この記事は『数学ガールの秘密ノート/数列の広場』として書籍化されています。
いつもの放課後。 僕が図書室で数学の勉強をしていると、 入り口から後輩のテトラちゃんがふらふらと入ってきた。 何かを持っている。 声をかけるとテトラちゃんは僕の席までやってきて隣に座った。
僕「テトラちゃん、それは何?」
テトラ「はい……村木先生からの《カード》なんですが」
テトラちゃんはそういって、《カード》を机の上に置く。 そこには、数式がたった一つ書かれていた。
村木先生からのカード
$$ \sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^{n}k} $$
僕「うん、《研究課題》だね、これは」
テトラ「《研究課題》ってなんでしょうか?」
僕「このカードを先生がくれたとき、テトラちゃんになんて言ってた?」
テトラ「は、はい。職員室で村木先生に $\displaystyle \sum$(シグマ)のことをお話ししたんですよ。先輩から教わったことなど(第33回、第34回参照)。 そしたら先生はこのカードをくださって、自由に考えてごらんって……それだけです」
僕「うん、やっぱり《研究課題》だね」
テトラ「はあ」
僕「あの先生はね、ときどきそんなふうにカードをくれるんだよ。 数式が書かれたカードのことが多いかなあ。 僕やミルカさんにもくれるんだ。テトラちゃんに言ったのと同じように、自由に考えてごらんってね」
テトラ「いつまで提出とは言われなかったんですが」
僕「うん。レポートにして提出しなきゃいけない課題じゃないよ。 別に試験されているわけでもないし、成績がつくわけでもない。 何でもいいから、これを題材にして考えてごらんというカードなんだよ」
テトラ「でも、あたし、これがどんな問題なのかわかりません! 数式も難しいですし……」
テトラちゃんは不安そうにカードを見直す。
僕「うん、村木先生の研究課題はね、問題を自分で作ればいいんだよ。 自分で問題を作って自分で解くんだ。自由に考えていいんだからリラックスしていいんだよ、テトラちゃん」
テトラ「……と言われましても、 $\sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^{n}k}$ なんて何をどう考えればいいんでしょう。 問題を自分で作るなんて……」
僕「うん、慣れないと難しいよね。じゃあ、僕と一緒に考えてみようか。この数式 $\sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^n k}$ を探ってみよう」
テトラ「はい、ぜひ! よろしくお願いします」
テトラちゃんは深々と頭を下げた。 こんなふうにして、今日も僕たちの数学トークが始まった。
僕「ところで、テトラちゃんはこの数式 $\sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^n k}$ を見てどう思った?」
テトラ「はい。まず最初に思ったのは『難しそう』ということでした。$\displaystyle \sum$や$\sqrt{\REMTEXT{ }}$が出てきて……あたしはいつもそうなんです。頭がいっぱいになってしまって」
僕「うんうん。そうだったよね。でもほら $\displaystyle \sum$ については前に練習したから大丈夫だよね」
テトラ「はい、シグマったのはよく覚えてます」
僕「シグマった……って?」
テトラ「あ、すみません。つい」
テトラちゃんはしまったという顔をして赤くなった。
僕「シグマったって、もしかしてシグマを使うという意味?」
テトラ「はい……実はですね、先輩やミルカさんから $\sum$ のことを教わって、 なんだか $\displaystyle \sum$ さんとお友達になったような気がして、個人的に……愛称を」
僕「シグマを使うことをシグマるとか?」
テトラ「そうです……変ですけど」
僕「うん、まあいいんじゃないかな。 ここでシグマります!とか? 先生には怒られそうだけどね」
僕とテトラちゃんは顔を見合わせて笑った。
僕「話を戻すけど、テトラちゃんはこの数式 $\sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^n k}$ をどう解読する?」
テトラ「はい。カードをいただいてからずっと眺めていたんですが、さっぱり……あ、もちろん、 シグマのところが《$k$ を $1$ から $n$ まで変化させて足すんだ》というのはわかっていると思うんですが」
僕「セオリー通りに行かなきゃ」
テトラ「といいますと?」
僕「難しそうな数式が出てきて、自分が理解しているかどうかを確かめるとき、いつもやることは決まっているよ」
テトラ「え? あ! そうですね。《例示は理解の試金石》でした!」
《例示は理解の試金石》---これは僕たちが何度も何度も立ち返る大事なスローガンだ。 数学を楽しむときにもっとも大事なこと、それはどこまで自分がきちんと理解しているかを 確かめること。そのためには《例を作る》のが最高の方法なんだ。
僕「そうそう。だから、自分がこの数式を理解しているかどうか、具体的な数で試してみるといい。 たとえば、 $n = 1$ のとき、この数式 $\sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^n k}$ はどうなるだろう」
テトラ「はい。やってみます。こうですね」
$n = 1$ の場合(?)
