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第3回 シーズン1 エピソード3
連立方程式のアピール(前編)

書籍『数学ガールの秘密ノート/式とグラフ』

この記事は『数学ガールの秘密ノート/式とグラフ』として書籍化されています。

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は高校二年生。今日は土曜日。自宅のリビングでのんびり過ごしていると、いとこのユーリがやってきた。

自宅にて

ユーリ「ちーっす。お兄ちゃん、なにやってんの?」

「あいかわらずだなあ、ユーリ」

ユーリ「げ。また数学の本 読んでるし! お兄ちゃんって数学好きだにゃあ」

ユーリはポニーテールの中学二年生。 近所に住んでいる僕のいとこだ。 いとこだけど、小さい頃から一緒に遊んでいたから僕のことをいつも《お兄ちゃん》と呼ぶ。 僕の家にも、まるで自分の家のように気軽に入ってくる。 ユーリは中学生にもなって「にゃあ」などと猫語になる。

「好きだよ。ところでユーリ、なに持ってきたの?」

ユーリ「教科書とノート。宿題しにやってきたのさ!」

「えらそうだな」

ユーリ「宿題やるんだから、えらいんだよー」

「いやいや、違うだろ。……お、方程式ほうていしき?」

ユーリ「黙っててよー、考えてんだから……」

問題 次の連立方程式を解きなさい。

$$ \left\{\begin{array}{llll} x + y & = 5 \\ 2x + 4y & = 16 \\ \end{array}\right. $$

「簡単だよ、ユーリ。まずね……」

ユーリ「黙っててっていったじゃん!」

「はいはい、そうだね」

静かに勉強したかったら、一人で自分の部屋でやればいいんだけれど、 ユーリはこんなふうにわざわざ僕のそばまでやってきて宿題をすることもよくある。 しばらく待っていると、ユーリが顔を上げた。

ユーリ「ふーっ。簡単だった」

「けっこう時間がかかったけどね。どれどれ、お兄ちゃんに見せてごらんよ……うわっ、なんだこのぐちゃぐちゃな書き方」

$$ 2x + 2y = 10 \qquad 2x + 4y = 16 \\ 2y = 6 \qquad y = 3 \\ 2x + 6 = 10 \qquad x = 2 \\ y = 3, x = 2 \\ $$

ユーリ「正解でしょ? 簡単簡単」

「ユーリ、どれが答えかも書いてないじゃないか」

ユーリ「へ? 最後に書いてるじゃん。 $y = 3, x = 2$ が答えだよー」

「ねえ、ユーリ。答えは正しいんだけど、こういう書き方しちゃだめだよ。 イコールもそろってないし」

ユーリ「ほえ? どゆ意味? 答え正しいんだからいいじゃん!」

「あのね、ユーリ。《答案は、採点者へのメッセージ》なんだよ。 こんなふうに、式をだらだら書くだけじゃわからない」

ユーリ「え、ユーリはわかってるよ。 わかってるから答え出たんじゃん」

ユーリは不満げに頬をふくらませる。

「ユーリが《わかってない》って言いたいんじゃないよ。 採点者に《伝わらない》って言いたいんだ」

ユーリ「?」

「いいかい、ユーリ。確かにこの答案をじっくり読めば 『ああ、この答案を書いた人は、こういうことを考えたんだな』 と推測はできる。がんばって推測することになるけどね。 でもそれじゃ採点者に甘えていることになるんだよ」

ユーリ「む、むー……それで?」

「問題を解くときには、その解答を読む人に対して、

  • 私は、こんなふうに考えました。
  • だから、こんなふうに解いていきます。
  • ほら、ちゃんと解けたでしょう。
のようにアピールしなくちゃいけないんだよ」

ユーリアピールってなに?」

「アピールっていうのは……なんていうのかな。 強く訴える。はっきりとわかるように主張するっていうこと」

ユーリ「まーいいや。じゃ、どーすればいいの? 難しい話?」

「いや、ぜんぜん難しくないよ。 ユーリが《何をどう考えたか》がわかるように、順序立てて書いていけばいいんだから。 最初は、問題の連立方程式をそのまま書くよね」

ユーリ「書いたよ」

$$ x + y = 5 \\ 2x + 4y = 16 $$

「いやいや、連立方程式を解いてみせるんだから、こんなふうに書くといいんだよ」

  • 左側に中かっこ($\{$)を書いて、まとまりを表す。
  • イコール($=$)は、縦にきちんとそろうように書く。
  • 解き方を説明しやすいように右側に(a)や(b)のように書く。①や②でもいいよ。
$$ \left\{\begin{array}{llll} x + y & = 5 & \qquad \REMTEXT{(a)}\\ 2x + 4y & = 16 & \qquad \REMTEXT{(b)} \end{array}\right. $$

