この記事は『数学ガールの秘密ノート/式とグラフ』として書籍化されています。
テトラ「こういう《多項式の書き方》は何のためにあるんでしょうか」
テトラちゃんは僕の後輩。高校一年生の女の子だ。 僕が《多項式の書き方》の話をしたら、素朴でストレートな質問をしてきた。
僕「《多項式の書き方》が、何のためにあるのか?」
テトラ「はい、そうです。あ!ミルカさんがいらっしゃいましたね」
ミルカ「何?」
ミルカさんさんは僕のクラスメート、高校二年生。 メタルフレームの眼鏡をかけている長い黒髪の才媛だ。 ミルカさん、テトラちゃん、そして僕の三人は、 放課後の図書室でいつも数学トークをしている。
テトラ「はい、数式の基本的な書き方を先輩に教わっていたんです。 数式というか、多項式ですね」
ミルカ「ふうん……」
テトラ「そ、それでですね、同類項をまとめたり、降冪の順に並べたりする《多項式の書き方》は何のためにあるのかという質問を——」
ミルカ「同一性の確認」
テトラ「はい?」
ミルカ「少なくとも、二つの多項式の同一性の確認には使えるな」
テトラ「同一性の確認……ってどういうことでしょうか」
テトラちゃんは首をかしげる。 彼女は質問をためらわないし、わかったふりもしない。 心に浮かんだ疑問をそのまま素直に口にする。
ミルカ「《多項式の書き方》の役割のひとつは、 二つの多項式の同一性を確認するためにある。 もちろん、それがすべてではない」
僕「二つの多項式が等しいかどうかを調べるということ?」
ミルカ「そういうこと。 たとえば、 $x^2 + 3x^2 + x + 1$ という多項式と $2 + 2x + 4x^2 - x - 1$ という多項式は等しいだろうか」
$$ x^2 + 3x^2 + x + 1 \stackrel{\REMTEXT{?}}{=} 2 + 2x + 4x^2 - x - 1 $$テトラ「ははあ……それは、ちゃんと調べればきっと」
ミルカ「ちゃんと調べるというのは?」
ミルカさんは、たたみかけるように聞き返す。僕「《多項式の書き方》にしたがうということだね、ミルカさん」
テトラ「え?」
$$ x^2 + 3x^2 + x + 1 \stackrel{\REMTEXT{?}}{=} 2 + 2x + 4x^2 - x - 1 $$僕「この式の左辺と右辺を、《多項式の書き方》に従って書いてみるんだよ」
テトラ「は、はい……」
$$ \begin{align*} \REMTEXT{左辺} & = x^2 + 3x^2 + x + 1 \\ & = 4x^2 + x + 1 \qquad \REMTEXT{同類項$x^2$と$3x^2$をまとめた} \\ \REMTEXT{右辺} & = 2 + 2x + 4x^2 - x - 1 \\ & = 2 + x + 4x^2 - 1 \qquad \REMTEXT{同類項$2x$と$-x$をまとめた} \\ & = 1 + x + 4x^2 \qquad \REMTEXT{定数の同類項$2$と$-1$をまとめた} \\ & = 4x^2 + x + 1 \qquad \REMTEXT{降冪の順に並べた} \\ \end{align*} $$僕「そうだね」
テトラ「ははあ……左辺と右辺はどちらも $4x^2 + x + 1$ になりますね! だから、二つの多項式 $x^2 + 3x^2 + x + 1$ と $2 + 2x + 4x^2 - x - 1$ は等しいといえるのですね!」
$$ x^2 + 3x^2 + x + 1 = 2 + 2x + 4x^2 - x - 1 $$ミルカ「それでいい」
僕「なるほど。確かにそうだなあ。 《多項式の書き方》を使うと、二つの多項式が等しいといえる……か」
ミルカ「もう少し正確にいうなら、 二つの多項式が恒等的に等しいだな」
テトラ「《恒等的に等しい》……えっと、それは《等しい》とはちがうんですか」
テトラちゃんは、手に持った《秘密ノート》に書き込みながらすかさず質問する。
ミルカ「《恒等的に等しい》というのは、 ここでは《多項式で使っている文字 $x$ にどんな数を代入しても等しい》という意味になる」
テトラ「どんな数を代入しても等しい……す、すみません。 まだよくのみこめません。 さっきの $x^2 + 3x^2 + x + 1$ と $2 + 2x + 4x^2 - x - 1$ は、 $x$ にどんな数を代入しても等しくなるのはわかりますが……」
ミルカ「たとえば、 $x$ と $2x$ という二つの多項式の値は $x = 0$ のとき《等しい》といえる。 $x$ も $2x$ も $0$ に等しいから。 しかし、 $x \neq 0$ のときは $x$ と $2x$ は《等しくない》といえる。 したがって、 $x$ と $2x$ という二つの多項式は《恒等的には等しくない》わけだ」
テトラ「ははあ……《恒等的に等しい》の意味がわかってきました。 $x = 0$ みたいに特別の数のときだけじゃなくて、どんな数のときでも等しいときに《恒等的に等しい》というんですね」
ミルカ「それでいい」
僕「なるほどね」
ミルカさんさんは一瞬だけ目を閉じて、また話し始めた。少しテンポが上がる。
ミルカ「ふむ。《多項式の書き方》というのは、 いわば多項式の標準的な形を作っていることになるな。 いまは同一性の話をしたけれど、降冪の順にしておけば多項式の次数を調べるのも楽だ」
テトラ「多項式の次数……っていうのは、 $1$ 次式とか $2$ 次式とかのことですか」
ミルカ「そう。降冪の順にしておけば、最初の《項の次数》がそのまま《多項式全体の次数》になる」
$$ \begin{align*} 2x + 1 & \qquad \REMTEXT{最初の項$2x$が$1$次なので多項式全体は$1$次式} \\ 3x^2 + 2x + 1 & \qquad \REMTEXT{最初の項$3x^2$が$2$次なので多項式全体は$2$次式} \\ x^3 + 3x^2 + 2x + 1 & \qquad \REMTEXT{最初の項$x^3$が$3$次なので多項式全体は$3$次式} \\ \end{align*} $$僕「そりゃそうだ。多項式の次数は大事だからね」
ミルカ「ん? では、私からクイズを出そう」
クイズ
どうして、多項式の次数は大事なのか。
僕「なるほど」
テトラ「え……わかりません」
ミルカ「そう?」
テトラ「はい。 $1$ 次式、 $2$ 次式、 $3$ 次式、……いろんな多項式を授業で習いました。 ミルカさんのクイズは、どうしてその区別——次数の区別が大事なのかということですよね。 そんなこと、考えたこともありませんでした!」
ミルカ「君はどう思う?」
ミルカさんは、指揮者のように僕を指さした。
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この記事は『数学ガールの秘密ノート/式とグラフ』として書籍化されています。
書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。
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