この記事は『数学ガールの秘密ノート/式とグラフ』として書籍化されています。
放課後の図書室。後輩のテトラちゃんが腕組みをして考えている。 僕は、何の気なしにテトラちゃんの隣に座った。
テトラ「きゃあああああっ!」
僕「うわああああっ!」
図書室中の視線がこちらに集まった。 書棚の整理をしていた瑞谷先生もこちらをさっと向く。
テトラ「す、すみません。先輩がいらしたのに気づかなくて……驚いちゃいました」
僕「つられて僕も驚いちゃったよ……何を考えていたの?」
テトラ「はい……あのですね、先日、グラフを移動するお話をなさいましたよね(第6回参照)」
僕「ええと? ああ、 $y=x^2$ の放物線を動かしたんだっけ」
テトラ「はい、そうです。 放物線を動かして、 $x = 0$ と $x = 2$ で $x$ 軸とクロスさせるなら、 $(x - 0)(x - 2)$ という $2$ 次式を作ればいいとおっしゃって……」
僕「うん、そうだったね。 $(x - 0)(x - 2) = x^2 - 2x$ だから、放物線は $y = x^2 - 2x$ だね」
テトラ「はい……」
僕「何かおかしいかな?」
テトラ「いえっ、違います。 先輩からとても大切なことをおうかがいしたと思うんですが——あたし、まだ《わかった感じ》がしてないんです」
僕「そうなんだ。テトラちゃんは納得しないと気が済まないからね。 数学を勉強するとき、それはとてもいい態度だよ」
テトラ「でも、放物線なんて中学校で習ってたはずですよね……」
僕「いやいや、小学校で習っていても、中学校で習っていても、 自分がわかったかどうかとは関係ないよ。 テトラちゃんがいう《わかった感じ》は大事だと思うな」
テトラ「そ、そうですか……ありがとうございます」
僕「それでと。どこから話せばいいかなあ」
テトラ「できれば、簡単なところから」
僕「じゃあね、座標平面の $x$ 軸から話を始めようか。 $x$ 軸とは何かな?」
$x$ 軸とは何か。
テトラ「えっと……座標平面の $x$ 軸っていうのは、 はい、原点を通っている直線です……よね。 あ、横軸です!……そういう答えでいいんでしょうか」
僕「うん。まずはそれでいいよ。 $x$ 軸は原点を通っている直線——それはまちがいじゃないよ。 それから $x$ 軸のことを横軸ということもある。それもまちがいじゃない。 もう少していねいに考えてみよう。 テトラちゃんは、 $x$ 軸上の点 $(x, y)$ にどんな性質があるか、わかる?」
$x$ 軸上の点 $(x, y)$
テトラ「$x$ 軸上の点 $(x, y)$ の性質……ですか。 たとえば……はい、 $y$ が $0$ と同じだとか、でしょうか」
僕「そうそう。それでいいよ。 それはとても重要な性質だね。 でも $y$ が $0$ と《同じ》とはいわないほうがいいよ。 テトラちゃんのいうその《同じ》は、数学では《等しい》というんだ」
テトラ「あっ、そうでした。 $y$ が $0$ に等しい、ですね」
僕「そうそう。座標平面で $x$ 軸上の点 $(x, y)$ は、必ず $y$ が $0$ に等しくなる。 言い換えれば、 $x$ 軸上の点はすべて $(x, 0)$ と書くことができる」
$x$ 軸上の点は $(x, 0)$ と書ける
テトラ「はい」
僕「点 $(x, y)$ が $x$ 軸上にあるならば、 $y = 0$ になる、と表現してもいいよ。 そして、逆もいえる。 $y = 0$ になるならば、点 $(x, y)$ は $x$ 軸上にある」
テトラ「はい……え、ちょっと待ってください」
テトラちゃんが手を挙げた。
僕「ん?」
テトラ「いま先輩は逆っておっしゃいましたが、何が逆なんでしょうか」
僕「ああ、そうだね。きちんといおうか。 点 $(x, y)$ が座標平面上の点であるとして、まず次の命題 $1$ が成り立つよね。 $\Rightarrow$ は《ならば》という意味」
命題 $1$ : 《点 $(x, y)$ が $x$ 軸上にある》 $\Rightarrow$ 《$y = 0$》
