この記事は『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』として書籍化されています。
僕と後輩のテトラちゃんはいつものように図書室で勉強しています(第41回参照)。
僕「じゃあ、ちょっと複雑な条件で試してみようか」
テトラ「ええっ!」
僕「こんな問題はどうかな。いいかい……」
問題
次の不等式を満たす実数 $x$ の範囲を求めてください。
$$ x^2 < 4 $$
テトラ「先輩、複雑じゃないです……これは簡単ですよ! あたしにもすぐにわかります」
僕「うん」
テトラ「$x^2 < 4$ は $x$ を $2$ 乗したときに $4$ 以下になるってことですよね」
僕「以下?」
テトラ「あちゃ! 違います。未満です。未満未満未満未満。改めて……はい、 $x^2 < 4$ は、 $x$ を $2$ 乗したときに $4$ 未満になるってことですよね」
僕「そうだね。 $x^2$ が $4$ より小さくなるということ」
テトラ「だとすると、 $x$ はそんなに大きくなれません。 $2$ 乗したときに $4$ ……になってはいけないんですから、 $x$ は $2$ より小さくなくては困ります」
僕「うん、そうだね」
テトラ「それから、マイナスの方も考えます。 $x^2$ が $4$ より小さいということは、 $x$ はマイナスの方にも、それほど小さくなれません。 すごく小さいマイナスだと、 $2$ 乗したときにすごく大きくなってしまうからです。 $2$ 乗したときに $4$ ……になってはいけないんですから、 $x$ は $-2$ よりは大きくないと困ります」
僕「テトラちゃんは、とてもていねいに考えるね。いいよ」
テトラ「ですから、 $x^2 < 4$ を満たす実数 $x$ の範囲を考えますと、 《$x$ は $2$ よりも小さくて、しかも、 $x$ は $-2$ よりは大きい》ということになります。ですから、答えは $-2 < x < 2$ ですね」
答え
不等式 $x^2 < 4$ を満たす実数 $x$ の範囲は、 $$ -2 < x < 2 $$ になります。
僕「はい。たいへんよくできました!」
テトラ「……」
僕「どうしたの?」
テトラ「い、いえ……高校生になっても《たいへんよくできました》と言われるのはうれしいなあ……と思いまして」
僕「じゃ、次の問題」
テトラ「はい!」
問題
次の不等式を満たす実数 $x$ の範囲を求めてください。
$$ x^2 > 4 $$
僕「この不等式の問題はわかるかな?」
テトラ「大丈夫です! 先ほどと同じように考えればいいですよね」
僕「まあそうだね」
テトラ「$x^2 > 4$ ですから、 $x$ を $2$ 乗したときに $4$ より大きくなる必要があります。 たとえばプラスの方で考えると、 $2$ 乗したときに $4$ より大きくなるにはあまり小さくてはだめです。 $4$ が $2^2$ に等しいことを考えると、 $x^2$ が $4$ より大きくなるには $x$ は $2$ より大きくなければなりません」
僕「そうだね。 $x$ が $2$ より大きければ $x^2$ は $4$ より大きくなる」
テトラ「$x$ が $0$ のときは $x^2$ は $4$ より大きくなれません。マイナスの方で考えますと、 $2$ 乗したときに $4$ より大きくなるには、 $x$ はかなり小さくなければなりません。 $4$ は $(-2)^2$ に等しいですから、 $x^2$ が $4$ より大きくなるためには $x$ は $-2$ より小さくなければなりません」
僕「そうだね。 $x$ が $-2$ より小さければ $x^2$ は $4$ より大きくなる」
テトラ「ですから、 $x^2 > 4$ を満たす実数 $x$ の範囲を考えますと、答えは《$x < -2$ と $x > 2$》ですね」
僕「それでいいんだけど、いまテトラちゃんは $x < -2$《と》$x > 2$ って言ったよね。その《と》はどういう意味?」
テトラ「え……《と》というのは、あの……二つの範囲がありますので、両方合わせたのが答えなので《と》です」
僕「そうだね。僕が尋ねたのは、その《と》は《または》なのか《かつ》なのかを知りたかったんだけど」
テトラ「……《または》?」
