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第58回 シーズン6 エピソード8
形を見抜く(後編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/ベクトルの真実』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/ベクトルの真実』として書籍化されています。

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図書室にて

テトラちゃんは、いっしょに《円の接線》の問題を検討している。

「だからね、テトラちゃんの《解きかけ(2)》も、少しくふうするだけで接線の方程式を求められるよ」

テトラ「えっ?」

問題

円 $x^2 + y^2 = 1$ 上の点 $(a,b)$ で、この円に接する直線 $\ell$(エル)の方程式を求めよ。

「テトラちゃんが、ノートに顔文字書いてたページがあったよね、確か」

テトラ「お、お恥ずかしい……」

テトラちゃんの解きかけ(2)

求める直線 $\ell$ 上の点を $(x,y)$ とし、 直線 $\ell$ を $x = ct + d, y = et + f$ で表します。 ここで、 $c,d,e,f$ は定数で、 $t$ はパラメータです。

↑注意! ここ、わかってない(><)

この点 $(x,y)$ は円上にありますから、 円の方程式 $x^2 + y^2 = 1$ に $x = ct + d, y = et + f$ を代入して、 次の式を得ます。

$$ (ct + d)^2 + (et + f)^2 = 1 $$

展開します。

$$ c^2t^2 + 2ctd + d^2 + e^2t^2 + 2etf + f^2 = 1 $$

えっと?

「そうそう、これこれ。これを生かそう。テトラちゃんの第一歩を固めるところから」

テトラ「最初の部分ということですよね。あたし、参考書を見ながらこれを書き始めたんですが、 わからないで書き写しても、やっぱりわからないですよね。 《$t$ はパラメータです》のあたりが特に」

「そうだね。でも、これはとても大切なところだよ」

テトラ「そうなんですか……」

《テトラちゃんの第一歩》

求める直線 $\ell$ 上の点を $(x,y)$ とし、 直線 $\ell$ を $x = ct + d, y = et + f$ で表します。 ここで、 $c,d,e,f$ は定数で、 $t$ はパラメータです。

「でも、この部分、参考書をそのまま写したんじゃないよね? 参考書ではベクトルで書いてなかった?」

テトラ「え! どうしてわかるんですか? その通りです。ベクトルだとわかりにくかったので、 成分を使って書いたんです。あ、それから、 $a$ と $b$ という文字はすでに使っていたので、 $c,d$ に置き換えたりしました」

「うん、だと思った。でもね、ベクトルを使った方が直線の成り立ちがよくわかるんだよ、テトラちゃん」

テトラ「直線の成り立ち、ですか」

「じゃ、改めて書いてみようか」

テトラ「はいっ!」

直線のパラメータ表示

「改めて書いてみよう。円 $x^2 + y^2 = 1$ があって、その円の上に点 $(a,b)$ があって、 その点が直線 $\ell$ と円との接点になっているわけだよね」

テトラ「はい、そうですね」

「接点を $(a,b)$ として、直線 $\ell$ を図示するとこうなる」

テトラ「は、はい」

「直線 $\ell$ 上の点を $(x,y)$ とすると、次の式が直線のパラメータ表示になるよね。 さっきのテトラちゃんの文字の使い方とは違うけれど」

直線 $\ell$ のパラメータ表示 $$ \binom{x}{y} = \binom{a}{b} + t\binom{c}{d} $$

テトラ「あたし……これがよくわかってないんです。 いえ、この書き方が、ええと、 $x = a + ct$ と $y = b + dt$ と同じだというのは わかるんですが、それがなぜ直線なのか」

「うんうん、大丈夫。いま、それを説明するから。 実はね、テトラちゃんは成分に落としてしまったから、かえってわかりにくくなっているんだよ。 ベクトルのままの方がよくわかるはず」

テトラ「そうなんですか」

「$\binom{x}{y} = \binom{a}{b} + t\binom{c}{d}$ の式の意味を順序立てて考えてみよう。 まず、この式で $\binom{x}{y}$ は何を表していると思う?」