テトラ「ええと、はい」
僕「この命題 $1$ の《逆》というのは、《ならば》の矢印 $\Rightarrow$ を逆にした命題 $2$ のこと」
命題 $2$(命題 $1$ の逆): 《点 $(x, y)$ が $x$ 軸上にある》 $\Leftarrow$ 《$y = 0$》
テトラ「ははあ……わかりました。命題 $2$ を命題 $1$ の逆というんですね」
僕「そうそう。それから、命題 $1$ は命題 $2$ の逆ともいえる。矢印をまた逆にすればいいから」
テトラ「はい、逆という言葉はわかりました」
テトラちゃんは《秘密ノート》を取り出してそこにきちんとメモをした。
僕「それでね、両方が成り立っているとき——つまり、 $P \Rightarrow Q$ と $P \Leftarrow Q$ の両方が 成り立っているとき——そのとき、 $P$ と $Q$ は同値であるというんだ」
テトラ「はい? $P$ と $Q$ が急に出てきましたけど?」
僕「ごめんごめん。 $P$ と $Q$ も命題だよ。 さっきの命題 $1$ でいえば、 $P$ は《点 $(x, y)$ が $x$ 軸上にある》で、 $Q$ は《$y = 0$》になる」
テトラ「$P$ も $Q$ も命題……あれ、 $P \Rightarrow Q$ も命題なんですよね」
僕「そうだよ。 $\Rightarrow$ は、 $P$ と $Q$ という二つの命題から $P \Rightarrow Q$ という一つの大きな命題を作っているんだ」
テトラ「は、はい。なんとかわかりました」
僕「話が横にそれちゃったかな。 少し整理すると……」
僕「この両方が成り立っているから、結局、
が成り立つことになる。 $\Leftrightarrow$ は両辺の命題が同値だという意味だよ」
テトラ「すみません。 これは《点が $x$ 軸上にある》という命題と《$y$ 座標が $0$ に等しい》という命題が《同じ》だといってるんですよね」
僕「まあ、そうだけど——ねえねえ、テトラちゃんがいまいった《同じ》は、数学では《同値》というんだよ」
テトラ「あちゃちゃちゃ! またしても《同じ》で! さっきと 同じまちがいを! 違う違う、さっきと同じまちがいじゃなくて、 さっきとは違う《同じ》のまちがい! 違う《同じ》? あたしはなに言ってるの?!」
テトラちゃんがオーバーアクションで頭を抱える。 ふっと甘い香りがする。
$$ \begin{array}{rcll} y &=& 0 & \qquad \REMTEXT{$y$と$0$は《等しい》(同じとはいわない)} \\ P &\Leftrightarrow& Q & \qquad \REMTEXT{$P$と$Q$は《同値》(同じとはいわない)} \\ \end{array} $$僕はテトラちゃんが落ち着くのを待ってから話を続ける。
僕「ええと、じゃあテトラちゃん、いいかな。 $x$ 軸に話を戻すと、こういうことになる。 座標平面で《点が $x$ 軸上にある》と、 《$y = 0$》は同値だ。 だから、 $x$ 軸上に点があるかどうかを知りたかったら、 $y$ が $0$ に等しいかどうかを調べればよい」
テトラ「……」
僕「何をやっているか、わかるかな、テトラちゃん?」
テトラ「はい……いいえ、あの、わかるんですけど、わからないです。 あたりまえのところをぐるぐる回っているみたいで……すみません」
僕「そうだよね。 あのね、この話は《図形の世界》と《数の世界》を並べていると考えるとわかりやすいんだよ」
テトラ「《図形の世界》と《数の世界》……ですか?」
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この記事は『数学ガールの秘密ノート/式とグラフ』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
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