僕「うん、そうだよ。 $x^2 > 4$ を満たす $x$ の範囲は、《$x < -2$ または $x > 2$》になるね。 この場合は《かつ》にしてはだめ。だって、 $x < -2$ かつ $x > 2$ を満たす実数 $x$ は存在しないから。 $x$ は $-2$ より小さくてもいいし、 $2$ より大きくてもいい。だから《$x < -2$ または $x > 2$》が答えになる」
答え
不等式 $x^2 > 4$ を満たす実数 $x$ の範囲は、 $$ x < -2 \quad\REMTEXT{または}\quad x > 2 $$ になります。
テトラ「先輩!」
テトラちゃんが質問の手を挙げた。
僕「はい、テトラさん何ですか?」
僕は先生風にテトラちゃんを指さす。
テトラ「いまのようなとき、あたしは $x < -2, x > 2$ のようにコンマを使って書くことがありますが、 これではまちがいでしょうか?」
僕「え? 僕は採点者じゃないから何ともいえないけど、 $x < -2, x > 2$ がまちがいとはいえないと思うよ。 でも《$x < -2$ または $x > 2$》がまちがいとなることは絶対にないよ」
テトラ「わかりました」
僕「ところでこの問題 $x^2 > 4$ はそれほど難しくないよね」
テトラ「そうですね。 $2$ 乗していますから、プラスとマイナスで分けて考えればまちがいませんし」
僕「うん。プラスとゼロとマイナス、ね」
テトラ「あ、はいはい、そうですそうです」
僕「さっきテトラちゃんがていねいに考え方を話していたときは、ちゃんとプラスとゼロとマイナスに分けて考えていたよ」
テトラ「えっ! そうでしたか」
僕「意識してそう言ってたと思ったんだけど……ところで、この $x^2 > 4$ は難しくはないけど、いい問題だと思う。 なぜかというと《実数の場合分け》が出てきているからね」
テトラ「実数の場合分けって何ですか?」
僕「いま言ったばかりのことだよ。実数について考えるとき、僕たちは数直線(すうちょくせん)をイメージする」
テトラ「はい、水平に無限に伸びた直線ですね。左がマイナス、真ん中にゼロ、右がプラス」
僕「そうそう。実数について考えるとき、その三つの場合について考えれば《もれなく》考えることができる。 それが大事なこと。もれがない」
テトラ「もれがない……」
僕「どんな実数を持ってきても、その実数はマイナスであるか、ゼロであるか、プラスであるかのどれかだよね」
テトラ「それはそうですね」
僕「それが《もれなく》という意味」
テトラ「はい」
僕「場合分けでは《もれなく》考えることが大事。 マイナスの場合、ゼロの場合、プラスの場合と考えれば《自分は実数全体についてもれなく考えた》と安心できる」
テトラ「はい、よくわかります」
僕「ところで、もう一つ、別の方法もあるよ。僕はこっちも好きだな」
テトラ「どんな方法ですか」
僕「論理を使って考える方法」
テトラ「どんなふうに考えるんでしょうか」
僕「これは僕の趣味なんだけどね。最初は $4$ を移項する」
$$ x^2 > 4 \Longleftrightarrow x^2 - 4 > 0 $$
テトラ「ははあ、 $x^2 - 4 > 0$ になりました。」
僕「うん、そしてその左辺を因数分解するんだ。 $x^2 - 4 = (x+2)(x-2)$ だよね。《和と差の積は $2$ 乗の差》だ」
$$ x^2 - 4 > 0 \Longleftrightarrow (x+2)(x-2) > 0 $$
テトラ「……複雑になりました」
僕「そんなことはないよ。 $(x+2)(x-2) > 0$ の左辺は積の形。 二つの実数 $x+2$ と $x-2$ の積が $0$ より大きくなっている。 つまりプラスだね。実数の積がプラスになるってことは、 二つの実数の符号が等しいということだ。両方ともプラスか、または、両方ともマイナス。つまりこんなふうに書ける」
$$ \underbrace{(x+2 > 0 \quad\REMTEXT{かつ}\quad x-2 > 0)}_{\REMTEXT{両方ともプラス}} \quad\REMTEXT{または}\quad \underbrace{(x+2 < 0 \quad\REMTEXT{かつ}\quad x-2 < 0)}_{\REMTEXT{両方ともマイナス}} $$
テトラ「ははあ……確かにそうですね」
僕「両方ともプラスの《$x + 2 > 0$ かつ $x - 2 > 0$》は、数の範囲の重なりを考えて $x - 2 > 0$ になる」
テトラ「……」