テトラ「ええと、点ですね。直線 $\ell$ の上にある点です」

「うん、それでいいよ。ベクトル $\binom{x}{y}$ の始点を原点にあわせたとき、ベクトルの終点が座標 $(x,y)$ の点になっている。 まあ、でも、そんなめんどくさいこと考えなくても、 $\binom{x}{y}$ を位置ベクトルだと思えば、 ベクトル $\binom{x}{y}$ は点 $(x,y)$ と同一視してかまわないよね」

テトラ「はい。……あの、これ、先ほどもおたずねしたような気がするんですが、 この点 $(x,y)$ は接点じゃなくて、直線 $\ell$ のどこかの点ということですよね」

「うん、そうだよ。点 $(x,y)$ は直線 $\ell$ の任意の点。 だから、もしかしたら、点 $(x,y)$ は接点と一致するかもしれない。 さっきのパラメータ表示だと、それは $t = 0$ のときなんだけどね」

テトラ「あ、はい……」

「これで $\binom{x}{y}$ はわかった。それじゃ、次だね。ベクトル $\binom{a}{b}$ は何を表していると思う?」

テトラ「これは……先ほどと同じく点を表していますよね。ベクトル $\binom{a}{b}$ は接点 $(a,b)$ と同じ……同一視していいんですよね?」

「そうそう、それでいいよ。問題は次だね。 $t\binom{c}{d}$ は何を表していると思う?」

テトラ「はい……これも点 $(c,d)$ 、いえ、そんな点はどこにあるんでしょう?」

「うん、これが《わかってない最前線》のところだね。 $t\binom{c}{d}$ のうち、 $t$ を除いた $\binom{c}{d}$ はこういうベクトルを表しているんだ」

テトラ「ははあ……直線の方向に合わせたベクトルということでしょうか」

「その通り。このベクトル $\binom{c}{d}$ は、大きさはとりあえず気にせず、直線と方向が一致しているものならなんでもいい」

テトラ「どうしてですか。というか $c$ と $d$ は具体的に何になるんですか?」

「いやいや、そうじゃなくて、直線 $\ell$ と方向が一致してるベクトルを考えて、 その成分を $c$ と $d$ としてみようと決めたんだよ。 そして、このベクトルを求めることが、直線 $\ell$ を求めることなんだ。 いいかえると、 $c$ と $d$ を具体的に見つけたら、直線 $\ell$ が得られたことになる」

テトラ「え……よくわからなくなりました」

「うん、もう少し説明が進むとわかるから、ちょっと待ってね。 ともかくベクトル $\binom{c}{d}$ は直線と方向が一致しているベクトルだとする、と。 ではね、 $t$ を実数として、 $t\binom{c}{d}$ は何を表しているかな?」

テトラ「はい。これは $t$ 倍しているんですよね。ですから $t\binom{c}{d} = \binom{ct}{dt}$ というベクトルになります。 成分を $t$ 倍したベクトルです。あ、それとも $\binom{tc}{td}$ のような順に書いた方がいいでしょうか」

「うん。 $\binom{c}{d}$ を $t$ 倍したベクトルの成分は $\binom{ct}{dt}$ あるいは $\binom{tc}{td}$ で正しいよ。 どっちでも構わない。それはそれでいいんだけど、 いまテトラちゃんは成分ごとに書いただけで、 図形としてどういうものかは考えなかったよね」

テトラ「図形?」

「$\binom{c}{d}$ というベクトルを、 方向は変えずに大きさだけ変えたのが $t\binom{c}{d}$ というベクトル」

テトラ「あ! そうでしたそうでした。 ベクトルを $t$ 倍するというのは元のベクトルを伸び縮みさせているんですね」

「そうそう。 $t > 1$ なら向きが同じで大きさは伸びる。 $t = 1$ なら変わらない。 $0 < t < 1$ なら向きが同じで縮む。 $t = 0$ なら零ベクトルになる。 $-1 < t < 0$ なら反対向きで大きさは縮む。 $t = -1$ なら反対向きで大きさは変わらず。 $t < -1$ なら反対向きで伸びる」