$$ \sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^n k} = \sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^1 k} $$
僕「……」
テトラ「え? 違いました?」
僕「いや、 $n$ を $1$ にしたんだよね。まちがってはいないよ。でもせっかくだから、もう少し進めようよ、テトラちゃん」
$n = 1$ の場合
$$ \sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^n k} = \sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^1 k} = \sqrt{1} = 1 $$
テトラ「あ、そうですよね」
僕「それじゃ次は、 $n = 2$ のときを考えてみよう」
テトラ「はい!」
$n = 2$ の場合
$$ \sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^n k} = \sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^2 k} = \sqrt{1 + 2} = \sqrt{3} $$
僕「ね、こういうふうに具体的な例を書くといいよね」
テトラ「そうですね。シグマがなくなるとすごく気分が楽になります」
僕「もう少しやってみようか。たとえば $n = 3$ の場合」
$n = 3$ の場合
$$ \sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^n k} = \sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^3 k} = \sqrt{1 + 2 + 3} = \sqrt{6} $$
テトラ「はい、よくわかります。あ、あの……こうなるわけですよね。 $n$ を $1,2,3,4,\ldots$ と変えていくと」
数式 $\sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^n k}$ で $n = 1,2,3,4,\ldots$ と変えていく
$$ \begin{align*} \REMTEXT{$n = 1$のとき} & \qquad \sqrt{1} \\ \REMTEXT{$n = 2$のとき} & \qquad \sqrt{1+2} = \sqrt{3} \\ \REMTEXT{$n = 3$のとき} & \qquad \sqrt{1+2+3} = \sqrt{6} \\ \REMTEXT{$n = 4$のとき} & \qquad \sqrt{1+2+3+4} = \sqrt{10} \\ & \vdots \\ \end{align*} $$
僕「そうだね。うん、そんな風に自分で《まとめ》を作ってみるといいよね」
テトラ「さきほどもいいましたけど、 $\sum$ がなくなるとすごくほっとします」
僕「うん、その気持ちはよくわかるよ。でも $\sum$ も慣れるとたくさんのことをいっぺんに言えるから便利なんだけどね」
テトラ「たくさんのことと言いますと?」
僕「ほら、テトラちゃんはいま、 $n = 1,2,3,4,\ldots$ と変えていくとどうなるか、たくさんの式を書いてくれたよね」
テトラ「はい」
僕「ということは、言い換えると、 $\sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^n k}$ という数式はこれ一つで、たくさんの式を書く代わりになっているわけだ」
テトラ「……」
僕「$\sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^n k}$ で $n$ という文字に $4$ を入れれば $\sqrt{1+2+3+4}$ という式になるし、 $n$ に $10$ を入れれば $\sqrt{1+2+3+4+5+6+7+8+9+10}$ になる。 無数の式をまとめて表現してることになる」
テトラ「なるほどです……」
僕「でね、 $\sqrt{1+2+3+4}$ みたいな具体的な式を作った後で、もう一度 $\sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^n k}$ を改めて見る。そうすると、最初と印象が違うんじゃない?」
テトラ「はいはいはい。あたし、ちょうどそう思っていたところです。最初は『うわあ……シグマってるなあ』って思ったんですが、 $n = 1,2,3,4$ で具体的な式を書いた後は、 $\sqrt{\displaystyle \sum_{k=1}^n k}$ を見ると『ルートの中が $1+2+3+4+\cdots+n$ みたいになっている式』って 見える感じがします。イメージが浮かぶといいましょうか」
僕「うんうん、そうだよね。あのね、テトラちゃん」
テトラ「はい?」
僕「僕はよく学校の勉強とは関係なく数学の本を読んでるんだけど、そのときにはいつもね、いまテトラちゃんがやったのと同じことをしてるんだよ」
テトラ「へえ……そうなんですか」
僕「うん。ほら、本を読んでいると難しい数式が出てくるじゃない?」
テトラ「そうでしょうね」
僕「難しい数式が出てきたとき、ぐっとこらえて、できるだけ具体的にしてみる。小さな数を入れたりしてね」
テトラ「$1,2,3$ のようにですか?」
僕「そう。そうやって具体的に考える。そして『ああ、そういう式なんだな』と自分が納得できるまで考えるようにしているんだよ」
テトラ「……」
僕「そんなふうにして読んでいるとね、難しそうな数式にもだんだん慣れてくるんだよ」
テトラ「先輩!」
僕「うわっ、どうしたの?」
テトラ「あ、す、すみません。いまの先輩のお話、とっても大切だなって思ったんです。授業の中で先生は数学の勉強の仕方についてときどき 話してくださいます。予習。復習。一日何時間家庭学習。問題集を何ページ。でも、いま先輩がおっしゃっていた、 『難しい数式が出てきたら、小さな数を入れて具体的に考える』というお話はあまり聞いたことがありません」
僕「どうだろう。授業でもそういう話になることはあると思うけどな」
テトラ「そうでしょうか……あ、そ、それで、先輩におうかがいしたいことがあります」
僕「え?」
テトラ「そもそも、そういう『小さな数を入れて具体的に考える』という発想は《どこ》からやってくるんでしょうか?」
僕「え、ええと……それはずいぶん根源的な質問だね、テトラちゃん」
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この記事は『数学ガールの秘密ノート/数列の広場』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
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