僕「そして、 《$x + 2 < 0$ かつ $x - 2 < 0$》の方も数の範囲の重なりを考えて $x + 2 < 0$ になる」
テトラ「あとは《または》でつなぐんですか」
僕「そうそう」
$$ \begin{align*} & x^2 > 4 \\ & \Longleftrightarrow x^2 - 4 > 0 \\ & \Longleftrightarrow (x+2)(x-2) > 0 \\ & \Longleftrightarrow (x+2 > 0 \quad\REMTEXT{かつ}\quad x-2 > 0) \quad\REMTEXT{または}\quad (x+2 < 0 \quad\REMTEXT{かつ}\quad x-2 < 0) \\ & \Longleftrightarrow (x-2 > 0) \quad\REMTEXT{または}\quad (x+2 < 0) \\ & \Longleftrightarrow x > 2 \quad\REMTEXT{または}\quad x < -2 \\ \end{align*} $$
テトラ「……先輩、でも、すみませんけど、やっぱり、これ、複雑ですよ」
僕「……実は、僕もテトラちゃんにいま説明しながら《これ、無駄に複雑だな》と思ったよ!」
テトラ「なんですか、それ!」
テトラちゃんは僕をぶつ真似をする。
僕「でも、式変形は楽しいよ」
ミルカ「確かに楽しそうだな」
テトラ「ミルカさん! お待ちしてました」
僕「いつも突然現れるから、びっくりするよ」
ミルカ「ふうん……困る?」
僕「……いや、別に、いいんだけどね」
ミルカさんは僕のクラスメート。 長い黒髪の饒舌才媛だ。僕たち三人は放課後の図書室で、いつも数学トークをする。
テトラ「ミルカさんなら $x^2 > 4$ をどう考えます?」
ミルカ「放物線で考える」
僕「なるほど」
ミルカ「式 $x^2 > 4$ で $4$ を移項すると $x^2 - 4 > 0$ という不等式になる。 ここで左辺の $2$ 次式を使って $2$ 次関数 $y = x^2 - 4$ のグラフを描く」
テトラ「それが放物線……」
ミルカ「《グラフが $x$ 軸よりも上にある》ことは、 $y > 0$ つまり《$x^2 - 4 > 0$》ということと同値。 つまり《このグラフが $x$ 軸よりも上にあるときの $x$ の範囲》が求めるものになる。 $x < -2$ または $2 < x$ だな」
僕「確かにこれなら一目でわかるね」
テトラ「放物線がガイドになってくれていますね」
ミルカ「ふむ」
テトラ「数学って不思議です」
ミルカ「そう?」
テトラ「不等式って、数が大きいとか小さいという話ですよね。 それが論理の話になったり、集合の話になったり、図形の話になったりするのがとても不思議です」
僕「まあ確かにね」
テトラ「授業では単元ごとに習うのであまり意識してないんですが、先輩方とお話ししていると、いつもこう……つながっていく感じがします」
ミルカ「使えるものは何でも使うからな」
テトラ「といいますと?」
ミルカ「数学を考えるとき、使えるものは何でも使う。 特に答えが見えていないときには、ありとあらゆる手を使って答えを探る」
僕「確かに」
テトラ「ありとあらゆる手を使って、答えを探る……」
テトラ「先ほどの不等式では、放物線がガイドになってるような感じがしました。 こんなふうに範囲が見えます。 $y$ がマイナスになる範囲はここで、プラスになる範囲はここ……のように。 だからわかりやすいんでしょうか」
僕「そうかもしれないね。グラフにするとわかりやすくなる。広がりがあるからかなあ」
ミルカ「テトラが問題を作ってくれたようだ」
テトラ「えっ?」
ミルカ「テトラはいま二次元の領域を作ってくれた。それをもとにして新たな問題を考えよう。 座標平面上で、テトラが塗った領域を表す不等式を作れ。境界は……そうだな、含むことにしようか」
僕「ああ、なるほど」
問題
以下の領域を表す $x$ と $y$ に関する不等式を作れ。境界も含む。
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結城浩のメンバーシップで参加 結城浩のpixivFANBOXで参加(2013年8月16日)
この記事は『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
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