テトラ「はい、わかりました。すみません、反応鈍くて」

「いやいや。 ここまで来れば、 $\binom{a}{b} + t\binom{c}{d}$ というベクトルの終点がどうなるかはわかるよね。 二つのベクトルの和だから、 原点からいったん点 $(a,b)$ まで進んで、さらに直線の方向に進むベクトルになる。 $t$ の値をいろいろと変えてやれば、このベクトルの終点は直線 $\ell$ 上をくまなく走れるし、 直線 $\ell$ からはみ出したりしないことがわかると思う。……わかるよね?」

テトラ「ははあ、ちょっと待ってください。考えます……はい、 $\binom{a}{b}$ というベクトルで 点 $(a,b)$ に行ってから、 $t\binom{c}{d}$ というベクトルで直線の上のどこかの点まで行く、ということなのですか」

「そう。どこかの点というか、点 $(x,y)$ まで行きたいんだけどね」

直線 $\ell$ のパラメータ表示

$$ \binom{x}{y} = \binom{a}{b} + t\binom{c}{d} $$

パラメータ $t$ が実数の範囲を動くとき、点 $(x,y)$ は直線 $\ell$ 上をくまなく動く。

テトラ「はい、わかったと思います。あれ、でも、これは直線じゃなくて、直線上の一点を表しているだけですよね?」

「そうだよ。 $\binom{x}{y} = \binom{a}{b} + t\binom{c}{d}$ というのは、 実数 $t$ を一つ決めると直線 $\ell$ 上の点が一つ決まる。 そして、 $t$ を変化させると、直線 $\ell$ がすうっと描かれる。 パラメータと呼ばれる変数を使って……ここでは $t$ を使って、 直線上の点を表すのが直線のパラメータ表示なんだ。 直線は点の集まりだから、これで直線が定まったことになるはずだよね」

テトラ「点の集まり! なるほどです! わかりました!」

「これでテトラちゃんの顔文字(><)が消えることになったね。 あとはすぐにわかるよ。僕たちが求めたいのは何だかわかる?」

テトラ「え……えっと?」

接線を求める

「ほら、僕たちのもともとの問題は《円に接する直線を求める》ことだったよね。 だとしたら、 $\binom{x}{y} = \binom{a}{b} + t\binom{c}{d}$ で何を求めればいいことになるの?」

テトラ「まちがっていたらごめんなさい。 $c$ と $d$ でしょうか?」

「はい、正解。そうだね。 $a$ と $b$ は問題文で与えられているものだから求める必要はない。 $t$ はパラメータだからこれも求める必要はない。 $t$ は実数全体を走るんだから。 $c$ と $d$ を求めれば直線 $\ell$ が決まることになる」

テトラ「方程式を立てるんですね?」

「いや、その必要はないよ。図をよく見れば、すぐにわかる。ベクトル $\binom{c}{d}$ とベクトル $\binom{a}{b}$ の関係を考えてみて」

テトラ「はい、角度が直角で……」

「そうだね。 $\ell$ は接線だから、 $\binom{c}{d}$ と $\binom{a}{b}$ という二つのベクトルは直交している。 与えられたベクトル $\binom{a}{b}$ に直交しているベクトルはたくさんあるけれど、そのうちの一つを見つければいい」

テトラ「たくさんあるんですか?」

「たくさんあるよ。だって大きさについては何もいってないからね。直交しているベクトルは無数にある」

テトラ「あ……そういうことなんですね」

「$\binom{a}{b}$ に直交しているベクトルは、成分を交換して片方の符号を変えればいいよ」

テトラ「え?」

「たとえば、 $\binom{a}{b}$ に直交するベクトルの一つに $\binom{b}{-a}$ がある」

テトラ「$a$ と $b$ を交換して、片方の符号を変える……で、 $b$ と $-a$」

「そうそう。それだけで直交するベクトルの一つが作れる。 $\binom{a}{b}$ と $\binom{b}{-a}$ が直交する理由はわかる?」

テトラ「わかりません……」

「ほらほら、《二つのベクトルが直交する条件》を思い出してみて」

テトラ「……」

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(2013年12月20日)

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この記事は『数学ガールの秘密ノート/ベクトルの真実』として書籍化されています。

書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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