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第52回 シーズン6 エピソード2
そんな私に力を貸して(後編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/ベクトルの真実』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/ベクトルの真実』として書籍化されています。

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の部屋

ユーリ「ねーお兄ちゃん、もう一つ質問思いついちゃった」

「何?」

ユーリ「人って二本足じゃん? 地球が押し返す力っていっても足で押すわけだよね。足が二本あったら力が二倍になったりしないの?」

「なるほど。そうはならないね」

  • (1) 地球から人間に働く重力の大きさを $1$ とする。
  • (2) 人間の右足と左足から地球に働く力の大きさはそれぞれ $\frac12$ ずつになる。
  • (3) 作用・反作用の法則で地球から人間の右足と左足を押し返す力の大きさもそれぞれ $\frac12$ ずつになる。

「右足と左足に均等に力を掛けているとすると、 右足が地面を押す力と、左足が地面を押す力は等しくなる。その二つの力を加えるとちょうど地球が人間をひっぱる重力に等しくなる。 簡単にいえば、右足に $\frac12$ の力、左足に $\frac12$ の力になるね。 だから、作用・反作用の法則で右足と左足を地球が押し返す力もそれぞれ $\frac12$ だよ」

ユーリ「ふーん……ま、そっか」

力って?

ユーリ「ねー、話きいてるうちに、気になってきたことがあるんだけど」

「なに?」

ユーリ「あのね、お兄ちゃん。力って、数なの?

「おっと! 何だか深い質問だなあ」

ユーリ「え、そーなの? さっきから、お兄ちゃん、力を足したり半分にしたりしてるでしょ。 だから力って数なのかなと思って」

「ふむふむ。ユーリはどう思う?」

ユーリ「うーん……よくわかんにゃいんだけど、 数じゃないと思う。数みたいなんだけど、数じゃない」

「どうしてそう思ったの?」

ユーリ「あのね、力って、こー……なんてゆーか、ぐぐぐぐっと強いものじゃん? でも数は……数はもっと静かな感じがするから」

「へえ、おもしろいな」

ユーリ「そんでそんで? 答えは何なの? 力って、数なの?」

「お兄ちゃんもうまくいえないけど……力は数そのものじゃない。でも、数のように計算できるものだよ」

ユーリ「数のようにけーさんできるもの?」

「そう。力というものを考えるとき、僕たちはいろんなことを調べたいよね。 どれだけの大きさの力が掛かるかとか、どっち向きの力かとかね。 そういうことを考えたり、書いたり、伝えたりするときに、数を使うことができる」

ユーリ「ふーん」

「数を使って僕たちはいろんなものを表現する。 何かを数えるとき、温度を調べるとき、量を量るとき……そういうとき、僕たちは数を使う」

ユーリ「ふんふん」

「それと同じように、《力》を表現するときも僕たちは数の助けを借りるんだ。 数は言葉みたいなものだね。表現するために使うもの」

ユーリ「うん、なんとなくわかってきた。力を表すために数を使うことがある」

「そうだね。あ、そうだ。人が地面に立っているときの力は一直線上にあるから普通の数でも表せるけど、 一つの数だけでは力を表せないこともある」

ユーリ「数が使えないときがあるの?」

「うん。そうだよ。力には《向き》と《大きさ》があるからね。 力のように、向きと大きさを持つものを表すときには数じゃなくてベクトルを使うんだ」

ユーリ「ベクトル?」

糸で吊された重り

「そう。力は、数学で学ぶベクトルを使って表せる」

ユーリ「ベクトルってどんなの?」

「そうだなあ……ベクトルはとってもおもしろいんだけど、 ベクトルの話をする前に力の話をしよう。その方がわかりやすいから」

ユーリ「ふーん」

「たとえば、こんな重りを考えてみよう。斜め上に向かう糸が $2$ 本あって、そこにぶらさがっている重りだね」

ユーリ「おもり?」

「真ん中の黒いのが重り。左に糸Aが伸びていて、右に糸Bが伸びている。 この状態で重りは静止しているとする」

ユーリ「ほほー」

「さっき、力学で大事なのは注目している質点に働いている力をすべて見つけることだっていったよね(第51回参照)」

ユーリ「うん」

「この重りを質点だと思うと、この質点に働いている力は何があるだろう」

問題

この質点(重り)に働いている力にはどんなものがあるか。すべて見つけよう。

ユーリ「引力でしょ」

「そうだね。地球からこの質点に対して働いている引力がある。重力といってもいい。 ねえユーリ。力を考えるときには、《何から何に対して》をはっきりさせるんだよ」

ユーリ「そーだった。地球からこの重りに対して働く重力がある」

「うん、それでいいね。他に働いている力はあるかな?」

ユーリ「えっと……糸の力?」

「《何から何に対して》」

ユーリ「あ。糸からこの重りに対して働く引力……じゃないか。なんていう力?」

「糸の張力ちょうりょくっていうね」

ユーリ「ちょうりょく……」

「うん。糸がピンと張って引っ張る力だ」

ユーリ「糸からこの重りに働く張力がある……でいいの?」

「いいよ」

ユーリ「ねえ、お兄ちゃん。よくわかんないんだけど、糸がピンと張ってるってことは、 糸はこっちの天井に結んだ側も引っ張るわけじゃん? 斜め下に」

「そうだね」

ユーリ「それは考えなくてもいいの?」

「うん、考えなくていい。 いま僕たちが注目しているのはこの重りだから、この重りに対して働く力だけをまずは考えよう。 だから《何から何に対して》をきちんと考えることが大事なんだ」

ユーリ「あっ! そーかー」

「それから? 他の力は?」

ユーリ「え、重りに働く力、他にあるの?」

「それはお兄ちゃんがユーリに対して聞いている質問だよ」

ユーリ「えー、なんだろ」

「……」

ユーリ「重力と、張力と……あ、空気抵抗とか?」

「いやいや、この重りは静止しているから空気抵抗の力などは働いてないね」

ユーリ「そっか。うー、くやしーな。わかんない……」

「他にはもう力はないかな?」」

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(2013年11月8日)

書籍『数学ガールの秘密ノート/ベクトルの真実』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/ベクトルの真実』として書籍化されています。

書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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