ユーリ「わかったよ、お兄ちゃん。ユーリは素直にゆーこと聞きますよ」

「それで、最初にユーリは何をしたの?」

ユーリ「うーんと、 $2$ 倍して引いた」

「そこだよ。いまユーリが言ったことをきちんと書けばいいんだ。 つまりね、《何を $2$ 倍して、何から引いたか》を簡潔に書くこと。 (a)の両辺を $2$ 倍して、(b)から引いたんだよね。 日本語でもいいし、式を使って$\REMTEXT{(b)} - \REMTEXT{(a)}\times 2$と書いてもいい」

ユーリ「へーへー」

$$ \left\{\begin{array}{llll} x + y & = 5 & \qquad \REMTEXT{(a)}\\ 2x + 4y & = 16 & \qquad \REMTEXT{(b)} \end{array}\right. $$ $$ \begin{align*} \REMTEXT{$\REMTEXT{(b)} - \REMTEXT{(a)}\times 2$から、} & \\ 2y &= 6 \\ \end{align*} $$

「(b)から、(a)を $2$ 倍したものを辺々へんへん引いて、 $2x$ を消したんだね」

ユーリ「うん、そう」

「次にやったのは?」

ユーリ「$2y = 6$ でしょ。 $2$ で割った」

「そこは《両辺を》という言葉を補うといいね」

$$ \begin{align*} & \vdots & \\ 2y &= 6 \\ \REMTEXT{両辺を$2$で割って、} \\ y &= 3 \\ \end{align*} $$

ユーリ「あとは、 $x + y = 5$ だから、 $y$ が $3$ なら $x$ は $2$」

「うん。それでいいんだけど、書くとしたら『(a)に $y = 3$ を代入して』だね。 せっかく式に(a)や(b)という名前をつけたんだから、 それをうまく活用すると答案が書きやすくなるんだよ。 名前は呼ぶために付けるんだからね」

$$ \begin{align*} & \vdots \\ \REMTEXT{(a)に$y = 3$を代入して、} \\ x + 3 &= 5 \\ x &= 2 \\ \end{align*} $$

ユーリ「なんだ。やっぱり合ってんじゃん。 $y$ が $3$ で $x$ が $2$ だ」

$$ \REMTEXT{答$\, y = 3, x = 2$} $$

「そうだよ。ユーリの答えは最初から合ってる。 さっきから言っているのは答えじゃなくて答え方なんだよ。 ユーリの答え方はよくない。 ここでも、 $y, x$ の順番で書くんじゃなくて $x, y$ の順番に書かなくちゃ。 じゃないと、ユーリの答案を読んだ人が一瞬、あれっと思ってしまうだろ?」

ユーリ「そっか……」

$$ \REMTEXT{答$\, x = 2, y = 3$} $$

「だから、解答は結局こうなる。イコールを縦にそろえていることに注意するんだよ」

問題 次の連立方程式を解きなさい。 $$ \left\{\begin{array}{llll} x + y & = 5 & \qquad \REMTEXT{(a)}\\ 2x + 4y & = 16 & \qquad \REMTEXT{(b)}\\ \end{array}\right. $$ 解答 $$ \begin{align*} \REMTEXT{$\REMTEXT{(b)} - \REMTEXT{(a)}\times 2$から、} \\ 2y &= 6 \\ \REMTEXT{両辺を$2$で割って、} \\ y &= 3 \\ \REMTEXT{(a)に$y = 3$を代入して、} \\ x + 3 &= 5 \\ x &= 2 \\ & && \REMTEXT{答$\, x = 2, y = 3$} \\ \end{align*} $$

ユーリ「……ねーお兄ちゃん。いつもこんな長ったらしく書く必要あるの?」

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(2012年11月16日)

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この記事は『数学ガールの秘密ノート/式とグラフ』として書籍化されています。

書籍化にあたっては、加筆修正をたくさん行い、 練習問題や研究問題も追加しました。

どの巻からでも読み始められますので、 ぜひどうぞ!

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結城浩(ゆうき・ひろし) @hyuki


『数学ガール』作者。 結城メルマガWeb連載を毎週書いてます。 文章書きとプログラミングが好きなクリスチャン。2014年日本数学会出版賞受賞。

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