんなじ!」
僕「そうそう、そういうことだね」
僕「ところでユーリは《円の定義》って知ってる?」
ユーリ「そんなの知ってるよ。半径があって、円周がぐるっと丸い形でしょ?」
僕「……言いたいことはわかるけど、それを定義にするのはつらいなあ。 円というのがどういう図形か、いいかえると《どんな条件を満たす点の集合なのか》を言わなきゃ。 ほらほら、ユーリが好きな《バシッと》決めるのはいまだよ」
ユーリ「あ、思い出してきた。中心だ。《中心から半径だけ離れた点の集合》だね!」
僕「うん、さっきよりずっといい。少し言葉を補って定義の形にするとこうだよ。 円とは……」
円の定義
平面上で、ある一点からの距離が一定である点全体の集合を円という。
この《ある一点》のことを円の中心という。
この《一定の距離》を円の半径という。
ユーリ「ふーん。《平面上で》とわざわざ言ったのはなんで?」
僕「何でだと思う?」
ユーリ「そうしないと《球》になっちゃうから?」
僕「そうだね! 同じ定義で《平面上で》を《空間で》にしたら球になっちゃう。 ちゃんと円を定義するには《平面上で》と断る必要がある」
ユーリ「そだね」
僕「そして、この《円の定義》から《円の方程式》もすぐにわかるよ」
ユーリ「円のほーてーしき……」
僕「そうそう。《円の方程式》というのは、
円の上にある点を
ユーリ「出たな数式マニア」
僕「話を簡単にするために、中心が原点
ユーリ「ちょっと待ってよ、お兄ちゃん」
僕「がく。どうした?」
ユーリ「さっさかさっさか先に進まないでよ。 お兄ちゃんよく《ナントカを考えてみよう》って言うよね。 学校の先生もよく言うセリフ。すんごく先生っぽい」
僕「まあ、そうかもね」
ユーリ「何か問題が出てれば《考えてみよう》ってわかるけど、 《円を考えてみよう》って言われてもなー……って思うの」
僕「ほほう」
ユーリ「考えてみようと言われても、 何だかどこにもイキバのないヤルセナイ思いがアフレてくるみたいな」
僕「何だか意味不明なこと言い出したな」
ユーリ「へへ」
僕「でも、これはお兄ちゃんの言い方が悪かったよ。 ちゃんと問題を出してたつもりだったけど、はっきり言ってなかった。 《円を考えてみよう》というとき、実は問題は出てるんだよ」
ユーリ「どゆこと? どんな問題が出てるの?」
僕「《中心が原点
問題1(円の方程式)
中心が原点
(すなわち、中心が原点
ユーリ「ふんふん。これなら確かに問題だね!」
僕「で。このような円を描いてみることになる。図形問題だから、図を描かなくちゃね。ポリアの《図をかけ》という問いかけ通り」
中心が原点
ユーリ「それで、円の方程式を求める?」
僕「そうそう。円上にある点を
ユーリ「ピタゴラスの定理でしょ?」
僕「そう。ピタゴラスの定理(三平方の定理)から、こんな式が成り立つことがわかる。直角に向かい合っている辺、つまり斜辺の長さが
解答1(円の方程式)
中心が原点
である。
ユーリ「え、これで終わり?」
僕「これで終わり。この円上にある点
ユーリ「ふむふむ」
僕「ところでこの《円の方程式》を求めるときに、さっきの《円の定義》がちゃんと出てきているよね。
原点
僕「一般に、二点
二点
ユーリ「……」
僕「だから、一般的にいえば、点
ユーリ「……ねー」
僕「何?」
ユーリ「その円の方程式って、
僕「え……そうか、うん。それでもいいね。どちらにしても半径
ユーリ「だってさー、
僕「確かに。二点間の距離が一定で、半径
僕「《円の方程式》がわかったら、《楕円の方程式》もすぐにわかるよ」
ユーリ「楕円にも方程式ってあるの?……そりゃあるか」
僕「そうだね。こんな楕円を考えよう。いいかい」
ユーリ「ほらまた!《ナントカを考えよう》が出た!」
僕「はいはい。それじゃ、問題問題」
問題2(楕円の方程式)
中心が原点
ユーリ「
僕「つまり、横方向と縦方向に拡大縮小した図形ということだね。この図では両方拡大してるけど」
ユーリ「にゃるほど。円をぎゅうっと伸ばしたり縮めたりして楕円を作るんだね!」
僕「そうそう。これは簡単に求められるよ」
ユーリ「またピタゴラスの定理?」
僕「いや、そうじゃなくて、いまユーリが言ったように《円を伸ばしたり縮めたりする》んだ。 《円の方程式》はもうわかっているからすぐにできる」
ユーリ「方程式を伸ばすってどーすんの?」
僕「方程式を伸ばすというのとは違って……まあやってみようか。
まずはこの問題文の通りに式を立ててみるんだ。
これから図形……まあ楕円なんだけど……の上にある点を
ユーリ「ふんふん?」
僕「それでと。《
ユーリ「ほほー。そのまんまだね」
僕「僕たちが求めたいのは、
ユーリ「
僕「そうそう。だから、僕たちの問題2はこう言い換えられる」
が成り立つとき、
ユーリ「へー! 数式だけになった」
僕「さて」
ユーリ「これって、連立方程式を解くってこと?」
僕「うん。まあそういってもいいね。ここから消去するのは
ユーリ「えーと、
僕「そうそう。ユーリ、いまさっと
ユーリ「割っちゃいけないの? あ! 大丈夫。ゼロ割りにはならないよん。
だって、
僕「いいね!」
ユーリ「そんで……これでいい?」
僕「うん、それでいいよ」
ユーリ「次は?」
僕「これでおしまい。だって、ほら、
解答2(楕円の方程式)
中心が原点
ユーリ「……」
僕「ほら、この《楕円の方程式》を見ても、円が楕円の特別な場合であることがわかるね。
この問題では
ユーリ「……」
僕「ユーリ、どうした?」
ユーリ「……お兄ちゃん、まちがってない?」
僕「いや、まちがってないと思うけど」
ユーリ「お兄ちゃんはこの問題2で《楕円の方程式》を求めるっていってたけど、 これは円を変形した図形の方程式だよね?」
僕「そうだよ」
ユーリ「でも、ほら、さっきお兄ちゃんがピンを二つ立てて描いた図形が楕円でしょ? 《二本ピンを立てて、糸を輪にしてぐるっと描いた図形》と 《円をタテヨコに変形した図形》って、どーして同じになるの? 同じっていえるの? ぜんぜん違う話じゃん!」
ユーリはそういうと、ふむっ!と鼻を鳴らして腕組みをした。
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